2008.Mar.26

佐々木譲『警官の血』

 年のせいか、このところ「このミス」のベストテン入り作品と気が合わなくなってきまして(笑)。ここ数年は「文春」のほうがイイのが入ってるな… などと思っていたところ、久々、このミスのベスト1と気が合いました。

 昭和二十三年から平成までの、親子三代に渡る警察官の物語。
 親子三代ものというと大戦中(または終戦直後)の、エピソードが豊富な「初代」が最も盛り上がって、完結編となる「三代目」はともかく、「二代目」は単なるつなぎになることも多いんですけどね。この小説は「二代目」の書きっぷりがすごい。二代目だけで長編が一本書けるほどのネタをぶち込んだ感じ。
 そのぶん、三代目のストーリーが単調に感じてしまうのは確かなんですが。

 あと気になったのは、初代・二代目の価値観は普通に共感のできるものだったけど、三代目はそれが少しずれてしまったところかな…
「親父さんを超えてるな。ふてぶてしい警官になった」
 と言われるような存在にまでする必要があったのか。それが少し残念でした。

> Sakabomb
 忙しそうなので、この長い話を読んでみろとは言わないが、TV化とか映画化されたら面白いかもしれんぞ。
 なにしろ、この話の初代と二代目は、親子二代にわたって谷中の天王寺駐在所に勤務することになるんである。聞き覚えのある寺やら坂道やら、現在ならあのあたりだろうという場所が次々出てくるから、土地勘のある人間ならばもっと楽しめると思う。

kaji

投稿者 TEH Editors : 22:30 | 読書(ミステリ)

2008.Feb.10

恒川光太郎『夜市』

 このブログを読むと、私はずいぶんと点の甘い人間と思われそうですが…
 実はそうでもありません。つまらなかった本はわざわざ書かなくてもいいと思っているだけで、だからブログには書いてないが、ケチョンケチョンに貶している本は沢山あります。

 と、いう前振りの上で、恒川光太郎『夜市』。
 個人的には、日本ホラー小説大賞史上最高傑作。

 大賞受賞作の『夜市』と『風の古道』の二作が収まっていますが、『風の古道』も大賞作にひけをとらない出来だったと思います。小学生の頃、学校帰りにそれまで知らなかった近道を見つけるとワクワクしたもんですが、その経験を思いきりイマジネーションを拡げるとこうなるのか、と思える。

 巻末の選評を読んでいると、高橋克彦の言葉が一番共感できる。「後半のこんな展開は絶対に思いつかないだろう」というのは大げさにしても、どちらの短編も途中で「え?」と思うようなひねりが入って、それが小気味よいところへストンと落ちる。や、久々のストライクゾーンど真ん中の作家でして… もっと早く読んでればと後悔しました。

 と思って検索したら、あれ… これ以降はまだ二冊しかでてないんですね。いいや、寡作でも。新作を楽しみに待たせていただきます。

kaji

投稿者 TEH Editors : 15:22 | 読書(ミステリ)

2008.Jan.6

三津田信三『首無の如き祟るもの』&道尾秀介『片眼の猿』

※一部、文章が伏せ字になっています。見えてもいいというかたは、文末に文字色を白にして伏せ字部分を注記していますので、選択反転してごらんください。

 年末のベストテンを賑わせた作品の中からのピックアップ。
 まず、三津田信三『首無の如き祟るもの』。
 普段の私の好みを知っている方からは、これを褒めるか? という声が聞こえてきそうだ。

 記述トリック大流行の昨今、作者の方もミステリを読み慣れている読者が相手だと、すぐにネタバレしてしまうことは承知のようで、早い時点でネタが割れても、他の部分で楽しめるように、仕掛けをほどこしている作品が多い。
 だけどその工夫が、私には引いてしまう原因となってしまうことが多いんです。

「バレたらバレたでいいじゃん」と思ってしまう。

『首無の如き祟るもの』は、記述トリックの作品として取り上げたわけではありませんが(注1)、このいさぎよさは私のツボだ。メインのあのトリック以外は何もない。一本勝ちが取れないなら、判定勝ちはいらねえって感じ(笑)。
 この人も有名になってしまったら、あちこちから横やりが入るのかもしれません。プロの有名作家ともなれば、一本取れなくても勝たなきゃいけないこともあるわけで、数年後には作者の幸福な時期の作品となってしまうのかもしれない。

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 例えば「日本版・羊たちの沈黙」のような作品があり、「そうか、これはクラリスがどうやってレクターを追い詰めるのかを楽しむ話なんだな」と思って読み進んでいたら…
 実は記述トリックで、クラリスが犯人でしたと言われた場合。
 確かに意外です、だけど私は驚くより先に脱力してしまいます。
 単なる好みの問題と言われたら、その通りですが。
「私はいったい、何を楽しめばよかったんだ?」と言いたくなります。

 もともと記述トリックは、
「そのトリックに気づいた時点で、容疑圏外にいた人物が、容疑圏内に入ってくる」
 のが正しい使い方(笑)ではないかと思うのですが、日本でこの使い方をした小説として、ままず思いつくのは綾辻行人の初期数作と、泡坂妻夫の「○○○○○○』(注2)でしょうか。記述トリックが明かされても、犯人やトリックの大勢に変化がないものは、枝葉末節を引っかき回しただけ、って印象を受けてしまうのです。

 上記の「クラリス例」の場合、この条件には外れていませんが、「アリバイ崩しだと思っていたら、意外な犯人がよそから出てきた」ような作品にも、私はどうも違和感を感じてしまいます。

 さて、道尾秀介の『片眼の猿』。
 この作品は、帯からして挑戦的ですから、記述トリックの作品であると明言してもいいんでしょうね。これまでの文脈からすれば、これを褒めるのは変で、これは枝葉末節の記述トリックではないかと言われそうですが。

 確かにその通り。

 だけどこの作者は、最後に明らかにされるのは「主人公の耳」と「ヒロインの眼」であることを最初から明らかにしていて、予想もしなかったところから球が飛んできたという印象がない。何を楽しめばよかったの、と途方に暮れることもない。

 要は私は、「次は大リーグボールを投げるぞ」と宣言してから投げて欲しいんですよね、たぶん… だって、せっかくすごい魔球を投げても、誰もそっちを見ていなかったんじゃ、もったいないじゃないですか(笑)。

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(注1)記述トリックもありますが、それは付録ってことで。
(注2)『花嫁のさけび』のことです。

by kaji

投稿者 TEH Editors : 16:11 | 読書(ミステリ)

2007.Dec.22

川本三郎『ミステリと東京』

 名著『乱歩と東京』(松山巌)と似たタイトル。しかし私は、ミステリ紹介本として読んでしまいました。

 という言い方は著者に対して逆に失礼かも… だけど、戸川昌子の『猟人日記』など、これまでいくつもの紹介文を読んできましたが、こんなに魅力のある紹介文は始めて読みました。路上観察系の本が好きな人には効きます。その方面に興味がない人には分かりませんが(笑)。

 桐野夏生は『OUT』も紹介されてますが、メインは『水の眠り 灰の夢』。
 小泉貴美子は『弁護側の証人』ではなく『血の季節』と… 代表作をあえて外して取り上げられている作家も多く、中には知らなかった作品もあり、年末は今年のベストテンではなく、こちらを読んでみようかと思ったぐらい。

 この編集方針(?)のせいか、日影丈吉は『吉備津の釜』ではなく『一丁倫敦殺人事件』。これはちょっと残念です。『吉備津の釜』も、新橋から浅草に向かう水上バスが舞台となっているので、この本で取り上げることもできたと思うのですが。
 川本氏は紹介してくれませんでしたが(笑)、『吉備津の釜』は傑作。借金のために浅草に向かう主人公が、水上バスの中で少年時代の出来事を回想する。やがて、現在の自分が置かれている立場と、ある昔話の状況が似ていることに気づき… 最後にはピースがぴったりと一致する。その展開が見事。短編のお手本のような作品です。

 あと、嬉しかったのが広瀬正の『マイナス・ゼロ』の名前があったこと。タイムトリップSFの古典として、タイトルだけは有名だと思いますが、現在は… 売れてるのかな? この小説の主人公にとっての「現在」は昭和三十八年。それが昭和七年の東京にタイムスリップするわけで、私が始めて読んだ時点で(リアルタイムじゃないですよ)すでに「過去の作品」でした。
 設定に先鞭を着けたことは認めても、今読むとちょっと… となっても不思議はないのに、そうはさせなかったのが昭和七年で出会う(大工の)カシラ一家と、主人公の人情話。カシラとその女将さんは、あまりに世間知らずな主人公を、親に勘当されて途方にくれているお坊ちゃんと思いこみ、あれこれと世話を焼く… 『三丁目の夕日』の時代の作者が、昭和七年のそんな生活を懐かしがっているのが面白い。いつの時代もそうなんですかねえ…
 
 著者がこんなにミステリを読んでる人とは知りませんでした。既読の作品でも独自の視点が楽しめる傑作。

kaji

投稿者 TEH Editors : 05:20 | 読書(ミステリ)

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