2007.Dec.22

川本三郎『ミステリと東京』

 名著『乱歩と東京』(松山巌)と似たタイトル。しかし私は、ミステリ紹介本として読んでしまいました。

 という言い方は著者に対して逆に失礼かも… だけど、戸川昌子の『猟人日記』など、これまでいくつもの紹介文を読んできましたが、こんなに魅力のある紹介文は始めて読みました。路上観察系の本が好きな人には効きます。その方面に興味がない人には分かりませんが(笑)。

 桐野夏生は『OUT』も紹介されてますが、メインは『水の眠り 灰の夢』。
 小泉貴美子は『弁護側の証人』ではなく『血の季節』と… 代表作をあえて外して取り上げられている作家も多く、中には知らなかった作品もあり、年末は今年のベストテンではなく、こちらを読んでみようかと思ったぐらい。

 この編集方針(?)のせいか、日影丈吉は『吉備津の釜』ではなく『一丁倫敦殺人事件』。これはちょっと残念です。『吉備津の釜』も、新橋から浅草に向かう水上バスが舞台となっているので、この本で取り上げることもできたと思うのですが。
 川本氏は紹介してくれませんでしたが(笑)、『吉備津の釜』は傑作。借金のために浅草に向かう主人公が、水上バスの中で少年時代の出来事を回想する。やがて、現在の自分が置かれている立場と、ある昔話の状況が似ていることに気づき… 最後にはピースがぴったりと一致する。その展開が見事。短編のお手本のような作品です。

 あと、嬉しかったのが広瀬正の『マイナス・ゼロ』の名前があったこと。タイムトリップSFの古典として、タイトルだけは有名だと思いますが、現在は… 売れてるのかな? この小説の主人公にとっての「現在」は昭和三十八年。それが昭和七年の東京にタイムスリップするわけで、私が始めて読んだ時点で(リアルタイムじゃないですよ)すでに「過去の作品」でした。
 設定に先鞭を着けたことは認めても、今読むとちょっと… となっても不思議はないのに、そうはさせなかったのが昭和七年で出会う(大工の)カシラ一家と、主人公の人情話。カシラとその女将さんは、あまりに世間知らずな主人公を、親に勘当されて途方にくれているお坊ちゃんと思いこみ、あれこれと世話を焼く… 『三丁目の夕日』の時代の作者が、昭和七年のそんな生活を懐かしがっているのが面白い。いつの時代もそうなんですかねえ…
 
 著者がこんなにミステリを読んでる人とは知りませんでした。既読の作品でも独自の視点が楽しめる傑作。

kaji

投稿者 TEH Editors : 05:20 | 読書(ミステリ)

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