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系客車 「寝台急行銀河号」 2006年12月22日乗車 (2007年1月20日 公開)
2006年12月22日から2007年1月にかけて用務と帰省をも含めた冬の鉄道旅行をしようかと構想していた。しかしながら、一身上の都合で正月帰省をする気が失せたので、正月帰省とそれに付随する鉄道旅行は全面的に取りやめた。初乗車となる阪堺線や工事中の紀和駅なども取材済みではあるが、今回は2006年12月22日に乗車した「寝台急行銀河号」だけを公開対象にする。
私は「寝台急行銀河号」にすでに
10回以上乗っているので、乗る度にわざわざ乗車体験記を公開したいと考えているわけではない。しかしながら、今回はこれから記すような特殊な思いや出来事があったので公開する事にした。
用務で関西へ向かう為に「寝台急行銀河号」に乗る事にした。今回も
11月同様にA寝台車の下段が取れなかった。「寝台急行銀河号」に乗れなくなると困るので、B寝台車の下段を確保しておいた。
2006
年12月22日(金)★★★この日は…★★★
この日は来春のダイヤ改正の概要が発表される日だ。「寝台急行銀河号」は平日には片道
30人ぐらいしか乗客がいないと言われており、廃止の噂が飛び交っていた。もしかすると廃止が発表される当日の乗客になってしまうかもしれないという複雑な思いがあったのだ。結論から言えば「寝台急行銀河号」は存続する事になった。一方で、「特急東海号」の廃止が発表された。また、私事であるが、この日から
19年前の同じ日、1987年12月22日、初めて「寝台急行銀河号(上り)」に乗車した。それは私にとっては初めての上京であり、また、寝台車初乗車でもあった。「寝台急行銀河号」は当時も今も24系客車で運転されているのである。
★★★「寝台急行銀河号」の車両★★★
東京駅
22:20頃、品川方面より10番線を「銀河編成」が回送されてきた。「車庫に入ります」と案内された。機関車は
EF65-1111。その次位にはなんと、オハネフ25の0番台ではないか。近年は「寝台急行銀河号」において0番台のB寝台車の出番が少ないので、面白い写真が撮れそうだ。車番を見てさらに驚いた。オハネフ25-47。…この車番を見ただけで気づくところがいかにも私らしい。オハネフ
25-47は、事故廃車になったオハネフ25-18の代わりとして登場したものだ。しかしその頃、100番台車の量産が始まっていた。所属基地での仕様を揃える為に旧型である0番台車が1両だけわざわざ再生産されたのである。せっかくの珍車オハネフ25-47だが、それは喫煙車なので寝台券の変更を申し出てまで乗ってみようとは思わない。
さて、機回し後の「寝台急行銀河号」の編成を記しておこう。
EF65-1111、カニ24-11、オロネ24-102、オハネフ25-140、オハネ25-161、オハネ25-158、オハネ25-160、オハネフ25-47。
オハネフ
25-47以外にも珍しい車両が運用に入る。オロネ
24形100番台は、車両運用の需要の関係で、オロネ14形が24系へと編入改造された車両である。オロネ24-101は北国方面の寝台特急用に用意されたわけだが、オロネ24-102とオロネ24-103は、「寝台急行銀河号」を14系から24系に変更する際に編入改造された車両である。この2両は24系化後に特急運用に就いた事が無い。予備車となっているオロネ24-6に巡り合ってみたいものである。そちらは純正24系なのである。他には「トワイライトエクスプレス色」のカニ
24が有名である。これにもお目にかかりたいものだ。更に、
オハネ25形250番台が2両あるのだが、それはオハネ15形を24系へ編入改造した車両である。そうは言うものの、純正のオハネ25形100番台が246番まであるので、250番台という区切りはあまり気づかれにくいみたいである。
今夜の編成で着目すべきは、
2号車がオハネフ25になっている点である。この列車の車掌室は2号車と6号車だと案内された。どうして1号車A寝台車に車掌を配置しないのだろうか?
★★★今夜の様子★★★
今夜は少々混んでいるので検札に時間がかかるとの旨が案内された。確かに小田原での飛び乗り客がやってきて、私がいる区画も埋まった。そうは言うものの、増結無しの寝台車
6両の短い編成である。余談だが、私がいる区画の荷棚には業務用の部分があった。車掌さんに尋ねたところ、「○○も運ぶが、お客さんの荷物も置いていい」と言っていた。
今夜は珍しく早めに眠りに就いた。熱海と米原の停車には気づいた。
★★★快適な
B寝台下段★★★客車
B寝台の下段は、補助カーテンがついている車両では余計な光が差し込んでこないのがうれしい。私の睡眠時における姿勢や光が気になる性質などを考慮すると、もしかするとプルマン式A寝台よりもこちらの方が自分に合っているのかもしれない。
★★★大津から快速電車と競走★★★
大津到着
10分前におはよう放送が入った。さて、お楽しみの快速電車(709K)との競走の時間がやってきた。現行の平日ダイヤでは、この区間での「銀河」と「快速」の並走が見られなくなっている。この日は土曜日だから見られるのである。大津同時発車。電車の圧倒的な加速で一気に引き離される。
709Kが山科停車中に「寝台急行銀河号(101レ)」が先行する。京都での快速電車への乗り換え案内は、当然ながら
709Kよりも後の列車が案内された。709Kと101レは別のホームに着発するのである。京都同時到着。101レ京都先発。西大路の手前で709Kが追いついてきた。しかしながら、101レを追い抜かない。完全に並んで走る時間が長い。
時折、人間の歩行速度ぐらいの速度差が生じるが、概ね同じ速度で走っている。言い換えれば、
101レの乗客と709Kの乗客は、ほぼ同じ人同士が目を合わす事になるのである。土休ダイヤゆえに日頃から709Kに乗っている乗客が少ないせいなのか、平日ダイヤの時とは異なりこちらを見ている乗客が多い。軽い衝撃とともに
101レが加速をし、709Kが後ずさりする場面もある。向日町を並んで通過。
B寝台下段から姫路行き快速709Kを撮影する。同じ速度で走行しているので、ぶれることなくこのような写真がじっくり撮影できたのだ。
★★★大阪到着★★★
新大阪直前、到着前に列車が揺れる旨が案内された。なんと、新大阪駅
18番のりば着発である。新大阪始発列車でもないのに珍しいものだ。終点大阪では
4番のりば到着となる。同じホーム反対側の3番のりばには「寝台特急日本海2号」が到着していた。以前とは3番4番が逆転している。昨夜の東京駅と同様に、オハネフ
25-47が最後尾につく「銀河編成」を撮影。私の印象としては、
25形0番台のB寝台車で編成された姿こそがまさしく「正調・寝台急行銀河号」である。スバラシイ・・・。
それにしても、「寝台急行銀河号」が廃止にならなくて良かった。そうは言うものの、十数年前の半分ぐらいの編成長になってしまったものだ。また、私が子供の頃には新鋭客車としてもてはやされた
24系25形客車も今ではすっかり古典車両の部類に入る。自分も歳を取った事をいやでも実感してしまう。実用主体の後継寝台客車はおそらく登場しないだろうから、この24系客車の引退の時期に「寝台急行銀河号」も姿を消すであろう。寂しいものだ。せっせと乗らねば…。