赤沢自然休養林/赤沢森林鉄道(長野県上松町) 2009613日(土)  2009621日公開)

 

 赤沢自然休養林では、復元された森林鉄道が春から秋にかけて主に休日に運行されている。木曽森林鉄道の一部が1978年に復元され、1987年から観光向けの赤沢森林鉄道として運行されているのである。なお、木曽森林鉄道とは、広い意味では北は奈良井営林署管内から南は坂下営林署管内までにあった全ての森林鉄道を指すが、一般的には上松を基点とした王滝・小川森林鉄道とその支線を指す。我が国最大級の森林鉄道であったが、1976年に王滝森林鉄道が完全に廃止になった。

 私は森林鉄道も好きであり、赤沢森林鉄道への訪問は夏の鉄道旅行の一環として計画していた。そうは言うものの、東京から出発する場合には赤沢自然休養林へ向かう路線バスはあまりにも不便だという事情もあり、予定を大きく変更して自家用車で行く事にしたのであった。

 

  

 925頃に赤沢自然休養林に到着した。駐車場料金600円には、環境保全の為の協力金が含まれるらしい。

 森林鉄道の運行は1000からだと認識していた。なんと、構内放送によると、930発の森林鉄道が間も無く発車するとの事だ。予定外の時刻に発車しており、何分間隔で運転するのか予想がつかなくなったので、急いで乗る事にした。

 次の発車は30分後と聞いたが、せっかく急いで来たので、800円の木製の乗車券を買って慌しく乗り込んだ。「発車間際の駆け込み乗車は…」といった都会の通勤電車のような無粋な案内はさすがに無かった。ただし、着席するように言われた。

 本当は機関車の様子を見る為に先頭の客車に乗りたかったのだが、後から2両目の「くぬぎやま」という客車に慌しく乗り込んだ。最後尾の「あすなろ」という客車は身体障害者用の車両らしく、締切扱いであった。客車は前後左右が開放されており、車内は1人掛けと2人掛けの転換クロスシートである。数名の乗務員が乗り込んでおり、運行費用がかかっていそうである。

 この路線は往復で約2.2km、所要25分であり、片道の所要は10分程度である。チェーンソー導入の試験が行われた事や、神木を切り出した事など、様々な案内放送が流れた。

 

 

 乗車できるのは丸山渡駅までの1.1kmだが、丸山渡から先も700mぐらい線路が敷設されているらしい。

 

 

 丸山渡にて機回しが行われる。復路は、機関車の様子が見たいので先頭の客車「あすなろ」に乗せてもらった。

 機関車の速度計を見たが、7km/h程度で走行していた。なお、復路は案内放送が無かった。

 下車後に尋ねてみたのだが、後続列車の復路便に乗る事はできないらしい。往復で乗る場合には、往路の折り返し便に乗らなければならないとの事である。運賃は800円だが、往復で乗ろうが丸山渡で降りようが乗客の自由との事だ。ちなみに、丸山渡からの乗車はできない。復路便の乗客があまりにも少なかったので、疑問に思って質問したのであった。

 

 

 これこそが私の思う森林鉄道・ナローゲージの雰囲気だ。森林鉄道の機関車を模して1996年に新製された機関車が、オープン客車5両を牽引している。客車に森林鉄道の雰囲気があれば満点なのだが…。なお、軌間は762mmである。

 

 

 森林鉄道のりばの傍にある「森林鉄道記念館」では、理髪車や貴賓車、それにモーターカーや機関車が保存されている。当時の設備や資料も展示されており、森林鉄道好きにはたまらない施設である。

 

 私は、旅先で記念館や資料館等を訪ねるのが好きである。「森林資料館」にも立ち寄った。

 

 

 赤沢自然休養林は我が国における森林浴発祥の地である。

 “川のある山の風景”…なんて気分がいいのだ。ここで食事にした。山菜うどん1800円というのは普通ならば高く思えるが、景色の良い所で、しかも屋外で食べられるし、魅力ある観光地への応援料金だと考えればそれほどたいそうな出費とも思えなかった。

 かなり人気の観光地らしく、この日も11頃には大型観光バスが3台も来ていた。どうやら名鉄の観光コースにもなっているらしい。

 11時半頃にここを立ち去った。

 

 

 

 “それらしき物件”を見つけて大喜び。小川線の遺構であろうか、往路に見つけて復路に撮影した。

 木曽の森林鉄道は規模が大きかったのだが、不思議と遺構はほとんど目にしなかった。もしかすると、車で走った道こそがその遺構だったのかもしれないが、橋梁やトンネルといったわかりやすい遺構にはほとんどお目にかかれなかった。

 

 あまりに空気がおいしくて気分がいいので、上松駅ヘ向かう道中の中程までは、久々に車のスライディングルーフを後方に全開にした。両側の窓も開けていたのでオープンカー並みの開放感であった。

 

 

 王滝・小川森林鉄道の起点となっていた上松駅。写真左側がJR中央本線の上松駅である。

 駅の裏手は、一部の敷地は別業種の工場等に転用されているが、昔と同様に広大な貯木場がある。この町がかつて林業の町として大いに栄えていた事を窺い知る事ができる。

 

 

 かつて探険した某森林鉄道の廃線跡にはトンネルがたくさんあって大変おもしろかったのだが、赤沢に関しては廃線跡探しのおもしろさは無かった。一方、赤沢の復元された森林鉄道は、園内をぐるぐる回るような遊園地型ではなく、かつての路盤を再整備した実用的なものであり、これはたいへん良かった。充実した記念館にも訪ねる事ができて、多大な満足を得られたのであった。

 

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