鹿島鉄道訪問記  (「映画/学校の怪談4」の幽霊列車を訪ねて / カシテツを救え)  200686日(日) 2006/8/13日 公開)

 

今回のテーマは、

1. 鹿島鉄道が気になる

2. JR)常磐線特急E653系「フレッシュひたち号」

3. 鹿島鉄道をゆく

4. 石岡にて

 

 

1. 鹿島鉄道が気になる

 残念な話だが、鹿島鉄道は鉄道の廃止を申請しており、来春までの営業と見込まれている。廃線の危機がせまる鉄道路線や、私にとって旅情を感じるような鉄道路線は他にもいろいろあるわけだが、とりわけ鹿島鉄道が気になる理由を記しておこう。

 2年前にDVDで初めて見た「映画/学校の怪談4(東宝・1999年)」に、鹿島鉄道の車両が幽霊列車として登場した。映画に鉄道車両が登場する事自体は全く珍しくないわけだが、私は東宝の「学校の怪談シリーズ」が好きなのと、廃線跡を走ってくる幽霊列車があまりにも印象的だったので、この鹿島鉄道がかなり気にかかるようになっていたのである。

 「映画/学校の怪談4」はお盆の時期の物語である。お盆の頃の台風には海で死んだ人の霊が帰ってくるという設定になっている。そう、今はお盆直前、「映画/学校の怪談4」の時季にあわせて鹿島鉄道を訪ねる絶好の機会なのだ。

 

 かつて石岡⇔榎本間には航空自衛隊百里基地への燃料輸送のタンク貨物列車が走っていたが、パイプラインの老朽化によって平成1314年にタンク貨物列車が廃止された。これは鹿島鉄道にとって大きな収入源を無くす出来事であった。その後5年間は公的資金を投入して鉄道を存続する事になったが、それも来春までである。

 鹿島鉄道の親会社は関東鉄道である。鹿島鉄道はかつて関東鉄道鉾田線であったが、赤字路線という事で昭和54年に関東鉄道本体から切り離されたのだ。関東鉄道は平成17年に開業したつくばエクスプレスによって大きな痛手を受け、鹿島鉄道を支援するのが困難との事である。

 しかしながら、廃止は申請段階であり、申請は撤回可能なのである。沿線では鉄道存続運動が活発であり、「カシテツを救え」と大々的に掲げられている。また、鹿島鉄道自体の営業努力も見て取れる。実際に、私が訪ねる前日には「カシノリ」という行事が開催されていた。

 また、石岡機関区において毎月第3土曜日には気動車の体験運転が開催されている。この行事は人気が高く、7月時点において9月分まで満員であった。本当ならばこの行事に参加した上で鹿島鉄道の旅行も楽しみたかったのだが、既に満員なのだから仕方が無い。

 

 最近は気分がすぐれないのでこの夏は帰省や旅行をする気になれないのだが、「映画/学校の怪談4」の季節にあわせて鹿島鉄道を訪ねる機会は今しかないので、日曜日の午後からではあるが出かけてきた。

 

 

2. (JR)常磐線特急E653系「フレッシュひたち号」

上野1430→石岡1523 東北本線・常磐線1033M「特急フレッシュひたち33号」  E6537連 クハE653-8(青色編成)

 上野駅特急電車ホームから今回の旅が始まる。今年の夏は帰省する気が無いので青春18きっぷを買っていない。そのような訳で、ホリデーパスと特急列車を利用する事にした。なお、ホリデーパスは土浦までしか使えないので、土浦から先、鹿島鉄道との乗換駅である石岡との間は普通乗車券である。

 今回の旅の主役は鹿島鉄道であるが、せっかくだから常磐線特急についても少しだけ触れておこう。

 常磐線は、東北方面への初めての特急列車「はつかり号」が昭和33年に登場した路線である。蒸気機関車時代には急勾配区間を避けるために、最優等列車は日暮里⇔岩沼間は東北本線ではなく常磐線経由で運転されるのが通常であった。

 昭和44年に「臨時特急ひたち号」が運転された。この列車はキハ80系であったが挿入ダイヤであり、かつて同じキハ80系で運転されていた「特急はつかり号」よりも遅かった。そのような「特急ひたち号」も昭和45年には定期化され、その後は運転本数が多いエル特急として目覚しい発展を遂げた。列車毎に停車駅が異なる点も特徴であった。

 「ひたち号」は483系や旧年式の485系がよく見られる列車であったが、平成元年に651系「スーパーひたち号」が登場すると、485系の「ひたち号」はやがてグリーン車も外されて一気に格下扱いになってしまった。その485系「ひたち号」の置き換え用として平成9年に登場したのがE653系「フレッシュひたち号」である。E653系には常磐沿線の名所にちなんだ5種類の車体色が用意されている。

 E653系「フレッシュひたち号」は、グリーン車が無く、普通車のシートピッチは国鉄時代に逆戻りした910mmであり、いかにも短距離用といった感がある。しかしこの車両は651系よりも加速力があり、しかもJR化後に登場した電車としては珍しく3電源に対応している。

 

 上野⇔石岡間はグリーン車に乗ってもいい距離なのだが、残念ながらの651系で運転される「フレッシュひたち号」の1往復にしかグリーン車が付いていない。「スーパーひたち」の車両で「フレッシュひたち」というのもおかしな話だが、そのように車両の愛称と列車の名称が一致しない事例は、かつてはJR九州あたりでもよく見られた。

 上野から水戸までの停車駅が少なくて遠くまで行く列車と、水戸あたりまでの停車駅が多い短距離列車とで、列車名を分ければいいのではないかと思う。国鉄特急のようなすっきりした列車名が好きな私にとって、「スーパーひたち号」や「フレッシュひたち号」というのはどうもいただけない。以前は更に「さわやかひたち号」や「ホームタウンひたち号」まであって、うんざりしていた。

  

 さて、上野で乗り込んだわけだが、最近の特急車両としてはシートピッチの狭さが真っ先に気にかかった。

 指定席の検札は原則として廃止され、自由席は先頭の7号車の前から検札が行われた。なんと、私の次のおばさん2人連れは、いわきまで行きたいだの、1人が乗車券を無くしただのバカみたいな事を言っていた。車掌さんは多大な時間を取られていた。それより後ろの乗客は、検札待ちの状態で気の毒であった。

 それにしても常磐線の本日乗る区間は、今なお語り継がれるほどの名立たる鉄道惨事の現場となった所を多く通るものだ。これについての詳述は避けておこう。

 取手-藤代間では交直流切換えのデッドセクションがある。従来の電車では、ここを通過する際には予備灯を除いて室内灯が消えていた。しかし、E653系では室内灯が消える事なくこの区間を通過する。ただし、20秒間ぐらい空調機が停止して轍の音しか聞こえなくなるので、交直流セクションを通過中である事はわかる。

 

 

 

3. 鹿島鉄道をゆく

 JR線と鹿島鉄道線は石岡駅の同じ改札内で繋がっており、鹿島鉄道は5番線からである。ホーム上の駅事務所にて「鹿島鉄道一日フリーきっぷ」を買い求めた。このきっぷは1,100円である。ちなみに、石岡⇔鉾田間の片道運賃は1,080円なので、片道運賃と大して変わらない額という事になる。

 本当ならば「映画/学校の怪談4」の幽霊列車と同じ車両に乗りたいところであるが、キハ430系は非冷房なので夏場に出番は無いのである。石岡機関区にいる姿を遠くから眺めるだけになった。

 

石岡15:29→常陸小川15:44 KR502

 この列車は途中の常陸小川までの運転である。“地元の中心駅”の様子も見てみたいので、まずはこの列車で常陸小川へと向かう。この車両は平成生まれのKR502だ。せっかく旧型車両が多く残る鹿島鉄道に来たわけだが、冷房付きでクロスシート装備の新型車も悪くはない。

 さっそく次の石岡南台で女子高生が下車した。このあたりはニュータウンがあり、都市鉄道としても機能しているようである。

 玉里ではキハ600系とすれ違った(おそらくキハ601で間違いないだろう)。ここ玉里と石岡の間には平日の朝夕に区間列車がある。なるほど、通勤輸送というわけだ。

 

常陸小川駅

 石岡からこの駅までの列車も多い。先ほど乗ってきたKR502は下りホームから石岡へと折り返す。停車中には動力機関部分を外部からの水で冷やしていた。

 駅前のお菓子屋さんに入った。菓子パンやおにぎりが売られているわけではなく、みやげ用などの立派なお菓子ばかりが売られていた。このあたりの名産を尋ねてみたが、とりわけお菓子で名産品というのは無いとの事だ。とりあえず駅の待合室で食べる為にまんじゅうを2つ買い求めた。

 駅の待合室は、鹿島鉄道存続を訴えるの掲示物こそ目立つが、総じて昭和の情景が色濃く残っている。ただし、便所の匂いが直撃するのが耐えられず、早々にこの場を退散した。

 

 常陸小川駅では貨物ホームとその母屋が残されており、「カバさん」ことDD901形ディーゼル機関車が静態保存されている。DD901形はロッド式の足回りが特徴である。この車両を撮影する人は駅で記帳するように案内されている。自動車で撮影に来ている人もいた。

 

 16:08発の上り列車が到着した。この車両は「かしてつ応援団」によるラッピングが施されたKR501である。「かしてつ応援団」には中高16校の生徒会が加盟しているが、彼ら中高生だって自動車の運転免許を取得してしまえば鉄道に見向きもしなくなるだろう。地方鉄道の実情なんてそんなものだ。なんと、ここで列車を撮影する女性2人連れがいた。近年は鉄道車両にカメラを向ける女性をよく見かけるが、彼女達は私の同業者なのか?

 

常陸小川16:09→鉾田16:47 キハ601

 対向の16:09発の鉾田行きがやってきた。なんとキハ601である。鹿島鉄道のキハ600系はわが国最古の現役気動車である。キハ601は元々鉄道省にいた車両であり、車齢約70年である。70歳を示すヘッドマークが付けられている。しかしながら、機械式から液体式への改造や、車体の更新、およびロングシート化など数次の改造を経ているので、車歴こそ70年だが70年前の部品がどれほど残っているのかは疑わしい。なお、車体長が大きく収容力があり、冷房も付いているため、今なお主力として活躍している。

 

 この路線は40km/h程度での走行が通常らしく、速いと思う瞬間でも50km/h強ぐらいである。

 榎本で一般客1名が下車した。この先乗客は8名だが、カメラを携えた同業者ばかりだ。これだけ地元客の利用が無いのであれば存続も難しいのではないかと思えてきた。

 

 

 このように漢数字縦書きの時刻表がいくつかの駅で見られる。もちろん、格好の被写体にされていた。

 

鉾田駅

 鉾田駅は「関東の駅百選」に数えられている。駅前はバスターミナルにもなっており、多方面へのバスが発着している。しかしながら、駅前すなわちバス停横にある飲食店らしき立派な建物は廃墟になっていた。駅前の道を右手に進んだ所にも廃墟があった。なんという寂れっぷりなのだ。

 鉾田から先は、鹿島臨海鉄道の新鉾田駅まで徒歩連絡して別路線を乗り継ぐという旅程も可能である。しかし、今回は時間帯や旅の目的を考慮して鹿島鉄道だけにしておいた。

 

 この鉄道や沿線は昭和の情景が色濃く残っている。この写真には写っていないが、旧字体で「長驛(駅長)」と記されているのも見逃せない。なお、この旅行時における某鉄道誌最新号では「鹿島鉄道に昭和の残照を求めて」という特集が組まれている。

  

 鉾田駅に停車中のキハ601。この駅の旅客扱い部分は21線となっている。奥が降車ホームであり、手前が乗車ホームなのだ。手前のホームだけあればじゅうぶんだと思う。また、停車中は床下機器が放熱できないので車両にとっては辛い駅なのかもしれない。

 鉾田駅停車中には動力機関部分を外部からの水で冷やしていた。この光景は常陸小川駅に停車中のKR502でも見られた。

 

鉾田17:08→石岡18:01 キハ601

 鉾田からの乗客は11人であったが、一般客は2人だけであった。榎本→玉造町間の乗客は同業者ばかりだったと記憶している。常陸小川からは車掌が乗務して検札にあたっていた。石岡が近づくと部活帰りの学生などで車内はにぎやかになった。

 さて、往復ともに踏切を注視していた。そう、「映画/学校の怪談4」に登場する踏切を見つけたかったからである。桃浦-八木蒔間でそれらしき第4種踏切を見たが、そこがそうであるとは確信できない。私はとりわけロケ地マニアというわけではないが、旅の取材対象としては結構楽しんでいる。

 せっかく鹿島鉄道まで来たので、「映画/学校の怪談4」に登場するキハ432をなんとか近くで見られないかと考えていた。なんとなくそれが心残りであった。

 

4. 石岡にて

 来た時とは違ってすでに駅の構造がわかっているし、乗換時間に余裕があるので石岡駅での取材を行った。

 

 な、なんと、キハ432がプラットホームの前まで出てきていた。この車両こそが「映画/学校の怪談4」に登場する幽霊列車だ。映画の時とは全面の塗り分け線こそ異なるが、この車両に会いたくてここまで来たのだ。うれしくてたまらない。それなりの「顔」がある車両でなくては幽霊列車の役はできないだろう。それだけこの車両に趣があるという事だ。

 

 4番線はすでに線路が剥がされている。かつて貨物列車が運転されていた名残で、タンク貨車の上にあがる事を禁じる注意書きが残っている。ちなみに、写真右側がJRの常磐線である。

 

 夕刻の駅前では「いしおか七夕まつり」が開催されていた。夏の情景だ。こういう非日常にも出会えるからこの時季に出かけるのは楽しいのだ。

 

 

石岡18:12→上野19:08 1052M「特急フレッシュひたち52号」 クハE653-6 (基本編成がオレンジ色、付属編成が赤色)

 11連の「特急フレッシュひたち52号」で石岡を後にした。

 

 

 

 さて、必要性が疑問視される交通網の整備が各地で見られる。それらに投入される公的資金は莫大なものだ。それに比べれば地元の足として定着している赤字ローカル鉄道線の赤字額なんて微々たるものである。少なくとも、年間補助額の数十倍をも拠出して自転車道へと改装するようなばかげた真似だけはしてほしくないものだ。

 

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