日光国立公園 東武特急スペーシア 臨時きぬ192 2001813日(月) (2001/8/15 記)

 2001813日月曜日。列車で日光方面出かける事にした。

 

今回のテーマは、

1.東武鉄道 快速 浅草→東武日光

2.日光国立公園

3.世界遺産 日光の社寺

4.東武特急スペーシア 臨時きぬ192

5.番外編 日光観光客輸送物語 

 

1.東武鉄道 快速 浅草→東武日光

 東武鉄道は初乗車となる。もちろん看板特急スペーシアに乗る予定であった。しかし、日光・鬼怒川方面の特急は全て満席であった。私は今回、私鉄ロマンスカーに乗る事が主目的のひとつだったので行き先を変更して「りょうもう号」に乗ろうかなとも一瞬考えた。しかし、日光国立公園という目的も捨てられないので日光へ向かう事にした。

 

東武浅草駅

 東武伊勢崎線のターミナルである。昭和6年に開業し、東京では初めてのデパート一体形のターミナルである。駅構内から急カーブで川の上の橋にかかる為、ホーム先端付近ではホームと車両が驚くほど離れている。また、一本だけ8両分の有効長が確保されてはいるがこれも8両の入線こそ可能だがドア扱いができるのは6両だけである。端頭式となっており、これ以上の機能拡張は望めそうに無い。営業キロ数や複々線の規模など東武鉄道は非常に大きな私鉄であるが、看板ターミナルはたいした構造ではなく、乗客の流れとしては北千住駅など他にもターミナル要素を持つ駅が少なくない。浅草駅5番ホームにはホームから用を足さないよう注意書きがされていた。ホームの下は街である。ちょっとビックリ。

快速東武日光行き

 この列車は前2両が東武日光行き、後ろ4両が会津田島行きの6両編成で出発する。ここ東武では快速は準急よりも格上であり、特別料金不要の優等列車といえる。クロスシートが主体の6050系で中(長)距離運用には十分使える車両である。

 外国人団体が非常に喧しいのが気にかかった。離れて坐って正解であった。

 北千住・春日部と乗客はどんどん増えていく。勿論、立っている人は多い。それにしてもこの列車は停車駅が少ない。過剰サービスではないか?と思えるほどである。新鹿沼で大量の下車があったが、ここは一部の特急は停車する。これほど需要があり、浅草方面からも遠い所なのでもっと停車優等列車を増やしてもよい気がする。

 下今市で後ろ4両を切り離す。この駅は浅草行き特急の乗り場が「けごん号」が3番、「きぬ号」が4番と分けられている。2両編成となった列車は複線区間を直進し、終点の東武日光駅に到着した。

 東武日光駅は、12番線と456番線が大きく離れており、構内は三角形になっている。日光の玄関として活気と華やかさに満ちている。

 

2.日光国立公園

 東武日光駅から徒歩5分ほどの所にJRの日光駅がある。こちらは大正元年に竣功され、貴賓室をも備える立派な造りの駅舎である。しかし、日光の事実上の玄関は東武日光駅である。東武特急のターミナルは地下鉄以外に乗り換えの無い浅草である。一方、JRの場合は西側に位置する新宿や池袋からの直通運転も可能なので、直通列車を走らせてもよい気がするが、臨時運転では東武鉄道には到底太刀打ちできなかったようである。

JRの日光駅

 このあたりはバスも東武の天下である。しかし、それらもわざわざJRの日光駅を起終点とする便が多く、そんなところからも東武に魅力を感じてしまった。

 せっかく世界的にも名高い観光地へ来たのだから少しだけ目的地を決めて観光する事にした。

 ここは「ゆば」が特産らしい。「ゆばラーメン」を食べた。ゆばの定食もある。ゆばの刺し身もあるようだがゆばだけ食べておいしいのかどうかは想像しがたい。

 中禅寺湖や東武特急「けごん号」の名前の基となった華厳の滝は遠いので、日光東照宮へ行く事にした。国立公園をはじめとする自然公園は、優れた自然の風景地を保護するとともにその利用の増進を図り、国民の保健や休養等に資することを目的とするものである。こういう観点からだと国立公園観光とは言いにくいが世界遺産観光にはなる。

 東武日光駅からバスで東照宮へ向かう。バスも国道も混んでいる。バスの録音済みアナウンスでは日光国立公園への歓迎の他、驚いた事に渋滞による定刻後れの謝罪アナウンスまで入る。

 

3.世界遺産 日光の社寺

 詳しい事は、観光の本を観ていただければわかるので、所感だけ記す。

 5個所まわれて千円の拝観券を購入する。

 

 人間は金色に反応するようであり、金の装飾に対しては強烈な反応が見られる。成金趣味だと蔑む向きもあるようだが、私は金色は大好きである。銀色も好きであるが、金色の魅力を再認識した。日光の社寺の色使いの美しさは最高である。

 

 有名な「見ざる 言わざる 聞かざる」の写真を載せておく。これは、子供の教育において悪い事を「見ざる 言わざる 聞かざる」ように素直に育つように願いを込めたものという説明がなされた。しかし、被支配者の処世訓という解釈もある。ここでも権力を意識せずにはいられない。

 参道入り口にある神橋は補修工事の為、観る事はできなかった。

 本日は曇っており気温も低かった。動き回るにはよい天候であった。しかし、雨や湿気の多い気候が日光の社寺の保存の苦労の種になっているという一面も見逃せない。

 

4.東武特急スペーシア 臨時きぬ192

 夕方の浅草行き特急は午前の時点で既に満席便も出ているのでそろそろ帰る事にする。神橋のバス停で列車の時刻を調べる。この時点で1440分頃である。なんと「急行南会津276号」があるではないか。「りょうもう号」が特急に格上げされた今となっては希少価値のある東武急行である。東武鉄道は伊勢崎線・日光線系統の急行にも全席指定の専用ロマンスカーを走らせている。「りょうもう号」が現行車両で急行だった当時、東武急行の豪華ぶりは他の鉄道各社の追随を許さないと言ってもいいくらいであった。現行の急行車両の一部は座席を向かい合わせに固定化されて普通列車用に格下げされてしまった。また現役急行車両もローカル線区では普通列車運用にも入ることがある。

これが急行車両である。車体側面を見れば立派なロマンスカーである事がよくわかる。

 東武日光駅に着くと、浅草行きの特急は軒並み満席になっていた。しかし、「臨時特急スペーシアきぬ192号」と「急行南会津276号」には空席がある。随分迷った。「急行の方が先に浅草に着くが、200円しか違わないから特急の方がよいのでは…」と駅員氏に勧められた。先述のように急行車両は普通列車運用でもお目にかかれるので当初の予定通り特急に乗る事にした。日光・鬼怒川方面の特急は全て「スペーシア」で運転される。

 東武日光-下今市間には「特急接続」という運用がある。これは浅草-鬼怒川温泉方面の特急と接続させる運用である。ちなみに、往路に乗ってきた快速が折り返しでこの運用に就いていた。特急料金は浅草から下今市も東武日光も同じである。同じ料金を払うのに、乗り換えなければならない上、一般車両に乗せられるのは気分が悪い。

 15:22発の「特急接続」に乗るがなんと「特急車両スペーシア」である。しかもご丁寧に進行方向に向けて座席がセットされている。特急車の開放とも言えなくはないが、一般車両を覚悟していた私としてはうれしくて仕方が無い。

 この列車、全席自由席で運転されるが、なにぶん特急車両で運転される為、「スペーシアきぬ192号」の指定席通りに坐ろうとする客も散見される。「特急接続」は一般車両での運用もあるのだから自由席だと私はわかるが一般客には理解しがたいらしい。私も他の人が来たので場所を空けたが、隣の席となる小学生の男の子に席を移ってもらったのはかわいそうだったと思う。その子はゲームに興じており窓側へのこだわりが無さそうなのがせめてもの救いであった。よくよく考えれば私が通路側でもよかったのだ。私は子供にきつい事は言えない性分である。その子は全く気にしていなかったがとにかく丁寧に謝っておいた。

 下今市までわずか7分である。サービスコーナーに数人の女性乗務員がいるが非営業である。座席の写真を撮ったりしているうちに下今市に到着した。せっかくの自由席なので個室に乗ればよかった。一般車両を覚悟していたにもかかわらず「スペーシア」に乗れた事で舞上がってしまったようである。

 15:32に鬼怒川温泉15:13始発の「臨時特急スペーシアきぬ192号」がわずかな乗客を乗せて入線してきた。いかにも臨時列車のローカルエリアらしい乗り具合である。東武日光からの乗客が圧倒的多数である。先程の「特急接続」はスペーシアで運転されていた。だったらはじめから東武日光始発の「臨時特急スペーシアけごん号」として運転した方がよかったのではないか。

 なかなか発車しない。当駅発車は15:41である。いかにも挿入ダイヤの臨時特急らしく極めてドン足である。ここから浅草までは急行よりも時間がかかっている。浅草到着は17:32である。下今市-浅草間は単線区間も無く、無停車駅間が長いにもかかわらず表定速度は70km/hにも届いていない。定期列車にも言える事だが、近年の在来線特急は表定速度が90km/h台や100km/h台のものも多い。東武特急は私鉄特急の表定速度東日本一位なのだから、いくら競合路線が無いとはいえ、もう一つ工夫してみてはいかがだろうか。それにしてもこの「臨時特急スペーシアきぬ192号」、栃木県内は列車運転密度が低いにもかかわらず非常にのんびり走っていた。少し離れたところを並走する自動車にすいすい追抜かれた。「遅い特急」というのは悪い評判のネタになるので注意した方がよいだろう。小○急ロマンスカーの展望席で「遅いね…」と言っている女子大生集団を見た事がある。この「臨時特急スペーシアきぬ192号」は行楽帰りで眠っている乗客が多いからなのか、それとも車内の豪華さがすごいからなのか苦情は耳にしなかった。

 検札は女性乗務員と男性車掌の二人一組でやってくる。これは日光・鬼怒川方面の特急の伝統である。世の中のソフト面の合理化が進んでいるため優雅ささえ感じられる。女性乗務員はアテンダントと称されるが昔はスチュワーデスと呼ばれていた。彼女たちは英語で会話ができる事が条件とされた(今はどうなのだろう)。車内放送は彼女たちの仕事であり、日本語の他、英語による放送も肉声により行われる。外国人旅行者の多い日光・鬼怒川方面の特急の伝統である。

 100系「スペーシア」は平成2年に登場した。先代の1720系「DRC(デラックスロマンスカー)」の流れを汲む本当に豪華な車両である。バブル期の車両であり、時代の設計思想がよく反映されている。シートピッチは1,100mmもある。リクライニング角度は深くないが、大型のフットレストがつく。可動式のセンターアームレストや肘掛内蔵型のテーブルもある。ヘッドレストの形状も強烈である。登場時にはスピーカーがつけられていたが、今は肘掛けにイヤホンを差し込む方式に変更されている。テーブルの縁やカーテンの止め具、さらに帽子掛けなどに金色が奢られている。日光の社寺と通じるものがあるように思える。個室には大理石でできたテーブルが備えられている。たまらない。

 車内販売も高額である。自動販売機のジュースは1170円もする。

 スペーシアは春日部駅では二つの扉しか客扱いを行わないようである。当初、何本かのスペーシアが当駅に停車するようになった。現在はスペーシアの全列車が停車するが、いかにも“停めてやってる”といった感がぬぐえない。扉扱いについても語りたいところだが別項に譲る事にする。

 どういうわけか、この「臨時特急スペーシアきぬ192号」は東武鉄道のHPhttp://www.tobu.co.jp/train/time/rinji/2001_8/100.html)では「198号」となっている。

 

5.番外編 日光観光客輸送物語

 日光は我が国を代表する観光地であり、外国人観光客も多い。この為、東京-日光間の観光客輸送列車は日本の鉄道の顔という役目も担ってきた時代があった。

 昭和23 東武鉄道が浅草-東武日光間に特急列車の運転を開始した。

 昭和31 国鉄に準急気動車キハ55系登場。国鉄は他の鉄道会社に乗客を取られても平気であった。しかし、どういうわけか対日光輸送だけは積極的に東武に挑戦した。この新鋭車両で「準急日光号」を登場させた。勾配区間が多い為、エンジン2基のキハ55編成によりスピードアップを図ったという気合の入れ様であった。

 更に昭和34 国鉄が157系「日光準急特別電車」を登場させた。これは153系「東海形準急電車」の車体設備に151系「こだま形特急電車」の接客設備を取り入れた、今見ても驚くような豪華急行系列車両である。この車両は後に冷房改造の上、特急車両に格上げされる事となった。現在は皇室用のクロ1571両現存するのみである。

 昭和35 東武鉄道1720DRCが特急「けごん号」「きぬ号」に投入された。このDRCは国鉄特急の一等車に対抗する意図で造られた豪華車両である。その豪華さは私鉄特急の東の雄であった。(ちなみにこの時代の西の雄は南海電鉄20001 2代目「特急こうや号」) 日光・鬼怒川方面への東武特急には現在でも女性乗務員が乗務し、英語での対応も行っている。

 平成2 東武鉄道に1720DRCの後継車両として100系スペーシアが投入された。

 現在、JRでは東京方面と日光を結ぶ直通列車は走っていない。数年前に251系「スーパービュー」を使った臨時特急が運転されたが定着しなかった。

 行楽指向の列車は目的地直行形のダイヤが喜ばれる。日光国立公園行き豪華特急はイメージを損ねる事無くこれからも発展してもらいたい。

 

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