Make−Believe ―ふたりの灯火―
 夢を見ていた。
 夕焼けの頃。両親と共に歩む家路。
 やまない潮騒。背に受けたオレンジの日差しが、歩道の上に長い影を造り出す。三本の影、真ん中の一本は少し短く、両側の二本はもう少し長い。三本の影はそれぞれ手を繋いで、みっつで大きなひとつだった。足を一歩前に出せば、影もまた一歩前へ進む。一歩、二歩、三歩……。
 そっと見上げると、微笑みが返った。父からも、母からも。ケイタはまた、影の子どもが歩を進めるのを見た。一歩、二歩、三歩。
 ほんの少し、わがままを言いたいと思った。角のたばこ屋でシュワシュワ溶けるあめ玉を買ってくれないか。母は嫌な顔をするだろうか? 父は? 笑って、仕方ないなあと叶えてくれるだろうか? 分からなくて、ケイタは繋いだ手のひらが汗ばむ気がした。
 お父さんお母さん。笑って、笑って……手を離さないで。あめ玉は欲しいけど、やめるね。だから手を離さないで――

 目覚めた時、枕は濡れていた。枕に落ちる雫に構わず、もう一度まぶたを閉じた。きつくきつくまぶたを閉じて、懸命に思い出そうとした。なんとか感覚を捕まえようと、枕に頭を埋めた。
 けれどもう二度と、両親の温かさを感じることは出来ず、次第にはっきりする頭の中で、それが夢だったことを知ってしまう。夢でも構わないと思った。優しくて温かな両親の側にいられるのなら、夢でも構わないと思った……。
 けれど夢は……夢であるが故に、醒めてしまうのだ。


 一時間目と二時間目の間の休み時間。ケイタは、自席でぼんやりしていたテンに声をかけた。
 ふわりと髪を揺らしてテンが振り向く。桃色の柔らかそうな髪をツインテールにした少女だ。泣いたり笑ったりすることは少なくて、ぼんやりしているか、そうでなければ憤慨していることが多い。食べるのが大好きで、そのくせちっとも太る気配がないのは不思議といえば不思議だった。
 彼女の背中には、小さな白い翼があった。翼のある生徒というのは、この学園でそれほど多くはないが、珍しいというものでもなかった。クラスに一人か二人は必ずいる。テンの羽根はテンの感情に合わせて、羽ばたいたり、ぐったりとしおれたり、ぼんやりして表情の読み取りにくいテンを代弁することがままあった。
 その羽根が、「何?」という風に少しだけ揺れた。ケイタは告げるにはあまりに酷だと思いながら、用件を述べた。
「テンさん、ごめんなさい。今日はお弁当がありません」
 テンは唖然とした表情で、それはどういう意味なのかと聞き返した。
「お弁当を作れませんでした……」
 もう一度、同じことを言う。テンの眉間にはしわが刻まれ、目は泣きそうなくらい潤む。
「なんで?」
「ですから……寝坊して」
「寝坊は……なんで?」
「それはその……寝坊くらいしますよ、僕だって。たまには」
 まさか両親の夢をもう一度見たくて、遅刻ギリギリまで布団の中にいたなどとは言えない。言って笑われるのも、分かった風に同情されるのも嫌だった。我ながら身勝手だと思う。
「……だからあの、今日はカフェテリアに行きませんか? ご馳走しますから」
 ケイタが言うと、テンはじろとこちらを見た。
「カフェテリアってなんだ?」
「……知らないんですか……?」
 問の形をとったが、ほとんど意味はなかった。テンはこの状況で冗談を言ったりはしない。本当に知らないのだろう。
「お弁当を持ってきていない生徒のために、学校の中にレストランがあるんですよ」
 ケイタが言うと、テンは、ほうと声を上げた。
「分かったよ、黒はね。今日のお昼はそこに行く。だけど毎日そこじゃイヤだぞ」
 テンはケイタの鼻先へ指を突きつけた。ケイタは笑った。きっと笑えばテンはいい気はしないだろうと直観したが、そのまま微笑んでしまった。だって、カフェテリアよりケイタのお弁当を心待ちにするテンはとてもいじらしく思えたのだ。
 案の定テンはいい顔をしなかった。ちゃんと聞いているのかと眉根を寄せるテンに、ケイタは笑みのまま、了解を答えた。


 南條(なんじょう)テン。友。救えと命じられた者。ただその人がその人であるという理由だけで、慰め励まし寄り添う相手。
 南條テン……お弁当を食べる。ケイタの――《黒はね》の作ったお弁当を食べる。それが彼女の役。彼女が自分で考え、自分で決めた役。これはごっこ遊びなのだ。テンが始めてケイタが乗ったごっこ遊び。ケイタはテンを救いたかった。だからテンがその役によって救われるなら、ケイタはテンの言う《黒はね》の役をこなそうと思った。
 それは確かに最初はテンのための遊びだったかも知れない。けれど。
(今はむしろ僕の方が喜びを覚えている)
 毎日カフェテリアじゃイヤだなんて、そんな言葉に微笑むくらいに。
 息を吐いた。見上げれば廊下の天井がある。綺麗に並んだ蛍光灯は、まっすぐに廊下の先へ続いていた。
 ケイタは歩を進めて、目的の部屋へとたどり着いた。生徒会室。表示がなければ、他の部屋と区別などつかなかっただろう。あまりに静かで、なんでもない部屋だ。
 ノックの後に、戸を引く。失礼しますと声を上げて、中へ入る。
 部屋の中には二人の生徒がいた。ひとりは手前の机でノートパソコンに向かっている男子生徒。痩せてはいるが貧相には見えない、どちらかというと育ちの良さそうな印象を受ける。ブレザーについた襟章は彼が高等部一年生であることを示している。彼の瞳にはパソコンの画面がいっぱいに映され、十本の指は素早くキーを叩いていた。ケイタがやってきたことを気にもとめない。
 奥の席にたたずむもうひとりの生徒は、ケイタを見ると微笑みを見せた。それは先ほどケイタがテンに浮かべたのとは、全く違った種類の微笑みに見えた。余裕、というのだろう。生徒の間で玉座と揶揄されるその席に身を置くのは、ひとりの女子生徒だった。なんでもないただの女子高生――けれど彼女の余裕の笑みは、彼女をその椅子に相応しい者とさせる。
「こんにちは、北見(きたみ)ケイタ君」
 生徒会長はケイタに向かって微笑んだ。
「珍しいわね、こんな時間に。次の授業は?」
 今は午前の授業の合間にある短い休み時間である。中等部の校舎から距離のあるこの生徒会室へは行って帰るだけで休み時間が終わってしまう。そういう会長もなんとなくせわしない様に見えた。つまり会長自身、自分の次の授業が気になるのだろう。
「去年履修済みの授業なので休みです」
「あらそう」
 ケイタが気安い状況なのを知ると、会長は少しツンとした声を出した。
「定期報告の用紙が手元になくなってしまったので、何部か頂きたいのですが」
「いいわよ。セイジ、印刷する時間ある?」
 会長の声に、パソコンに向かっていた男子生徒が顔を上げた。
「五部くらいでいいですよね?」
 セイジはそういいながら、背後のプリンターに紙を噛ませている。
「すいません急で……」
 ケイタは恐縮してみせるが、セイジは席に戻ってまたパソコンに視線を沈めている。彼はいつも会長の声しか聞かないと、そう思った。
「南條テンちゃんは元気にしてるの?」
 会長は手の上でペンを遊ばせながら、机の書類とにらめっこして言う。
「ええまあ。身体は元気ですし、最近は気持ちの方も元気です、が」
「が?」
 チラリと上目使いに視線を上げた会長は、何か不穏を期待する意地悪な感じがあった。
「えっと……今日僕がお弁当を作れなくて……少し怒られました」
 ケイタがもごもごと告げると、会長はくつくつ笑った。
「何? 夜更かしして寝坊したとか?」
「ええ、まあ」
「ケイタ君でもそういうことがあるのね」
「……ありますよ、それくらい。僕はそんなに規則正しい質ではないですよ……?」
 ケイタが言っても、会長は自分の中のケイタ像が気に入っているらしく、可笑しいわと笑うばかりである。
「じゃあ……今日のお昼はどうするの?」
「カフェテリアに行こうと思ってます」
 その答を聞いて、あらまぁ、と漏らした会長の瞳がキラリと輝いたのだが、ケイタはそれがどういう意味なのか分からなかった。その時は。


「なぁ、黒はね、これ……全部食べられるのか!?」
 カフェテリアのディスプレイの前で、テンは感嘆の声を上げた。色とりどりの定食や丼もの、麺類……本物顔負けの模型は、テンの心に火をつけたらしい。
「全部っていうのは……そのどういう意味で……」
 ケイタは言い淀んだ。どういう意味も何も、テンが言うのだから、ここから好きなものを選べるのかという意味ではなく、ここにあるメニューが全部一度に出てくるのか、という意味に決まっている。テンなら一気食いなど軽くこなすだろう。
「……出来ればその、二・三品にとどめて頂けたら、僕の懐も嬉しいのですけど」
 ケイタはブレザーの内ポケットから、財布を取り出して中身を確認した。二人合わせて四品くらいが限界だろうと予測をつける。
 テンはケチだなどとぼやいたが、すぐに気持ちを切り替えたようだった。模型に顔を近づけて、ふんふんと唸っている。
「……じゃあ、四つ選んで良いんだな?」
 テンはすっかりケイタの分まで選ぶ気でいる。テンが選ぶということは、テンが食べるということである。ケイタは軽くため息をついた。

 丼ものなら、ひとつのトレーに二つ載る。しかし定食なら話は別で、どうしてもトレーは二つになってしまう。そしてあろう事か、テンは四つの選択枠の内、二つを定食で埋めたのだ。
 両の手のひらにトレーを載せて、昼時の混雑したカフェテリアを行くのは至難の業だった。少し泣きそうになりながら、ケイタはテンを呪った。先に確保しておいた席へ進んでいく。トレーを人にぶつけないように注意しながら、ゆっくりと……。
 と、突然、片手の重さがふわりと浮いた。驚いて振り返ると、そこには長身長髪の男子生徒がいて、ケイタのトレーを持っていた。
「ひとつ持ちますよ、どこまで?」
 男子生徒は、女の子なら思わず頬を染めてしまいそうな柔らかい声で言った。カフェテリアのガラス張りの天井から差す光が、彼の周りだけ少し強いようにさえ感じる。ケイタは自分の無様を見せつけられた気がして、胸がかゆくなった。
「あの、はじの方の……席なんですけど」
 なんとか不機嫌にとられないような声を絞り出す。男子生徒はもう一度ニコリとすると、ケイタの席までトレーを運んでくれた。
 併歩する間、ケイタはチラリと男子生徒を見上げた。彼は長身で、背中までかかる長い水色の髪を持っていた。色は白くて、顔立ちはずいぶん綺麗だった。この顔と髪ならば、女子の制服を着ていたら、女の子に見えたかも知れない。襟章は高等部の二年生を表している。
(先輩、か……)
 自分の持つトレーに視線を落とし、なんとなしに胸中で呟くと、それは後ろめたいトゲのように溶け残った。
「あらミト、また下級生引っかけたの?」
 と、聞き慣れた声が聞こえた。軽薄を装った重み、親しさを装った敬遠、粘土の中にナイフが紛れているような、そんな響き。ケイタが顔を上げるとそこには生徒会長がいた。
「やだなぁ、ミノリと一緒にご飯食べる時にそんなことしないよ。それに彼は男の子だよ?」
 男子生徒と生徒会長が親しげに言葉を交わす。会長はまるっきり最初から分かっていましたという面持ちで、しかもそれを悪びれもせず、ケイタの方に満面の笑みを見せた。
「あら、ケイタ君じゃない。偶然ね」
「会長……」
 ケイタはため息をついた。カフェテリアで会長と出会うだけなら確かに偶然だと思っただろう。だけど会長はあんな得意そうに笑ってみせるのだ。これが偶然である訳がない。生徒会長・石英(せきえい)ミノリはそういう人間だ。
「ここで会ったのも何かの縁だから、お昼一緒に食べない? 南條テンちゃんと一緒に、四人で」
「会長……さっき生徒会室で言って下されば、それでよかったのに」
 ケイタが呆れたように呟くと、会長は人差し指を唇にあてて、ニヤと笑った。
「そうね、ケイタ君。約束というのもそれはそれで素敵だけれど、偶然もまた運命を感じさせて良いものよ。特に、初めて出会った時はね」
 ケイタが真意が分からず困惑すると、会長はまたくすくすと笑った。少なくとも会長とは去年から一緒に仕事をしている。初めて出会ったというのは……。
 ミトと呼ばれた男子生徒は、会長と同じような――底意の知れない――けれどもう少し穏やかな笑い方をしていた。ケイタが彼を見て、そしてまた会長を見ると、会長は笑うのをやめた。
「何? 私に連れがいるのがそんなに不思議?」
「え、ええ……。セイジ先輩以外の人と一緒にいるのを見たのは初めてです」
「やぁねえ、私だってクラスに友達くらいいるわよ、ねえミト?」
 会長がミトを肘でこづく。ミトは苦笑した。
「まあ、数は多くないけどね……」
 そのまま確保しておいた席へ向かうと、テンが先に出来上がっていたラーメンをもう半分以上食べていた。
「遅いぞ黒はね」
 麺をすすりながらなので、発音が怪しいが、そんなことを言う。
「すいません、テンさん……」
 ケイタがテンの隣に座り、向かいに会長とミトが座る。
「誰?」
 テンが端的に言った。
 ケイタは吐いたため息が最後の方は微笑みに変わるのを感じながら、テンに二人を紹介した。無論ミトのことはよく知らなかったので、会長にバトンタッチしたが。

 お昼の会話は思ったよりも弾んだ。テンはずっと食事に集中していたが、時折、会長やミトに唐突な質問をしてはまた食事へ戻っていくのを繰り返した。
 ケイタは会長から、ミトが剣道部の裏エースなのだと聞かされた。エースの実力に裏という肩書きがつくのは、素行が悪くて試合に出られないからだと言う。ミトはそんなことないよと言って謙遜のような表情を見せたが、ケイタには実力の方か素行の話かどちらを否定したのか分からなかった。しかしミトの座る椅子に竹刀が立てかけられているのを見て、ケイタはミトの底意の知れない笑顔に肌寒さを覚えた。会長の言うことは誇大広告だとしても、嘘はないのかも知れない。
 テンの食事が済んだ頃――テン以外はとっくに食べ終わっていたが――会長はミトに目配せして小さな紙切れを二枚出させた。ミトが差し出すのでケイタはそれを受け取る。
「これは……?」
 テンももう一枚を受け取って、ポカンとしている。
「今、週二で放課後に、生徒主催、生徒会後援の模擬喫茶をやってるんだけど、そのチケット。二人で行ったらいいじゃない?」
「もぎきっさ?」
 テンが会長に視線を寄せた。
「喫茶店、カフェのことよ。ケーキとかパフェがあるわよ」
「パフェ!」
 テンは背中の羽根をピンと伸ばして、感嘆の声を上げた。
「いいんですか? もらってしまって……」
 ケイタはミトを見上げた。
「ええ、どうぞ。妹がそこでウェイトレスをやっているんです。お客さんがあんまり来ないって嘆いていたから」
 ミトは笑顔だった。ケイタはふと目をとめられる感じがした。会長が肩を寄せて、ケイタに小声で言う。テンちゃんのご機嫌取りになるんじゃないかしら、と……。そんな会長の言葉もなんとなく遠くに聞こえる気がした。
 ケイタはミトに釘づけられていた。

 ミトに、深く傷があるのが見えたのだ。


 どうして他人の傷が、自分に見えるのか、ケイタは分からなかった。
 傷は、見える相手と見えない相手がいる。例え見える相手であっても、見える時と見えない時がある。もし注意深く観察することが出来たなら、たいていの人には傷があり、そしてほとんどの人はそれにもかかわらず元気に暮らしている。傷が問題になるのならば、それは傷が痛む時だ。
 ミトの傷は――痛むのだろうか。あんなに深々としていて……痛まないなんてことがあるのだろうか。
 会長が、友人だと言った――だとしても自分とは特に関係はない。ただ一度昼食を共にしただけの相手。クラスメイトでもなく、学年すら違って……遠い、遠い相手だ。
 望むだろうか? 彼が……ミトが、その傷の痛みから、どうか救って欲しいと、ケイタに望むだろうか?
(――ない)
 昼下がりの教室で、板書する教師の後ろ姿を見ながら、ケイタは断じた。視線をスッと泳がせて、テンの姿を捉える。テンは昼食後の眠気と戦って――概ね負けていた。かくんかくんと船を漕いでいる。
 テンは望んだのだ。テンはケイタを憐れんで、ケイタに救世主の役をくれた。そうして望んでもらえるまで、臆病なケイタは会長の勅令にすがった。自分の心だけでは、どうしても足りなくて。
 ミトは――望んでくれないだろうか、どうか――望んでくれないか。会長はまた、勅令を書いてくれないだろうか。
 何とはなしにノートに走らせた鉛筆は、ぐりぐりと暗雲のようなものを描いていた。


 次の日の放課後。いつもは自動販売機しかない高等部の休憩室は、立派な模擬喫茶に化けていた。まるでそこだけ文化祭のような雰囲気である。
 ケイタはブレザーの内ポケットからチケットを二枚取り出した。テンが後ろからそれを覗いてくる。昨日、自分で持っていると()くしそうだからとテンがケイタに預けたのだ。
「いらっしゃいませ〜!」
 声をかけてくれたのは、制服の上に白いフリルのエプロンをつけた女子生徒だった。スラリとした長身に、水色の長く綺麗な髪。そこにいるのはまさに女の子版のミトだった。顔立ちも背格好もミトと寸分変わらず、ケイタの「ミトが女子の制服を着たら……」という想像をそのまま形にしたようだった。彼女がミトの「妹」なのだろう。
「あ、あの……万里谷(まりや)ミト先輩にチケットをもらったんですけど」
「北見ケイタさんと、南條テンさんですね? 兄から話は聞いています。私、妹のミオです。今日は来てくれてありがとう」
 柔らかな声で言う。彼女はケイタからチケットを受け取ると、二人を席まで案内してくれた。
 ミトの言ったとおり、店の中はガランとしていた。ケイタとテンの他に、お客はいない。しばらくすると、ミオがお冷とおしぼりを持って来た。
「本当はメニューがあるんですけど、店長が二人にはサービスしたいって、今スペシャルパフェを作ってます」
 ミオはニコニコと告げる。
「スペシャルパフェ?」
 テンは瞳をめいっぱい輝かせて、ミオを見上げた。羽根もパタパタと動く。
「ええ。一番大きい器を出してきてましたよ」
 テンはそれを聞いてハゥと感極まったような声を出した。
「兄から聞いてたけど、テンさんってホントに可愛らしいですね」
 ミオがふわりと笑う。穏やかな笑い方はミトと同じだ。
「ミト先輩とミオさんは双子なんですか?」
「そうですよ。よく似てるでしょう?」
 ケイタはミオの姿を見て、本当に何から何までミトと一緒だと思った。水色の綺麗な髪も、薄い肩も、柔らかな声も、……傷も。
 ケイタは彼女の傷に見入ってしまった。見れば見るほど深く痛々しい傷は、ケイタの心を躍らせた。望むだろうか――憐れんではくれないだろうか――。
 ミオはパフェが出来上がるまで、ケイタたちの席で話をした。テンはまだ見ぬパフェに思いめぐらしているのか、あまり喋らなかった。
 どうやらミオは暇らしい。この模擬喫茶はまだ始まったばかりで、あまり知られておらず、お客がなかなか来ないのだという。店長が恥ずかしがって宣伝をしなかったかららしい。今度生徒会長が思い切った宣伝をしようとしているのも、店長が必死で反対しているそうだ。店長は意気地なしなのだとミオは言った。笑いながら言ったけれど、そこに少し侮蔑が混じっているのがケイタには分かった。
 やがてミオの運んできたパフェは、確かにスペシャルだった。四人分くらいあるのではというほどの大きなフルーツパフェだ。ミオは運ぶのに苦労したらしく、無事にテーブルにパフェを安置すると、ふぅと息を吐いた。
「お待たせしました、店長の気まぐれスペシャルパフェです」
 そう言って、細長いスプーンを二人に差し出す。そしてくすくすと笑った。
「二人で仲良く食べるんですよ」
 パフェの器はひとつである。これだけの大きさだから、量は二人で食べるのに充分すぎる。けれど一緒に食べる相手はテンなのだ。
「いただきまーす!」
 ぐいっと器を自分の方へ引き寄せて、テンがパフェに食らいつく。ケイタは深くため息をついて、これは自分の分はないのだろうなと諦めた。

「黒はねの分」
 といって渡された器には、溶けたアイスとふやけた玄米フレークしか入ってなかった。それでもテンがケイタにパフェを譲ったのは、ほとんど奇跡に思えた。
「どうも」
 ケイタは苦笑いして器を受け取って、溶けたアイスを食べるでもなくかき回した。
「黒はね……」
「はい?」
「……うん、あ、……」
 テンは自分から呼んだのになんだか歯切れが悪い。
「……なぁ店長ってどこにいるんだろうな」
「厨房の中じゃないですか?」
 ケイタがミオの出入りするカーテンで囲まれたスペースを指した。給湯設備のある一角に目隠しをして厨房を作ってあるのだ。テンはそこをちらっと見て、また言った。
「あの中からこっち見えるのか? なぁ……」
「さぁ? ん、でも見えるのかも知れませんね」
 ケイタがそう言うと、テンはそわそわと落ち着かないそぶりをした。テンの白い羽根も、不安そうにせわしなく動いている。
「長くいたら、いけないよね、食べ終わったら、帰らなきゃ……」
 テンがそんなことを呟くので、ケイタはビックリした。
 テンは周囲に気を遣ったりするタイプではないのだ。それは場合によっては褒められたことではないが、天真爛漫さはテンの魅力だとも言えた。そんなテンが、食後の長居を気にするなんて……。
「帰ろう」
 言って、テンが席を立つ。その決意のような響きに、ケイタは何も返せなくて、同じように席を立った。

「そうですか……ゆっくりしていってくれればよかったのに。どうせ暇ですし」
 厨房の前にいるミオに退店を告げに行くと、彼女は寂しそうな顔をした。
「えぇ、すいません。また来ます」
「分かりました。楽しみにしています」
 ミオはニッコリと笑った。ケイタは部屋の入り口近くで待っているテンのところへ歩いていった。その背に、ミオの声がかかる。
「あの! あの、私も今度お二人のお昼にお邪魔していいですか?」
 ケイタは振り向いて、ミオを見た。ミオの顔は上気していて、決死の魔球を投げた後のような顔だった。ケイタが見つめる内に、持っていたトレーをもじもじと撫でて、頬が更に赤くなる。
「ダメですか?」
「えっいいですよ……ええ、テンさんも、いいって言うと思います」
「ホント? よかったぁ」
 安堵して喜ぶミオ。
 女の子だ――しかも恋をしている女の子だ。ケイタは思った。今までそんなそぶりがあっただろうか? なかった気がする。さっき初めて会ったばかりだし……。いぶかしんで、分からなくて、不審な気分が胸を占める。頭の奥でチカチカと、何かが信号を発している。だけど分からない。分からないけれど――これは、チャンスだ。傷を持つ彼女が、ケイタに近づきたいと言うのだ。もしかしたら、もしかしたら……。
 ケイタはそのまま、恋されてまんざらでもない男の顔というのを――それもまたどうするのかよく分からなかったが――ミオの方へ向けた。
「いつも中等部の校舎裏で食べてるんです。先輩がお昼に来るのを楽しみにしていますね」
 ニコリ、笑う。多分、上出来だろう。

 恋なんて風邪のようなものだ。急な高熱もあれば、微熱がずっと続くこともある。過ぎれば甘さも辛さも忘れてしまう、そんなものだ。だけど、恋は時に自身を傷つけ、けれど同じだけその者を癒すのだ。彼女の「兄」と同じ深い傷を持つ彼女にとって、恋がその傷を少しでも癒すなら……。
(僕はもちろん、恋されてまんざらでもない男の役を演じるさ)
 ケイタは微笑んでいた。優しい微笑みじゃない……誰かに見られたら気味悪がられるであろう、愉悦の笑み。前をぐんぐんと歩いていくテンは、ケイタの笑みになど気付かない。ケイタはテンについて廊下を歩きながら、どうしようもなく嬉しくて、ニヤニヤと笑い続けた。
 また、傷ついた誰かを救う、救世主になれる――。
(どんなイバラの道でも、歩んでみせよう。彼女を救うためなら。彼女が彼女であるという理由だけで、僕は彼女を救おう)
 思えば思うほど、こころがすうっときれいになる気がした。


「セイジ、勅令状の用紙印刷してくれる?」
 生徒会室に入ってくるなり、会長はセイジにそう言った。
「分かりました……でも、何故?」
 セイジはマウスを繰ってパソコンの中からファイルを呼び出すと、プリンターの電源を入れた。
「ん? ケイタ君、そろそろ来る頃かなって」
「……そうですか」
 勅令状と書かれた用紙が印刷されていく。これがあの北見ケイタに渡るのかと、セイジはしばらくそれを眺めた。印刷が終わった用紙を会長に手渡し、自分の席に戻る。
 勅令状のファイルを閉じると、先ほど中断した作業のファイルが出てきた。だがそれを続けるより、セイジは新しい窓を開いた。学園の生徒のデータベース。北見ケイタ。所属・学籍番号・性別……末尾には、セイジ自身が付け足したメモがあった。「生徒会特命使」――会長の勅令を受けて仕事をする生徒会役員。そしてもうひとつ、「救世主」と。それは会長と北見ケイタの間でしばしば登場する言葉だった。それを耳にとめたセイジが、以前メモしたのだろう。
「会長、救世主って、なんですか?」
 なんとなしに、聞いてみる。
「ん……、そうねぇ……」
 会長は机の上の勅令状を撫でながら、呟くように答えた。
「誰かを助けたいと願うこころは、本当にきれいだから……」
 セイジはハッとして、会長を見つめた。甘いような、切ないような……。
「誰だって、自分の心が薄汚れたつまらないものだなんて思いたくないわ。出来ればきれいなこころを持っていたいと願うのよ」
 会長の伏せたまなざしは、柔らかく、優しげだった。
 セイジは会長の表情を、残さず目に入れようと思った。だってセイジは四六時中会長と一緒にいるけれど、こんな様子の会長は滅多に見ることが出来ないのだ。
「傷ついたり困ったりしている友人がいて……ただその人が自分の友人であるという理由だけで、その人を励ましたり慰めたり、時に矢面に立って庇ったり……そんなふうにして、人を助けたがる人がときどきいるのよ。人を助ける人は、そうすることで自分を救っているのよ。誰かの役に立ちたいと思うこころは、本当にきれいだから、そんなこころを持ちたいのよ。誰かを助けたいと願って、自分の心をきれいにしたいの。自分の心をきれいにするための、救世主ごっこ……ケイタ君は、そういう子なんだと思うわ」
 会長はそう言って、小さくため息をついた。
 セイジは再び、モニタに向かう。北見ケイタ、彼が会長にこんな表情をもたらすのか……。
「どうして、分かるんですか? 彼がそうだって」
「うーん……私も似たようなものだから、ね。まあ、私の方が幾分薄汚れた役ではあるけれど」
 セイジはデータベースを閉じた。
 やがて、生徒会室の扉はノックされ、北見ケイタがやってきた。


 ケイタが生徒会室についた時、会長は既に勅令状の用紙を準備していた。内容はまだ、書かれていない。きっとケイタが申し出なかったとしても、会長はケイタに勅令を出しただろう。ケイタはからくりが分かった気がした。試しに聞いてみる。
「会長。どうして、僕を万里谷先輩たちに会わせたんですか?」
「どうしてかしらねぇ……?」
 会長の空々しい笑みは、ケイタの予想にイエスと言っているようだった。
 そう……会長は、ミトと、ミオの、傷に気付いていたのだ。気付いていて、わざとケイタに会わせたのだ。会長は、ミトを友人だと言った。それならば――会長は、望んでいるのだ。ケイタが彼らを――友人とその妹を――救うことを。
「あのね、ケイタ君……私は、欲しいと言わない人には、勅令を出さないの」
 いつの間にか会長は笑みをやめて、いつもの瞳に宿る油断ならない鋭さも、フッと消えていた。
 勅令は絶対だ。生徒会長の、玉座の主の、絶対の命令、それが勅令。けれど本当は生徒会長はただの人で、勅令状は紙切れなのだ。だから――、だから。おのが権力の限界を思い知らされないために、勅令はそれを絶対としてくれる相手にしか、渡さない。王様ごっこの玉座を守るには、気をつけなくてはならないルールがいくつもある。
 ケイタはやっと、生徒会長がいつもの鋭さの代わりに瞳に宿しているのが、自己憐憫の影なのだと気付いた。
「……では、会いさえすれば、僕が勅令を望むと?」
「もちろんそう思っていたわ。だってケイタ君は、傷ついた人を見捨てられない、こころのきれいな人間だものね?」
 会長は微笑んだ。瞳にいつもの調子があったなら、ケイタもニヤリと笑い返しただろうけれど、会長の瞳はまだ少しかげっている。
 いつか、薄暗い舞台裏で、会長と言葉を交わしたのを思い出す。王様ごっこのミノリ、救世主ごっこのケイタ――どちらも同じなのだ。だからケイタはもう少しだけ優しい気持ちで会長を見返した。
「会長、どうか僕に勅令を」
 会長は頷いて、勅令状に内容を書き込み、最後にサインをした。
「中等部二年、北見ケイタ。あなたに万里谷ミオを救う任務を与えます」
 会長が勅令状を差し出し、ケイタはそれを受け取った。ケイタはその勅令状の文面に目を通し、そしてまた会長を見た。
「ご不満?」
 会長の瞳はすっかりいつも通りだった。
「……いいえ」
 ケイタもニヤリと、同じように笑みを返した。


 次の日のお昼に、約束通りミオがやってきた。お昼の日差しの中にいると、本当に彼女の周りだけ光が強いのではないかと錯覚するくらい、彼女は輝いて見えた。それは以前、カフェテリアで見た彼女の「兄」よりも、模擬喫茶での彼女自身よりも、いっそうキラキラとしていた。これが恋の輝きなんだろうかとケイタは思った。
「こんにちは! ケイタさん、テンちゃん」
 芝生の上に座っていたケイタの横に、ミオが腰を下ろす。
「《水色先輩》」
 テンが言う。ミオはきょとんとした。先輩と呼ばれるべき人物は、この場では上級生のミオだけだ。水色という言葉も、ミオの髪の色を示していると思える。しかしテンが突然言うので、それがなんなのかミオには分からなかったようだ。
「ミオ先輩、テンさんは妙なあだ名をつける癖があるんです。しかも一回決まったら変更不可です」
「そうなんですか? まあ」
「あ、あの、悪く思わないであげて下さい」
「とんでもないです! 光栄だわ、テンちゃん」
 ミオが微笑むと、テンは、ん、と小さく返事をした。テンの表情は読み取りにくいのだが、背中の白い羽根はパタパタと元気よく動いていた。テンはミオのことを案外気に入っているのかも知れない。
「水色先輩も、黒はねのお弁当食べるのか?」
「《黒はね》?」
 ミオはまた、聞き慣れない単語にきょとんとする。
「僕のことです」
「えっ……じゃあ、ケイタさんは自分でお弁当を作るんですか?」
「ええ……毎日です。テンさんの分も作ってるんです」
「熱心なんですね、ケイタさん。テンちゃんったらうらやましいわ」
 ミオはくすくすとテンに笑いかけた。テンはミオを見上げて、言う。
「黒はねのお弁当はだんだん美味しくなってきたよ、水色先輩」
 だんだん、という言葉にケイタは苦笑した。確かにケイタは料理はそれほど得意ではない。初めてテンに食べさせた弁当は、自分用のやっつけだったし……。
 テンはケイタのやたらと大きいお弁当箱を開いて、三人の真ん中においた。テンがこんな風にするのは本当に珍しいとケイタは思った。いつもは自分一人でがっつくのだが。これが女の子同士の待遇と、男子への待遇の違いなんだろうか……。
「ありがとう、テンちゃん。私も自分でお弁当作ってきたから、私のも一緒に食べましょう」
 ミオは小さな可愛らしいお弁当箱を取り出した。ふたを開けると、中も色とりどりで可愛らしい。
「なぁ、いいのか? これ食べてもいいのか?」
 テンが箸をくわえてミオの弁当を狙っている。
「どうぞ」
 ミオがニッコリ笑って弁当を差し出した。
 数分の後には、ミオのニッコリ笑いは、ほんのり困った笑いに変わっていた。


 何日か、三人の昼食が続いた。ミオはずっとニコニコと穏やかで、やっぱりキラキラ輝いていた。いつもケイタの隣に座って、ああでもないこうでもないと色々な話を聞かせてくれた。
 ミオはよく、双子の兄・ミトの話をした。小さい頃から一緒に遊んで、とても仲良しだったと。中等部に上がるまでは手を繋いで登下校したのだとか。初等部の六年生だった頃、下校中に交通事故にあって、その時もミトがミオを庇って助けてくれたのだという。
 テンは他の話題の時はまだしも聞いているそぶりを見せたが、ミトの話となると、相槌を全部ケイタに任せっきりにした。ケイタは双子の兄妹愛があまりに出来すぎていて、感心するのに疲れてしまった。それでもミオはミトの話をした。
「約束したんです」
「約束?」
「はい。昔、兄と一緒に海辺に行った時、灯台の灯りを見たんです」

――ねぇ、ミト。灯火が何故あるか知っている? そこに灯火をともした人がいることを知らせるため。灯火を見つけてくれた人が、灯火をともした人と出会うため。そして友達になるため。
――じゃあ、ねぇ、ミオ。僕たちも灯火をともそう? 僕らがここで二人でずっといることを、誰かに知らせるため。そして友達になってもらうために。
 忘れないために。僕らが二人だということを忘れないために……。

「それが、約束?」
「そうです」
 ミオはまたニッコリと笑った。
「私たちは、ずっと一緒です。ミトはいつもミオを護ってくれます。どんなときも――どんなに離れても」
 ミオの遠い視線が、淡い。ケイタは何も言えなかった。
「そう、この髪も――灯火のひとつなんです」
 ミオは長い髪を指で梳いてみせた。ずっと切らないまま、二人とも同じだけ伸ばしているのだという。
 ミトの話をするミオは本当に嬉しそうに笑うのだ。そしてケイタは、ミオが微笑むたび、彼女の傷が深くなるのを見ていた。


 放課後、旧体育館、舞台裏。
 ここの小窓からは、ケイタの好きな夕日が見える。けれど今は、放置されほこりの積もった丸椅子に腰掛けて、見えるのは薄暗くカビ臭い舞台袖だけだった。
 いつも側にいる人を、忘れないように気をつける必要などあるのだろうか……。忘れたくない人というのは、意識してとどめておかなくては忘れてしまう人だ。時や距離が遠く離れてしまった人――遠い友達、死んだ家族――もう二度と、会えない人。それらを忘れないために、しるしを持つのならば、分かる。
 けれど、彼女がいつも側にいると言う、彼女の兄を忘れないために、どうして灯火が必要なのか……。
 ケイタはブレザーの内ポケットから勅令状を取り出した。小さく折りたたまれたそれを、丁寧に広げる。その紙には「万里谷ミト(ミオ)を救うこと」と書いてある。ケイタはふむと息を吐いた。
 勅令状をもらった時は、その文面にさして疑問は持たなかった。会長が口答で告げた命令との違いも特に気にならなかった。
 万里谷ミトと万里谷ミオを二人とも救え、という意味だと思ったのだ。傷があるのはミトも同じなのだから、出来ることならミトも救いたい――ミトがそれを望むなら。そう思っていた。
(だけど……これ、併記じゃなくてカッコ書きなんだ……)
 もし二人の人間を救うことを書類に書くならば、「万里谷ミト及び万里谷ミオ」とでも書けばいいのである。「ミト」にカッコのついた「(ミオ)」が加わるのは……。
(…………)
 ぐるぐると、頭の中で黒い渦が巻いている。よく似た――ほとんど同じ、傷さえも同じ――双子の兄妹。仲良しの兄妹――二人の約束、約束と偶然……、交通事故……片方が片方を庇って……、灯火……二度と会えない人を忘れないための……。
(…………ミオ先輩とミト先輩が、一緒にいるところは、一度も見ていない)
 ケイタは長く息を吐いた。
 自分は、賢いとかするどいとか、そういうタイプの人間じゃないことは知っていた。言い換えれば、それが分かるくらいには賢いと言うことだ。だから自分の考えがとんだ見当違いである可能性は、残しておく。
 それに自分のするべきことは、彼女らを救うこと。そしてそのためには、彼女たちがケイタにそれを望まなければならない。だから、知ることも、思い至ることも、それは望まれてそうなればいい。
 ミオは、言ったのだ。誰か「二人」に気付いた人と、友達になってもらうために、灯火はあるのだと。ならば自分はその誰かになろう。「二人」と友達になろう……。
 ケイタは立ち上がり、舞台裏から外へ続く扉の小さな小窓を覗いた。今日も夕日が見える。水没した旧市街。水面には夕日の道が見えた。
 家路に長く伸びる影……お父さん、お母さん。遠く離れてしまった人……もう二度と会えない――忘れたくない、相手。
 頬に感じた水滴を乱雑に手の甲でぬぐう。なんとなく頭が痛かった。


 いつものように三人での昼食。
「水色先輩、お昼はダメだけど、放課後なら、黒はねは暇だよ」
 テンがそんなことを言った。
 ケイタはテンがどういうつもりで言ったのか分からなくて、ポカンとしてしまった。確かに放課後は暇だが……。
「まあ……じゃあ……えっと……」
 ミオは突然もじもじして、頬を染めている。ケイタはだんだん状況が分かってきた。
 つまりミオはケイタと二人っきりになりたいのだ。けれどテンがいる手前、あまり思い切ったことはしないでいたらしい。そもそもこの昼食にミオが顔を出したのも、ケイタと親しくなるのと同時に、テンがどう出るのか見極めるためだったのかも知れない。テンのいないところでケイタと親しくなれば、テンに恨まれる可能性があり、それを避けるためにもあえてテンと同席した……。
 ケイタは今更ながら女の子同士の仲むつまじい交流が、複雑な思惑の上にあったのだと思って胃が痛くなる気がした。
 さて、テンの了承も得たのだから、今度はミオがケイタを誘う段だ。突然のことで、ミオはまだどこへどう誘うか思い至らないらしい。もじもじと指を遊ばせるばかりだ。
「じゃ、じゃあ、ケイタさん……明日の放課後、もしお暇なら、わ、わたっ……」
 ミオは焦って声がうわずっている。一度深呼吸してから、持ち直して、言った。
「……私と、デートしてくれませんか?」
 ばちっと視線を合わせてくる。頬は赤くて、目は少し潤んでいる。
 ケイタはミオの乙女っぷりに面食らって、すぐに声を出せなかった。
「……えっと、ええ、構いません」
 やっと言って、後から微笑んでみせた。
「よかったぁ……断られたらどうしようかと……」
 ミオは胸をなで下ろしている。テンはよかったな、などと言ってミオの背中をポンポンと叩いていた。
 これで明日は二人きりだ。恋人ごっこも盛り上がって、ミオは傷の痛みを紛らわすことが出来る……だろうか。
 とにかく彼女が望むのだ。ケイタは無論付き合う。そうでなくてはならない。
(だって僕は救世主だから)


 更衣室へ続く廊下を歩きながら、彼女は明日のことを考えていた。明日は忙しくなる。待ち合わせの時間をちゃんと考えて決めなくてはならない。それに、行き先も。海浜公園に、確か観覧車があった。そのへんが無難でいいだろう。
 相手は中等生の男の子だ。高等生の彼女から見たら全然子ども。だけど確かに可愛らしいところはある。生意気な風ではないし、言葉遣いも丁寧だ。ミノリが思い入れているだけのことはあると思った。
 それにしても本人は自覚してないようだが、彼は人気者だ。ミノリに……それにあのテンという子も、彼の側を離れないではないか。
(……それを言えば私も、か)
 彼女は目的の部屋にたどり着き、カバンからキーを出すと解錠して中へ入った。
 更衣室……そう呼んでいるが、ここはもうほとんど彼女の私室だった。ロッカーが数台に、シャワールームもある。簡素な机と椅子は、学園の近くの家具屋で安売りしていたものだ。この更衣室の鍵を持っているのは彼女だけで、当然ここを使うのも彼女だけだった。
 学園には、特権を持つ生徒が何人かいたが、彼女もその一人で、この部屋こそが学園の認めた特権だった。どういう基準でそれが決められるのかは、よく分からない。けれど彼女が中等生になった年、学園は彼女に更衣室のキーを贈ったのだ。
 更衣室に入り、中から鍵を閉めると、彼女はふうと息を吐いた。カバンは机の上に放って、ブレザーは脱いで乱暴に椅子にかける。ブラウスのボタンを外し、背中に手を回してブラのホックも外した。どうにもこのブラというのは慣れない。胸が締め付けられるようだし、肩が凝る。ここ最近、立て続けに女子の制服を着て、疲れてしまった。
 彼女は椅子に腰掛けて、カバンを枕に机の上に伏した。目を閉じて見えたのは、夕闇の灯台だった。やまない潮騒、繋いだ手は幼くて……。護るから、必ず護るから。言ったのだ。約束だった。命に代えても護ると――そして事実、護ったのだ。ミトはミオを護ったのだ――。
 灯火をともそう、ふたりが「二人」であることを忘れないために。そして、「二人」を見つけてくれた誰かと友達になってもらうために……。
 ミトとミオはずっと一緒。ミトはずっと、ミオを護り続ける。ミトはミオを護る、ずっと、例え――例え、どんなに離れても。死がふたりを分けたとしても――。

 数分の後、彼女は気合いを入れて立ち上がると、ロッカーを開き、ワイシャツを取り出し、着替えを始めた。


 放課後の昇降口。
 自身の下駄箱へと向かうケイタは、ちょうどその前に、一人の男子生徒がいるのを見つけた。ミトだ。下駄箱に竹刀を立てかけ、自分も下駄箱に寄りかかって腕を組んでいる。
(……待ち伏せ、か。デートの約束のすぐ後にこれは……)
 ケイタはカバンのヒモを握る手に力を込めた。
 ミトはやってきたケイタに気付き、顔をこちらに向ける。
「こんにちは、北見ケイタ君」
 そのまなざしが、初めてカフェテリアで出会った時と全く違うことに、ケイタは戦慄した。見る者の内臓を冷やす、針のような視線。
「ずいぶんと、妹が仲良くさせてもらっているようですね。僕からもお礼を言います」
 ミトの声は、落ち着きの中に、あの柔らかさではなく、尖りが見え隠れしていた。
「……いえ」
 ケイタは無意識に自分の首のあたりに手を伸ばした。ふわとした手触りを得て、少しだけ気持ちが落ち着く。それはいつか父親が買い与えたマフラーだった。ふわふわとした手触りはどんな時もケイタを慰める。だからケイタはいつもこのマフラーをつけていた。
「少し聞いてくれるかな」
 問でありながら、ミトの有無を言わさぬ様に、ケイタは息を呑んだ。
「ケイタ君、僕はね……妹には幸せになって欲しいんです。とても大切な妹ですから」
 ミトはケイタの様を見て、冷たい視線のまま、言葉を続ける。
「僕は彼女を護るためならなんだってしてきました。彼女が傷つかないようにずっと、側にいて護ってきました。だけど僕は彼女の『兄』であって、生涯を共にする伴侶じゃない。兄妹はいつか離れる時が来る。僕は彼女を一生護れる訳ではない。だから僕は、妹の将来のために僕が出来ることをしようと思うんです。それはね、ケイタ君、今まで僕が護ってきたように、妹を護ることが出来る人に彼女を託すということ――」
 ミトは組んだ腕をほどき、竹刀を手に取ると、剣先をケイタに差し向けて言った。
「決闘です。あなたが妹に相応しいか、この僕が見極めましょう。受けてくれますね、北見ケイタ君?」
 鋭い瞳、そして薄く殺気立つような微笑み。
 ケイタはマフラーをギュッと握り、それらを全て受け止めた。
「分かりました。受けて立ちます」
 震える喉からなんとか声を絞り出す。
「では、明日の放課後、旧体育館で待っています」
 ミトが立ち去り、その姿が完全に見えなくなるまで、ケイタは歩き出すことも出来なかった。


 夕方頃、ケイタの自宅。
 久々に入ってみた地下物置は、ものすごいほこりだった。歩けば歩くほど、むせかえるようにほこりが舞い、ケイタは口と鼻を手で覆いながら進んだ。行けども行けども目当てのものは見つからず、とりあえずマスクだけでもつけてからにしようと、いったん外へ出た。
 ほこりまみれのケイタを迎えてくれたのは、週に何度かやってくるお手伝いの青年だった。どうやらケイタが地下に行っている間に家に上がったらしい。
「お留守かと思ったら……すごいほこりですね、ケイタ君」
城戸(きど)さん……」
 旧知の相手を瞳に収めて、ケイタは思わず涙をこぼしそうになった。それくらい怖くて心細かったのだと、今更分かる。
「大丈夫ですか?」
 城戸はまなざしも声も、温かい。城戸はいつだってそうだった。両親と離れてひとりでこの家に住むケイタにとっては、城戸だけが家族のように心を許せる相手だった。
「はい……大丈夫です」
 思わず優しい城戸の胸に飛び込みたくなるのを堪えていると、彼はケイタの背中をそっと撫でてくれた。
「お茶でも煎れましょう。ほこりも払って。探し物なら僕がしますから、ね?」

 城戸の煎れてくれたお茶は、甘い香りがして、いつの間にか冷え切っていた身体にしみた。ケイタは城戸に事情を話して、城戸はそれを不思議そうに聞いていた。
「それで、決闘するのに竹刀を探していたんですか?」
「ええ、そうです……あの倉庫にありますか?」
「あると思いますよ。伯父さんは使いもしないのに色んな道具を持っていますからねぇ。竹刀なら確か二・三本あったと思います。木刀もあったかな」
 ケイタは安堵する。城戸が言うなら確かだ。城戸は実際に暮らしているケイタよりも、この家の中のことをよく知っていた。
「でもケイタ君……大丈夫なんでしょうか、決闘なんて」
 城戸はケイタを見て不安そうな顔をする。確かにケイタは同年代の子と比べれば、背も低いし体格も悪かった。色は白く、少し長すぎる髪のせいで顔は細く見える。運動は得意ではないし、剣道は授業でもまだやっていない。それが突然、決闘なんて言うのだから、心配されるのは当たり前だ。それでも。
「……多分、大丈夫だと、思います」
 ケイタは、ミトの冷気にすっかりあてられていた自分を捨てて、思った。
 これは――ごっこ遊びなのだ。騎士ごっこ……とでも言えばいいのか。そうなのだ。この決闘は、真に実力を試される決闘ではない。騎士ごっこのお姫様であるミオが、ケイタという新しい騎士と、ミトという今までの騎士……どちらを選ぶかなのだ。
(どちらが勝つかは僕でもミト先輩でもなく――ミオ先輩が決める)
 ミオは、探しているのだ、新しいナイトを。だからケイタに近づいたのだ。ミオは言った。灯火は、そこに灯火をともした人がいることを知らせるためにあるのだと。灯火をともした「二人」は、誰かに出会って、そして、友達になってもらうために、灯火を焚いているのだと。
 やれることはやった。今まで真摯にミオの話に耳を傾け、「二人」の秘密に疑問を抱いてもそれを表に出さずにきたのだ。
 だから明日は、ただ立っていればそれでいい。ミオが望むならケイタは勝つだろう。望まないなら――。
(なんだっていい。茶番だって構わない。それで彼女が救われるなら、僕はどんな揉みくちゃになったって、平気なんだ)


 次の日の昼、ミオはケイタにデートの行き先と待ち合わせ時間を告げた。指定された時間は、授業が終わってから二時間以上も後だった。つまり決闘が先で、その後に――勝つことが出来れば――デート、ということになる。計画的だ。そう思ったけれど、ケイタはそのことは何も言わず、分かりましたとだけ返した。

 その日最後の授業が終わって、ケイタは教室の後ろに立てかけおいた竹刀を手に取った。カバンを持っていくべきかと思案していると、ひょこりとテンが側へやってきた。
「黒はね、この後、水色先輩と」
 テンは、決闘のことかデートのことか、その先を言わなかった。
「えぇ、はい……そうです」
 ケイタは少し緊張していて、視線をあちこちに迷わせてしまい、テンをはっきり見ることが出来なかった。
「大丈夫だよ……きっと、黒はねなら」
 テンはそれだけ告げると、パタパタと自分の机に戻っていき、カバンを取ってそのまま帰ってしまった。
 残されたケイタは、薄笑いを浮かべてしまう。テンは、何を考えているのか、どこまでを察しているのか、いつも分からない。しかし、どこまでかは分からないけれど、確かにテンはケイタの状況を知っていて、励ましてくれたのだ。
 大丈夫、黒はねなら。――黒はねなら。
(テンさん、僕はまだあなたをほとんど救えてない……それでも、僕を認めてくれるんですね)
 不甲斐なくて唇を噛む。だけど嬉しかった。


 放課後。旧体育館。
 ミトは体育館のちょうど真ん中あたりで、竹刀を持って立っていた。
 ケイタは入り口に立って、自分の竹刀を袋から出した。羽織っていたブレザーをその辺に放る。竹刀を持って、ミトの側へと歩いていく。
「よく来ましたね、ケイタ君。昨日はあんなに怯えていたのに」
 ミトの微笑みは雹のように冷たくて鋭い。
「僕は、逃げも隠れもしません」
 ケイタは竹刀の柄をぐっと握りこんだ。昨日、城戸が少しだけ持ち方を教えてくれたのだ。ミトを見上げて、心を強くする。
「勝負です、先輩。あなたに勝ってミオさんとデートに行きます」
「いいでしょう……それでは、始めましょうか」

 ミトの打ち込みは素早くて、ケイタはほとんど目で捉えることは出来なかった。顔の前に竹刀を掲げて、頭を守るだけで精一杯だった。何度も竹刀に打ち付けられて、柄を握っているのも辛い。その上ミトの竹刀がケイタの肩や頬をかする。泣きそうになりながら、ケイタは少しずつ後退した。
「あなたの力はその程度ですか? どうしたんです!」
 ミトが言葉を発するが、ケイタは挑発に奮起する余裕すらなかった。ケイタに出来たのは、諦めないことだけで、竹刀だけは決して手放すまいと、腕に力を込める。
「これじゃあまるで、僕がいじめているみたいじゃないですかッ」
 ミトはいったん後ろへ飛び、今度は加速をつけて打ち込んできた。その一撃を食らったならば、耐えられないだろうと背筋が寒くなる。ケイタは初めて横へ身をひねり、ミトの一撃をかわした。いや、かわしたというより、無様にバランスを崩しただけだった。そのまま肩から床に倒れる。
 床に打ち付けられた痛みに、短く声が漏れた。竹刀を握るのに必死で、受け身がとれなかったのだ。竹刀を少し放して、立ち上がろうとする。
 ケイタが顔を上げると、ミトがこちらへ獲物を突きつけて、静かな視線を向けていた。
「ケイタ君、あなたには失望しました……」
 今、ミトが竹刀を一振りすれば、ケイタの額を割ることも出来るだろう。ケイタは動くことも出来ず、ミトを見上げる。
(……負け? 僕の負け?)
 頭の中を思念が駆け抜けていく。
(いいの? それでいいの、先輩……?)
 自分は、気付いた、「二人」の灯火に。自分は、自分こそが、なれる、「二人」の友達に。ふたりが「二人」であることを、自分は、認める――。
 ミトの瞳の中に、ミオを探して、ケイタは見上げた。望んでくれ、どうか。憐れんでくれなくてもいい。だけどどうか望んで。彼女が望んでくれさえすれば、自分は、きっと……。
 さっき、ミトは、なんと言った? なんと……?
――あなたには失望しました。
 失望、そう言った、確かにそう言った。ミトの冷たい瞳、透けて見えたのは、ミオの悲しみだった。
 ならばやはり、自分は、望まれていたのだ――!
「――ッ!」
 その次に自分の身体がどういう風に動いたのかよく分からなかった。ケイタの竹刀がミトの指を打って、ミトは竹刀を取り落とし、片膝をついた。ふわりとミトの髪が舞って、次の瞬間にはケイタはミトの肩に深く竹刀を沈めていた。
 うるさいと感じた叫び声は、ケイタ自身のものだった。ケイタは肩で息をし、先ほどとは逆に、ミトを見下ろしていた。
「お見事……僕の負けです」
 ミトが呟くように言った。ケイタは握っていた竹刀を落とし、それが床を叩く音が体育館に響いた。


「まあ、万里谷さん……またあなたなの? 生徒会の許可がない私闘は校則で禁止されてるんだから……ケンカなんてバカなことはやめなさい。もう男の子と混じって遊ぶ歳でもないんだし……」
「ケンカじゃないですよ、決闘です。生徒会の許可だってちゃんとあります。見ますか? 許可証」
「もう、生意気言って。先生は毎度毎度あなたが起こしたケンカの怪我を診るのは嫌です。あーあ、肩が外れちゃってるじゃない……それにこんな色になっちゃって、夏じゃないからいいけどねえ」
「先生、私この後約束があるので出来るだけ早くお願いします。あ、ちょっと、痛ッ! 先生それ痛ッ」
「我慢なさい! これで良くなるんだから」


 教室に置いておいたカバンをとって、待ち合わせの場所へ向かう。昇降口への階段を下りていくと、踊り場に会長がいた。
「や、救世主さん、首尾はどうかしら」
 会長の飄々とした様子に、ケイタは呆れて、けれどそんないつも通りの雰囲気に安堵を覚えた。まだ先ほどの緊張が残っていたのだ。
「首尾ですか……上々ですよ」
 不敵に笑ってみせようとしたのだが、なんだか力が抜けてふぬけた笑いになってしまう。
「それはよかったわ」
 会長はくるりとケイタに背を向けて、階段の下を覗き込んだ。
「種明かし、する? ミトとは中等生の時からずっと親友だから、なんでもよく知っているわよ」
 言って、チラリとケイタを見上げる。ケイタは優しくため息をついた。
「いいえ、結構です。万里谷先輩が望むなら、その内話してくれるでしょうし」
 確かにケイタには分からないことが多い。でもだからこそ出来ることもある。だから、知るのならば、それは望まれた時だ。
「僕これからデートなんですよ。海浜公園の観覧車に乗ろう、って」
 ケイタは自慢するように言う。
「あぁら、妬けるわね」
 ケイタの得意げな様子が気に入ったのか、会長はくすくすと笑った。そしてそのまま、昇降口へ降りていくケイタを見送ってくれた。

 待ち合わせ場所の正門前の噴水には、もう既にミオが来ていた。
「ケイタさーん! こっちでーす」
 右手を大きく挙げて手を振るミオ。その指はひとまとめに包帯で巻かれている。左肩も包帯を巻いてあるのか、服が反対側より盛り上がって見えた。そんな痛々しい姿に、ケイタは悪いことをしたと後悔したが、ミオのあまりに清々しい笑顔が背徳感を薄れさせた。
「ごめんなさい、先輩。お待たせしてしまって」
「いいえ、大丈夫です。私も遅刻しそうで走ってきたんですよ」
 ミオはニコニコと笑っている。
「さあ、行きましょう、ケイタさん。……手を、繋いでもいいですか」
 ミオが包帯の巻かれた手を差し出すので、ケイタはそっと自分の手を載せた。彼女の傷が――元々の傷も――早くよくなるようにと願いながら、優しく手を握る。
 二人が歩き出すと、やがて夕日が道に影を伸ばした。

Our Light
END

Back
-月面図書館
-TOP