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期間限定DIARY〜妊婦ウーフとまめ太の日々 その3

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2002年7月30日(火) 

ふーーーどうにか日常を取り戻しました。大ー変ーな週末でした。

19日に1学期の終業式を迎え、ホッと一息。‥つく間もなくずっと仕事。
どうしても25日までにやれというお達しの仕事があり、日直も含めていつも通り出勤。
なんとか木曜までがんばり、ようやく休みをもらった金曜。


朝だんなさんを送って、ごはんを食べて洗濯し、ちょっとひと休みしようかなと
ベッドに横になったのだけど、なんかおなかが痛くて寝られない。
休んでいればよくなるだろうとしばらく伏せっていましたが、痛みはますます激しくなる一方。
気持ちも悪くなって自分では動けなくなり、ついに実家の母にSOS。
すぐにタクシーで駆けつけてもらってそのまま病院へ向かいました。
その間に吐くこと2回。病院についてもすぐにもどしてしまい
けっこう混んでいたんだけど、看護婦さんはすぐに奥の部屋へ寝かせてくれました。
まめ太は無事ということでまずは一安心だったんだけど、そのあとはもー地獄でした。


たぶん疲れがたまっていたのと、この暑さ続きで体力も消耗していたようです。
腸炎ではないかということで、そのまますぐにテンテキ。
生まれて初めての点滴体験。栄養剤と吐き気止めを入れてくれたのだけど
私は血管が細くなかなか針が刺さりにくいのもあってか、効果はいまいち。
この暑いのに体は冷えておなかは痛苦しいし、点滴してるそばから吐き続け‥。

結局5時間くらい病院で点滴を受け、どうにかこうにか実家に転がり込みました。
寝ようにも寝つけないし、とにかく横になってうーーうーーーとうなっている状態。
24時間何も口にできず、夜も1時間おきくらいに気持ち悪くてもどし
栄養剤も吐き気止めも全部出ちゃうし、もーほんとに苦しかった。
つわりがヘビー級のプレママたちは、こんな思いをしているのでしょうか。つらすぎます。
私はつわりが軽い方、なんて思ってたけど、1学期分のつわりが一気にきたーーーって感じでした。

学校に行って仕事をしている間に、少しでもこういう兆候があれば休んだりもするのだけど
全然なかったし、5ヶ月に入って安定期かなーと過信していたのかもしれません。
そして私は体力の前に気力の類の人間なのかもしれません。
自分で気がつかないうちに突然「気」が切れたときが怖いなというのを実感しました。
疲れたとかつらいーと思ったときは、遅いのかもしれない。自分ではまだ大丈夫だなーと思うくらいで
休みを取るようにしなくちゃいけないんだと心から反省しました。

この日だんなさんは仕事からそのまま高校のテニスの合宿で山中湖へ。
日中全然連絡できなくて、夜になってから知らせたらビックリしてた。(そりゃそうだ。)
月曜まで休みを取って3泊してくるはずだったんだけど、翌日バスで帰ってきてくれた。
まめ太を置いて遊びに行ったから、怒ったのかなーとか落ち込んでた(?)けど
家のことなどがんばっていろいろやってくれました。
私は私でごはんを食べていないのでお腹が急にひっこんでしまい、
まめ太がいなくなっちゃったんじゃないかとすごーく心配になってみたりして。
ははもちちも、まだちゃんと親にはなれていないのです。ごめんよーまめ太。
自分一人の体じゃないんだ、というのを身にしみて感じた事件でした。

最後に、今回すごく感じたのは親ってありがたいなということ。
こんなに大きくなっても、何をおいても心配して駆けつけてくれる。
私がやることしちゃうことで面倒やイヤな思いをさせるだろうことも
それを自然に受け止めて何ごともないように接してくれること。
それは当たり前のようでいて、とてもあたたかく大切なことだと感謝☆です。

昨日は実家母とだんなママが二人で水天宮さんに安産のお守りをいただきに行ってくれました。
私はちょっとまだ完全回復していないので、今回は見合わせたんだけど。
ロイヤルパークでランチして、いっぱいおしゃべりして楽しかったわ〜と二人ともご機嫌で
娘としてはその光景はなんか微笑ましくてうれしかったです。

 

2002年7月18日(木) 

ちょっと悲しかったこと。
このところ学期末で仕事も立て込んでたし、帰りのバスではけっこうぐったりしてた。
およそ20分間。荷物抱えてこれが座れるのと座れないのとではかなり違います。
バスにお年寄りがいるときはできるだけ座らないようにしてるけど
誰もいないときはシルバーシートにも座らせてもらうこの頃。
この日も、席が空いたのだけど、その前におじいさんが立っていたから遠慮した。
なのに、おじいさんは座らず(気づかず?)私より前にいたがたいのいい男の人が
さーっと来て座ってしまった。あーーーーー。

そして、しばらく走るとシルバーシートが1つ空きました。
もうお年寄りもいなかったし、私は座らせてもらい、座った途端眠ってしまいました。
すると突然ドンドンドン!と肩をたたかれ、びっくりして起きると
おじさん、というよりはもっと年輩の人が、コワイ目で横を見ろとでもいうふうに合図。
横にはおばあさんが立っていました。
おばあさんは「すぐ次で降りますから大丈夫です。」と言って申し訳なさそうにしてる。
私はすぐに立ったけど、おじ(い)さんは「何だ、最近の若いもんはっ。」みたいな顔して
自分はとっとと降りてしまった。
私が納得できなかったのは、そのときシルバーシート以外に普通の座席がたくさん空いていたこと。
私が寝ている間にけっこう人が降りたんでしょう。
なのにどうして?おばあさんはシルバーシート以外にだって座っていいはずなのに。
私はカーッとして「すみません、妊娠中でつらかったので‥!」と言い訳がましく言ってしまい、
でもきっとそのおじさんには聞こえてないし、当のおばあさんは申し訳なさそうな
優しそうな顔をして困っていて、なんかやりきれない気持ちになってしまった。

私が利用してる鉄道でも広告があったけど、妊娠初期のつらい時期とか
まわりからはわかってもらえないときに、それを知らせて手を貸してもらえるようにと
『初たまごクラブ』でキャンペーンをしていました。
マスコットを全員プレゼントし、そのマスコットを付けてる人は妊娠初期のしるし。
私も自分の妊娠がわかるちょっと前だったから、なるほど〜とか思ってみていたけど
こういうのってホントに必要なのかもって実感しました。
もーいかにも私は妊婦です!って服を着るか!?なんて悔しくなったりして‥。
でも、わからないのは仕方ないと思うけど、若いのにお年寄りのことも考えないでただ座ってる、
だけじゃない状況があることも、知っていてほしいなと思いました。

2002年7月15日(月) 

先週くらいから、なんか腰痛‥というよりおしり痛?
もともと腰痛気味なことに加え、重い荷物を持つときに、
たぶん変な風におなかをかばったりしたことで
腰やおしりの筋をおかしくしたのではないかと思う。
週末ちょっと動いたり座ったりするのも痛くなってしまい、
まーお医者さんに行ってもどうにもならないとは思いつつ
湿布をもらうつもりで出かけました。

15週になったまめ太は元気におなかの中で動いていました。
頭、体、手と足が人間らしくなり、足を折り曲げて体育座りのような格好してる。
頭だけで3.6センチくらいになったそうです。
ちゃんと成長しててえらいな〜。私も栄養とかを考えて食べ物をとるようにしなくちゃ。

うちにある出産育児百科をみると、4ヶ月くらいから
「おなかのふくらみが誇らしく思える時期うんぬん」とか書いてあります。
そろそろ5ヶ月に入ろうかというまめ太。
食後なんかあまりにぽっこりしてるので、だんなさんにおなかを向けると
「すっごい誇らしげだね〜。」と毎回誉められます。(誉めてないか‥。)
でもそれもうれしい。
この頃なにかするときに、例えば「アイス買ってきて3人で食べようか。」とか
だんなさんが言うのがおもしろい。まめ太はちゃんともう家族の一員です。

2002年7月4日(木) 

職場の方にはあまりおなかが目立たないねーと言われています。
自分としては出てきたーと思っているけど、まだ今までのスカートやパンツでも
ピッチピチじゃないのは、今までも出てたってこと?
5ヶ月に入って帯巻くと、出たーって感じになるそうです。
今は帯じゃなくてガードルなのよねー、でも私は帯巻いたわなんて話の横で
教頭先生が「(奥さんに)巻いてあげたよ。」
しかも、靴下もはけなくなるからはかせてあげてたんだってー。
きゃーそんなだんなさんいるの?

2002年7月1日(月) 

3週間ぶりに病院へ。13週目に入りました。
この3週間もまめ太は大丈夫か?と思いながらの毎日。
おかげさまで順調です。頭からおしりまで6.7センチに成長。
エコーだとかなり大きく感じられます。
手も足もすごくよくわかり、よく動いてる。羊水の中で泳いでるの?
しばらく見ていると体の位置が変わっていくのがわかります。
あら、逆立ちしてるわ、って先生。いいんかい?
元気な証拠なのかしら。

こないだ私がマタニティ用にちょっとゆるいブラジャーを買って、
洗面所で試着してたら、突然だんながのぞいてきた。
というかあまりにシーンとして何も音がしないので
心配していたらしいんだけど。
でも私は突然背後に人の気配を感じてちょーーーーーービックリしたわけです。
思いっきりキャー☆と悲鳴。心臓にかなり悪かった。
これでまめ太になにかあったらどうすんの!?
‥でも今日まめ太の無事が確認されて一安心。
今日のまめ太はあのショックで逆さづりの刑になっているということになっている。
今度はせめて「何してんの?」くらい声かけてくれー。