さあ、明日はいよいよ帰国の日だし、今日はタイ最後の夜を楽しもう!ってんでガイドのサンに街を案内してもらうことに。

 ホテルに一番近いBTSの駅(フォアランポーン)で待ち合わせ。切符を買って電車に乗り込むと結構な混雑。通学の学生が多い。立ち読みしている漫画をよこから覗き込むと「ワンピース」だったりする。

 さて、バンコクの繁華街的なところで降り、チョット離れたところだから、ということでタクシーに乗る。
エアコンの効いた車内でサンが何気なく見せてくれた、他のツアー客のアンケートをつらつら眺めていると、「そのほか」というフリーハンドで書く欄にこんなことが書いてある。

「バンコク最後の日、王宮の周りに居るガードマンに『今日は王宮が休みだから』といわれて違う寺院にタクシーで案内され、それからタクシーの運転手が『今日は宝石が大ディスカウントだ』という店に連れて行かれ、60万の宝石を買った。結局、手の込んだ連係プレーによる詐欺だとわかったが、そのときの旅行会社の対応はとっても他人行儀なものでした。結局、納得した買い物だったと思うことにしますが、せっかくの楽しい旅の思い出が台無しです」

  、、、、!?!???、、。
 俺の頭の中で何かがパッと光った。
 バラバラだったパズルがイッキにハマったカンジ。

 おんなじジャン!

 王宮を、ワットポーに置き換えて、ガードマンにタクシーで行く場所を指示され、、、やぁらぁれぇたぁ〜!!

 サンに俺も同じ手口でやられた、とまくし立てると困った顔をしながら彼は言う
「ダカライッタデショ、ホテルノマワリトカニトマッテイルタクシー、ミンナワルイヒトタチネ。」
そんなことしらん、とにかく何とかしてくれ、と頼みこみ、タクシーを下車。

 現地のエージェントである日本人に電話をしてもらう。俺が直接話を伝えると「あ〜それはしょうがないですね〜。もう、お金を払ってしまっているなら商談成立ですよ」とまったく取り付く島がない。
がっくりうなだれていると、サンが「俺は7時にお客さんを空港まで迎えにいかなくてはならない」といいだす。なんだよ、今晩飲むんじゃなかったのかよ、といい、なんとかしてくれと懇願する。本当に目の前が真っ暗になるようだ。まさか自分が、詐欺に引っかかるなんてことが信じられなくて、それからやがて怒りがふつふつとこみ上げてくる。

 そんな様子を見ていたサンは、今日は遅いので、明日とりあえずキャンセルできるかどうか、店に一緒に行ってみよう、といってくれる。
7時まであまり時間がないということで、サンはサイアム通りにある事務所に帰っていった。
バンコクの町は夕焼けに染まっていた。オレンジ色のでっかい夕日がビルの間にゆっくりしずむさまを見ながら、喧騒の中を人ごみに逆らいながらBTSの駅へ向かう。

 切符を買おうと列に並んでいると、どこからか景気のいい音楽が流れてくる。と、みんなの動きが止まり、ペンギンよろしく直立不動の姿勢をとり同じ方向を向いている。国歌斉唱タイムらしい。
こんな詐欺師がどうどうと大手を振って生きている国に、何の尊敬の念も抱けなくなったどころか、原爆を50個投下して焦土と化してやりたいくらいむかついていた俺はいらいらしながら歌の終わるのを待っていた。

 ホテルに駆け込み、何かせねばと思い、日本大使館に電話する。
生命、身体に危険が及んだときは24時間こちらへ、という番号を鳴らすと平坦で抑揚のない声の日本人が出る。

 事情を細かく説明するとかれはこういう。
「あ〜、それはビーナスハウスでしょう。(詐欺店としては)有名な店ですよ。
(タイに)くるときの飛行機内で、そこの店は最要注意店だって書いてあったでしょう。(おれがそんな配りものなかった、というと)あ〜、航空会社によっては特定の店の営業妨害になるといって配るのを拒否していることもあるんですよ。

まあ、こちらのひとは、大陸の人間全般にいえるんですが、すぐに金を払うなんてありえないことなんですよ。何時間でも話をする。その中で相手の出方を探りながら『こいつには何か腹黒いところがあるのか?』などをみきわめ、納得できないところは徹底的にゴネて、自分に1円でも有利な取引を成立させるもんなんです。

日本人はその点、やはり島国ですよね、違うバックボーンをもった異民族と、金銭と商品を交換させることに慣れていない。確かに消費者を守る法律(クーリングオフ)に守られているという点で日本やアメリカなどは素晴らしい国ですが、そういったことが世界中、どこの国にもあまねく普及していると考えるのはあまりにも幼稚ですよね。」


 確かにごもっとも、ではある。しかし、人が少なくない金をカモられて、なんとかその商行為を取り消したい!と必死になっているのに、無知の人間にその無知振りをとうとうと説教するだけの外務省職員よ!日本でも優秀な成績を収め、国家試験に合格しこの地にやってきたんだろう。しかし、君の態度ははっきりいって最低だ
ニュースで見ていた映像が頭に浮かぶ。亡命者を大使館の敷地まで追ってきた地元警察官に、治外法権を主張するわけでもなく警帽を拾ってあげる日本人職員。
こいつら
税金使って高いワインやサビルローのスーツを買ってるんだろうな、、そんな思いを味わいながら「で、おれはどうしたらいい?」と聴くも明確な答えはなかった。

 怒りで食欲なんてまったくない。結局、俺の出した結論はこうだった。

1.まず、全額返してもらい、商取引はキャンセル
2.(しかし、布にもうハサミを入れてしまっている、といわれた場合)キャンセル料を何%でも払うから取引を無効にしてくれ、と頼む。
3.それでもだめなら、契約書に載っている文面に記載のない「100%カシミヤ」「オレの選んだ柄と色」「何日までに届くこと」以上の3点の一筆取る。


 これでだめならあきらめるしかない。しかし、到底あきらめられるものではないと奥歯をぎりぎりかみ締めながらビーナスハウスに行くまでに見事な連係プレーで俺をだましたやつらに呪詛の言葉を吐き続けていた。

 明日に備えて眠ろうとすると、隣の部屋から嬌声が聞こえる。フロントに電話して注意してもらうも、20分も立つと元のとおりきゃあきゃあ。
2時間に渡りフロントから注意をしてもらうもだめ。いらいらしているとホテルの女性マネージャーが遠慮がちにノックをしてくる。

 部屋を変えてくれるというのだ。

 とりあえず真夜中なので荷物はそのままに、身一つで新しい部屋に向かう。
マネージャーは「日本人の中年集団が、タイ人女性をひっぱりこんでドンちゃん騒ぎをしている」とのこと。

 おれが部屋から出ようとすると、赤ら顔を通り越して紫色になっている、金正日みたいなヤツと目が会った。
まるで修学旅行のように、仲間の部屋をいったりきたりしている。扉を開けたさいチラッと、色の黒い女性とそれに重なるようにくっついている頭のはげたオヤジの、横じまのポロシャツが見えた。

 そのとき、どうして外国では日本人が日本人だとわかるのか、理解できた気がする。

 表情が、恥にまみれている
のだ。

 なにに恥じているのかさえもうわからなくなるほど、日本人の顔は恥にまみれている。第二次世界大戦の責任も、他国の女を買うこともすべて、卑屈な愛想笑いと、金の力でなんとかしてしまおうとする。
 中国人のような過剰な「自国こそナンバー1」という自負も、韓国人のような気の荒さもない。ぼくらはどうしようもなく日本人であり、それ以上の存在では絶対無い。
脱亜入欧という国策のもと、明治時代から西洋のやつらと互角に渡り合おうとして、いつまでたっても肌の色で差別され、同胞であるアジア人の女を買いあさる醜い存在。自分の月収ぶんの金を簡単に投げ出し女を買い捲る。こんなやつらならすこしくらいボってもバチあたんないよ。俺がタイ人なら、きっとそう思うんだろうな。

 新しく移った部屋のシーツの冷たさに怒りも少し沈めてもらったためか、気付かないうちに浅い眠りに落ちていった。

モドル
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