vol. 4
仔犬だったタロウも、いつの間にやら大きくなり、犬の業界で言うところの成犬となっていた。 もともとが柴犬なので、大型犬のようなわけにはいかないが、はたから見れば立派な大人の犬だ。
「あち〜・・・。」
宏が、髪の毛までびっしょりにして、全身汗だくになって帰ってくるなり、タロウに抱きついた。その勢いで、タロウの小さな体は宏の重みに耐え切れずによろける。ただでさえ、犬は暑さに対してはすこぶる苦手だというのに・・・。
「あちいよなあ、タロウも。」
うんうん、とうなずきそうになるタロウだ。
「もうすこししたら、散歩行こうな!!」
極力、元気一杯に声をかけてやると、宏は玄関のドアを勢いよく開けた。瞬間、中の冷えた空気が外へ流れ出た。中はエアコンがきいているのだろう。
{いいよな、人間は。}
タロウは一人ごちた。
{はは・・・。お前は犬でもないくせに、変なことを言う。}
タロウの背後から、別な『声』がした。振り返るまでもないが、とりあえず振り返ってみる。
{ミヤオか。}
にやりとして、その名であえて呼んでやると、玉虫色の眼を光らせて白い毛並みをフーっと逆立てて、その猫は明らかに怒った様子だった。そう、宏に猫だから『ミヤオ』と命名されてしまってから早4ヶ月がたっていた・・・。なにが嬉しくてミヤオと呼ばれ続けねばならないのか。
まったくもって、この猫のプライドにかけても許されざる事だった。
{いつまでそうしているつもりだ?}
『ミヤオ』は言った。
相変わらずじりじりと照りつける日差しをよけるために2匹は、木陰へと移動しており、それでもこの日は一段と暑く、ゆうに30度を超えていたために、ぐったりとだらしなくぺたんと体を横たえたままの姿勢になっているーー。
{もう少しこのままでいるつもりだ。}
{宏か?}
{−ああ。}
{なるほどあの少年、離れるには惜しい命の玉のもちぬしのようだ。食いたくなる、こう暑くてはな。}
{お前?!}
その瞬間、天空からぎらぎらと照り付けていた太陽は急にたちこめた暗雲に飲み込まれ、あたりは夏特有のにわか雨でも降りつけんばかりの雲行きとなっていた。遠くの方からは雷だろうか、時折カメラが瞬きするかのようにフラッシュする。音こそ聞こえぬものの、完璧な雷雨を予感させる。このいきなりの天気の急変はなんであろうか。偶然か。変わりやすい夏という季節によるためのものなのか・・・。ただ、どの気象予報士も予報し得なかった気象であったことだけは、どの番組においても後々、語り草になったことだけは確かなのであった。
{わ、わ、わ、わかった、わかった!}
慌てふためいて、ミヤオの体は飛び上がった。 白い尻尾もふくらみ、警戒している様子が手に取るように分かる。
「大変!宏!宏!! 外に干してある洗濯物を取り込んで頂戴!!」
家の中から、中年の女のせっぱつまった声がして、ものの1分とたたづずに宏が玄関の戸を威勢良く開け放ち飛び出してきた。この年頃の子供にしては、母親の頼みに迅速に動き手伝えるというのは、賞賛にあたいするだろうが、今はそんな暇もなく、それこそ猫の手を借りたいほどに、気ぜわしい宏だった。