vol. 3

 

 建築中であるはずの現場は、建築物等が落下しても近隣に迷惑が及ばないよう、また通行人に危険のないよう仮囲いが施されていた。囲いの隙間からのぞいて見ると、まだ骨組みが出来ているだけの状態のようだ。雨にひたすらしんぼう強く打たれ続けたまま、黙々とその姿を保ち続けている。
 宏は、何の変哲も感じないその場所で、手持ち無沙汰に傘をくるくると回した。
 そして、建物の周辺を歩くともなしに歩いた。
 表から歩いてみただけでは、犬猫1匹とて入り込んでいる様子も気配も感じない。
 「−タロウ! ミヤオ!」
 呼びかけるように投げかける言葉は、雨の水音と共にかき消されてしまう。
 胸が締め付けられるような痛みが走り、まだ少年の幼い瞳が、傘をさしているにもかかわらず濡れて、光った・・・。
 なんで、いないんだよー。
 宏は、これまで幾度となく自分を責めてきた。もし軽率にも道路へ飛び出しさえしなければ、瀕死をさまようほどの大怪我をすることもなかった。ましてや、愛犬であり宏の良き理解者ー宏の話す言葉に、とにかく真剣に耳を傾けてくれていたーであったタロウが姿を消すこともなかった。
 ずっと抱えてきたものが堰を切ったようにあふれ、とめどなく流れる涙をこらえることが出来ずに、宏は泣いた。声をあげて、泣いた。
 


 宏は、泣き疲れたのか倒れこむようにしてベッドにもぐりこんだまま、動かなかった。壁にかけられている時計が、カチ、カチ、と秒針を刻み付ける音がこだましている。
 部屋の中は暗い。
 唯一の窓は、分厚い遮光カーテンが引いてあり、街灯さえもていねいに遮断してくれている。
 
 
ぴかりー。

 何かが、光った。
 青白い光をともしている。
 携帯電話が着信時に点滅する時のようでもある。
 その光は、輝きを増して、さらに点滅のピッチをあげる。
 とうとう部屋中が青白い閃光に包まれ、白昼以上の明るさで点滅をし始めた。
 「ん、うう・・・ん・・・。」
 宏はうめき声をあげた。
 頭の中はまだ混濁の中にあったが、強烈な刺激を感じていた。
 何事かと思わず目を開けようとしたが、それもかなわない。
 あまりの眩しさに目が開かないのだ。
 「なに? お母さん?」
 母親が急に電気をつけたか、朝になって、カーテンを急に開けたかのどちらかだろうと思ったのだ。

 「まぶしいよ・・・。朝なの?」
 訊いても返ってくる答えはない。
 次第に眩しさにも慣れ、どうにかこうにか目を開けることに成功した宏は、一瞬、何が起きているのか分からなかった。