vol. 2

 「宏さあ。」
 ひとしきり菓子を食べることに夢中になっていた二人だが、正輝が口を開いた。
 「お前んちにいた、ほら、なんてったけ、あの犬?」
 「ああ、タロウ?」
 「そう! タロウ!! タロウさ、お前が怪我した後しばらく意識不明っていうのになってた
頃に、そういや見かけたんだよなあ。」
 「え?! マジで?」
 宏は思わず身を乗り出す。
 「うん。」
 ジュースを二口ほど、喉を鳴らして正輝がうなずいた。
 「今建てかえしてる池田んちのあたりに、似てんのがいるなあ・・・なんて思ってさ、見てたら。」
 正輝、さらにジュースをゴクリ。
 「で?」
 続きを催促する宏。もう、菓子やジュースのことなど頭の中から消えていた。正輝がいつのまにやら宏の分にまで手を伸ばしていることにも、気が付いていないほど、真剣だった。
 「猫と密会してるって感じで、しばらく鼻と鼻を突き合わせてたな。犬と猫で全然ちがうのに仲いいんだな。人間みたいにっていうかさあ、なんか普通と違うなあ、って思ったから、覚えてたのかもなあ。」 
 タロウとミヤオだ!
 宏が生死をさまよっている間、2匹は自分のことを心配してくれていたのに違いない。
 なぜか、そう思った。
 両親の話では、タロウもミヤオも、宏が交通事故に遭ってからというもの家の庭に足を踏み入れたこともなく、見かけることさえなかったということだったため、まったく足取りがつかめなかったのだ。
 あらぬ方を遠い目をして見ている宏に、正輝が何度も声をかけていたが、宏の意識は、とうにどこか遠くへ行っているのだった。


 梅雨の走りだろうか、天気予報でも日がな雨を予報しており、実際のところ、近日では予報が外れることの方が少なく、今日も雨だった。
  授業も終わり、一緒に帰宅する友達と途中で別れた宏は、決心したような顔つきになり、足を踏み出した。その先の煙草の自販機のある、例の交通事故現場にもなった交差点を左折すると自宅だ。だが、宏は交差点で立ち止まり、左右を確認した後まっすぐに突っ切ってしまった。さらに、ただひたすら歩くこと十数分、ぴたりと立ち止まった。
 そこは、建て替えのために工事中ではあるが、『池田んち』のある場所だった。
 二階建てであった建物を、兄夫婦が同居することになったために三階建てにすることになったのだと、池田に聞いたことがある。
 あいにくの連日の雨のために工事はしばらく膠着状態で人の気配は全くといってなかった。