1997.08.07(水)

 カディスへの移動日。全日程のうちで最も緊張する行程である。グラナダから列車を使い、途中ボバディジャでの乗り換え時間が10分しかなく、アルヘシラスからさらにバスに乗り換える。
 実際には、グラナダは小さな駅で切符はすぐ買えたし、始発で座れたし、車内でも車掌さんが親切で、ボバディジャからアルヘシラス行きのホームも教えてくれた。そのおかげもあって1分で乗り換え、席を確保することができた。実はこの便は現地の人で結構混むのだ。そういえば昨日の夕方から日本人を見ていない。外国らしい外国にいる気がして何となく嬉しい。途中山岳地帯とひまわり畑、とうもろこし畑、サボテンをながめながら、アルヘシラスには13:03着。ちなみに地元のおじさんの発音はアルヘシーラだった。

 駅の改札をでたら目の前にセウタ行き高速船の切符売り場があった。オラリオ(時刻表)をもらい説明を受ける。アルヘシラス、セウタ間は45分、港まで歩いて5分、今からなら13:45発にちょうど間に合い、帰りは15:00セウタ発だという。説明を半信半疑で聞きながらも、今乗る船が折り返し帰ってくることだけは確かだった。往復の切符を買い「地中海が呼んでいる」などと言いながら港に向かった。途中看板の大半がアラビア語。そしてスペイン語が併記され、英語はあまり見かけない。

 港まで小走りして、滑り込みセーフ。窓際の席もとれた。ジブラルタルを見ながら海峡の中央へ。(写真は海峡中央から見た北アフリカ)

 14:50セウタ着。行動時間は5分しかない。寄ってきたアラブ人を無視したら、日本語で「あ、そう!」と言われた。どこで覚えたのか?。何はともあれ、証拠の写真をとった。(写真はセウタ港の名前の入った看板)

 おみやげとお菓子を買って乗船の列に並んだらパスポートチェックをしていた。しかも持っている銃は重量感があり、間違いなく本物。アルヘシラスに戻ると今度はアラブ人にたいする荷物チェックをしていた。セウタはほとんど外国扱いだった。

 アルヘシーラ着16:15。バスターミナルまでタクシーを走らせ、発車5分前にバスに乗り込む。

 このバスにのったのは大正解、スペイン旅行最大の感激を味わった。ジブラルタル海峡、その向こうのアフリカ大陸をパノラマとして見ることができた。山岳地帯の風力発電、平野部に入ると広大な農地そして牧場。どれもこれも日本にはないスケールだった。(写真はジブラルタル海峡、左手に風力発電が見える)

 平野部に入る前に見た大西洋沿岸もきれいだった。カディス着18:40。何せおなかかがすいている。朝食以降ほとんど食べていないのだ。チェックインをすませ、まず軽食をとった。続いて砂浜で遊びフィルム切れとなる。(写真はカディスの海岸)

 ホテルへ戻り、フィルムを売っているところを教えてもらい、カメラを持つ。フィルムは4本で2700Pts。さすがに高い。彼らにとっては輸入品なのだ。でも買えただけでいい。砂浜に戻り大西洋に沈むカディスの夕日を待つ。この旅行の大きな目的の一つだった。それなりにいい写真が撮れたと思う。こういうのは自己満足でいいのだ。(写真下はカディスの夕日)

 日も暮れてきてあたりにはおみやげ屋が露天を開き出す。ここでも日本人を全くみない。加えて地元の人の訛(なまり)もすごい。列車がトランになってしまう。町の表示もアラビア語とスペイン語が半々で一部英語といったところ。実はフロントでは英語が通じるはずなのだが訛がひどい。スペイン語ならわかってもらえる。スペイン語で物を頼んだ方が確実だし、相手の反応も良好なのだ。

Point:日本人だって外人に道を聞かれるとき、相手が英語で聞いてくるか日本語で聞いてくるかでずいぶん対応がかわると思う。考えてみれば当たり前のことかもしれない。

 22:00になってレストラン探し。しかし、小さなレストランやカフェは全てバルにかわってしまい、パエジャをおいているところはない。結局セットメニューとトルティージャで腹を満たした。ワインはここでも美味しい。

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