学術研究


野外調査──中国大陸での場合 (Fieldwork in mainland China)

※ここに記す内容は,吉川が大学院生時と2008年以降に行った野外調査での経験から得た知見の一部分です。

 二.インフォーマント/コンサルタントについて

1.インフォーマント/コンサルタントの手配
 前頁1の手順に従うのであれば,現地政府に当方の希望するインフォーマント/コンサルタンがどのような人物であるかを明確に伝えねばなりません。絶対多数の政府関係者は言語学についての知識を持ち合わせていないので,非理想的な人物を紹介されることも多いのが現実です。人物を紹介されたら,その人に簡単な質問(漢字音や語彙,文について答えてもらう)をして,
①調査対象言語の運用能力の高低
②言語の微細な特徴や差異に対する感覚の強弱
③調査に付き合う時間の有無
などを即座に見抜きます。不的確な人物だと判断されたら,本調査には入らずに,現地政府に理由を説明し,速やかに別の人物を手配してもらいましょう。責任感の強い(?)現地政府官員が自らインフォーマント/コンサルタントを買って出ることもありますが,彼らは職務に多忙なはずなので,決してインフォーマント/コンサルタントになってもらってはいけません(1~2時間で消えます)。
 言語調査で理想的とされるインフォーマント/コンサルタントには,言語学の特殊性に因り,他分野の調査とは異なる属性が求められます。この事もインフォーマント/コンサルタントを手配してくれる現地政府にしっかり説明し,理解してもらう必要が有ります。望ましい属性としては,
①調査対象地点で生まれ育ち,調査対象地点を長期間離れた経験が無いこと
②退職していること:調査に付き合う時間の有無に直結する問題です
③忍耐力があること:長期に及ぶ調査であれば途中で逃げないことが重要です
④声が大き過ぎないこと:声が大き過ぎると録音に支障を来します
この中の③は「言語や言語研究に興味を持っていること」と換言してもよいかも知れません。②~④を総合すると,理想的なのは小学校の先生や村の「文書」(いずれも退職者)ということになりましょう。このような職位に在る方だと漢字を現地音で読む能力も高いことが多いのです。
 勿論,退職者は高齢であることを意味しますので,歯が抜けて発音ができない,耳が遠い,などの問題も伴います。この点には別途注意する必要があります。

2.インフォーマント/コンサルタントとの関係構築
 真面目なインフォーマント/コンサルタントだと,「調査」と聞いただけで緊張することがあります。これを回避するために,決して「調査」とは称さず,「学習」だと伝えることをお勧めします。
 調査最終日には別れ際にインフォーマント/コンサルタントやそのご家族,村でお世話になった方々と写真を撮りましょう。年賀状と一緒に郵送すると調査者の印象を深めることができます。
 そして,重要なことですが,言語調査はたとえ研究者や学生にとって学究心を掻き立てられる「楽しい」活動であるとしても,付き合って下さる現地人にとっては寧ろ「苦痛」となる可能性が有ることは肝に銘じておかねばなりません。そもそも彼等は普段,長時間椅子に座ったままということがないかもしれません。そのため,インフォーマント/コンサルタントに逃げられないように,退屈な作業にしないだけの努力は必要です。具体的には,
①適宜(1~2時間に一度は)休憩を取る。休憩時には茶やタバコを勧めるなどする。
②言語体系に関する聴取だけではなく,当該社会についての質問などもする。
③同一の質問に過剰な時間を割かない。執拗に何度も繰り返し聞いたりしない。
などが挙げられます。

3.謝礼・報酬
 農村部では純朴な方が多く,謝礼を固辞するインフォーマント/コンサルタントがいます。これに対しては,勤務表を予め調査者が作成し,公費での訪問及び調査/学習であることを説明した上で,勤務表にサインをするよう求めると納得して受け取ってもらえることがあります。
 一方で,県政府から金額を指定される場合もあります。その場合はその額に従い,県政府の指定であることをインフォーマント/コンサルタントに伝えればよいでしょう。


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