木枯らしの、風のあいだに温もりを求めて

 相変わらず「ジャンボ」*1の店の前には列ができていた。ぼくたちは木枯らしの吹く外で10分間、店内で20分間待った後、席に着くことができた。
 「お好み焼きのミックスのジャンボと焼きそばのジャンボ。」
 「そんなに食べられるかしら……。」

 ぼくはかつて自分がここで発した言葉を思い出していた。
 「アフリカでは1日に何万もの人が餓死しているのに、残すなんてことできないよ。」

 店員は容器に入ったお好み焼きの材料を素早くかき混ぜ、ぼくたちの前の鉄板に広げる。そして一方では、大きなざるに入った焼きそばの材料を豪快に鉄板の上に載せ、これもまた豪快にかき混ぜる。実に手慣れたものだ。焼きそばが出来上がると今度はお好み焼きだ。直径が25cm程のお好み焼きをちりとりのようなもので裏返し、ソースとマヨネーズを飛ばすようにその上に載せ、かき混ぜる。そして、青海苔と鰹節を豪快に振りかけて、出来上がり。店員の華麗な舞いを見終えたぼくたちは少なからず満足を覚え、次なる満足に向かった。ぼくはお好み焼きを細かく切り、その一切れを彼女の小皿に載せた。何の変哲もない、シンプルな味だ。ぼくたちは言葉少なく、ほとんど間を置かず、平らげてしまった。勿論、腹は一杯だ。もう少しのんびりしたい気持ちを抑え、まだ待つ客のために席を立った。

 まだ時間が早いためか、「ビギン・ザ・ビギン」*2はすいていた。ぼくたちはカウンターの隅のほうに座った。
「何にする?……あれでいいかな?」
「そうね、あれでいいわ。」
「すみません、シンガポール・スリングとジャックダニエルのロック、お願いします。」

 「どうしたの、急に。奥さんは?」
 「会社の旅行。なんとなく京都が懐かしくなって。」
 「結婚生活はどう?」
 「まあまあ。」
 「相変わらず、冷めてるのね。ひとごとみたい。」
 「冷めてなんかいないよ。マイペースだよ。そっちは?」
 「うちはうまくいっているわよ。旦那さんはいつも帰りが遅いけど。」
 「じゃあ、今日もゆっくりできる?」
 ぼくたちは大学時代のクラスメイトの消息、仕事のこと、京都のことなどを話した。大学時代の夢を捨てずに頑張っている友人の話を聞き、自分にも励みになった。以前よく行った「しあんくれーる」*3がなくなったことを聞き、なんとなくやるせない気持ちになった。そんなとりとめのない話をしているうちに、ぼくは久し振りに心持ちがよくなった。それはけっしてアルコールだけのせいではなかった。結婚以来、初めて会った彼女はあまり所帯染みておらず、昔の彼女、昔のぼくの気持ちを思い出させるには充分だった。ぼくは増大する昔の感情を抑えるために、なおもとりとめのない話をしようと努めた。けれども、次第に彼女は沈黙がちになってしまった。


*1 京都市妙心寺近くの特大サイズのお好み焼きと超大盛りの焼きそばの店。土日祭日はもとより、平日でも並ぶことなしにめったに食べられない。
*2 京都市円町にあるカフェバーとショットバーとをミックスしたような店。
*3 京都市荒神口にあった、1階ではクラシックを、2階ではジャズを流していた喫茶店。


[ Home ] [ 目次 ]