![]() そうやって差し出された手が、どうしてか温かくて、僕は泣くのを止めたんだ。たったそれだけで、その人は僕にとって特別な人になったんだ。 曇り空に手を伸ばしても届かないことは、学校で習った訳じゃないけど。ただ、僕の何十倍、何百倍の大きさがあるあの高層ビルが、まだ空に届いてない辺り、ちっぽけな僕が空に手を伸ばすのは、無意味なのかもしれない。 僕は数学は得意じゃない。英語も嫌いだ。地理も歴史も理科もダメ。家庭科は好きだったけど、でも時々、僕には何もないような気になってくるんだ。何もないから、捨てられたのかもしれないって、そう思うんだ。するとすごく不安になるけれど、それでもやっぱり、家に帰れば、父さんの焼く鰻はおいしそうだし、母さんは笑っていてくれるから。 僕がその人に初めて出会ったのは、もう九年も昔か。桑田 僕は泣き虫で、彼女は気が強かった。何かにつけて泣く僕を、彼女はひっぱたいて泣くなと脅した。ひっぱたかれた僕は、それ以上に泣くこともあったけれど、でもいつしか、彼女の後ろをついてまわるようになった。彼女はついてくるなと言ったけれど、僕はお構いなしだった。 僕がその人と再会したのは、高校の入学式の時だった。再会と言っても、僕が一方的に見つけただけで、向こうは気付いてすらいなかった。気の強かった彼女は、やっぱり今も気が強そうで、そして酷く、美人に見えた。 僕がすぐに声をかけなかったのは、多分、彼女の外見に気後れしてしまったのと、そして何よりも、彼女が僕の知っている彼女だという確信が、まだ持てなかったからだ。それに、僕にはもう一人再会した人物もいたし。 「ああ、美人だなあ〜流蓮さん。髪の毛ふあふあだあ……」 曇り空の下、屋上のフェンス越しに、眼下の風景を眺めながら僕は言った。 「流蓮さんの髪の毛って、どんな匂いがするんだろう……」 「 隼人はげんなりしながら、でも僕がプレゼントした焼きプリンを食べる手は止めないで、ぼやいた。 「僕は流蓮さんのためなら、あえて変態の汚名を受けます」 妙な決心で、胸の辺りに拳を作り、僕は言った。 「もう、勝手にやってくれ……」 隼人は僕に背を向けて、プリンを食べるのに集中した。 僕と、彼――常盤隼人とは、まあ、幼なじみと言えば簡単だが、ブランクがある。中学三年間、僕らは別々の学校で過ごした。その前の小学校四年間は、随分仲良くさせてもらったけれど。高校で再会して、でも小学生の頃と変わらず――いや、多少は変わったけれど、でもあの頃と同じように仲良くしてくれる隼人が、僕は大好きだった。 「そういや鯨太、その桑田流蓮って文学部だよな?」 思い出したように、隼人が言う。 「そうですけど……?」 流蓮さんに話しかける踏ん切りは、未だつかない僕だったけれど、彼女のことは一通り調べたのだ。さすがに住所や電話番号までは分からなかったけれど。 「それがどうかしたんですか?」 「いや、この前の締め切りの時会ったなあって……」 隼人はプリンのスプーンをくわえながら言った。 「え、どういうことですか?」 「いや、俺も密かに文学部だから」 「そうだったんですか?」 僕は少し驚いてみせる。隼人が文学部に入るのは別に不思議ではないのだ。それより隼人が文学部だと気付かなかった自分に驚いた。分かっているようで分からないのが、幼なじみなのかもしれない。 「今度部誌が出来たら、持って行ってやろうか?」 「部誌?」 「入学式の時、机の上に置いてあっただろ? 今度は俺の書いたのも載るし、多分桑田流蓮のも載るよ」 「流蓮さんも? わあ、読みたいです」 僕はにっこり笑って、流蓮さんの書く話はどんなだろうと思った。 「じゃあ、お前の分確保しておいてやるから。俺のも読めよ」 「読みます、読みます」 隼人が僕の頭を軽く小突くので、僕は両手でガードしながら言った。 ここら辺のやりとりは、なんか小学生の時と変わらないなあと思った。小学生の隼人は、やんちゃで無鉄砲で、転校してきて引っ込み思案の僕に、初めて声をかけてくれた人だった。うちにもよく遊びに来てくれた。いっしょにゲームをやったり、外に遊びに行ったり……。僕は鈍くさくて、隼人は機敏だったから、釣り合いはとれてなかったのかもしれないけれど。 「なあ、鯨太」 隼人が言った。ちらりと遠くを見るような仕草をして、それから僕の顔をまっすぐ見て、言った。 「その桑田流蓮ってやつに、声、かけないのか?」 「え」 「遠くから見ているだけでいいの?」 昔から、僕は曖昧に甘んじて、隼人はキッパリしたのが好きだった。 「……きっと、声をかけても僕だって、気付かないと思うし……」 入学式の日、彼女を見つけて僕はその場に固まってしまった。散る桜をバックに、ブレザー姿の彼女が、酷く遠く見えた。キリッとした意志の強そうな瞳に、毛先に軽くウェーブのかかったポニーテール。前髪を少し押さえて、桜を見上げた彼女の横顔は、もの凄く綺麗で、僕は自分の立っている場所と、彼女のいるそこに、次元の境界を感じたのだった。 「……なんだか住む世界が違うような気がするんです。それに元々、彼女とどうこうなろうって気はないですし……」 「そうか、まあ、お前がそう思ってるんならいいんだ」 隼人はそう言って、いつの間にか食べ終わっていたらしいプリンのカップとスプーンを持って立ち上がった。 隼人が立ち上がったので、僕は時計を確認した。見ると予鈴がもう少しで鳴るところだった。 ――あんた、ずっとそうやって泣いているのね、新しい学杖へ行っても。―― 泣きじゃくる僕を見下ろして、彼女は言った。いつものようには、その手は差し出されなかった。僕は、その手を期待する僕を戒めて、涙を手の甲で拭って立ち上がった。それでもまだ、涙は僕を裏切って流れ落ちた。最後なのに。これでもう僕は、彼女の差し出す手なしに、生きていかなくてはならないのに。 強くなりたいと思った。自分を置き去りにしたその人のために泣かなくてすむくらい、強くなりたいと思った。新しく自分を抱きしめてくれるあの人を困らせないくらい、強くなりたいと思った。彼女の手が必要ないくらい、強くなりたいと思った。もう二度と、泣かなくてすむくらい、強くなりたいと思った。 お別れの時が来ても、彼女はニコリともしなかった。母さんに手を引かれていく僕は、何度も何度も彼女を振り返って、そして彼女は、一度も僕を見なかった。 「……ごめんなさい。私は先輩のこと、そんな風に想えません」 なんて間が悪いのだろう、と思った。僕はいつだって間が悪いけど、これほど間が悪いことはそうないと思った。 放課後の教室には、流蓮さんと、彼女と話をしている男子生徒以外には誰もいなくて、流蓮さんの声を聞きつけて、廊下を行くのを立ち止まった僕は、会話の一端を聞いて壁に張り付いてしまった。聞いてはいけないと思いながらも、聞かずにはいられなかった。 「そう。残念だね……。ありがとう、聞いてくれて」 「いいえ」 話は終わったようで、“先輩”の方が教室を出てくるのが分かる。僕は身を固くして、まるで普通に通りかかったように取り繕おうとして、そして失敗した。 ひょいと教室を出てきたその人は、長身で茶髪で格好良くて、僕をちらりと見て、でも特に不審に思った様子もなく、そのまま去っていった。 僕は全身の力が抜けるのを感じた。感じただけでなく、どうやら本当に力が抜けたらしい。気付いたらその場に座り込んでいた。 流蓮さんって、あんな格好いい先輩に告白されたりするんだ……。やっばり、住む世界が違うのかな……。 座り込んで、僕がぼーっとしていると、流蓮さんも教室を出てきた。ぼーっとしていた僕の視界に、こっちを見ている流蓮さんが映って、僕は思わず悲鳴を上げた。 「……大丈夫か?」 流蓮さんは驚いたように僕を覗き込んだ。 ――流蓮さんが僕に話しかけてる! 僕は絶句した。遠い遠いと思っていて、もうほとんど神様か何かのように感じていたのに。きっと追っかけてる芸能人に、声かけられちゃったファンの人って、こんな気持ちなんだろうな。 「……本当に大丈夫か?」 流蓮さんが眉をひそめる。何か話さなくては。 「え、あ、はい、大丈夫です、流蓮さん」 あ。 言った後に、僕は自分のミスを知った。 「……何処かで会ったか?」 「え、いえ、何処でも会ってないです」 「……じゃあ何で私の名前を知っているんだ?」 あう。 どんどん墓穴掘ってるじゃないか、僕! やばい、このままだと怪しい人だと思われてしまう。いや、僕は充分怪しいんだけど……。 「え、あ。その。入学式で見て、き、綺麗な人だなあ〜って……」 もう、がむしゃらだった。 「その、ファンなんです!」 「……」 流蓮さんは、訝る様に僕を見た。こんな面識のない、しかも冴えない男にそんなこと言われたって、気持ち悪い以外の何物でもないはずだ。 「……この学校は物好きが多いな」 「へ?」 流蓮さんは小さく息を吐いた。 「私は多分、お前が思っているような人間じゃない……」 「え、どういうことですか?」 「そのままだ。立て。いつまで座っている」 そう言って、流蓮さんは僕に手を伸ばした。僕はその手に見入ってしまった。同じ、でも昔とは違うその手。僕が手を握ると、流蓮さんはぐいと引っ張ってくれた。 「お前、一年生だな。名前は?」 「……に、二戸です。D組の」 「二戸か。覚えておこう」 それだけ言って、流蓮さんは颯爽と去っていった。 僕の右手には、流蓮さんの手の感覚がまだ残っていて、でもその後ろ姿はそれでも遠くて、とても不思議な感じがした。思っていたより、流蓮さんに嫌われずにすんだようなのも、不思議のひとつだった。 僕はしばらく立ちすくんで、でも荷物を抱えると、慌ててその場を去った。 流蓮さんはやっばり、僕のことを覚えていなかった。覚えていても、僕が僕だとは気付かなかったんだな。 それにしても流蓮さんって、女の子なのに随分勇ましいしゃべり方するんだなあ……。 「ただいま〜」 開店前の店の扉を開けて、のれんをのけて、中に入る。 「おう、鯨太、お帰り」 厨房から父さんが顔だけ出した。 「父さん、いい匂いだね」 「お前は本当に鰻の匂いが好きだな」 父さんは豪快に笑って、ばたばたと団扇で炭火に空気を送った。身長一九〇センチで体格の良い父さんが、縮こまって鰻を炊く姿は、傍目には滑稽に見えるかもしれない。でも父さんは真面目だし、鰻はおいしかった。 僕は関係者以外立ち入り禁止の扉を開けて、奥の自宅へ進む。 「母さん、ただいま」 「お帰り。鯨太。学校はどうだった?」 居間でアイロンがけをしていた母さんは、顔を上げて僕に問うた。僕がこの家に来てから一度だって、母さんはこの問いを欠かしたことはないように思えた。 「うん。良かったよ。来週の家庭科、調理実習なんだ」 「そう、楽しみね」 母さんはにっこりと笑った。 僕はこれで安心するんだ、父さんが鰻を焼いて、母さんが笑ってくれれば、僕は僕でいられるんだ。 店の方は少しずつお客さんが入ってくるようだった。僕は荷物を二階の自室へ置くと、父さんを手伝うために店の方へ行った。 曇り空に手を伸ばしても届かないことは、学校で習った訳じゃないけど。ただ、僕の何十倍、何百倍の大きさがあるあの高層ビルが、まだ空に届いてない辺り、ちっぽけな僕が空に手を伸ばすのは、無意味なのかもしれない。 やってきた電車にビルと空とが隠れて、僕ははっとした。慌てて乗り込んで、そしてまた窓の向こうの空を眺めた。日曜日の昼過ぎの車内は、何処かへ遊びに行く家族連れやカップルでにぎわっていた。僕はひとりきりで、背負ったリュックサックの紐を握った。 『駆け込み乗専はおやめ下さい』 ホームにアナウンスが流れて、電車の扉が閉まった。発車の加速度に、ほんの少しよろけて、自身で苦笑いしながら、意地を張らないで吊革に掴まることにした。昔、背伸びをしても届かなかったその輪っかが、今は楽々掴める。僕は大きくなるのに、たくさんの物を手に入れて、そしてたくさん無くしたのだと、そんな風に感じた。幼い頃の悲しみを、僕は少しずつ思い出せなくなっていく。それでも変わっていくことは、それ自体が善悪ではないのだ。そう思っている。 窓の外の風景は流れてゆくけれど、曇り空は曇り空のままだった。雨の降りそうな気配はなくて、僕はこんな空も嫌いじゃないと思った。三つ目の駅で降りて、自動改札機に切符を放り込んで駅を出ると、僕はいい加減覚えた道順を歩き出した。初めて来た時は、母さんの描いてくれた地図を見ても、二時間も迷ったんだっけ。 十五分程歩いて、角を曲がれば、もうそこが目的地だった。お寺の奥に、墓地がある。お線香を買って、バケツに水をくみ、ひしゃくを持ってお基の前まで行く。墓前には花が生けてあって、まだみずみずしく、誰かが僕の前に墓参りに来たことを示していた。 多分、母さんだろう。この人の墓参りを、母さんは命日も誕生日も前日にすましてしまう。どうしてかは直接聞いた訳ではないけど、ひとりで墓参りをしたい僕に、気を遣ってくれているのだろう。それが嬉しい時も、悲しい時もある。でもそれは、母さんの優しさだから。 もっと単純なことを言えば、僕は新しいお花を買わずにすむので、お財布としては嬉しいのだ。掃除や除草もみんな母さんがやってくれるから、僕はお水を上げて、お線香を立てるだけでいい。 僕はバケツから水をすくって墓石にかけると、持ってきたマッチでお線香に火を点けて、立ててやった。両の手を合わせて、目を閉じる。 僕は数学は得意じゃない。英語も嫌いだ。地理も歴史も理科もダメ。家庭科は好きだったけど、でも時々、僕には何もないような気になってくるんだ。何もないから、捨てられたのかもしれないって、そう思うんだ。するとすごく不安になるけれど、それでもやっぱり、家に帰れば、義父さんの焼く鰻はおいしそうだし、義母さんは笑っていてくれるから。 僕は決して、この人を――実母を赦すことは出来ないけれど、それでもまだ、血の繋がったたったひとりの家族なのだから。それに今は、幸せだし。生きていることは、神様でもなく、仏様でもなく、両親に感謝すればいい。僕の血と肉があるのは、この実母のおかげなのだから。もう一人の方は、顔どころか、名前すら知らないけれど。 「一四七円になります」 「え、あ、はい」 お墓参りの帰りに、駅前のコンビニで飲み物を買おうとした僕は、お財布の中をまさぐった。 ……まずい。一二八円しかない。 どうしようもなく気まずくなって、僕が店員さんに言い出そうとした時。 「……二戸か?」 突然僕に声がかかった。 「やっぱり二戸だ。どうしたんだ? こんなところで……」 声の主は流蓮さんだった。何でよりによってこんなところで会うんだ! 今、メチヤクチヤ格好悪いところなのに……。 「……足りないのか?」 財布の中身を掌に広げて、固まっている僕に流蓮さんは問うた。 「……足りないんだな」 なんかすごく哀れむような瞳で、流蓮さんは自分の財布を開いて、そこから百円玉を出して僕の掌に乗せた。 「あ、あの!」 「いいんだ。受け取れ」 流蓮さんは片手を上げて、店の奥の方へ行ってしまった。 僕はしばらく流蓮さんを見つめていて―― 「あの、お客さん……」 待ちぼうけさせられた店員さんが、僕に声をかけた。 「あ! すいません、ごめんなさい、ごめんなさい」 僕は真っ赤になりながら、流蓮さんがくれた百円玉と僕が持っていた百円玉を差し出した。 「あ、あの、袋はいいです」 そう言っておつりとペットボトルを受け取ると、僕は一目散に店を出た。店を出て、駅まで走り出す。走り出して、思い直す。 流蓮さんに、お礼言うの忘れた……。 僕は立ち止まって振り返り、コンビニの方を見た。見るとちょうど流蓮さんが買い物をすませて、店を出るところだった。 流蓮さんは僕の方を見て、僕を見つけると、手を挙げて言った。 「二戸〜!」 そんな、軽く僕を呼ばないでくれ。僕が流蓮さんといっしょにいて、どれくらいエネルギーを消費すると思っているんだ。それに僕は、すごい格好悪いところを見られちゃつたんだぞ。どの面下げて流蓮さんの前にいろと……。 「二戸はこの辺に住んでいるのか?」 僕のところまで歩いてきた流蓮さんはそう言って、僕の顔を覗き込んだ。 「え、いえ、今日はお墓参りで……」 「墓参り? ……そうか」 流蓮さんはちょっと不思議な顔をして、でもすぐにそんな表情も消した。 「……あ、あの、さっきはありがとうございました」 「いや、いいんだ」 「こ、この借りは必ず!」 「そうか? じゃあ、楽しみにしている」 流蓮さんはニコリと笑った。いつもポニーテールにしているロングヘアを、今日は低い位置で二つに結んでいた。いつもの制服ではなくて、楽そうなTシャツにGパン姿の流蓮さんが微笑んだのが、僕の中では爆発を起こした。 僕はもう、息が詰まりそうだった。どうして流蓮さんはまるで、お友達と話すみたいに僕に話しかけてくれるんだろう? 「私の家はこの近くなんだ」 「そ、そうなんですか。引っ越したんですね」 僕の記憶の中にある流蓮さんの家は、もっと遠い所だった。 「? よく知っているな」 「え、あ、ふぁ、ファンですから」 僕は必死に笑顔を浮かべた。そんなこと知っているファンはいるんだろうか。ていうか、それ以前にファンという観念がおかしい気がする。 「……二戸は、ストーカーなのか?」 「え゛っ」 痛い。痛すぎるよ、その単語は。 「違う……、違うと言いたい……」 「違うのか?」 「いえ……似たような物です」 僕は心中でだくだくと涙を流しながら、自虐的に認めた。そう思われも仕方のない言動を、今までしてきたのだから。 「でも考えれば、ストーカーしてる相手に見つかるストーカーって、結構間抜けだな」 そんな。ストーカーな上に、間抜けだなんて。僕のランクは何処まで落ちるんだ。 「二戸は部活はやっていないのか?」 流蓮さんは僕を逃がす気は全然ないらしく、新しい質問をしてきた。 「え、やってないです」 「帰宅部か」 「流蓮さんは、文学部ですよね?」 「そうだよ。……本当に何でも知っているんだな」 流蓮さんは少し驚いた顔をした。僕はまた墓穴を掘ったらしい。 「今度部誌が出るんだが、良かったら見てやってくれ」 でも流連さんはそんなことをちっとも気にかけない様子で、言った。 「あ、はい。喜んで」 僕は俯いて、答える。 多分、部誌を読んでくれとは、いろんな人に言っているのだろう。それにしても流蓮さんは、こんな怪しい僕に嫌悪を感じないのだろうか……? 「もうこんな時間か……」 流蓮さんは左手の時計を見てぼやいた。 「引き留めて悪かったな。じゃあ、また学校で」 そう言って、また少し笑って、この前の放課後出会った時のように、颯爽と帰っていった。 じゃあ、また学校で―― そんな。流蓮さんは僕と、また学校で会うつもりなんだろうか……。 ![]() -TOP |