The Flowing Lotus (1)
――なに、泣いてるの? バカじゃないの。ほら、もうすぐ給食だよ。行こうよ――
 そうやって差し出された手が、どうしてか温かくて、僕は泣くのを止めたんだ。たったそれだけで、その人は僕にとって特別な人になったんだ。

 曇り空に手を伸ばしても届かないことは、学校で習った訳じゃないけど。ただ、僕の何十倍、何百倍の大きさがあるあの高層ビルが、まだ空に届いてない辺り、ちっぽけな僕が空に手を伸ばすのは、無意味なのかもしれない。
 僕は数学は得意じゃない。英語も嫌いだ。地理も歴史も理科もダメ。家庭科は好きだったけど、でも時々、僕には何もないような気になってくるんだ。何もないから、捨てられたのかもしれないって、そう思うんだ。するとすごく不安になるけれど、それでもやっぱり、家に帰れば、父さんの焼く鰻はおいしそうだし、母さんは笑っていてくれるから。

 僕がその人に初めて出会ったのは、もう九年も昔か。桑田流蓮(るれん)なんて、滅多にない名前だって、その時は分からなかったけれど。小学校一年生に、同級生の名前が珍しいか珍しくないかなんて、そうそう分からないものだ。少なくとも僕には分からなかった。
 僕は泣き虫で、彼女は気が強かった。何かにつけて泣く僕を、彼女はひっぱたいて泣くなと脅した。ひっぱたかれた僕は、それ以上に泣くこともあったけれど、でもいつしか、彼女の後ろをついてまわるようになった。彼女はついてくるなと言ったけれど、僕はお構いなしだった。
 僕がその人と再会したのは、高校の入学式の時だった。再会と言っても、僕が一方的に見つけただけで、向こうは気付いてすらいなかった。気の強かった彼女は、やっぱり今も気が強そうで、そして酷く、美人に見えた。
 僕がすぐに声をかけなかったのは、多分、彼女の外見に気後れしてしまったのと、そして何よりも、彼女が僕の知っている彼女だという確信が、まだ持てなかったからだ。それに、僕にはもう一人再会した人物もいたし。


「ああ、美人だなあ〜流蓮さん。髪の毛ふあふあだあ……」
 曇り空の下、屋上のフェンス越しに、眼下の風景を眺めながら僕は言った。
「流蓮さんの髪の毛って、どんな匂いがするんだろう……」
鯨太(けいた)、その発言は一歩間違わなくても、かなり変態だぞ……」
 隼人はげんなりしながら、でも僕がプレゼントした焼きプリンを食べる手は止めないで、ぼやいた。
「僕は流蓮さんのためなら、あえて変態の汚名を受けます」
 妙な決心で、胸の辺りに拳を作り、僕は言った。
「もう、勝手にやってくれ……」
 隼人は僕に背を向けて、プリンを食べるのに集中した。
 僕と、彼――常盤隼人とは、まあ、幼なじみと言えば簡単だが、ブランクがある。中学三年間、僕らは別々の学校で過ごした。その前の小学校四年間は、随分仲良くさせてもらったけれど。高校で再会して、でも小学生の頃と変わらず――いや、多少は変わったけれど、でもあの頃と同じように仲良くしてくれる隼人が、僕は大好きだった。
「そういや鯨太、その桑田流蓮って文学部だよな?」
 思い出したように、隼人が言う。
「そうですけど……?」
 流蓮さんに話しかける踏ん切りは、未だつかない僕だったけれど、彼女のことは一通り調べたのだ。さすがに住所や電話番号までは分からなかったけれど。
「それがどうかしたんですか?」
「いや、この前の締め切りの時会ったなあって……」
 隼人はプリンのスプーンをくわえながら言った。
「え、どういうことですか?」
「いや、俺も密かに文学部だから」
「そうだったんですか?」
 僕は少し驚いてみせる。隼人が文学部に入るのは別に不思議ではないのだ。それより隼人が文学部だと気付かなかった自分に驚いた。分かっているようで分からないのが、幼なじみなのかもしれない。
「今度部誌が出来たら、持って行ってやろうか?」
「部誌?」
「入学式の時、机の上に置いてあっただろ? 今度は俺の書いたのも載るし、多分桑田流蓮のも載るよ」
「流蓮さんも? わあ、読みたいです」
 僕はにっこり笑って、流蓮さんの書く話はどんなだろうと思った。
「じゃあ、お前の分確保しておいてやるから。俺のも読めよ」
「読みます、読みます」
 隼人が僕の頭を軽く小突くので、僕は両手でガードしながら言った。
 ここら辺のやりとりは、なんか小学生の時と変わらないなあと思った。小学生の隼人は、やんちゃで無鉄砲で、転校してきて引っ込み思案の僕に、初めて声をかけてくれた人だった。うちにもよく遊びに来てくれた。いっしょにゲームをやったり、外に遊びに行ったり……。僕は鈍くさくて、隼人は機敏だったから、釣り合いはとれてなかったのかもしれないけれど。
「なあ、鯨太」
 隼人が言った。ちらりと遠くを見るような仕草をして、それから僕の顔をまっすぐ見て、言った。
「その桑田流蓮ってやつに、声、かけないのか?」
「え」
「遠くから見ているだけでいいの?」
 昔から、僕は曖昧に甘んじて、隼人はキッパリしたのが好きだった。
「……きっと、声をかけても僕だって、気付かないと思うし……」
 入学式の日、彼女を見つけて僕はその場に固まってしまった。散る桜をバックに、ブレザー姿の彼女が、酷く遠く見えた。キリッとした意志の強そうな瞳に、毛先に軽くウェーブのかかったポニーテール。前髪を少し押さえて、桜を見上げた彼女の横顔は、もの凄く綺麗で、僕は自分の立っている場所と、彼女のいるそこに、次元の境界を感じたのだった。
「……なんだか住む世界が違うような気がするんです。それに元々、彼女とどうこうなろうって気はないですし……」
「そうか、まあ、お前がそう思ってるんならいいんだ」
 隼人はそう言って、いつの間にか食べ終わっていたらしいプリンのカップとスプーンを持って立ち上がった。
 隼人が立ち上がったので、僕は時計を確認した。見ると予鈴がもう少しで鳴るところだった。


――あんた、ずっとそうやって泣いているのね、新しい学杖へ行っても。――
 泣きじゃくる僕を見下ろして、彼女は言った。いつものようには、その手は差し出されなかった。僕は、その手を期待する僕を戒めて、涙を手の甲で拭って立ち上がった。それでもまだ、涙は僕を裏切って流れ落ちた。最後なのに。これでもう僕は、彼女の差し出す手なしに、生きていかなくてはならないのに。
 強くなりたいと思った。自分を置き去りにしたその人のために泣かなくてすむくらい、強くなりたいと思った。新しく自分を抱きしめてくれるあの人を困らせないくらい、強くなりたいと思った。彼女の手が必要ないくらい、強くなりたいと思った。もう二度と、泣かなくてすむくらい、強くなりたいと思った。
 お別れの時が来ても、彼女はニコリともしなかった。母さんに手を引かれていく僕は、何度も何度も彼女を振り返って、そして彼女は、一度も僕を見なかった。


「……ごめんなさい。私は先輩のこと、そんな風に想えません」
 なんて間が悪いのだろう、と思った。僕はいつだって間が悪いけど、これほど間が悪いことはそうないと思った。
 放課後の教室には、流蓮さんと、彼女と話をしている男子生徒以外には誰もいなくて、流蓮さんの声を聞きつけて、廊下を行くのを立ち止まった僕は、会話の一端を聞いて壁に張り付いてしまった。聞いてはいけないと思いながらも、聞かずにはいられなかった。
「そう。残念だね……。ありがとう、聞いてくれて」
「いいえ」
 話は終わったようで、“先輩”の方が教室を出てくるのが分かる。僕は身を固くして、まるで普通に通りかかったように取り繕おうとして、そして失敗した。
 ひょいと教室を出てきたその人は、長身で茶髪で格好良くて、僕をちらりと見て、でも特に不審に思った様子もなく、そのまま去っていった。
 僕は全身の力が抜けるのを感じた。感じただけでなく、どうやら本当に力が抜けたらしい。気付いたらその場に座り込んでいた。
 流蓮さんって、あんな格好いい先輩に告白されたりするんだ……。やっばり、住む世界が違うのかな……。
 座り込んで、僕がぼーっとしていると、流蓮さんも教室を出てきた。ぼーっとしていた僕の視界に、こっちを見ている流蓮さんが映って、僕は思わず悲鳴を上げた。
「……大丈夫か?」
 流蓮さんは驚いたように僕を覗き込んだ。
――流蓮さんが僕に話しかけてる!
 僕は絶句した。遠い遠いと思っていて、もうほとんど神様か何かのように感じていたのに。きっと追っかけてる芸能人に、声かけられちゃったファンの人って、こんな気持ちなんだろうな。
「……本当に大丈夫か?」
 流蓮さんが眉をひそめる。何か話さなくては。
「え、あ、はい、大丈夫です、流蓮さん」
 あ。
 言った後に、僕は自分のミスを知った。
「……何処かで会ったか?」
「え、いえ、何処でも会ってないです」
「……じゃあ何で私の名前を知っているんだ?」
 あう。
 どんどん墓穴掘ってるじゃないか、僕! やばい、このままだと怪しい人だと思われてしまう。いや、僕は充分怪しいんだけど……。
「え、あ。その。入学式で見て、き、綺麗な人だなあ〜って……」
 もう、がむしゃらだった。
「その、ファンなんです!」
「……」
 流蓮さんは、訝る様に僕を見た。こんな面識のない、しかも冴えない男にそんなこと言われたって、気持ち悪い以外の何物でもないはずだ。
「……この学校は物好きが多いな」
「へ?」
 流蓮さんは小さく息を吐いた。
「私は多分、お前が思っているような人間じゃない……」
「え、どういうことですか?」
「そのままだ。立て。いつまで座っている」
 そう言って、流蓮さんは僕に手を伸ばした。僕はその手に見入ってしまった。同じ、でも昔とは違うその手。僕が手を握ると、流蓮さんはぐいと引っ張ってくれた。
「お前、一年生だな。名前は?」
「……に、二戸です。D組の」
「二戸か。覚えておこう」
 それだけ言って、流蓮さんは颯爽と去っていった。
 僕の右手には、流蓮さんの手の感覚がまだ残っていて、でもその後ろ姿はそれでも遠くて、とても不思議な感じがした。思っていたより、流蓮さんに嫌われずにすんだようなのも、不思議のひとつだった。
 僕はしばらく立ちすくんで、でも荷物を抱えると、慌ててその場を去った。
 流蓮さんはやっばり、僕のことを覚えていなかった。覚えていても、僕が僕だとは気付かなかったんだな。
 それにしても流蓮さんって、女の子なのに随分勇ましいしゃべり方するんだなあ……。

「ただいま〜」
 開店前の店の扉を開けて、のれんをのけて、中に入る。
「おう、鯨太、お帰り」
 厨房から父さんが顔だけ出した。
「父さん、いい匂いだね」
「お前は本当に鰻の匂いが好きだな」
 父さんは豪快に笑って、ばたばたと団扇で炭火に空気を送った。身長一九〇センチで体格の良い父さんが、縮こまって鰻を炊く姿は、傍目には滑稽に見えるかもしれない。でも父さんは真面目だし、鰻はおいしかった。
 僕は関係者以外立ち入り禁止の扉を開けて、奥の自宅へ進む。
「母さん、ただいま」
「お帰り。鯨太。学校はどうだった?」
 居間でアイロンがけをしていた母さんは、顔を上げて僕に問うた。僕がこの家に来てから一度だって、母さんはこの問いを欠かしたことはないように思えた。
「うん。良かったよ。来週の家庭科、調理実習なんだ」
「そう、楽しみね」
 母さんはにっこりと笑った。
 僕はこれで安心するんだ、父さんが鰻を焼いて、母さんが笑ってくれれば、僕は僕でいられるんだ。
 店の方は少しずつお客さんが入ってくるようだった。僕は荷物を二階の自室へ置くと、父さんを手伝うために店の方へ行った。


 曇り空に手を伸ばしても届かないことは、学校で習った訳じゃないけど。ただ、僕の何十倍、何百倍の大きさがあるあの高層ビルが、まだ空に届いてない辺り、ちっぽけな僕が空に手を伸ばすのは、無意味なのかもしれない。
 やってきた電車にビルと空とが隠れて、僕ははっとした。慌てて乗り込んで、そしてまた窓の向こうの空を眺めた。日曜日の昼過ぎの車内は、何処かへ遊びに行く家族連れやカップルでにぎわっていた。僕はひとりきりで、背負ったリュックサックの紐を握った。
『駆け込み乗専はおやめ下さい』
 ホームにアナウンスが流れて、電車の扉が閉まった。発車の加速度に、ほんの少しよろけて、自身で苦笑いしながら、意地を張らないで吊革に掴まることにした。昔、背伸びをしても届かなかったその輪っかが、今は楽々掴める。僕は大きくなるのに、たくさんの物を手に入れて、そしてたくさん無くしたのだと、そんな風に感じた。幼い頃の悲しみを、僕は少しずつ思い出せなくなっていく。それでも変わっていくことは、それ自体が善悪ではないのだ。そう思っている。
 窓の外の風景は流れてゆくけれど、曇り空は曇り空のままだった。雨の降りそうな気配はなくて、僕はこんな空も嫌いじゃないと思った。三つ目の駅で降りて、自動改札機に切符を放り込んで駅を出ると、僕はいい加減覚えた道順を歩き出した。初めて来た時は、母さんの描いてくれた地図を見ても、二時間も迷ったんだっけ。
 十五分程歩いて、角を曲がれば、もうそこが目的地だった。お寺の奥に、墓地がある。お線香を買って、バケツに水をくみ、ひしゃくを持ってお基の前まで行く。墓前には花が生けてあって、まだみずみずしく、誰かが僕の前に墓参りに来たことを示していた。
 多分、母さんだろう。この人の墓参りを、母さんは命日も誕生日も前日にすましてしまう。どうしてかは直接聞いた訳ではないけど、ひとりで墓参りをしたい僕に、気を遣ってくれているのだろう。それが嬉しい時も、悲しい時もある。でもそれは、母さんの優しさだから。
 もっと単純なことを言えば、僕は新しいお花を買わずにすむので、お財布としては嬉しいのだ。掃除や除草もみんな母さんがやってくれるから、僕はお水を上げて、お線香を立てるだけでいい。
 僕はバケツから水をすくって墓石にかけると、持ってきたマッチでお線香に火を点けて、立ててやった。両の手を合わせて、目を閉じる。
 僕は数学は得意じゃない。英語も嫌いだ。地理も歴史も理科もダメ。家庭科は好きだったけど、でも時々、僕には何もないような気になってくるんだ。何もないから、捨てられたのかもしれないって、そう思うんだ。するとすごく不安になるけれど、それでもやっぱり、家に帰れば、義父さんの焼く鰻はおいしそうだし、義母さんは笑っていてくれるから。
 僕は決して、この人を――実母を赦すことは出来ないけれど、それでもまだ、血の繋がったたったひとりの家族なのだから。それに今は、幸せだし。生きていることは、神様でもなく、仏様でもなく、両親に感謝すればいい。僕の血と肉があるのは、この実母のおかげなのだから。もう一人の方は、顔どころか、名前すら知らないけれど。


「一四七円になります」
「え、あ、はい」
 お墓参りの帰りに、駅前のコンビニで飲み物を買おうとした僕は、お財布の中をまさぐった。
 ……まずい。一二八円しかない。
 どうしようもなく気まずくなって、僕が店員さんに言い出そうとした時。
「……二戸か?」
 突然僕に声がかかった。
「やっぱり二戸だ。どうしたんだ? こんなところで……」
 声の主は流蓮さんだった。何でよりによってこんなところで会うんだ! 今、メチヤクチヤ格好悪いところなのに……。
「……足りないのか?」
 財布の中身を掌に広げて、固まっている僕に流蓮さんは問うた。
「……足りないんだな」
 なんかすごく哀れむような瞳で、流蓮さんは自分の財布を開いて、そこから百円玉を出して僕の掌に乗せた。
「あ、あの!」
「いいんだ。受け取れ」
 流蓮さんは片手を上げて、店の奥の方へ行ってしまった。
 僕はしばらく流蓮さんを見つめていて――
「あの、お客さん……」
 待ちぼうけさせられた店員さんが、僕に声をかけた。
「あ! すいません、ごめんなさい、ごめんなさい」
 僕は真っ赤になりながら、流蓮さんがくれた百円玉と僕が持っていた百円玉を差し出した。
「あ、あの、袋はいいです」
 そう言っておつりとペットボトルを受け取ると、僕は一目散に店を出た。店を出て、駅まで走り出す。走り出して、思い直す。
 流蓮さんに、お礼言うの忘れた……。
 僕は立ち止まって振り返り、コンビニの方を見た。見るとちょうど流蓮さんが買い物をすませて、店を出るところだった。
 流蓮さんは僕の方を見て、僕を見つけると、手を挙げて言った。
「二戸〜!」
 そんな、軽く僕を呼ばないでくれ。僕が流蓮さんといっしょにいて、どれくらいエネルギーを消費すると思っているんだ。それに僕は、すごい格好悪いところを見られちゃつたんだぞ。どの面下げて流蓮さんの前にいろと……。
「二戸はこの辺に住んでいるのか?」
 僕のところまで歩いてきた流蓮さんはそう言って、僕の顔を覗き込んだ。
「え、いえ、今日はお墓参りで……」
「墓参り? ……そうか」
 流蓮さんはちょっと不思議な顔をして、でもすぐにそんな表情も消した。
「……あ、あの、さっきはありがとうございました」
「いや、いいんだ」
「こ、この借りは必ず!」
「そうか? じゃあ、楽しみにしている」
 流蓮さんはニコリと笑った。いつもポニーテールにしているロングヘアを、今日は低い位置で二つに結んでいた。いつもの制服ではなくて、楽そうなTシャツにGパン姿の流蓮さんが微笑んだのが、僕の中では爆発を起こした。
 僕はもう、息が詰まりそうだった。どうして流蓮さんはまるで、お友達と話すみたいに僕に話しかけてくれるんだろう?
「私の家はこの近くなんだ」
「そ、そうなんですか。引っ越したんですね」
 僕の記憶の中にある流蓮さんの家は、もっと遠い所だった。
「? よく知っているな」
「え、あ、ふぁ、ファンですから」
 僕は必死に笑顔を浮かべた。そんなこと知っているファンはいるんだろうか。ていうか、それ以前にファンという観念がおかしい気がする。
「……二戸は、ストーカーなのか?」
「え゛っ」
 痛い。痛すぎるよ、その単語は。
「違う……、違うと言いたい……」
「違うのか?」
「いえ……似たような物です」
 僕は心中でだくだくと涙を流しながら、自虐的に認めた。そう思われも仕方のない言動を、今までしてきたのだから。
「でも考えれば、ストーカーしてる相手に見つかるストーカーって、結構間抜けだな」
 そんな。ストーカーな上に、間抜けだなんて。僕のランクは何処まで落ちるんだ。
「二戸は部活はやっていないのか?」
 流蓮さんは僕を逃がす気は全然ないらしく、新しい質問をしてきた。
「え、やってないです」
「帰宅部か」
「流蓮さんは、文学部ですよね?」
「そうだよ。……本当に何でも知っているんだな」
 流蓮さんは少し驚いた顔をした。僕はまた墓穴を掘ったらしい。
「今度部誌が出るんだが、良かったら見てやってくれ」
 でも流連さんはそんなことをちっとも気にかけない様子で、言った。
「あ、はい。喜んで」
 僕は俯いて、答える。
 多分、部誌を読んでくれとは、いろんな人に言っているのだろう。それにしても流蓮さんは、こんな怪しい僕に嫌悪を感じないのだろうか……?
「もうこんな時間か……」
 流蓮さんは左手の時計を見てぼやいた。
「引き留めて悪かったな。じゃあ、また学校で」
 そう言って、また少し笑って、この前の放課後出会った時のように、颯爽と帰っていった。
 じゃあ、また学校で――
 そんな。流蓮さんは僕と、また学校で会うつもりなんだろうか……。

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