First First Memory (1)
 今日もまた、繰り返される夢を見ていた。

 大地に風が吹いていた。空には暗雲が立ちこめ、月の光も見えなかった。
 家があった。決して幸せではない家があった。それが消えた。ひとりの子の力によって、家は消えた。
 幸せとは何なのか、それが分かるのなら、人生に苦労など無いだろう。生きることとは何なのか、それが分かるのなら、進む先に闇は無いだろう。
 両の手を地につき、何時間もそうしていたように、まだじっと息だけしていた。幸せとは何であったか――分からない。空を見上げる。分からない……分からない。
 突如差し出された、手。白く弱々しい、けれど確かに生きている手。空を見ていたその目で、手の主を捉える。
 少女だった。先ほどまで誰もいなかったはずの空間。そこへ突然現れた、少女。フワフワとした金髪は風に靡いている。唇を引き結び、憂えた瞳でこちらを見つめていた。
 ――幸せとは何であったか、それが分かるのなら、人生に苦労など無いだろう――生きることとは何であったか、それが分かるのなら――

「復讐の……復讐のために生きればいい」

 かすかな、誘い、だった。
 世界を憎んで運命を呪って、復讐のために、生きる。ああ、それでいい。それで構わない。死にたいと願った。自分ひとりの命より、ほんの少し重い――世界を、道連れにして。



 時間通りに目覚めて彼は、点灯していない部屋の灯りを見つめた。何か呟こうと口を開けたが、漏れる言葉は無かった。息だけ吐いて、起き上がる。
 いつも通りの、夢だった。悪夢といえば悪夢かもしれない。彼自身の身に起こったことではないが、あの夢は実際に起こったことなのだろう。自分を造り出した主の、たどれるうちで一番古い記憶。被造物たる彼に意図せず組み込まれてしまった、最初の思い出。
(――クレア・ファントム)
 これは後に分かった、あの少女の名だった。魔界でも有数の術者、卓越した力の持ち主、幻術士クレア・ファントム。主の望みの障害になるやもしれぬ彼女の情報は、主から彼にも与えられていた。主ははっきりとそうだとは言わなかったが、遠見の魔道で見せられたクレアの姿は、夢の中の少女と同じ顔をしていた。
 死にたいと願った幼い主に、手をさしのべた金髪の少女。主を生かすために、復讐をと呟いた彼女。結局、主は彼女の呟きを受け入れて、けれど差し出されたその手をとることは無かった。
(会って、みたい)
 湧いた想いの突拍子の無さに気づき、彼は苦笑した。この世の何処にいるとも知れぬ、そんなひとりの少女に会いたいなどと。
 彼は伸びをすると、自室を出た。


 その女性は、机に片肘をついて、彼の前に座っていた。羽織っている白衣と同じに、表情は何処かくたびれている。そもそも彼女が溌剌としているところなど、見たことがないばかりか、想像もつかない。暗闇の中、冷たい瞳で微笑む姿なら、いつでも簡単に思い出せるのだが。
 そう、この女性が、彼の主だった。絶対なる支配者。自らの命よりも、意志よりも、全てにおいて優先すべき相手。
「気分はどう? ファースト。身体に異常は無い?」
 気だるそうに主が問う、いつも通りの質問に、彼はいつも通りの答を返した。
「異常ありません、マスター」
 そしてこれまたいつも通りに、ニコリと笑ってみせる。主はその笑顔を見ると、あからさまに眉をひそめ、座っていた事務イスの向きをぐるりと変えて、彼に背を向けた。
「……どうしてこんな性格に育ったのかしら……何を間違えたのかしら……」
 ボツボツと、小声で文句を言う。そしてため息。どうも主は、彼のさわやかぶった笑顔が、全くお気に召さないらしい。
「まさか任務中もそんなにニコニコしてるわけじゃないわよね?」
「そんな、まさか」
 彼は少しおどけてみせた。昨日の任務で出会った、星の民は誰も彼もみな美形だった。だから死に顔も綺麗だった。それを見て彼が笑みを零したことを、主は知るすべが無い。
「俺がこんな風に笑ってみせるのは、マスターの前でだけです」
 ニコリと、また笑う。主の望みが叶う日まで――世界が滅びるその日まで。笑い続ける、傍らで。そう想うのは、真実だけれど。
「マスター、ファーストは、僕の前でも笑いますよ」
 つんと、告げ口したのは、部屋の端の机に向かって、書類に目を通していた、彼の相棒だった。同じく主に造られた存在――弟と、彼は呼んでいたが。
「というか、いつもヘラヘラしてます。綺麗な女の人を見た時とか特に」
「あらそう」
 主は更に眉間にしわを寄せ、不満をあらわにした。
「星の民はみんな美形よね」
 そう言って、またため息をつく。
「あはは」
 彼は乾いた笑いを主に向け、そして同時に相棒に抗議の視線を送った。相棒は素知らぬ顔をした。
「さて、身体に異常が無いなら、次の任務……と、いきたいところだけど。ファーストは最近、重い仕事が続いたでしょう。セカンドは内勤ばかりだったし……」
 主は一息おいて、彼と相棒とを、見つめて言った。
「今日は休暇を出すわ。二人とも息抜きに、外を見てきなさい」


 休暇ならば部屋で休んでいたい、などとは思わないのが彼だった。一度自室に戻って、準備をしようと廊下を歩いていく。
 何処にでも好きなところに行っていいなんて、そんなことを言われたのは久しぶりだった。自然と足取りは軽く、鼻歌など歌いだす。何処へ行こうか? 何処で遊ぼうか? 鼻歌は気づいたら有声の歌になっていた。でたらめな節で歌いながら、袖口に手を伸ばしてパッと出してみせたのは赤いバラ。立ち止まり振り向いて、彼の後ろを歩いていた相棒にその花を突きつける。
「もう何処に行くか決めたか?」
「いいえ」
 相棒は鬱陶しそうに花を手で払い、不機嫌な顔を彼に向けた。
「僕は別に行きたいところなんて無いし。休暇なら部屋で休ませてくれればいいのに」
 相棒は嘆息すると、進む先を阻んでいる彼の肩を、ぐっと掴んで前を向かせる。そして、そのまま彼の背中をぐいぐい押した。
「でも、こんなチャンス滅多に無いぞ」
 身体は押されて進みながら、首だけ相棒に向けて彼は言った。
「分かってるよ」
 相棒は吐き捨てるように言う。相棒だって今日という日の貴重さは理解している。
 主はいつも気まぐれで、気分屋で、一度言ったことを覆すことだってよくある。彼らにとっては、主のご機嫌が全ての法で、主のわがままにつきあうことが使命だった。
「お前は任務の時も、すぐ行ってすぐ帰るからなァ、知らないだろうけど。外はいいぞ、可愛い女の子とか男の子とか、綺麗なお姉さんとか、たくさんいるんだぞ」
「ああ、そう」
 彼が目をきらめかせて言っても、相棒は興味が無いようで、そのまま切り捨てた。
 そんな素っ気ない態度に、彼がちょっとめげていると、相棒は彼の身体を押すのはやめて、横に並んで歩きながら言った。
「確かに外を見てみたいとは思う」
 そう言った相棒の横顔。青い髪と瞳とは、生みの親である主と同じ。そして自分とも同じ。
「だけど、何処へ行ったらいいか分からない」
 この相棒が何かを強く望んだり、心から楽しんだりする姿を、彼は見たことが無かった。何を望むわけでもなく、何を喜ぶわけでもなく、ただただ主の命に従って生きる――しかし、それを哀れと思ったことは、無い。
(同じ、だから)
 自分と、同じだから。
 人肌を求めて夜をさまよい、ひとときの愉しみを知っている彼だけれど――
(心から望んでは、いない)
 ならば同じことだ。彼と相棒とは同質だ。おのれと同質の相手を哀れむのはおかしな話だろう。
「よし、じゃあ、セカンド」
 彼はポンと、相棒の背をたたき、ニカッと笑う。
「俺と一緒に来ればいいだろう」
 そんな彼の笑顔を、やはり鬱陶しそうにはねのけながら、相棒は問うた。
「ファーストは、もう何処へ行くか決まっているの?」
 彼はうんと大きくうなずく。先ほどからあれこれ考えて、もう大体の目星はついていた。
「昨日の帰りに通り過ぎたところなんだけど……、ティーバスっていう海沿いの商業都市」
「ふぅん」
 相棒は特に関心を持った様子も無かったが、反論もしなかった。
「じゃあ、そこでいい。僕はファーストについて行く」
「ホントに? いやあ嬉しいね、弟とラブラブランデブー」
 彼が感動して相棒に抱きつこうと迫ると、
「やめてよ、変な言い方」
 相棒の手のひらに顔面を押し返された。
「早く準備して、早く行く」
 相棒は言いながら、彼の顔面を開けっ放しのドアの方へぎゅうぎゅう押しやる。
「鼻が痛い」
「うるさいよ」
 彼が室内に収まると、相棒はばたんと戸を閉めた。そこが彼の自室だった。



 天の山アトラス山脈と、“世界の果て”へ続く死の砂漠をバックに、青く穏やかな内海を臨む。海峡を隔てた西方諸国との貿易が盛んな、魔界でも有数の商業都市。簡単に説明すれば、ティーバスというのは、そんな都市だった。
 その都市の一角に、「眠らない街」と呼ばれる花街があった。昼間は静かでも、日が落ちれば突然にぎやかになる繁華街。人の心を魅了する全てが、そこにはそろっていた。ただ、代償さえあれば、何もかもが手に入る、欲望の街。
「で、なんでよりによって、こんなところなの?」
 その街の入り口。夕日が、海の向こうへ沈んでいくのを見ながら、相棒は彼に尋ねた。商業都市……そう言って連れて来られて、どうして花街にたどり着くのか。
「そりゃ、お前。俺様が、遊びたいからとか、はしゃぎたいからとか、遊びたいからとか、遊びたいからとか、そういうわけじゃないぞ」
 ぎゅっと拳を握って力説する。なんとなく、遊びたいからだと言ったら負けな気がした。横で相棒は、はぁ、と嘆息する。
「お前が世の中を知る上で、避けては通れない道だと、思ってさ。分かるか? この弟を想う兄の心が!」
 胸のあたりに右手を当てて、左手の方は空に向かって伸ばす、大袈裟なポーズで、それらしいことを述べておく。しかしこれでも、半分は本当だ。つまり半分は嘘だが。
 相棒はため息をひとつ追加して、それ以上追求しては来なかった。
「よし、乗り込むぞ!」
 呆れた様子の相棒を背に、彼は息巻いて花街へと向かっていった。


 街に向かって歩いていく。夕日の沈んだ空の端が、まだ名残惜しそうに淡く染まっているのを眺めながら、彼はひとりの人に気づいてしまった。姿が目に映ったわけではない。見えはしないが近くに、その人がいる。確かにいる。彼のいる海とは反対側――砂漠と街との堺あたりに、ひとつの魔力を感じる。
 魔力の強い者同士ならば、ある程度近づけばお互いの存在を知ることが出来る。けれど、よっぽど見知った相手でない限り、魔力だけで個人を特定することは出来ない。
(つまり見知った相手のうちに入るわけだ)
 遠い記憶、呼び覚ます夢。向こうはこちらのことを知らないだろう。だって一度も会ったことのない相手だ。けれどこちらは向こうを知っている。夢の中の少女、風に靡く金髪、差し出された白い腕。繰り返す悪夢の中、よく見知った相手。
 捉えた彼女の魔力は、砂漠から移動し、街の中へ入っていく。
(なんて運が良いんだろう)
 彼女が何故この街にいるのか、彼には分からなかった。きっとこれは幸運なのだろう。知らぬうちに、笑みがこぼれる。今朝、心中で会いたいと呟いたその相手に、今夜、会えるのだ。


「ここからは単独行動だ」
 街のシンボルであるらしい、噴水広場にやってきて、彼はそう言った。
「単独行動?」
 相棒は怪訝な表情で、彼を見た。
 ついて行くと言ってくれた相棒には悪いが、出来れば彼女にはひとりで会いたかった。夢に現れる最初の思い出は、恐らくプロトタイプである彼だけに、主の意図とは関係なく組み込まれたもの。だとすれば、改良型の相棒に、その記憶は無いはずだ。相棒は、関係ない。
「そうだ。子連れじゃナンパできないだろう」
 適当に思いついた理由を述べる。重要なのは勢いだ。一から十まで、説明するつもりはない。夢で見た少女に会いたいなどと、そんな話を相棒に知られたくなかった。ならば最初から、論理は捨てる。メチャクチャに振る舞って、相手の気力を奪うのが彼のやり方だ。
「……ツッコミどころが何カ所かあるような気がするんだけど」
 そして案の定、理論派の相棒は彼の発言に食い付いてきた。
「好きなだけつっこんでいいぞ」
 こちらのわがままで相棒を置いていくのだ。ここは兄の貫禄を見せて、ある程度はつきやってやろう。彼は腰のあたりに手を当てて、余裕の表情を作ってみた。
「まず、僕は、“子”じゃないし」
「ふむ」
「それにさっき、遊びたいわけじゃないって言ったくせに」
「なるほど」
 うんうんと、彼はうなずく。うなずいて、そして突然、神妙そうに夕暮れの空を見やり、呟いた。
「時に、言葉は儚いものだよ」
「………」
 そうだ、必要なのは勢いだ。それっぽいことを言って煙に巻け。
「――それともあれか」
 相棒が呆れて沈黙している間に、もうひとつ、たたみかける。
「ジェラシー?」
「は?」
「つまり嫉妬」
「別に訳してくれなくてもいいんだけど」
「大丈夫」
「何が」
「兄さんはいつだって、お前を一番大切に想っているから」
 がしっと、相棒の肩を掴む彼。出来るだけきらきらと説得力のある眼差しを演出してみる。相棒は何とも言えない顔をした。
「というわけで、単独行動だ。明日の朝、また会おう」
 最後はさわやかに、はははと笑いながら駆け出す。相棒は最早追いかける気も失せたのか、げんなりとしてその場に立ちつくした。


 相棒を置いてきぼりにして、街を歩きながら、クレア・ファントムの魔力を探る。海辺からは、はっきりと捉えることが出来たのに、街中ではそれが上手く行かない。
(周りに人が多い所為か……)
 西方地域は魔道の発展に乏しく、暮らしている人々の魔力も、東に比べれば微々たるものだ。それでも、魔界の住人である限り、魔力を持たない者はない。多くの人の魔力が混在する中、ひとりの魔力を捉えることは容易ではなかった。
(どうしたものか)
 悩んでいると、ふと、ひとりの女性が目に入った。紅茶色の長い髪を、束ねるわけでもなくサラサラと風に晒した、気の強そうな長身の女性。
(あ、美人だ……好みだ)
 ポワンと胸のあたりに温かい感触がある。彼の口元は笑みの形に歪み、瞳は上目がちに輝き出す。見つけられない魔力のことなど、ポンと頭から飛んでいた。
「そこの美人なお姉さ〜ん!」
 思うより先に、足は駆け出していた。


(う〜ん、参った、なんで振られたのか分からない)
 心中でぼやいて、殴られた頬に手をやる。先ほどの美女、声をかけたら次の瞬間には殴られていた。ストーカーだ通り魔だともなじられた。全速力で駆け寄ったのが不味かったのか。目を輝かせて、有無を言わさず大好きですと告白したのが不味かったのか。敗因を検討してみるが、それにしても頬の痛みは納得できない。
(……いや、違う、違う)
 ブルブルと、首を振って、思考を元に戻す。
(会うんだ、クレア・ファントムに)
 横道にそれていたが、本来の目的を思い出す。もう一度、意識を集中させて、彼女の魔力を探す。集中するために目を閉じた。こうすれば、好みの女性を見つけることも無いだろうとも思って。
 すると――
「あっ痛、ごめんなさい!」
 誰かに背後からぶつかられた。
 目を開いて、振り向くと、まだ年端の行かない少年が、いっぱしにスーツなど着てしりもちをついている。
(か、可愛い……好みだ)
 胸にポワンと温かい感触がある。
「大丈夫かい、君? 怪我はない?」
 ひざを折り、目線を少年に合わせる。手品のように取り出したバラの花を、そっと差し出す。
「よかったら、お兄さんといいことしな……」
 ゴッと、あまり平穏でない音がして。


 気づいたら、街の光に浸食される紺色の空が見えていた。どうも少年に鳩尾を殴られて、昏倒していたらしい。遠のく意識の中、変態だ何だと罵られたのを覚えている。
(男同士はダメ、か……)
 心中で涙を流し、手の中に残っていた、花をくっと握る。次に手を開いたらもうそこには何もない。
(畜生、もっと自由なものの考えを普及させなきゃ……って、違う違う)
 ブルブルと頭を振って、起き上がる。パッパと服のチリを払う。
「――俺は、クレア・ファントムに会うんだ」
 小さな声で口に出して、おのれに言い聞かせる。どうしても自らの意志に反して、ナンパ癖が抜けない。断ち切れ、そんなもの。今は会いたい人がいるんだ。
(……なんで会いたいんだろう?)
 ふと、思ってみる。
 繰り返す夢、刻まれた最初の記憶。呟かれた言葉、差し出されたその手――
 分からなかった。彼女の姿は確かに可憐だけれど、先ほどの女性や少年の様に、胸にこみ上げる温かさは無い。なら彼女に会いたいと願うわけは――?
(いいや、なんでも)
 深くは考えないことにした。考えれば、何かを失う気がして。


 目線を上げると、通りの向こうを、とぼとぼと歩く相棒――セカンドがいた。どうも相棒は、全くといっていいほどこの街を楽しんでいないようで、考え事でもしているのか、陰鬱な表情で靴先ばかり眺めている。
「おーい、セカンド」
 声をかけると相棒は振り向いた。
「ナンパしに行ったんじゃないの?」
 小走りで向かっていく彼に、セカンドは尋ねる。彼はちょっと俯き加減に答えた。
「人間だからさ」
「は?」
「人間だから、時に、分かり合えないこともあるんだよ」
 きらりと、悲しげに、明後日を見やる。紅茶色の髪の女性、スーツ姿の少年。心の空に映る彼ら、手に入れられなかった輝き……。
「……要するに、失敗したんだね」
 セカンドは眉間に手を当てて、げんなりとした。
「――しかし思うのだが」
 はたと、背後にある魔力に気づく。セカンドのセリフを無視して、彼は言った。
「人生、長い。――チャンスは、そこここにある」
 本当だ。人生には好機もあれば、幸運もある。現に今。
「諦めたらそこで終わりだと、誰かも言っていたし」
「だから……?」
「つまり、リトライ」
 ぎゅっと拳を握る。何という巡りあわせ、見つけた、ついに見つけた。探していた魔力、見知った相手。
「あそこの金髪ふわふわ少女など、まさに運命の出会いを感じさせる」
 びっと、通りの向こうを行く女の子を指す。
「………もう」
 相棒はつきあってられない、と肩をすくめた。
 やはり相棒は、彼女を知らない。こんなに近くにいても、何の反応もしない。悪夢を繰り返し見ているのは、自分だけなのだ。
「ああ、そう言えば、セカンド。この街、最近通り魔が出るらしいんだ」
 ふと、思い出したことを付け加える。意識は通りを行く少女の方へ向けたままで。
「通り魔?」
「そうそう。若い娼婦ばっかり狙われてるらしい。お前も気をつけろよ」
 ぽん、と、彼はセカンドの肩をたたく。
「誰に向かって言ってるの?」
 きりっと、セカンドは彼を睨んだ。
「……まあ、そうだな。お前が負けるわけないよな」
 セカンドには彼と同じか、それ以上の戦闘能力が備わっている。魔道の発展に乏しい、この西方の地で、彼らに敵う人間など、皆無だ。その辺の通り魔に、相棒が危害を加えられることなど、まず無いだろう。ちなみに先ほど、自分が道行く一般人に昏倒させられたことなどは、棚に上げておく。
「……けど、若い娼婦って、僕がそう見えるわけ?」
 ぽつりと、セカンドが言う。
「うーん」
 言われて、彼は腕を組んで相棒をじっと見つめた。
「まあ、見えなくもないだろ」
 はははと笑う彼に、セカンドは舌打ちした。
 弟は可愛い。顔かたちは兄である彼と大して変わらない。しかし、さっぱりした物腰と、主が二人の見分けがつかないからと、セカンドに髪を伸ばさせた所為で、相棒は時々、女性に間違われることがある。そして、それを快く思っていないらしいところが、更に可愛くあったりするのだが。
「じゃあ、俺は行くぜ。また明日な」
 言うと彼は、駆け出した。

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