体調は最悪だった。

 なれない外国で、知らず知らずに気を張っていたせいもある。タイにきて6日目。疲れもたまってきていた。

 しかし、せっかくやってきた外国でホテルにいるなんてもったいない。エイヤっと気合を入れてバンコクの街をほっつき歩くことにする。

 ココには昨日の昼過ぎに着いた。元浦和レッズ・福田似のガイド、サンに出迎えてもらい、そのままホテルへ。ホテルはスクンヴィット通りという場所にあるインペリアル・クィーンズ。日本人も結構泊まっているおおきなホテルだ。少なくとも、プーケットのホテルのようにアリが出現することもなさそう。

 バンコクは公共交通機関があまり発達していない。それゆえ、慢性的な交通渋滞で世界的にも有名だ。そんな状況を少しでも緩和すべく10年ほど前BTS(Bangkok Mass Transit Systemの略)が開通。これは羽田空港とJR浜松町を結ぶモノレールをイメージしていただくとほぼそのとおり、といった代物。路線はまだバンコクの市内を東西に横断するものと、かろうじて南北に縦断する程度で、いまだにバスやタクシーなどに頼らざるを得ない状況ではある。俺がこれから行こうと思っているワット・アルン(『暁の寺』という意味)や、ワット・ポー(巨大涅槃仏で有名)へはタクシーやトゥクトゥクでしか到達不可能な模様。

 サンに「じゃあ、BTSで国立競技場までいって、そこから水上バスでいってみては?」と教えられたのを思い出し、その通りにしようとBTS乗車。切符は自動販売機で購入できるがコインしか使えないため窓口で両替するのがけっこうメンドい。だいたい遠くても40Bでいける。
BTSの車内は日本の電車と変わらない。エアコンが効いて快適。窓からの景色も京浜東北線かよ、とおもうくらい首都圏してる。

 そんなこんなで国立競技場に到着。ここから船着場へ5分ほど歩く。ガード下には足がなくなって物乞いをしているオッサンとか、全身皮膚病の野良犬が横たわってウダウダしている。切符を買う。窓口は英語OK。ワットアルンのほかにも主要な寺院に行くのは75B。チケットを購入し船が来るのをじっと待つ。タイ特有の、カフェオレのような茶褐色の河は結構あれている。バンコクの町を南北に流れるチャオプラーヤー河だ。その激しい流れに、桟橋と船をつなぐ足場がグルングルン揺れて、眺めているだけでリバースしそうになる。
酔い止めを持ってきていなかったことを後悔しつつ、大和魂だ!とおもい船にのる。出発までは20分くらいある。エンジンをかけない船はチャオプライヤー河にゆすられ、俺は生あくびとゲップに交互に襲われていた。
「やっぱダメだ!」
出発直前に船を飛び降り、何回か深呼吸をしたおれを残し、水上バスは出発。
その後もしばらく吐き気が止まらなかった。あのまま乗っていたら間違いなく朝食を河にマーライオンしてしまっていたなぁ〜。

 気を取り直し、陸路ワットポーを目指すことにする。タクシー乗り場には運転手がたむろして世間話をしてる。
「ワットポーまで何バーツ?」と聞くと「500バーツ」。「はぁ〜!?なめんのもいい加減にせいよ、ゴルァ!」さっさと背を向けると「300バーツ、OK」と声をかけてくるも無視。
しょうがない、道路を流しているタクシーをゲットだ。

 で、程なくつかまえ、乗り込む前に「何バーツ」と確認。これはかならず必要な作業だ、と各旅のHPにも書いてあったのだ。運転手は200バーツという。「ノーノー、100バーツ」と告げるとしかたなくおーけーおーけー、とうなづく。交渉成立。

 うわさどおり、平日の昼前なのにすごい渋滞。ぎりぎりで横をすり抜けるバイクやトゥクトゥクを眺めながらワットポーに到着。金を払う際に100B紙幣を渡すと運転手は卑屈な顔をうかべ「モウイチマイネ」といいやがる。「ノーノー」拒否すると「へ、やっぱだめか」という表情をうかべながらあきらめたようだ。

 ワットポーの周りにはずらりと観光バスが並んでいる。炎天下にみんながみんなアイドリングしているため、かげろうが出来ている。

 入館料を支払い館内を見学。ところどころ靴を脱ぐ場面があり、メインの大涅槃仏を見る。49mもあるらしい。足の裏には教理を示すマンダラが描かれていることは意外と知られていない(らしい)。
しかし、ほかはたいしたことない。さっきの船酔いの後遺症に悩まされながら園内のベンチでしばらく休憩。
だめだ、やっぱり帰ろう。そう決心した。体に力が入らない。

 帰ると決めれば行動は早い。さっさと寺院をあとにして近くのタクシー運転手に声をかける。さっきのBTSの駅まで行きたい旨を告げると「300バーツ」。
トタンに拒否し、去ろうとするとまてまて、と彼はタバコサイズのラミネートカードを俺に見せた。
そこにはチマチマした日本語でこう書いてある。
「このオッチャンは悪い人ではありません。(中略)ただ、目的地まで直接行くなら300バーツ。おっちゃんが薦める宝石屋によるなら200バーツです(その後何か書いてあったが)」

 あまりの胡散臭さにそそくさとその場を去る。すかさずトゥクトゥクのドライバーが「ミスター、50バーツ、オーケー」と声をかけてくるもシカト。
しかし、気付けば周りにはそんな「これからお前をボッてやるぜ!」というギラつきを隠そうともしないやつらばかり。困ったなぁ〜としばし途方にくれていると、青い警備員のような制服を着た人が居ることに気付く。この人に相談してみようとおもい「エクスキューズミー」と声をかける。
英語OKだった。それも結構聞きやすい。
俺は「みんなタクシーの運転手は俺をボろうとしてるんだ、ホテルに帰りたいからなにかいい方法を教えてくれ」というと「OKOK」といい、トゥクトゥクを捕まえてくれた。そして、おまえ地図はあるか?」とたずねてくる。ガイドブックのバンコク全図を渡すとガードマンはなんのためらいも見せずそこに×印を書き込んだ。
彼いわく「今日はこのラッキーブッダの拝観料が無料だ。ただで見ることが出来るし、素晴らしいお寺だからそこに行くといい」、そしてトゥクトゥクの運転手に先ほどの地図をしめし「ココ、ココにいけ」と伝えている。
思いがけずバンコク名物、トゥクトゥクに乗ることが出来てラッキー、と思い、警備員に感謝の印として握手を求めた。よく見ると彼は、アントニオ・バンデラスのメキシカンはチャめちゃ拳銃アクションにでてくる悪役のような顔をしていて、指の先と喉仏まで刺青が入っている。まあ、タイだもんな、人を見かけで判断しちゃいけないないよな、とおもい、サンキューと告げてラッキーブッダへと向かった。

 トゥクトゥクはもちろん、その構造上、からだが大気にもろさらされる乗り物だ。もちろんオートバイ乗りだからそんな状況には慣れっこだし、前の車の吐き出す排気ガスを吸い込むことにたいしてもある程度の耐性は出来ている。しかしそんな俺にとっても、バンコクの排ガス地獄はものすごいものとして感じられる。

 ハイブリッドカーの隆盛やディーゼルの排気規制、さらに2ストの全面廃止など日本では環境に対する意識の高まりを受けたさまざまな取り組みが行われているが、渋滞の世界チャンピオンであるバンコクは、そんな取り組みをあざ笑うかのように真っ黒くて濃い排気ガスを吐き出し続けている。しかし『環境問題!?ファックユー』と高笑いしていそうなバンコクの猥雑さにどこかすがすがしさもカンジている自分に気付くのだった。

モドル
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