ようやっと見えた陸地だった。

 俺を乗せたタイ航空541便は12月11日午前11時に大阪を飛び立ち、真冬の低い陽光を背に水墨画のように折り重なる紀伊半島の山々の上を通り過ぎる。
あとはコバルトブルーの海と、時折思い出したようにぽっかり浮かんでいる島の景色にいささか飽きていたから、思わずあ、っと声を出してしまった。

 窓の外には、いままで見たことのない光景が広がっている。

 見渡す限りまっ平らだ。関東平野なんて目じゃない。ランドマークとなる人工的建築物なんてなく、全体が黄土色、としか形容しようのない大地。その上にまるで毛細血管のように大小さまざまな茶色い河が蛇行していた。

 やがて、ひときわ大きく、大蛇のようにはるか地平線までのたうつ茶褐色の大河が視界に入ってくる。
カフェオレだったら何杯分だろう、そんなバカな妄想をする自分に苦笑する。メコン河だ。

 大陸に着たのだな、という感慨が沸いてくる。

 タイ、いやアジアに来るのは初めてだった(日本もアジアだが)。
とくに何かに惹かれて、という理由はなかった。しいて言うならバックパッカーの旅行記によく登場し、インドほど激しくないところ、ということで選んだ、それだけ。

 大阪からは6時間でバンコクに着く。時差は日本より2時間さかのぼる。
到着は3時半。まだまだ太陽は高い。飛行機を降りると日本の夏と同じような湿気を感じる。
東京の夏の匂いと同じだ。やっぱり日本もアジアなんだなぁ〜、と実感する。

 空港にはさまざまな人種がごったがえしていた。バカンスでやってきたヨーロッパ人、ひときわでかい声で仲間と意思の疎通を図る中国人、精力みなぎる目をぎょろぎょろとさせたインド人。メタルフレームにジャスコで1980円で購入した横じまのポロシャツを着て「はよいかんかぁ〜」と怒鳴っている関西人のオッサン。

 そんななかをまっすぐ進む。国内線乗り換えのカウンターに行くと職員はおしゃべりに夢中。女性の地上乗務員にチケットをチェックインしてもらう。

 見るもの、聴くもの、いや五感に触れるすべてのものが日常とは異質だ。外国に着たんだなぁ〜、という思いがこそばゆいような、ちょっぴり誇らしいような不思議な気分。

 プーケット行きの飛行機出発までをエアコンの効きすぎた待合室で過ごす。白人のカップルやマレー人の出稼ぎ集団など、見ていて本当に飽きない。

 アンダマン海に沈む夕日を眺めながら1時間半のフライトでプーケット到着。手荷物を受け取り入国審査を済ませると日もとっぷり暮れていた。

 現地人のガイドが出迎え。「オーです。王選手のオーね」と自己紹介してくれた。
諸注意と彼の連絡先と、オプショナルツアーは何がいい、と訪ねられる。あいまいに返事しつつ車の外を眺めると舗装の悪い道の両脇にときおりぼんやり明かりがともり、その近くの屋台でどんぶりに顔を突っ込んでメンをすすっている人や、110CCのバイクで3人乗りしている子供の髪が風にびゅんびゅん流されている様を見るとわくわくしてきた。

 プーケット国際空港から車で約一時間。ホテルに到着。サッポロからざっと12時間近く移動したことになる。ぐったりしていたのでルームサービスを取り、タイのビール・シンハーとともに胃の中に流し込むと倒れこむようにねむった。
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