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フィリップ・ヘンリー・ゴッス
Philip Henry Gosse(1810〜1888)

英国のミニチュア画家の子として生まれ、ドーセット州プールで育つが貧困にて14歳で退学、 会計事務所で働くようになる。 1832年にアダムズ「顕微鏡論」を購入し、昆虫収集を思いつきニューファンドランドで昆虫収集 に明け暮れた後、カナダ、アメリカを旅して英国へ帰国した。 この旅の経験を基にした著作を刊行した後、1845年に海洋生物の新種についての著作「大洋」を 出版、いくつも版を重ねるヒット作となった。 1844年にはジャマイカに渡り昆虫や鳥類の研究を行い、帰国後、顕微鏡学会とリンネ協会会員となる。

『アクアリウム』の出版
ゴッスの名声を高めた海洋生物飼育術についての著作。

海中生物図譜・・・西洋でもこの時期にいたるまで魚類などの海洋生物図譜は もちろん描かれていた。・・・・但し魚を陸に上げた状態での図譜。(背景は水中ではなく陸だった) 日本の海女さんなどの習慣のない西洋では誰も海中の中を覗いた人などいなかったのだから 当然とも言える。

しかし、ゴッスの登場によりこの状態は激変する。
彼は磯採集をしたり、自作の水槽で海洋生物を飼育しており、その生物図譜や 輸送方法、水槽メンテナンスのノウハウを記述した『アクアリウム』という小冊子 を刊行した。画家の息子として生まれたゴッスは画の才能にも恵まれ、その生物図譜など を記載したが、これが当時の西洋人たちの度肝を抜いた。 初めて見る海中の姿、急激に霞む厚い水の膜、奇怪な姿の磯巾着・・・人々は最初、これらを写生図とは 信じられず空想図と思ったという。

ほどなくして、内容を理解しはじめた人々はこぞって、磯採集や水槽での海産生物飼育にはげみ、 市街には水槽専門店、家庭では水槽での磯巾着飼育が大ブームとなり、水族館建設への大きな 原動力となった。

ゴッスの造語『アクアリウム』はその後、水族館などを示す言葉として今日も残っている。また、 後作『英国の磯巾着と珊瑚』では、その驚異図譜は更なる飛躍を遂げ西洋水中画の原点となった。

『オンパロス』の出版
オンパロスはギリシア語で<へそ>の意味

『アクアリウム』の出版で一躍時の人となったゴッスだが、状況は一変する。

ライエル『地質学原理』の刊行など、世間では古代生物の化石、地層などの発見から 地球創生時間や生物の起源・変異などについて「聖書」の記述から脱却しようとしていた。 熱心な聖書信者だったゴッスは、この状態に危惧し地質学の問題について、著書『オンパロス』で 聖書の創造説と化石の存在(聖書に記述されていない生物の屍骸)を両立させるための 奇説<前時間説>を発表した。

この説は、最初の人間アダムがへそをもって生まれたように、化石も神が創りだしたとするもの。 つまり、化石とは古代生物の屍骸などではなく、はじめから化石というオブジェとしてこの世に作り出され、地球の 歴史は聖書記述より長いと人間に思い込ませるための作り物に過ぎないという説。
オンパロスの内容9割は「卵と鶏はどちらが先か、樹とその種はどちらが先?など」が語られ、 最後の残り一割で、このような生物の創造の円環(どちらが先かのどうどう巡り)はどこかで断ち切る 必要がある。この創造の円環の外・・・つまり(時間の外−前時間)にて生物は「創造」されたとした。
著書の終盤でゴッスは一体誰が荒唐無稽の説と否定できようか?と唱えたが、 当時の学者のみならず友人・家族にまで全否定された。
一体なんの為にそんなオブジェが必要だったのか?、矛盾が矛盾を呼ぶこの説は誰からも相手にされることは なかった。

ゴッスはこの状況に失望し、数冊の博物学書を刊行した後は、宗教文書の執筆に転じて生涯を終えた。


◎著作
1840 The Canadian Naturalist 『カナダの博物学者』
1844 An Introduction to Zoology 『動物学入門』
1845 『大洋』
1846 The Birds of Jamaica 『ジャマイカの鳥類』
1851 A Naturalist's Sojourn in Jamaica 『博物学者のジャマイカ逗留』
1853 Popular British Ornithology 『英国鳥類学入門』
1853 『デボンジャー海岸の博物学散歩』
1853 『海辺の楽しみ』
1854 The Aquarium 『アクアリウム』
1854 『海辺の休日』
1857 Omphalos 『オンパロス』
1858-60 A History of the British Sea-Anemones 『英国の磯巾着と珊瑚』
1859 『顕微鏡の夕べ』
1860 The Romance of Natural History 『博物学のロマンス』
1865 A Year at the Shore 『磯の一年』


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