数学回想記
高校時代までに経験した数学関連の印象的な出来事を書きます。
自分が感じたことを忘れないでおくための文書ですが、
皆さんに少しでも共感してもらえると嬉しいです。
文章題での初めての感動(小学2年生?)
「旗の左には20人、右には10人の人がいます。
左から右へ何人の人が移れば、左右の人数は同じになりますか。」
という問題でつまづいた。
大人が考えれば、即、5人と答えられるが、当時の僕には10人に思えてならなかった。
つまづいたが、答えを聴くと納得でき好奇心をかきたてられた。
左右の人数の差に注目して、(20-10)÷2 = 5 という答えを出す方法は簡単だ。
けれども、まず、左右の人数が同じになるとしたら、
それぞれの人数は (20+10)÷2 = 15 で、そうすると、
左から右に移るべき人数は 20-15 = 5 だという考え方もある。
1つの問題で2つ以上の考え方があって感心した最初の経験だと思う。
また、無意識のうちに不変量の考え方に魅かれていたのかもしれない。
面積と体積(小学3年生?)
小学校で面積について習った際、その上に「体積」という概念があるらしいと知り、
どれだけ難しく、どれだけおもしろい概念なのかと気になって、
母親に聞いたり辞典で調べたりしたが、自然な拡張で驚くべきことは何もなく、
がっかりした。
わり算の筆算(小学4年生?)
「 100÷17 = 5 あまり 15 」で、つまづいた。
100÷17 から、どうして 5 が出てくるのか、わかるわけがない。
教科書では、たし算・ひき算・かけ算と対等な流れで、わり算が登場するが、
わり算はLOOP演算を含んでいるため特殊である。
小学校の教師は、この特殊性を強調したうえで小学生にうまく教えるべきだと思う。
三角数と四角数(小学4年生?)
自然数を1から順にnまで足していくとn(n-1)/2という数ができ、
奇数を1からnまで順に足していくとn^2という数ができる。
それぞれ、三角数、四角数という名前が付いていて、
視覚化するとわかりやすく理解できることに感心した。
その後、1+2+3+4+5 というような連続する自然数の和は、5+4+3+2+1 と対で考えて、
(1+5)×5÷2 = 15で求まることを知った。
ただし、当時の僕は反転させた対を考えることに抵抗があり、
平均である(1+5)÷2が5個、つまり((1+5)÷2)×5 = 15と理解した。
カードの切り取り(小学4年生?)
「21cm×20cmの長方形の紙から5cm×4cmの長方形のカードは、
最大で何枚、切り取ることができますか。」
という問題でつまづいた。
頭の中でカードを規則的に敷き詰めると、21cmの辺には1cmの余りが出てしまうと考え、
僕は最初「20枚」と答えたが、実は余りを出さない方法があり、正解は「21枚」である。
こんな問題があるんだなと感心した。
四角形の分類(小学4年生?)
主な四角形である、台形、平行四辺形、菱形、長方形、正方形を、
それぞれの性質に応じて分類し、包含関係をベン図で整理すると
どうなるかを学校で教わった。
そもそも包含関係があるという事実に衝撃を受けるとともに、
「正方形は、菱形であり、かつ、長方形でもある」という事実にも衝撃を受けた。
分類そのものにも関心を持つきっかけとなった。
正多面体のサイコロ(小学5年生?)
おもちゃ屋で正多面体のさいころ 5 種類を買った。
もともと正多面体が全部で 5 種類あることは知っていたので、
おもちゃ屋でそれらがすべてサイコロになって売られていることに感動した。
色も半透明で、きれいだった。
1つ150円〜200円くらいだったはずだから、全部を買うとなると小学生には大金で、
臨時収入が入ったときにわざわざまとめて買いに行ったのを覚えている。
一緒に売られていたサイコロに、十面体のものがあった。
2組の5角錐を張り合わせたような形だったが、よく見ると、
5角形どうしが互い違いに張り合わさっていたので格好が悪かった。
買わなかったが、10進数の世界で使うには便利かもなと気になった。
自作ゲーム(小学5年生)
自分でゲームを作って、厚紙製の紙幣やビックリマンシールを賭けて、友人と遊んだ。
すごろくを発展させたゲームや、スポーツ競技をかたどったゲームなどを作り、
多面体のサイコロを使って賞金に辿り着かせるものが多かった。
ゲームの親をするのが自分なので、可能な限りの確率計算を駆使して、
長期的に自分が儲かるように賞金等を設定した。
確率については当時は異様な執着があったが、中学くらいには少し冷めてしまった。
11の倍数の見分け方(小学6年生)
2の倍数、5の倍数、10の倍数、3の倍数、9の倍数、11の倍数の簡単な見分け方を知る。
11の倍数の見分け方に至っては、魔術みたいだなと思う。
ただし、11の倍数の見分け方の証明について当時は自分では考えられず、
また、教えてもらう機会も失ってしまった。
方程式との出会い(小学6年生)
進研ゼミの付録の冊子「ザ・文章題」に熱中する。
名門中学校の入試問題の文章題を方程式で解く方法が解説されていた。
鶴亀算や旅人算の考え方にも感動したが、方程式による一貫性のある手法には衝撃を受けた。
進研ゼミは、今もこんな良質な付録を続けてくれているのか不安だ。
正多角形の対角線の本数(小学6年生)
かつての有名テレビ番組「ウルトラクイズ」で
「正六角形の対角線の本数は何本?」という問題が出題され、
解答者が簡単に「9本」と答えたのを見て驚く。
その解答者が何か裏技を知っているに違いないと思い込み、
一般に、正 n 角形の対角線の本数は何本なのかということを考える。
n×(n-3)÷2 という正しい答えに自力で辿り着いたが、
当時の僕は (n÷2)×(n-3) と理解しており、
この式は n が偶数のときにしか成り立たないと思い込んでいた。
自分で問題を設定して、1時間も解答に時間を費やしたのは、
この問題が人生で最初だ。
今にして思えば、そのクイズ解答者は、答えを暗記していたか、
あるいは、正六角形を頭の中で想像して正直に本数を数えたのかもしれない。
素数が無限にあることの証明(中学2年生)
秋山仁の出るテレビ番組で、素数が無限にあることが証明されていて感動した。
背理法によるもので、素数が有限個しかないと仮定すると、
それらすべての積に1を加えた数が素数になってしまい、仮定に矛盾するという内容だった。
数学というよりは、論理的な手法におもしろいものがあるなと感心した。
その後、秋山仁は心の師となった。
2次方程式(中学2年生)
2次方程式について習う前に、塾のアルバイト講師に x^2 - 5x + 6 = 0 という
方程式を解く問題を出された。
因数分解による方法を知らなかったので、平方完成の方法で解くが、あまり誉められず驚く。
アルバイト講師は因数分解による解法を期待していたらしい。
しかし、生徒が一般的な解法である平方完成の方法で解を導いたら、
講師はそれを誉めるべきであろう。
「受験のための数学」と「学問としての数学」が異なることを
中学生にまで意識させてはいけないと思う。
2次方程式の平方完成による解法は、家にあった百科事典で独学していた。
その技巧的な手法に感動して、何度も式変形を辿った。
今後、百科事典を買う機会があれば、2次方程式の解の公式の導き方が
載っているようなものを選びたい。
三角形の合同条件と直角三角形の合同条件(中学2年生)
授業で三角形の合同条件と直角三角形の合同条件の両方を習ったが、
危うくそれらの論理的な関係を見過ごしそうになる。
直角三角形は三角形の一部であるにも関わらず、なぜ、
合同条件を使い分ける必要があるのか。
直角三角形の合同条件は、なぜ緩いのか。
なんとか自力でこれらの意味を理解できたが、授業でこれらを聞くことはなかった。
名門中学校の授業でなら教えてくれるのだろうか。
せめて、教科書に余談として両者の違いを載せるくらいの工夫は欲しい。
プトレマイオス(トレミー)の定理(中学2年生)
メネラウスの定理、チェバの定理、角の二等分の定理、円周角の定理などに出会ってきて、
それぞれ感動してきたが、定理と名の付くもので心から感動したのはこれが初めてだ。
円に内接する四角形ABCDの辺の長さについて、
AB×CD + BC×DA = AC×BD が成り立つという定理だ。
補助線を引いて相似の考え方を使うだけで、こんな式が導かれるのだから神秘的だ。
三平方の定理(中学2年生)
三平方の定理は、知って感動すると言うよりは、最初はその内容が信じられず、証明を何度も読み返した。
証明を読み返しても不審な点があるはずもなく、数値例とも整合性があり、感動する。
その後、たくさんの証明に出会い、また、自分でも証明を見つけたが、おそらく既出だろう。
放物線の相似(中学3年生)
感覚的に「すべての放物線って相似かな?」と思い、中学校の教師に質問してみたが、
「そうかもしれないね。」という答えしかもらえなかった。
後で知ったが、座標(x,y)を(ax,ay)などに変換して移り合えることを相似と捉えれば、
すべての放物線が相似であることを証明できる。
中高一貫の名門校の数学教師であれば、一次変換やアフィン変換も
含めた回答をしてくれそう気がする。
ヘロンの公式(中学3年生)
三角形の三辺の長さが与えられていれば、確かにその三角形の面積は定まるはずだが、
それが具体的な数式として目に飛び込んできたときには驚いた。
有理式と平方根を組み合わせた対称式で、複雑にも単純にも見える異様な式だった。
4次式を駆使して、なんとか自力で証明を試みることもできた。
当時は余弦定理を広辞苑で形式的にしか知らなかったが、余弦定理にあたる計算をしていたことになる。
三角錐の体積は三角柱の体積の1/3(中学3年生)
中学校の図書室の本に、区分求積法による三角錐の体積の求め方が載っており、読んで感動した。
連続する平方数の和を求める3次式も途中で必要となるため載っており、
そちらもおもしろかった。
中学を卒業してからもその本の内容を再確認したくなって、
中学校に押しかけて特別に図書室の鍵を開けてもらったことがあるくらいだ。
小中学校の図書室の本は、幅広い分野と幅広い知識水準の蔵書を揃えることが重要だと思う。
数理の翼セミナーに参加(高校1年生)
毎年夏に、全国から高校生50人くらいを集めて合宿形式で行われるセミナーに参加した。
講義の内容が難しすぎ、ほとんど理解できなかったが、
優秀な高校生や大学生や研究者に囲まれ、刺激を受けた。
また、このときの人間関係が今も続いており、大きな影響を受けている。
セミナーに参加する前に、高校3年分の数学を頭に詰め込もうと思ったが、
時間がなく、自然対数の底 e の意味だけが理解できなかった。
自然対数の底 e は、教科書に載っている通り、次のように理解するのが良い。
「指数関数 a^x は x について微分すると a^x の定数倍となるが、
その定数が 1 となるような a が、自然対数の底 e である。」
鳩の巣原理(高校1年生)
「辺の長さが2cmの正三角形の内部に5つの点を配置するとき、
どのように配置しても、ある2点の距離は 1cm 以下になる」
という事実の証明を知って感動する。
鳩の巣原理は後に大学院での研究で、複素関数の極の配置を調べるために意識することにもなった。
この頃、「任意の」や「が存在して」や「高々」という数学の文章に慣れ始めた。
数列の漸化式の解(高校1年生)
漸化式で定まるフィボナッチ数列の一般項が、
√5という無理数を使って表されることに感激する。
また、三角関数の加法定理が、ド・モアブルの定理として
複素数を使って表されることに感激する。
月刊誌「大学への数学」に名前を掲載(高校1年生)
ピーター・フランクルの担当する「今月の宿題」のコーナーで問題を解き、
「大学への数学」に名前と解答を掲載された。
ピーター・フランクルのサイン入りバインダーをもらった。
雑誌に名前を載せるのが初めてで、本当に嬉しかった。
数理の翼セミナーの1つ年上の知り合いが、ちょうど1年前の12月号に名前を載せていたので、
僕は12月号よりも前に名前を載せようと頑張ったが、結局、同じ12月号になってしまった。
その後、「大学への数学」には10回以上、名前を載せた。
この頃の自分は、自己満足よりも競争心の方が強かった。
数学オリンピック予選落ち(高校1年生)
日本数学オリンピックに予選落ちする。
与えられた問題を短時間で解くという作業が僕には向かないらしい。
単純なミスさえなければ予選は通っていたが、
そもそも、そんなギリギリのところにしか届かなかった。
また、「勝ち越す」という日本語の意味を知らずに確率の問題を一問、解き損ねた。
数学の能力にも様々なものがあることを実感するようになったのは後のことで、
当時の予選落ちは僕には悲しい出来事だった。
月刊誌「数学セミナー」に名前を掲載(高校2年生)
「エレガントな解答を求む」のコーナーで問題を解き、
「数学セミナー」に名前と解答を掲載された。
「直角二等辺三角形をある方向に拡大すると再び直角二等辺三角形になったとします。
何倍したのでしょうか。」という問題で、答えは(3+√5)/2である。
一次変換などの単純な計算で解ける簡単な問題なので、おもしろい別解を考えることが
重要だということはすぐに気付いた。
僕の考えた別解は、三角柱の底面と断面に、三平方の定理を当てはめるものだった。
正弦定理(高校2年生)
正弦定理は辺の長さの比を sin の比に変えてくれる便利な定理だ。
なぜか愛着が湧いて、いくつかの幾何学の問題を正弦定理で解くことを試みた。
Morley の定理を正弦定理で証明できた時が特に嬉しかった。
複素数の幾何学(高校2年生)
「複素数の幾何学」という本を読んで感銘を受けた。
初等幾何は論理の美しさや発見の喜びがあるので好きだが、
複素平面を使えば一部の定理が単純計算に帰着されてしまうという事実に衝撃を受けた。
九点円の定理や反転の概念に触れた。
高校生のための現代数学入門講座(高校3年生)
東工大や早稲田大で開催される、高校生向けの公開講座に何回か参加した。
その時に講義をしてくださった先生の中で印象の良かった方が、
大学に入ってからの指導教官になった。
高校生向けの公開講座ではζ関数が話題に上がることが多く、
当時の僕はこんな謎な関数には関わりたくないと思っていたが、
修士論文では多重ζ関数を扱うこととなった。
対数関数(高校3年生)
授業の前に独学で対数は勉強していたが、あらためて対数について考えると、
対数の概念を最初に考えた人は偉いなと痛感する。
指数関数であれば、科学の発展の初期段階で定式化されるのは自然に思えるが、
その逆関数としての対数関数の地位が確立される過程は、劇的だったろうなと想像した。
解析概論(高校3年生)
名著といわれる解析概論が高校の図書室にあったので、読み始めたが途中で飽きた。
初心者は最初の20〜30ページは飛ばして読んだ方が良かったらしい。
今の僕は逆の意見を持っていて、
「解析概論は名著ではない」、「最初の20〜30ページこそが重要である」
と思っている。
解析概論は解析学の根幹をなす部分を省略していることが多いと思うが、
一方で、最初の20〜30ページの実数の性質等はその省略によりうまくまとまっていると思う。
微分方程式との出会い(高校3年生)
「微分方程式で数学モデルを作ろう」という本を読み、科学における数学の役割を再認識する。
他、微分方程式の本を何冊か読んだが、ε-δ論法などには触れなかったため、
浅い理解に留まってしまったように思う。
しかし一方で、ラプラス変換や微分作用素や形式的冪級数などの
視点に高校時代から触れることができたのは良かった。
特に、微分という演算自体を代数的に捉えるのは斬新だった。
高校の教科書に誤りを発見(高校3年生)
高校の教科書の問題で、
「 x で微分可能な関数 y について、dy/dx = 2y が成り立つとき、y を求めよ。」
というものがあったが、載っている解答に論理的な欠陥があることに気付いた。
y = 0 の場合とそうでない場合に分けて解答が構成されているのだが、
「y = 0」というのが、「あるxについてy = 0」を指すのか、
「すべてのxについてy = 0」を指すのかが曖昧で、しかも、
どちらに解釈しても解答内で論理的な不備を抱えていた。
高校の数学の教科書で厳密な証明が省略されていることは多いけれど、
この例だけは論理的におかしすぎて許せなかった。
教科書の末尾に載っていた編集者20人くらいの中に自分の高校の教師がいたため、
その教師のところに押しかけて教科書の誤りを認めさせた。
また、月刊誌「大学への数学」の編集部にも質問の手紙を送り、
正しい解答例をいくつか教えていただいた。
自分の数学的な感覚に自信がなかったからこそ、
熱くなってまで自分の主張の正しさを確かめたかったのかもしれない。
高校卒業後も、私は真に驚くべき数学と出会ってきたが、
この余白はそれを書くには狭すぎる。