確かに、宏は車に轢かれた。何色だったろう・・・そう、淡いベージュの色をしたセダンタイプだった気がする。
ハンドルを握ったまま、ボンネットにバウンドする宏と一瞬目を合わせた運転手のあの表情が忘れられない。これ以上とないほどに見開かれた目、眉間を激しく寄せて、悲鳴をあげたのだろうか、鍾乳洞を思わせるぽっかりと開いた赤い唇・・・。
運転主は、意識を取り戻してからー恐らく混濁状態にあった頃にも何度も顔を見せてはいたのだろうがー見舞いに来たのでよく覚えている。
小太りな女だった。
年のころは、自分の母親とさほど違わないだろう。年輪をうかがわせる目元の皺の様子から40才前後だろうか。初めて顔を合わせた時は、気の毒なほどに憔悴しきってやつれていた。宏が意識を取り戻したことをいち早く喜び安堵したのは、他の誰よりも、彼女かも知れない。逮捕されるかも知れないという不安と、隣り合わせの日々を過ごしていたであろうから・・・。
宏が入院している間に着ていたパジャマも、彼女からの見舞いの品だった。それだけではない、今流行のゲームや漫画、参考書の類まで(ページをめくったこともなかったが)ありとあらゆる物を不便がないように用意してくれた。感謝することはあれ、恨んだりする要素は微塵にも感じられなかった。母とも気が合ったようで、時々宏そっちのけでラウンジでコーヒーを飲んだりもしていた。ざっくばらんな気さくで明るい性格の女だった。
---そう、思い出したようだな、あの宏を瀕死の状態へと陥らせたあの女のことを。
---そして、あの事故が偶然によるものではないことだけは、はっきりと言っておこう。
何を言い出すのか?
宏はそれこそ府に落ちなかった。あの事故でタロウの方こそ頭でも打ったのではないだろうか。
宏の狐にでもつままれたかのような顔をよそに、タロウは続ける。
---私と宏を、一体化させたかったのだ。
???
思考回路が、『ういろう』だ・・・。それは、三重の名産物だろう!
ではなくて・・・、迷路だ。
そう、ラビリンスだ。
などと、頭のどこかでは、おかしくなった自分が一人ツッコミをしていた。
駄目だ・・・・・・・・・・・。脳みそ、パンクした・・・・・・・・・・・・。