第9回ひの新選組まつり 2006年5月14日 (ブログ記事を一部修正)
第9回ひの新選組まつり 2日目に行ってまいりました。 なんとか雨が上がってくれて、良かった良かった。 *佐藤彦五郎 新選組資料館 我が家はお祭りよりも先に(苦笑)、まずは佐藤彦五郎 新選組資料館へ。 館長で、佐藤彦五郎ご子孫でいらっしゃる、佐藤福子さんが展示史料の説明をしてくださいました。 お忙しいのでしょうに、ありがとうございます〜。 貴重な史料が本当にたくさん展示されていました。 ![]() 佐藤彦五郎 新選組資料館 日野宿本陣の裏手、住宅街の中にあります。 近藤勇の書簡は、文久3年10月20日付、八月十八日の政変や三条縄手事件などについて、彦五郎に報告した手紙。 土方歳三の書簡は、元治元年10月9日付、江戸に東下中の近藤と彦五郎に宛てて、新選組内外の様子を報告した手紙。 多摩から入隊を希望して上京する者がいるが、刀は差してこないし、「近藤、土方」と馴れ馴れしく呼ぶので、隊士たちにしめしがつかない。 このような者を送ってこないでほしいと、まず最初に苦情を言っているのが面白い。 沖田総司の書簡は、慶応元年3月21日付、山南敬助の死を知らせる、彦五郎宛ての書簡。 とりとめのない近況報告をさんざん書き連ねたあとに、「山南兄去月廿六日死去仕候」と綴られていて、総司の煩悶が感じられるんですよね。 掛け軸は、佐久間象山の書、永井尚志の書。 そして近藤勇の書と頼山陽の書が並べて掛けられていました。 近藤さん、頼山陽が好きで手本にしたというだけあって、字体がよく似ていますね。 杉村義衛(永倉新八)の書簡もありました。 京都で、近藤勇の首の埋葬地を探したことを報告する手紙。 それから松本順(良順)と小栗尚三の、「殉節両雄之碑」篆額に関する書簡4点。 良順先生の字って、丸っこくてなんか可愛い。(笑) 近藤勇の短銃は、彦五郎が文久元年に譲り受けたもの。 まだ、試衛館の道場主だった頃ですよ。(驚) 土方歳三の鉄扇は、一番外側の骨(親骨)の2本が鉄で、残りの骨は竹なのだそうです。 他にも、土方さんが彦五郎さんに贈った、京土産の茶碗とか。 (佐藤家では、酒器として使っていたらしい。) 土方さんが彦五郎さんの長男源之助に譲った、大刀「越前康継」とか。 土方さんが仙台藩主伊達慶邦から拝領し、沢忠助が彦五郎さんに届けた水色の下げ緒とか。 そして立川主税が届けたとみられる、箱館戦争図の写。 彦五郎さんが土方戦死の様子を聞き取って書いた、覚え書。 土方さんから預かったものを沢忠助に預けたと、大和屋友次郎が立川主税に報告した手紙。 この辺になってくると、なんだか胸が詰まってきますよね。 最後に、小さなガラスケースに収められていた、近藤さんの写真と土方さんの写真の原本。 名刺大の、本当に小さな写真です。 既にだいぶ色褪せてきていて、堪らなかったなぁ。 土方さんの半身の写真。これを、これを、鉄之助が彦五郎さんに届けたんですよね。(涙) 帰り際、“日野の古文書を読む会”が発行している、「軌跡2」を購入しました。 日野の古文書の中から、新選組に関する史料の一部を収録・解説したものです。 そういえば大学時代、古文書の読み方の講義を受けたような記憶があるけど、すべて何もかも忘れたなぁ。(苦笑) 土方歳三資料館、井上源三郎資料館もそうですが、実際にご子孫に伝わっている史料が並ぶ施設。 小さいながらも、史料の醸し出す気のようなものが感じられる、密度の濃い資料館です。 日野を訪問される折りには、是非是非行ってみてくださいね。 *天然理心流演武鑑賞 佐藤彦五郎新選組資料館を出た後は、12:30からの天然理心流演武を見に、八坂神社へ向かいました。 八坂神社では、午前中行われた少年剣士奉納試合の表彰式が行われていました。 紺色の稽古着に胴をつけ、一端の剣士姿のちびっこたちが微笑ましかったです。 天然理心流演武の最初は、近藤勇の実家である宮川家ご子孫の宮川清蔵さんと、井上源三郎ご子孫の井上雅雄さんとによる形試合でした。 その後二つ演武が続きましたが、やはり気合い・・・というか、天然理心流の場合は気組み、が凄いですよね。 息子は、普通に打ち合っているところが見たかったと言っていましたけれども。 女性剣士の方が凛々しくて素敵だったわ。 *日野宿本陣前でパレード鑑賞 その後、日野宿本陣前に移動して、パレードを見ました。 途中、模擬店でお好み焼きを買ったのですが、抽選でミニライブのチケットが当たるということで、お店の人が「山本耕史が当たるよ〜〜!!」と呼び込みしているのが笑えました。 本人が当たるのかよ!(爆) その後ひとしきり、“もしも山本耕史本人が当たったら”で息子と盛り上がってしまいましたよ。 ・いつもギターを弾いて癒してくれる。 ・手品を見せてくれる。 ・家に帰ると、「おかえり〜」と言いながら、口からトランプをどばぁーーーっ。(爆笑) 日野宿本陣前でのパフォーマンスは、どの隊も抜刀して気勢を揚げるくらいでしたが、昨年はここで山本さんの挨拶があったそうですね。 今年は私たちがちょうど八坂神社にいる頃、スポーツ公園で挨拶されていたようです。 そうそう、本陣前から移動するとき、会津新選組同好会の皆さんの後ろを歩いていたのですが、通り(甲州街道)の反対側にいた市民の方たちから、 「○○○(聞き取れなかったんですけど、新選組か土方さん?)がお世話になりましたーーっ。」 「容保様によろしくーーーっ。」 と声援が飛んでいたのが可笑しかったですねぇ。 会津新選組同好会の皆さんも立ち止まって、 「えい、えい、おーーーっ!!」 と声援に答えていました。 こうして、地域間の交流ができるのっていいですよね。 *新選組のふるさと歴史館叢書購入 パレードとは一旦別れて、メイン会場である日野中央公園に向かいました。 途中、新選組のふるさと歴史館に寄って、新選組のふるさと歴史館叢書第一輯『特別展新選組誕生』を購入。 「特別展新選組誕生」の展示内容と解説が掲載されているのですが、特に「特別展示:土方歳三のふるさと石田村」の史料と解説が見たかったんですよね。 この叢書が発行されるまで内容については公開しないようにとありましたので、「日野 資料館めぐり」のページでは感想を書けなかったのですが、実は今回、石田村宗門人別書上帳を公開していただけたんですね。 宗門人別帳には、土方さんが数え14歳から23歳まで10年間奉公に出ていたことが記載されていて、土方さんはきちんと年季明けまで勤め上げて戻ってきたのではないかと推測されるそうです。 これまで、この時期の土方さんの消息を書いた史料が無いことから、小説などでいろいろ創作されてきましたが、ずっと奉公に出ていたとあれば土方さんの名前が史料に出てこないのも道理ですし、天然理心流への入門が遅かったのも納得できますよね。 それからさらに感動したのは、土方さんは文久3年(1863)2月に浪士組に参加して京に上った訳ですが、その後もずっと宗門人別帳には隼人家の家族として記載され続け、慶応4年(1868)にようやく外されていること。 家族が土方さんに、いつでも帰れる場所を用意していたのではないか。 慶応3年(1867)に幕臣に取り立てられ、ようやく外したのではないか。 ふるさと歴史館でこの解説を読んだ時、家族の温かみを感じることができて、すごく嬉しかったんですよね。 史料を公開・解説してくださった土方智氏に感謝です。 *市民会館前でパフォーマンス鑑賞 さて、日野中央公園に着いて、まずは市民会館へ。 ミニライブのチケットはちょうど無くなったところでしたが(残念!)、マキシシングルは購入することができました。 青いジャケット写真が綺麗です〜。 模擬店で焼きそばを買い、食べ終わった頃にはパレードの到着です。 すでに市民会館前には、凄い人垣が出来ていました。 山本さんの立ち位置の向かい側、少し離れてなるべく見渡せるところで登場を待ちます。 颯爽と出てきた山本さん、衣装は黒のスーツに黒のストライプのシャツ。 (シャツは、まぐなむさんの「STAFF JOURNAL」に上がった、リハーサルの写真で見られますね。) 相変わらず、お肌の白さが際立っています。 箱型の壇上に上がって、司会の女性(日野ケーブルテレビのアナウンサーだったのかな?)のインタビューに答える形でご挨拶。 お祭りの参加はもう慣れたものでしょうか。気負いなく喋っていましたね。 相変わらずの手振り付きで。 インタビューに答えるときは、司会の女性を見て。 そして時々声援に応えて、周囲を見回して手を振って・・・。 今年はミニライブでの参加との話から、 「自分で言うのもなんですが、ギター上手いんですよ。」 とか、 「プライベートでもこんな風に騒がれて、大変なんじゃないですか?」 との質問に、 「いやいや。オーラがないから、全然騒がれないですよ。」 とか、しっかり笑わせてくれました。 ![]() 壇上で話す、山本さんと今年の土方さん 市民会館前はすごい人です。 山本さんのご挨拶が終わったところで、パレードが入場。 最後のパフォーマンスが始まります。 山本さんは、壇上にパイプ椅子が用意されて、そこで観覧。 椅子に座ると、長い手足が余ってます。(爆) まるで幼稚園の保護者会の時に、親たちが園児用の椅子に座らされているような感じ。(笑) 最初に入ってきたのは、八坂神社の大太鼓を乗せた山車。 すごい迫力でしたね〜。お腹にびりびり来ましたから。 函館新選組の寸劇は、本格的でめちゃくちゃかっこ良かったですぅ。 洋装土方が素敵だったよ〜〜。 水戸玉造新選組では、平間重助のご子孫が旗持ちをされていました。 今年、コンテストで選ばれた土方歳三は女性でしたが、なかなか貫禄があって、馬上の姿も堂に入っていましたね。 壇上の山本さんは、拍手をしたり、会釈をしたり、時々周囲に手を振りながら、パフォーマンスを楽しんでいる様子でした。 最後に“今年の土方歳三”と一緒に勝ち鬨を上げたあと、もう一度山本さんのコメント。 「オレがいる限り、新選組は終わらない!」 「待たせたな!」 を言って去っていきましたが、全体的な印象として、あぁ、“土方”が抜けたなぁと思いましたね。 なんていうのかな。 土方歳三の役者としてそこに居るというよりも、大好きな日野に遊びに来た“山本耕史”が居た感じ。 心置きなく演じ終えたんだなぁと、良かったなぁと思いました。 *Koji Yamamoto & K.D earth ミニライブ ミニライブのチケットは当日券も出て、午後2時前に完売したみたいです。 残念ながら、我が家はタッチの差で間に合いませんでした。 なので、市民会館外に設置されたモニターで鑑賞。 音声がギリギリまで繋がらなくて、ドキドキ〜。 山本さんたちが登場するのになんとか間に合って、良かったです、 頑張ってくださった日野ケーブルテレビの皆さんに感謝。 ライブは正味50分くらいだったでしょうか。 時々トークを挟みながら、ミニアルバム+マキシシングル+αを歌ってくれました。 これだけ大きな会場でライブをやるのは初めてだそうで、すごく新鮮で驚きだったみたい。 「楽しんでいただけましたか? たぶん、僕たちの方が楽しんでいたと思うんですけど。」 って自分で言っちゃうくらい、とっても楽しそうな山本さんと、健さん&DAIさんでした。 3人の楽しさが伝わってきて、私たちもさらに楽しかったって感じかな〜。 会場の中だとライブ感もあって、もっと楽しかったでしょうね。 でも、モニターで見ていると、途中公園内に業務連絡が入ったり、モニターの両側を土方さんや隊士たちや幕軍や西軍の皆さんが通って行かれるので面白かったです。(笑) 「昨年のひの新選組まつりにはトークショーで参加させていただいたんですけど、続編も終わって、今年はなにか自分のやっていることで皆さんに楽しんでいただけないかと思い、こういう形にさせていただきました。」 と、話していた山本さん。 山本さん、健さん、DAIさん、素敵なライブをありがとう。 今年初めて、ひの新選組まつりに行きましたが、まるで高校の文化祭のノリで、楽しかったです。 1日目は冷たい雨だったそうですが、2日目は雨も上がり、暑からず寒からず、なかなかパレード日和だったんじゃないでしょうか。 強力な晴れ男さんに感謝かな。 佐藤彦五郎資料館は、今度はイベントのない、空いている時に行ってみたいですね。 “新選組のふるさと”日野。 市民の皆さんと私たちファンと、今日のように一つになって、これからもずっと盛り上がっていけると嬉しいです。 |