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「私から離れないで下さい。」
「は、はい!」
目の前で起こる現実にありえない光景に戸惑いながらも、直江のジャケットをしっかり握りしめる。
その隣では高耶が念波を繰り出しながら目の前の怨霊を次々と打ち払っていた。
直江は高耶と自分の背後にいる少女を守るかのように護身壁を張り巡らせ、そして怨霊の勢いが落ちてきた所で高耶の声が上がる。
「直江!調伏する!」
「御意!」
それと同時に二人が同じ言葉を発した。
――― バイ ―――
直江が両手の指を絡めた事で、の視界が僅かに開けた。
先ほどまで恐ろしい形相で間近まで迫っていた鎧武者達の姿が・・・まるで足止めされたかのように動かなくなっている。
そして直江と高耶の声に反応しているのか、カタカタと不気味な音を立てて鎧が震えている。
――― のうまくさんまんだ ぼだなん ばいしらまんだや そわか ―――
高耶と直江を包んでいた空気が清浄なものとなり、の目にもそのオーラがハッキリと見えた。
まるで金色に輝くような光が二人を包み込んでいるようだ。
――― 南無刀八毘沙門天!悪鬼征伐!我に御力与えたまえ! ―――
震える手でしっかり直江に掴まっているはずだが、その手に直江の熱は感じない。
ただ、今、が感じているのは・・・目の前で行われている神秘的な現象の熱、だけ。
――― 調伏! ―――
高耶の声と共に、目の前にいた鎧武者達は低い悲鳴を残しその場から姿を消した。
そして空を覆っていた黒い雲も同時に消え、雲間から温かな陽射しが差し込んできた。
「よし、これであらかた落ち着いたろう。」
「そうですね。・・・大丈夫ですか、さん。」
「は、はい・・・」
直江の背にしっかりしがみついていた事に気づき、慌てて後ろに下がった瞬間足元の石に躓いてよろけたの体を直江が支える。
「足元に気をつけて下さい。」
「す、すみません。」
「ったく、情けねぇなぁ。そんなんで大丈夫か?」
「こ、こんな山奥だって思わなかったんだもん。」
「・・・スニーカーをご用意するべきでしたね。」
の足元は山を歩くには不似合いなパンプス。
普段の彼女であれば躊躇わずスニーカーを履いただろうが、直江のエスコートに気を取られ、ついつい出しっぱなしにしていた靴を履いてきてしまったようだ。
「ま、ここから先は階段だけだからな。それでもいいだろう。」
「え?高耶は一緒に来てくれないの?」
「・・・あのな、それじゃぁお前を連れてきた意味ねぇだろうが。」
「あ、そっか。」
「おい、直江。コイツ本当に話理解してんだろうな。」
呆れるようにを指差し、彼女に説明をした直江に尋ねる。
「えぇ、彼女はキチンと理解を示した上で、我々に同行してくれると約束して下さいましたよ。」
「お前に見惚れて頷いただけじゃねぇだろうな。」
「そんな事はありませんよ。」
「・・・」
「・・・その沈黙、怪しすぎるな。」
僅かな沈黙が辺りを支配し、ひゅぅ〜っと風が音を立てて彼らを取り囲んだ。
やがてがわざとらしくコホンと咳払いをすると高耶達に背を向け、目の前の長い石段のある鳥居を指差した。
「この先にある祠に収められている球状の白石を持ってくればいいんでしょう?」
「・・・まぁな。」
「その通りです。」
「ここから先、あたししか行けないんだよね?」
「・・・あぁ、そうだ。その石はお前しか取れないはずだ。」
大きく深呼吸をして振り向いたは、にっこり微笑むとまるで軍人のように姿勢を正して高耶に向かって敬礼をした。
「じゃ、行ってくる!」
「あぁ、任せたぜ。」
「高耶に大きな貸し、作っとくよ。」
「しょうがねぇから作られてやるよ。」
苦笑しつつも手を上げて、の頭をぐしゃぐしゃとかき回す。
「・・・何時間でも待っててやるから、気をつけて行けよ。」
「そんなに待たせないよ。」
「あぁ。」
そうして一歩前に進むと、直江がの前に小さな袋を差し出した。
「祠から石を取り出したらこの中に入れて下さい。特殊な霊力の糸で編んだ袋です。この中に入れればあの鳥居を出た後、さん以外の者の手に触れても崩れる事はありません。」
「あたし以外の人が触れると崩れるんですか!?」
「えぇ、そうです。」
「あの・・・本当にあたしが触っても、大丈夫なんですか?」
少し不安になったのか直江から受け取った袋を握り締めている手が、震えている。
それを見た直江は自分が羽織っていた上着を脱ぐと・・・そっとの肩にかけた。
「大丈夫。貴女の清らかな手で触れて壊れるような事はありませんよ。」
「清らかっ・・・て・・・」
慣れない言葉を受け動揺するを安心させるようポンポンと肩を叩き、視線を目の前にある長い石段へ向ける。
「祠はここより更に上ですから、少し冷えるかもしれません。この上着を持って行って下さい。」
「あ、ありがとうございます。」
「自信を持って。貴女なら・・・絶対大丈夫です。」
「・・・直江さん。」
「高耶さんと一緒にここで待っています。」
「はいっ!」
元気に頷くといつもの明るい笑みを浮かべ、は元気良く目の前に長く続く石段に向かって走り出した。
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