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「入れなかったぁ!?」

人気の無い鉄板焼き屋の一番奥の席に座っていた客のうちの1人が突然叫び、静かな店内にその声が響いた。



ゴツン。



「煩ぇよ、大将。」

叫んだ男の頭を裏拳で殴った盛大な音が聞こえたのか、店の奥から店員らしき女性が眉間に皺を寄せながら顔を覗かせた。
店をやっている者として客のいざこざには敏感らしい。
それを見た男はやたら愛想のいい笑みを向けると、慣れたようにその女性に向かってこう言った。

「すみません、コイツおねぇさんの作ったもんじゃの美味さに大声あげちまったんですよ。」

そう言うと『お姉さん』と呼ばれた女性は声を上げて笑った。

「落ち着いて食うよう俺がちゃぁ〜んと躾けますから、どーぞ遠慮なくゆっくりしてて下さい、おねぇさん♪」

語尾を強調した男の声に気を良くしたのか、既に幼い孫の1人や2人すらいそうな年代の『お姉さん』は言葉通り店の奥に再び引っ込んだ。
店が再び静かになった所で、目を細めて手を振っていた男が再び拳を振り下ろして目の前の男の頭を殴った。



ゴン。



「お前、学校サボってる自覚ねぇだろ。」

「・・・んなもん気にしてられっか。」

「俺はお前の為に催眠暗示して回るなんてゴメンだぜ。」

そう呟くと鉄板の上でうまい具合に焼けたもんじゃをコテに乗せ、口に運ぶ。

「千秋、お前本当に行ったんだろうな?面倒だから途中で戻ってきた、とか言うんじゃねぇか?」

「ぶわーか、てめぇじゃねぇしそんな事すっかよ。」

そう言うと千秋は胸ポケットから手帳を取り出し、そこにはさんでいた物を取り出した。

「おら、ちゃーんと観光地のスタンプ押してあるだろ。」

良く観光地に置いてあるパンフレットらしき物の一部に、赤いインクで丁寧に寺の名前が書かれたスタンプが押されていた。
思わず手に持っていた飲みかけの水をそのままぶちまけようとした高耶だが、それを必死で堪え声を絞り出す。

「・・・あのなぁ」

「冗談だって。それよりそこに挟んである紙、見てみろよ。面白い事書いてあるぜ?」

ケラケラ笑いながら少し焦げかけた明太餅もんじゃの一番美味しい部分を口にいれる千秋をよそに、高耶は古ぼけた紙切れを取り出した。
擦れた文字を目で追いかけながら、そこに書かれているとある部分で高耶は声をあげた。

「これ・・・」

「そー言うコトみたいだぜ。」

「でも俺が調べた時にはこんなモン・・・」

「調べ方が甘いんだよ。やっぱ人間は足で探るのが一番ってな。」

パンっと座っている自分の足を叩く千秋を無視して、高耶は記載されていた内容を頭に叩き込む。
暫くの間、それを静かに見ていた千秋だが、高耶が読み終えたのを見計らって声をかける。

「んで、どーするよ大将。」

「・・・」

「今回その寺にある石を持ち出すには、彼女の力が必要じゃねぇの?」

「・・・〜っ!」

苛立たしげに髪をかきむしる高耶を尻目に鉄板の火を落とし、すっかり温くなってしまったビールを流し込む千秋。

「ま、ちゃんならアイツに『お願い』して貰えばすぐ来て貰えんじゃねぇの?」

「けど・・・」

「何かある訳じゃねぇし、あってもお前と直江が何とかすりゃいいだろ?・・・っつー訳で、俺は今回留守番させて貰うぜ。」

上着を手に持ち、あっという間に席を立った千秋の後を追わず・・・高耶は1人席に残り、机の上に置いてある携帯電話を眺めた。

「・・・まさか、アイツの手が必要になる日が来るなんてな。」

はぁ〜っと大きくため息をつくと同時に、目の前に残された一枚の紙切れに気づく。

「・・・」

それは、ついさっきまで目の前でばくばくと飲み食いした男の分の・・・レシート。

「あっの野郎っ!!」

携帯電話を握り締め、席を立ったが既に千秋の姿は何処にも無い。

「利子死ぬほどつけて請求してやるっ!!」

有り金をはたいて支払いを済ませ、軽くなった財布をポケットにねじ込むと高耶は歩きなれた道を歩いて、ある家へと向かった。




















「・・・は?」

「だから、お前の数代前の祖母さんが建てた寺があって、今回どうしてもそこの寺にある物が必要なんだよ。」

出されたコーラに手もつけず、先程から高耶は目の前の少女に幾度と無く同じ説明をしている。

「だから、何であたしが数代前のお祖母さんのお寺に行くの?」

そして説明を受けるたび、少女も同じ疑問を口にしていた。

「だーかーら!何度も言ってんだろ?お前じゃなきゃダメだって!」
「だーかーら!何度も言ってるでしょ?どうしてあたしじゃなきゃダメなのって!」



――― 堂々巡りである



お互い机の上に置かれた飲み物をはさんで、ずっと同じ会話を繰り返している。
そしてそろそろ互いに我慢の限界、という頃に・・・部屋に1人の男が現れた。

「高耶さん、さん、失礼します。」

「直江」
「直江さん!?」

「お母様に声をかけて勝手に上がらせて頂きました。随分と論議が盛り上がっているようですね。」

にっこり笑みを浮かべると、自然との頬が赤くなる。
千秋曰く『猫にまたたび、に直江』だそうだ。

確かにその言葉通り、先程まで高耶に掴みかからん程の勢いはすっかり衰え、今は甲斐甲斐しく直江にクッションを差し出す程まで落ち着いている。
が直江に世話を焼いている間に高耶はコーラを一気に飲み干し、空になったグラスを机の上に音を立てて置くと直江に声をかけた。

「お前が来たって事は・・・準備が出来た、という事だな。」

「はい、お待たせして申し訳ありません。」

「いや、ちょうどいい。」

高耶はチラリとの方へ視線を向けた後、一言告げた。

「・・・任せる。10分以内に下へ来い。」

「御意。」

「え?ちょっ・・・高耶?」

突然席を立ってしまった幼馴染に置いていかれ、不安になったが立ち上がろうとする腕を直江が掴む。

さん、少しお話をしても構いませんか。」

「え?」

「・・・大切な、話なんです。」

憧れの直江に腕を掴まれ、まっすぐ目を見つめて語りかけられて動けるはずは無い。
はスカートを整えその場に正座すると・・・直江の話に耳を傾けた。
それは先程から高耶が必死になってに説明していた物と同じ。
ただ、少し違うのは・・・相手が分かるよう、噛み砕いて話をするという所だけ。

「私に・・・いえ、景虎様に力を貸して頂けますか。」

「そういう事なら喜んで!」

「ありがとうございます。」





こうして直江にエスコートされ、外に止めてあった直江のウィンダムの前で待っている高耶の元へたどり着くまで・・・きっかり8分。

さてさて、彼らが向かう場所に何があるやら・・・?





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