怪しいサッカー用語

 

日本代表に対する興味が日々失せる昨今皆様いかがお過ごしでしょうか。

以前からマスゴミに登場するサッカー用語に対し強い不快感を抱いてはおりましたが、

どうにも改善の兆しなど南京大虐殺の証拠ほどにもありませんので

わしがどうにも我慢ならない用語に対し

怪説者・表論家も含めたマスゴミの不勉強・不理解を糾弾してみましょう。

 

ところでいきなり話は横に逸れますが、

タイトルと冒頭二文目に「?」と思った人、常日頃のご愛顧感謝申し上げます。

わしがサッカーという言葉を使わない事は知る人ぞ知る処ですが、

フットボールと呼ばれるスポーツをサッカーなどと呼ぶのは日本だけなのです。

便宜的に使うことはやぶさかでなく、

また自分たちのやってるのも 「サッカー」なレベルなので卑下しつつ使うこともありますが。

ですから「サッカー用語」としたのは日本国内のマスゴミと

それ以外に情報を持ち得ない人々にしか通用しないという意味であり、

つまりタイトルは反復法で作られているわけですが

それはどうでもいいので本筋に入りましょう。

 

数あるサッカー用語の中でわしは「司令塔」が一番嫌いです。

他にも「オフサイドフラッグ」とか「キラーパス」とかあるんですけど、

この辺はまだ可愛くて嗤って済ませることもできます。

しかし司令塔という言葉には強い拒否感を覚えます。

何故嫌いか列挙してみましょう。

 

1.意味不明

原義はa conning tower、軍艦の司令塔ですよね。

宇宙戦艦ヤマトなら沖田艦長がいる所。

高所からああしろこうしろと周りを動かす所であり、実働じゃない場所、ですよね。

実働じゃないポジションはベンチです、端的に言うと。

試合をコントロールするという意味で、

a control tower(管制塔)を司令塔と言い換えたのかも知れませんが、

それにしてもコントロールされるのは飛行機であり、

管制塔自らは飛びませんのでこれも意味がおかしい。

まあ日本で10番を付けている茸くんはその意味で司令塔そのものですけどね。

 

2.野球との混同

これはかなり自信のある推測ですが、

マスゴミ一般はおそらく「ファースト・清原」と「司令塔・茸」を 同じように扱っていると思います。

野球のように定まったポジションとして「司令塔」がある、 そう思っているに違いないと。

でなければサッカーの記事に必ずと言っていいほど この三文字が踊るはずがありません。

どこかのチームの紹介で司令塔、 日本代表の試合で司令塔、 バカの一つ憶えとはよく言ったものです。

わしは「司令塔」と呼ぶに相応しい選手は茸しか知りません。

もちろん、上の意味で。

 

3.侮辱

わしが司令塔という言葉を嫌う最大の理由がこれです。

どこかの左翼団体みたいな文章になりそうですが、 それを説明して行きましょう(笑)

まず、司令塔という俯瞰した位置の下には、 指示により動かされる者がある、という事になります。

すなわちこれはチームという集団において、 司令する者とされる者、

すなわち上位と下位の存在を認める意味になってしまうのです。

ここには二重の侮辱があります。

一つには、当然ながら、司令塔以外の「下に位置づけられた」選手に対する侮辱。

そしてもう一つ、チーム全体への侮辱も包含することになります。

チームというものは「司令/指示により周囲が動く」のではなく、

「11人が連動して同時に動く」ものでなければ優れたチームとは言えません。

なぜわしがこのように言うのかは何度も繰り返してはいますが、

わしがフットボールを愛する根幹の部分になりますので諄いのを承知で後述しますが。

従って司令塔がいるチームは優れていないということになり、 チームそのものを侮辱しているという事になります。

三つ目は、司令塔と呼ばれる選手自身に対する侮辱です。

マスゴミが司令塔と勝手に呼んでいる選手を幾人か挙げてみましょうか。

ブラジルのロナウジーニョ、フランスのジダン、

古くはアルゼンチンのマラドーナ、このぐらいでいいでしょう。

彼らがもし、司令塔と呼ばれている事を知れば、

直ぐさま否定するでしょうし激怒しても何ら不思議はありません。

その論拠は、彼らが挙げたゴール数それだけで十分です。

彼らは無論優れたパスの出し手ですが、 優れたゴールゲッターでもあります。

自らDFラインをドリブルで切り裂いたり、

予測もつかないタイミングでボレーシュートを放ったりする彼らが

「司令塔」という呼称に納得するでしょうか。

攻撃の中心足りうる優れた選手は皆、

観客だけでなく相手守備陣の想像をも遙かに超える予測のつかないプレイをすることで

相手DFを恐怖に陥れ、観客には感嘆の声を挙げさせる選手達です。

周りを動かす「だけ」の司令塔という表現が彼らを

どれほど侮辱するものであるかお解りいただけますでしょうか。

このように「司令塔」という言葉には三重の侮辱が含まれているのです。

 

少なくとも近代〜WMシステムの衰退とヨハン・クライフの出現〜以降、

固定されたポジションは無いに等しく、 臨機応変なポジション取りとプレイが求められています。

フットボールは他に比較するものがないほど流動的なスポーツですから、

ポジションも当然流動的にならざるを得ないのは想像に難しくないと思います。

コロンブスの卵的にそれを明示したのが4-2-4システムを作り出したブラジルと

フィールド全体を自らのポジションとしたクライフであり、

それらを境にフットボールにおける「ポジション」という言葉、

そしてそれにまつわるプレイスタイルは混沌としたものになったのです。

システムの変遷について書き出すとかなり長い文章になるので

ここではその事実を述べるに留め、また機会を改めて書いてみたいと思います。

とにかく現代のフットボールにおいては、

ゴールキーパーでさえ攻撃的要素、 つまりパスの出し手としての優秀さをも要求されるように

ポジション毎の役割が拡大しているのです。

ですから、現代のフットボールにおける「ポジション」は、

あくまでも「この辺りで仕事をすることが多い」程度の

非常に曖昧なものに過ぎないのです。

これを慣れ親しんだ野球のファーストセカンドサードの如く

あたかも位置取りとプレイが固定されているかのように表現することが何を生むか。

フットボールは流動性のあるスポーツだと先程書きました。

流動性の中にこそ、フットボールの魅力があります。

そしてフットボールの魅力の最たるものは、

試合の時間的または展開的な流れに沿い、増勢し、増幅し、抗い、氾濫する選手個々/集団の動きの美しさです。

チームの動きが一個の有機体足り得た時、わしは陶然と溜息を吐きます。

ボカ・ジュニオールズ、オリンピア、バイエルン・ミュンヘンなど、

チームが一つの生き物として動く様はわしに感動を与えてくれました。

そして、美しい動きが更なる美しい動きに破壊される時、

すなわちファイン・ゴールが生まれた瞬間、 感動と驚嘆に包まれた会場はオルガスムスに達するのです。

このような感動や歓喜が、存在すらしないポジションに目を向けたままで

生まれ出てくるものか否か、考えるまでもありませんよね。

むしろマスゴミは何かを生み出すどころかフットボールの感動や歓喜を中絶し、

掻き出された肉塊をさも嬉しそうに見せびらかすだけなのです。

たった三文字の「司令塔」という言葉にどれだけ醜いものが 包含されていることか、改めて呆れてしまいます。

自分で論証しといて、ではありますが・・・・(笑)

 

目くじら立てたまま終わるのも何なんで、一理だけは認めてあげましょうか。

五万歩ぐらい譲って司令塔と目されるポジションがある、と仮定します。

司令塔というからには攻撃も守備においてもチームの、

そしてゲームの中心でなければなりませんね。

ゲームの中心にある、ということは

ゲームの展開、リズム、 そういったものがその選手のプレイによって生まれる、という事になります。

このような選手であれば、司令塔とは呼べませんが司令塔に近いとできなくもありません。

北朝鮮よりは韓国の方が日本に近いというぐらいには、ですが。

それはさておいて(笑)、このような選手を幾人か挙げてみましょうか。

ブラジルのドゥンガ、アルゼンチンのレドンド、

フランスのマケレレ、日本で言えば戸田、これぐらいでいいでしょうか。

彼らがボールを持ち、ルックアップした後には

スローからファスト、繊細から鷹揚というように

ゲームの展開、リズムは変容します。

彼らのような選手を「司令塔」と呼ぶのであれば

まだ苦嗤いしつつも認めなくはありません。

しかしながら、そのような言葉を使わなくとも、

このようなポジションにはちゃんとした名称があります。

先程の例は多少恣意的ですが、彼らはいわゆるボランチと呼ばれる選手達です。

ボランチの原義が「要」であるその意味がお解りいただけますでしょうか。

その位置から攻守の要であり、プレイスタイルからはゲームの要ともなるのが

彼らボランチと呼ばれる選手達なのです。

ポジション固定的なシステムであるWMシステムを否定し

4-2-4システムを打ち出したブラジルでこの言葉が用いられるようになったのは決して偶然ではないでしょう。

中盤の「2」は正にボランチと呼ばれるべき選手でなければこなせないのですから。

言い得て妙、という言葉がありますが、

わしはフットボールにおいてはボランチこそ妙なる名称だと思っています。

端的でありながら十二分にそのポジションの重要性を示している言葉ではありませんか。

かくも素晴らしいセンスで名付けられた名称を

「攻撃的ボランチ」などと杜撰に用いる人々には理解できないでしょうけどね。

 

あ、最後にやっぱり目くじら立てちゃった(^^;

 

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