日暮里と成田空港間を新スカイライナーが36分で結ぶ新線が開通した。遠くて不便と言われ続けていた成田空港
が都心から30分台で結ばれることの意義は大きく、ニュースにもなっている。その華々しいニュースに反し、今回の京 成電鉄の運賃認可申請に怒りと失望をあらわにしている人たちがいる。北総線の利用者である。
今回の新ルートは京成本線の高砂駅から印旛日本医大駅までの既存の北総線(北総鉄道所有)が延長されて成
田空港駅まで開通したことによるものであるが、北総線の運賃の高さが長年問題となってきた。北総線建設時のコスト (借金)を運賃収入で毎年返済する仕組みであるため、@成田空港までの開通が遅れたこと、A千葉ニュータウンの 人口が計画より大幅に少ないこと、から北総線の運賃は異常な金額となっている。@、Aとも政策の失敗であるが、そ のつけを沿線住民に押し付けているのである。しかも、今回の申請は@の成田空港への開通によるものであるにもか かわらず、一切北総線の値下げを行なわない内容であったことから沿線住民が猛反発している。新ルートの日暮里か ら成田空港までの運賃は1200円で既存の京成本線の1.2倍であるが、途中駅までの運賃は京成本線の約2倍とな っている。すなわち、京成電鉄は成田空港利用者を安く運び、他のルートに逃げられない沿線の通勤、通学客からは 高い運賃を取る方針を取っていることになり、北総線沿線住民は「住民が長年支払ってきた高運賃で新ルートを作り、 それで安く空港まで乗客を運び京成電鉄が利益をあげる構造」と見ている。
成田空港線は複雑な経緯を経て現在に至っており、その列車運行も京成電鉄、北総鉄道がそれぞれ運賃認可を
受け、さらに線路施設だけを有する千葉ニュータウン鉄道、成田高速鉄道アクセス、成田空港高速鉄道がある。京成 電鉄、北総鉄道がこれら3社に施設使用料を支払って電車を運行し、京成電鉄は北総鉄道の線路を使用して電車を 運行しているため同区間では北総鉄道に使用料を支払っている。いずれの会社も京成電鉄と資本関係があり、それに 千葉ニュータウンを開発してきたUR都市機構も絡むという複雑で不透明な関係の中で列車が運行されている。空港政 策・ニュータウン政策の失敗、UR都市機構の経営怠慢、天下り問題などが交錯し、その犠牲者が沿線住民ということ になる。
京成電鉄の運賃認可申請を受けて、運輸審議会は2010年1月26日、28日の両日に公聴会を開催したが、数多く
の反対意見が出た。私はそれを傍聴していたが、どう考えても今回の京成電鉄の申請内容は問題である。そこで、衆 議院消費者問題特別委員会・与党質問研究会で、この問題を取り上げるとともに、2月15日に下記の意見書を国土 交通大臣あてに送付した。
しかし、運輸審議会は申請どおりの認可が妥当と答申し、国土交通大臣前原誠司はそのまま認可した。北総線沿線
住民で組織する「北総線の運賃値下げを実現する会」(北実会)などはこれに猛反発し、「北総線値下げ裁判の会」を 立ち上げ、認可の取り消しなどを求める行政訴訟を2010年8月17日に東京地裁に提訴した。都心と成田空港を結 ぶスカイライナーおよびアクセス特急は京成電鉄が北総鉄道の線路(北総線)を使用して走らせる電車であるが、原告 は京成が北総鉄道に適切な線路使用料を払っていないと訴えている。
日本女子大学 細川幸一
白井駅からの北総線運賃表
提訴の報告会(記者発表) 2010.8.17.
********************************* 運賃認可にあたっての意見書 **********************************
国土交通大臣
前 原 誠 司 殿
民主党の「生活が第一」政策と北総線の高額運賃問題について(意見書)
2009年12月16日に京成電鉄は成田空港線の運賃認可申請を行ないました。本年1月26日、28日の両日に運輸審
議会主催の公聴会が開かれましたが、同線の一部となる既存線である北総線の沿線住民から、不当な申請内容に対 する批判が相次ぎました。民主党政権が生活者を無視したこのような不当な運賃認可申請を認めるのかにつき注目 が集まっている状況に鑑み意見を述べます。
今回問題となっている北総線の高額運賃問題は、自民党政権下での成田空港政策・千葉ニュータウン構想の失敗
などを原因として発生し、そのつけを一方的に沿線住民のみに押し付けてきたことの結果です。政府あるいはUR都市 機構のPRを信じて移り住んで来た住民は北総線の高額な運賃によって長年、厳しい家計運営を強いられてきました。 通院のために隣の駅に行くだけで300円、子ども一人を都心の学校に通わせれば通学定期代は一ヶ月2万円以上、6ヶ 月の通勤定期代は20万円以上で「財布を落としても定期は落とすな」とまで言われています。多くの主婦が子どもの通 学定期代のためにパートに出ており、民主党の目玉政策の「子ども手当て」に匹敵するような家計支出となります。同 沿線住民は、京成電鉄の申請の根拠となるデータの信憑性に疑問を呈しておりますし、鉄道事業法16条5項1号は「特 定の旅客に対し不当な差別的取扱いをする」旅客運賃を禁止していますが、北総線沿線住民に対して著しく高い運賃 を課す申請運賃は違法である疑いがあります。また高額な運賃が住民の移入を妨げ、地域経済の発展を阻害してい るとの指摘もあります。
自民党政権末期から民主党政権発足初期の混乱期に京成電鉄と関係自治体首長の間で交わされた5%値下げ
案はその半分の財源を自治体が税金で賄うものであり、これは京成電鉄の「北総線の高額運賃を一切下げない」とい うかたくな姿勢を前に苦肉の策として緊急的に合意されたものであり、決して沿線住民の本意に沿ったものではありま せん。
「生活が第一」を掲げる民主党政権初の大規模公共料金認可においてこうした状況を一切考慮せず、京成電鉄の
申請どおりに認可するようなことはあってはならないと考えます。仮にもそのようなことがあったら、北総線沿線住民、 ひいては日本中の生活者は民主党政権の「生活が第一」なる政策が虚構のものであることを知ることとなります。その 場合の国民の民主党政権に対する信頼の失墜は計り知れないものがあるでしょう。
また、本件は「消費者の権利」にも関わる問題です。消費者基本法は「消費者の権利」に言及しています。同法では
その内容については語ってはいませんが、1962年にケネディ大統領が明らかにした「消費者の権利」をその意味とする ことに学問的にも実務的にも疑いがありません。
ケネディは「安全である権利」、「知らされる権利」、「選ぶ権利」、「意見が反映される権利」の4つの権利を「消費者
の権利」として示していますが、「選ぶ権利」について以下のように説明しています。
「選ぶ権利」(the right to choose)
できる限り多様な製品やサービスを、競争価格で入手できるよう保障される権利。競争が働かず、政府の
規制が行われている業種においては、満足できる品質とサービスが公正な価格で保障される権利
つまり、「選ぶ権利」は、市場の独占を廃し、自由闊達な競争を通じて多くの商品・サービスから自由に選択できる
環境を作ることによって、消費者がより良い商品・サービスをより安く購入できる権利を謳ったものですが、同時に、自 然独占などにより競争が働かない分野における政府の価格規制にあたっては、満足できる品質・サービスが公正な価 格で保障される権利があるとしています。
今回の京成電鉄の運賃認可申請に対する北総線沿線住民の批判は、まさに政府の価格規制である鉄道の運賃
が公正な価格でないと主張するものであり、消費者の「選ぶ権利」の侵害を追及しているものと理解できます。
以上から、北総線高運賃問題の解決は生活者・消費者が主役の政治を行なう民主党において重要な課題であり、
公正な判断が求められます。もし国土交通大臣が本申請を公正なものであると判断するのであれば、運輸審議会の 議事録の公表等、必要な情報を開示した上で、国民に説明する義務があります。十分かつ透明な審議の上、公正な認 可を行なうことを求めます。
2010年2月15日
日本女子大学
細 川 幸 一
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