読売新聞2008年6月4日朝刊「論点」掲載


消費者庁の新設 「支持される企業」育つ好機



  福田首相が取り組む「消費者庁」設立をめぐる動きが活発化している。首相は政権発足時から、消費者・生活者の
視点に立った政策に転換するため、消費者行政強化を政権の重要課題として掲げて、官邸に有識者による消費者行
政推進会議を設けた。 

  4月には同会議の最終結論を待たずに、首相は「政策全般にわたり消費者の視点から監視する強力な権限を有す
る消費者庁を来年度に立ち上げる」と表明。5月21日に首相の意向を受けた最終報告素案が同会議座長より提示さ
れた。 

  素案では、各省の食品・製品の安全性分野や悪質商法などの取引規制に関する主要な権限を消費者庁へ移管
し、他省庁への勧告権付与にまで踏み込んだ。これに対し、既得権限を奪われることに反対する関係省庁の強い抵抗
が出ている。財界も、これが規制強化につながり、事業活動を不当に制限する可能性があると警戒している。 

  「ミートホープ」の食肉偽装事件や、英会話学校「NOVA」による消費者問題とその後の会社の倒産に至る過程を
見ると、被害者は消費者のみならず、労働者や債権者に及んでいる。その社会的な影響は計り知れない。 

  なぜこのような事態になったのか。監督官庁が産業振興・保護の視点を重視するあまり、企業不正に対する態度が
甘くなった一面は否めない。その結果、多少の不正なら黙認されるという経営者の誤解を生んで、結局、市場で消費者
に見放されて倒産に至ったものと理解できるだろう。ミートホープの事件では、農水省が初期段階での内部通告を放置
してきた実態が明らかとなっている。NOVAの事件でも、経産省が同社の不当な中途解約ルールに「合理性が認めら
れないとはいえない」と擁護してきたことが知られている。 

  高度経済成長の時代には産業の発展こそが国の最重要課題であった。その陰で、公害や有害商品で健康を害さ
れた人々は置き去りにされてきたといってよい。当時、不祥事を起こした企業の多くは生き延びたが、今、同様の問題
を引き起こしたら、生き残りはまず不可能だろう。量から質の時代へと変わり、消費者が企業を見る目も厳しくなってい
るからだ。 

  ところが、行政の仕組みや官僚の意識は高度成長時代のままである。企業に良かれと思って行う行政指導がかえ
って、消費者の視点に立った経営姿勢の確立を阻害しているように見受けられる。余計な保護を加えるより、消費者庁
のもとで適切かつ迅速な消費者政策を実施する方が、市場で消費者から支持される企業が育つだろう。それが新たな
産業振興策になることを、官僚も企業人も理解していないように思われる。 

  米国のケネディ大統領は1962年、安全である権利、知らされる権利などの消費者の権利を明らかにするととも
に、その実現のための消費者行政強化の必要性を訴えた。米国に遅れること45年。日本では、福田首相がそれを政
権の最重要課題として初めて明言した。その意義は大きい。 

  民主党は消費者庁の設置ではなく、内閣の外に位置づける消費者権利擁護官(消費者オンブズパーソン)の創設
を表明している。 

  消費者、事業者ともに潤う健全な経済社会を実現するために、消費者行政のあり方を与野党で真剣に議論してもら
いたい。 

細川幸一
 

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