消費者情報をどう生かすか 〜パロマ湯沸かし器事故の教訓から



  織田裕二の「踊る大捜査線」で、「事件は会議室で起きているわけじゃない。 現場で起きているんだ 」というセリフ
が有名になったが、消費者被害も全国津々浦々で生活をしている生身の人間に起きている。消費者は被害者であると
同時に、市場に数多く点在している消費者問題のセンサーでもある。

  企業のコンプライアンスが叫ばれているが、その遵守を確保するためには、その監視と、問題があった場合の法執
行(制裁や被害の未然防止策等)が社会的に講じられなくてはならない。そこでの重要な責任主体はやはり行政であろ
う。しかし、法を整備し、行政機構に法執行の権限を与えていても、行政が消費者被害や企業の違法行為に関する情
報を把握し、それを迅速、適切な法執行に生かさなければ意味がない。被害を受けた消費者をセンサーとして活用し、
その情報を収集・分析し、法執行に役立てるシステムが未だ日本の消費者行政には不十分であることが、パロマ湯沸
かし器の一酸化炭素中毒死亡事故で明らかとなった。

  8月31日付読売新聞は、「都市ガスとLPガスは、旧通産省時代から別の課で所管し、行政の『縦割り』と、『数年ごと
の人事異動』の中で、こうした事故情報が、省内で共有されないまま放置されていた」としている。パロマの湯沸かし器
による死亡事故が相次いだ問題で、通産省(現経済産業省)が1993年、死亡事故多発の重大性を認識し、LPガス事
業者向けに不正改造の危険性を訴えるパンフレットまで作成しながら、その後、都市ガスの担当部署への連絡がなく、
都市ガスによる死亡事故が続発していたことが明らかになっている。


  消費者行政の「縦割り」と「短期の人事異動」が消費者被害を拡大させていることは従来から指摘されてきていた。

  「局あって省なし」というような一つの省庁内での縦割りのほか、行政全体を見た場合の主務官庁ごとの縦割りも障
害として指摘されている。製品事故については、内閣府所管の独立行政法人国民生活センターが「パイオネット」(PI
O−NET、全国消費生活情報ネットワークシステム)情報のデータベースのひとつである「危害情報システム」により被
害を受けた消費者および協力病院から事故情報を収集している。さらに、地方自治体でも独自の消費者苦情相談情
報を持っている。また製品事故が重大な人身被害を及ぼしたり、火災を引き起こした場合には、警察や消防もその情
報に接する立場にある。さらに地域の経済産業局の相談窓口等を通じて、製品評価技術基盤機構(NITE)が情報を
収集し、製品に共通する危険性がないかを調査し、経産省と情報を共有する仕組みもある。 しかし、8月29日付読売
新聞は、関係する機関が多いことが、『横の連携」』を阻み、事故情報の伝達を遅らせた面もあるとし、「国民生活セン
ターには2005年度に『製品の使用中に危険な思いをした』といった苦情が9086件寄せられたが、経産省への情報
提供はあくまで任意で、内閣府所管の同センターと経産省の連携も十分ではなく、シュレッダーによる指切断事故も同
センターは把握していたが、経産省には伝えていなかった」としている。 

  数年で繰り返される人事異動も情報の伝達や共有を困難にしている。これは地方自治体でも同様であり、消費者
行政に配属となった職員がようやく被害実態の把握やそれに対応した行政処分等に慣れてくると転出してしまうことが
指摘されている。国レベルでも、たとえば、OECDの消費者政策委員会の会合などでは、各国の担当者が継続的に国
際レベルでの消費者保護のための連携を行っているが、日本からの代表は数年で代わるので、問題を共有する海外
の行政官とレベルが合わず、また個人的な関係も構築できない。


  このような状況から、消費者団体は消費者行政を国として一元化させるために、従来、「消費者省」あるいは「消費
者庁」の設置を求めてきた。しかし、2001年7月の省庁再編でもそれは実現しなかった。縦割り行政の是正について
は、消費者行政の総合調整機能を有する経企庁が廃止され、その担当部門である国民生活局が内閣府に移管され
たことから、他の省庁より一段高い位置に置かれ、総合的な施策遂行の条件が整備されるということが言われてきた。
旧経企庁の国民生活局の所掌については、経済企画庁設置法4条9号が「一般消費者の保護に関する基本的な経済
政及び計画の総合調整に関すること」としていたものが、内閣府の国民生活局について、内閣府設置法4条36号は「一
般消費者の利益の擁護及び推進に関する基本的な政策の企画及び立案並びに推進に関すること」を所掌するとした。
ここでの相違は、従来の「経済」分野に限定されず、あらゆる分野を担当できるようになったこと、受身の「総合調整」だ
けの役割から、「企画、立案、推進」をすることができるようになったことである。

  しかし、パロマの事故やシュレッダー事故をみると、こうした体制が功を奏しているとは言いがたい。それどころか、
経済産業省は国民生活センターが運用するパイオネット情報を同省と接続することを内閣府に求めているが、同セン
ターを所管する内閣府はそれに対して消極的である。7月10日付日本消費経済新聞は、内閣府・堀田繁審議官の「パ
イオネットの情報は相談員が共有することを基本としており、法執行を前提としていない。有効に活用していくという問
題意識は持っているが、目的に立ち返って十分に検討させてほしい」という発言を紹介している。

  ただし、これだけをみると内閣府や国民生活センターの理解が不足しているだけのように考えられがちであるが、
経済産業省との情報の共有に消極的であるのは歴史的な背景がある。従来、消費者行政は、主に産業振興を目的と
しながら、それに付随して消費者の利益を確保する主務官庁による規制行政と、弱い立場にある消費者を情報提供や
事業者との交渉の場で手助けする支援行政という二つの行政形態から成り立っている。経済産業省等の規制官庁は
前者に属し、国民生活センターや地方自治体の消費生活センターは後者をなす。パイオネットはまさに、後者の支援
行政の中核をなす機能である。消費者問題の解決は事業者と消費者の闘争という側面を持つが、行政内部でも産業
界の意向を受けてその利益確保を第一とする主務官庁と、消費者の権利・利益を確保しようとする国民生活センター
等との対立も存在してきた。パイオネット情報は、被害実態を把握し、消費者の個別相談に活用することに加え、支援
行政サイドが消費者の権利・利益侵害の重大さを国会や主務官庁に認識させるためのツールであったのである。それ
を経済産業省に接続するということは相手に塩をおくるような側面もあるのである。

  しかし、経済産業省からすれば、消費者という市場における無数のセンサーが発する情報を全国に400以上ある
消費生活センターがキャッチし、それを収集、分析できる機能を持つパイオネットを活用できない(現状は経済産業省
から内閣府を経由して情報提供依頼し、情報を紙媒体等で得るシステムとなっている)のでは、消費者のための迅速な
法執行はできないということであり、その主張はもっともである。しかし、支援行政サイドからみれば、主務官庁にネット
ワークを接続すれば、それは業界・事業者に情報が流れるということであり、仮にそこまではいかなくても、事業者サイ
ドの利益確保のために活用されるのではという懸念がある。


  早急にパイオネット情報を含めた消費者情報の活用方法が議論され、法執行に生かされる制度を確立する必要が
ある。


細川幸一

  

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