求められる行政の司法機能強化


  7月20日付東京新聞が、「公取、金融庁などの審判 弁護士らの参加検討」の見出しで、自民党司法制度調査会が
公正取引委員会などの行政委員会や金融庁などの行政機関が行う審判(準司法手続き)の見直しに着手したことを報
じている。準司法手続きは、国税不服審判所の国税不服審判や、中央労働委員会による不当労働行為の審査、人事
院が行う国家公務員の懲戒処分不服申し立ての審理など多岐に及ぶ。しかし、いずれも同じ組織が決定したことを審
査する構造である。自民党司法制度調査会は審判の中立性、独立性を高めるために、弁護士ら民間の法曹関係者を
審判官に加えることを検討するという。

  
  そもそも公取委の審判官制度は、公取委は審決という準司法的機能を持つゆえに、その手続の公正性確保の観
点から行政委員会の方式を取り、かつ委員会の下に審判官を配している。この審判官は、米国の行政法判事
(administrative law judge, ALJ)に倣ったものとされる。米国連邦政府の行政法判事は、連邦政府の行政遂行に
おいて公正手続ができるように「行政手続法」(Administrative Procedure Act of 1946)によって規定され、1978年以降
は、合衆国人事管理局(U.S. Office of Personnel Management)が行政法判事の資格を付与している。行政法判事は
正式な行政機関の審査を行う、独立し、公平な判事であり、勤務する行政庁の職員とは異なった身分保障が与えられ
ている。1,400人の現職行政法判事が29の連邦政府機関で勤務している(田村次郎他「日本独占禁止法の執行力強化
に向けた提言」フジタ未来経営研究所報告書参照)。米国の連邦取引委員会(FTC)は独自の審決権を持つと同時に
民事裁判に訴えて行政目的を実現することもできる。


  FTCの担当者によれば、経済秩序の維持や被害救済等を早急に行う必要がある場合には、強制執行力を持つ裁
判所に訴え、独禁法違反ケースとして新たな判断基準を示す必要なあるときは審決に持ち込むとのことである。行政
の内部で独立した立場にあるALJが判断を下すことによって専門性を維持しながら、公正性・中立性を確保しているの
である(ALJが Initial Dicison Order を下し、委員会が Final Orderを下す)。

  しかし、公取委の審判官は米国の行政法判事に比べて独立性に乏しく、現状は課長ポストとして公取委事務局職
員が任命される場合が多い。他の組織でも同様のことが言えるのであろう。


  ではなぜ、行政に準司法的機能を持たせるのであろうか? それは、独禁法あるいは税法など独自の知識や経験
が重要な分野における紛争解決を、それを必ずしも専門としない裁判所で行うことには限界があるなかで、専門的知
識を有する行政が公正な立場で紛争を解決しようとの試みである。また、行政上の措置としての課徴金制度の運用に
おいて、その手続き・決定に司法的な公正性・中立性が求めれているということもある。


  日本では、公取委だけではなく、金融庁が課徴金を課すことができるようになった。証券取引等監視委員会が調査
を行い、その結果、課徴金の対象となる法令違反行為があると認める場合には、内閣総理大臣及び金融庁長官に対
し勧告を行う。これを受け、金融庁長官は審判手続開始決定を行い、審判官が審判手続を経たうえで、課徴金納付命
令決定案を作成、金融庁長官に提出する。それに基づき、金融庁長官は課徴金納付命令の決定を行う仕組みであ
る。すなわち、課徴金制度は行政上の措置として違反者に対して金銭的負担を課すものである。課徴金納付命令を出
すにあたり、裁判所の判決を得る必要はなく、また刑事罰ではないので、刑事訴追する必要もない。行政が自ら決定で
きるのである。

   そこで、審判官の独立性・公正性が問題となる。今後、金融や知的財産権分野等、経済や科学技術等の専門知
識と法的知識の双方を持った司法機能の強化が求められてくるであろう。知的財産高等裁判所のように裁判所を専門
化する方策も考えられるが、市場の番人としての行政の役割を考えた場合、準司法的機能を行政が担うための方策も
検討する必要があろう。

細川幸一



追記:ニューヨーク市消費者問題局では、ニューヨーク市が独自に雇用した法曹資格者10名を行政法判事に任命して
いる。消費者と事業者のトラブル解決には、調停担当者(mediator)が活躍しているが、それがライセンス事業者の免
許剥奪等行政権限の行使に発展する場合は、行政法判事(ALJ)が裁定を下す。

参照:国民生活センター『米英韓三カ国の行政による消費者被害救済制度に関する調査研究』(2003年3月)23頁



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