詩集「大きな橡の木の下で」(1986-1987)
蛇は都会に棲んでいる
仕事に疲れて帰ると、
部屋のまんなかで、小首をちょっと傾け、微笑んで、
蛇がとぐろを巻いて待っていた。
――私などを待ってくれるひとがいたのだ。
彼女を膝の上にのせ、
あゝ、久し振りのやすらぎ。
酒も、音楽も、女も、麻薬もいらない
妖しげな陶酔。
不規則に漂う空間。
“これからもずっと待っていてね。”
かみなりを聴きながら
かみなりが怖いのかい
それならぼくの胸で眠りなよ
ぼくの鼓動が聴こえるだろ
あつい あつい 高鳴りが
どうしてこんなに震えるの
目を閉じてじっと音を聞いてごらん
すべてが自然の営みさ
雨の音も、かみなりのとどろきも
ぼくたちをやさしく抱んでくれるだろ
さあ、眠ろうよ
きっと明日はいい天気さ
I always watch you
ぼくは君に何もしてあげられない
でも、
いつも君をみつめているよ
あしたも、あさっても、しあさっても、
いつも君をみつめているよ
金も、名誉も、家も、車もない
君を楽しくするような話もできない
信ずるものもなにもない
地に這いつくばり、
涙を流し、目がかすんでも
いつも君をみつめているよ
たとえ盲目になろうとも
いつも君をみつめているよ
ぼくにはこれしかできないけれど、
いつもいつも君をみつめているよ
表出
薄緑色の混ざった黄色いバナナの皮を剥くと
淡い桃色のバナナの実がでてきた
胸はドキドキ
初めての甘酸っぱい味
次から次へと手が出ちゃう
あなたも食べてみませんか?
不思議な世界へ御招待
細部が肥大し、
とてもきれいに見えてくる
小さな音にも敏感に
何を食べてもおいしい
一秒が一分に
一分が十分に
時間が長く感じられ
すべてが繊細
理性に覆われていた本能が
むくむくと起き上がった
電話
早く! 早く!
ドキドキ ワクワク
ワクワク ドキドキ
○×△ー#xyz
プルルルル…………ドキドキ
プルルルル…………ドキドキ
プルルルル…………ドキドキ
――もしもし…………
イメージが必要以上に膨らむ前に
貴方に逢わねばならない
大きな橡の木の下で
すべては秋のせいなのです
髪はぼさぼさ、髭は伸び、
いたずらに欠伸ばかりが
―― いいえ、眠いわけではありません
ちょっと頭が痛むので
胃がきりきり痛いので
感覚だけは確かです
すべては落ち葉のためなのです
そんなには早く落ちないで
ときには途中で止まってみせて
ちょうちょのように微笑みかけて
地面は冷たい地球です
樹々はまったく淋しそう
ぼくだって寂しい
枯れ葉は落ち、ぼくも堕ち、
―― 一体、ぼくの躯からは何が落ちてしまったのだろう
精神と肉体は分離し
互いに佇み
個人主義の旗を掲げる
融合によりエネルギーは生じるか
ねえ、触媒を落として下さいな
What is love ?
君は愛が欲しいというけど
本当の愛をわかっているの?
彼と一夜を過ごすことが
彼についていくことが
自分を失い、彼につくすことが
愛というものなのか
What is love ?
Please teach me true love.
“二人で同じ夢を求めてる”って
君は言うけど
二人で歩いてきた道はごくわずか
ときには道草したくなる
道端の花が美しい
継続するのは難しい
その場限りの処世術
What is live ?
Please teach me true live.
I don't know true love.
I don't understand true love.
I don't know true live.
I don't understand true live.
I may not continue to love you.
But I love you now.
It is raining again tonight.
今日このごろの恋
ぼくとあなたの隙間には
ぴんく色の毛糸が一本縺れてる
お互いわかりあえるなんて無理だよ
二人の過去は全然違うんだから
君が好む言葉探したけれど
言葉と言葉のにらめっこ
言葉を交わすことに飽き
心のつながり求めたけれど
空白埋める方法は
肉体と肉体との浅い交わり
暇つぶしの恋
満たされぬ今日から明日への橋渡し
二年半ぶりの十六時間
街 人ごみの中 目ざとく君をみつけたよ
二年半振りの再会
ぼくは相変わらずジーンズ姿
君は少し大人びた感じ
すぐには直視できなくて
ジャックダニエルのせいかな
いつもよりおしゃべりになったみたい
君はつまらぬ話にときどき微笑む、が
いねむり――帰りたいのかな
(いまからぼくの部屋へ行こう)
二年半の空白を言葉で埋め尽くすことはできない
別れはいつも悲しいね
迫る時刻に身を削られて
“いっしょに名古屋まで行かない?”
プルルルルルルルルル…………
新幹線が発車します
ひとりプラットホームに
ひゅるるん ひゅるるん
冷たい風が心の中に
街には無秩序に灯が
とぼとぼ とぼとぼ階段を
レゲエ聴きながら帰ります
不透明な日々
ちゃちな中級意識を振りかざし
他人に負けない消費力
君はほんとうに幸福なのか
街の夜はごみだらけ
世界の何処かでは
飢えに苦しみ
明日をも知れない暮らしをしてる
現実に目を伏せるな、耳を閉ざすな
ほんとに君は幸福なのか
他人の視線を気にし
自由という言葉に踊らされ
時間をつぶすことに悩み
自然から隔離され
ブルジョワ気分に酔っている
止めようぜ こんな暮らしは
止めようぜ こんな生き方は
大地とともに喜びを
草木とともに憂いを
“自然に帰れ!”
三日月の夜、俺はおまえに接吻をした
馬鹿馬鹿しいったらありゃしない
おまえとの接吻が最期の行為になるなんて
俺はあっさりアスファルト
頭は砕け、眼は飛び出し
すべての感覚は血とともに飛び散った
おまえははるかかなた屋上で
表情も変えず、動かない
第九(歓びの歌)も聴かないで死んでいくのか
短い生涯だった、が
この世の終わりを見ないですんだ
死――この言葉には随分頭を悩まされた
でも思った以上に簡単だ
薄汚い教室のなかで一体何を教えるのか
決まりきった言葉に決まりきった態度
彼らは来たくもないのにここに集まり
俺はしたくもない授業をする
もっともと云えばもっともだ
彼らと俺は解け合わず
異様な雰囲気が漂っている
仕事に徹するか
どす黒い沈澱物を抱いたまま
俺は生きていくのか
俺を愛する人もなく
俺が愛する人もなし
短いようで長く、長いようで短い人生だった
いまさら出直す気もない
情熱なんて言葉はとうの昔に捨て去った
未来は限りなく狭く、細く、暗くなっていく
星はなく、三日月だけが朧気に光っている夜におまえを誘った
“俺といっしょに死なないか?”
しばらくの沈黙
三日月が雲に隠れる
雲から漏れる月の光
俺はおまえを抱き、接吻をした
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