小さな赤い靴の片っぽ


 俺は交差点の真ん中で靴の片っぽを拾った。
 それはたぶん女の子のものであろう。
 そいつはやけに冷たい赤色をしていた。
 俺はそいつを温めようと、
 両手で包んで、人ごみを歩いた。
 ときどき日の光に透かしてみたりもした。
 俺はそいつを机の上に置き、飽きもせずに眺めていた。
 そいつの冷ややかな微笑は実に魅力的だった。
 俺はそいつと一緒にいつも風呂に這入った。
 が、そいつはあまり風呂は好きそうではなかった。
 俺はそいつと一緒に眠った。
 ──深く心地よい眠りにいつも這入っていった。
 しかし、いつしかそいつの冷ややかな微笑はだんだん萎えてきた。
 俺は心配でたまらなかった。
 けれども、そいつの微笑はいっこうに冴えなかった。
 ”あいつはあの交差点の真ん中でこそ、
  本来の姿であり続け得るのだ。”
 俺はやっとそのことに気がついた。
 俺は雨の降り止んだ夜明けの濡れたアスファルトに、
 あの交差点の真ん中にそいつをそっと置き去った。
 俺は後ろを振り返らなかった。


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