或る日
一
今朝、太陽が西の空から昇った。真っ赤な真っ赤な太陽だった。その輝きを受けているのか、或いは、自ら輝いているのか、空もまた真っ赤だった。
暫くして、人間はいつものように目覚め、いつものように会社に行った。そして、いつものように仕事をして、いつものように帰った。何らいつもと変わりはなかった。
いつしか、真っ赤だった太陽も色褪せ、最期の輝きを残して東の空へ沈んでいった。
ほとんどの人間は、このことには気づかず、いつものように床に這入り、いつしか、深い眠りについた。
翌朝、人間はいつものように目覚め、いつものように新聞に目をやった。新聞の第一面には、”西から昇ったお日様が東に沈む!”と、さもたいそうに、大きな文字で書かれていた。
人間はいつものように会社に行き、いつものように仕事をした。今日の彼等の話題と云ったら、このことで持ち切りだった。その日の夕方、空を見上げ、夕焼けをみた人間がかなりいたらしい。
二
その日、彼はいつものように十時過ぎに目覚め、コーヒーを一杯飲んだ。そして、彼は読み掛けの本を取り出し、本の中に這入っていった。理由のわからない単語で構成された複雑な文章の中へ……。
昼食後、彼はいつものように散歩に出掛けた。彼は日常生活の中で散歩が最も好きだ。読書や執筆よりもである。実際、読書や執筆は彼にとって苦痛だった。
その日も、河原では三四人の子供等がザリガニ取りをしていた。思わず覗き込みたくなる程楽しそうにはしゃぎ、遊んでいた。
彼は部屋に戻ると、また本を読み始めた。
数時間後、彼は夕食を食べ、風呂に這入った。その後、部屋に戻り、小説を書き出した。書いては消し、消しては書く。そして、考え込み、時折、大きなあくびをする。そんな繰り返しだった。文章を書くと云う事は、縺れた糸を解くよりも至難な業である。――彼はいつもそう思っていた。
明け方近くになり、到頭彼は深い眠りについた。
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