詩集「自己の内面に於ける二十二才の別れ」(1984)

  SUMMER NIGHT PARTY


 もう九時か
 ――夏の太陽ももう落ちて、
 外は真っ暗。
 人間は光を、音を、酒を、女を求めて、
 此処はもういっぱい。
 俺は此処では皆が俺の全く知らない人間達
 ――赤の他人だと思おう。
 俺は一人、独り、孤独を味わう。

 俺はけっして、酒を飲むまい。
 一滴のアルコールも飲まずして、
 孤独の内にて酔はむと欲す。
 自己陶酔――我思う故に我在り
 「ワッハッハハ」……
 「ワハハ」……………
 何がそんなにおかしいのか。
 笑いの対象となるべきものは何も残されていないのに。
 人生、時間は悲哀に満ち満ちて、
 空虚に造形され、
 欺瞞に彩色されているのに。
 あゝ、すべてが倦怠(アンニュイ)。
 そうさ、もっと笑うがいい、
 偽善者どもよ、――同胞(はらから)よ。

  いっしょに空を飛んでみませんか


 あなたも空を飛んでみませんか
 蒼い蒼い空の中
 白い白い雲といっしょに
 そよ風に吹かれながら

 緑の草に横たわり
 静かに瞳を閉じて
 そっと、ぼくの手を握ってごらん
 たちまち二人は
 ふわふわと
 広い空に飛んでいる

 ぽかぽかぬくい日射しの中で
 ただ、あてもなく
 何も考えないで
 ゆっくりゆっくり飛んでいる

 疲れたら
 雲の上でひと休み
 地上に並ぶマッチ箱に
 激しく動く蟻の群れ

 過去のことも
 現在のことも
 未来のことも
 思い悩むことはないんだよ
 この広い空を飛んでいるんだから

 強い風が吹いたって
 雨が降っても
 雪が降っても
 ぼくの手を離してはだめだよ
 いつまでも
 二人いっしょに
 この広い空を飛んでいようね

  弱い僕


 ごめんね
 貴方をこんなにも凍えさせて
 ぼくが弱いから
 かがり火はあんなにも激しく燃えているのに
 男達は勇ましい掛け声を張り上げているのに   、、、、
 そっと、――そう、そっと肩に手を掛け、抱き寄せたかった
 ぼくがずいぶん弱いから
 貴方をぬくめられなくて
 貴方に悲しい思いをさせて
 ごめんね……

  久方振りの恋


 久し振りに恋をしそう
 ――でも、昔のようには燃え上がれない
 けれども、一度に燃え上がる恋と
 徐々に燃えていく恋と
 どちらが貴いかはわからない
 貴方となら沈黙も恐くない
 話すテンポもフィット
 言葉遣いも綺麗

 山羊座だって全然恐くない!

  病的疲労


 人々はみな疲れ果てて、
 鍬も鎌も捨て去りぬ。
 税を取り立てるべき役人も、
 努めて職を怠れり。
 子供等も遊ぶことを止め、
 ひなたぼっこでとき過ごす。
 鳥はさえずることを止め、飛ぼうともせず、
 魚は浮き、蛇は黄ばんだ腹を見せ、
 唯、生きてゐる。
 村は静寂を極め、
 隙間風と梢を揺らす風の音だけが、
 薄暗い闇の中でどんよりと響いてゐる。

  “まあ、どうでもいいや!”


 “恋は終わりぬ!”

 私はTchaikovsky Symphony No.6 In B Minor,Op.74 “PATHETIQUE”を聴きながら、悲愴感に浸ってゐる。
 ――Dream in Dream――
 唇は渇き、珈琲は不味く、
 酒を飲む気にもなれず、
 頭は重く、なんとなく寒けがして、

 “風立ちぬ
  いざ行きめやも”
 私は何処へ行ったら良いのであろうか。
 “僕の前に道はない”
 私の後ろにも……

 少しまえには
 闇の中でほのかに光る、暖かい何かがあった。
 しかし、今は何も視えない。
 目を凝らしても、目を擦っても、
 ――涙も出ない。

 内なる情熱はいつしか消し去られ、
 水浸しとなり、
 いまは、カチンカチンに凍りついてゐる。

 ――寒い? 冷たい!

 自殺?
 生きてゐても、死んだとしても、
 全然変はらぬ存在。

 人間不信、人間疎外
 “人間なんて嫌いだ!”
 私は人間として存在して行けるのだろうか?

 冷めた人間
 私は怒りを持つことができない。
 私は選択能力を失った。
 YESか、NOか、決めることができない。
 なにもかもがつまらない。
 なにもかもがどうでもいい。

 死? 死! 死、……

 “おまへは人間ではない!”

  晩秋の空


 晩秋の北風がしだいに冷たくなるにしたがって、
 私の心は冷め、凍えてしまった。

 空はどんより曇り、
 所謂京都の時雨空。

 空はずいぶん重いね。
 ぼくはもうくたびれちゃった。
 ちょっと休ませてね。

 ――Bye Bye ……

  現實


 枯れ葉が静かに舞い落ちて、
 落ち葉が木枯らしに吹かれて、
 虫たちは地中に潜り、
 ――ゆっくり日は暮れ。
 ――だんだん闇に侵されて。

 “もう人間、止めようかな?”

 母親ほどの年の、醜い女を抱き、
 悦びを味わい、顔を歪め、……
 ――涙を流して、???
 乳房を掴みて、いつしか眠る。

  こたつ


 みそしる、みそ汁、
 ゴクンと飲んで、
 熱いね!辛いね!
 舌のうへ。

 寒いな 寒いね
 冬のひは
 こたつにもぐって本を読む
    桃太郎さんは鬼に勝ち
    かぐや姫は昇天し
    どうして浦島太郎さんはおじいさんになったの?

 ぬくいよ ぬくいわ
 こたつの中は

 ねむいの ねむいの
 こたつの中は

 本を枕にねむつてる
 ひざを枕にねむつてる

 夢はつづくの
 果てしなく
 夢はつづくの

 ねむつてる……

  古い文通


 だんだん薄黒い闇が迫りつつある。

 彼女も僕と同じ次元に存在しているんだね。
 もう眠っているのかしら?

 僕は、――意志薄弱
 これじゃ彼女にふられるね。

 彼女はいいお嫁さんになるだろうね。
 しっかりしていて、僕をやさしくくるんでくれる。

 みんな僕のせいだね。
 ――意志薄弱

 結局貴女だけでしたよ
 僕とつきあってくれたのは
 弱い僕を好いてくれたのは

 あの頃は僕も燃えていた、希望もあった。
 あれが青春というものだったのかしら?

 昨日も今日もポストを見たよ
 昨日も今日もポストを見たよ
 貴女の手紙が待ち遠しくて
 あすもあさってもポストを見るよ
 あすもあさってもポストを見るよ
 ――手紙! 喜……

 幸福になってね、ね。

 ――意志薄弱! ……

  抱擁


 かわいい女性の泣き声は、
 絵画よりも我を感動せしめ、

 かわいい女性の純粋なる泪は、
 天変地異より我の心を動かしぬ。

 汝、女性 泣かすこと勿れ!
 我の胸に抱きて泣かむことを欲す。
 其 叶ひ難き。
 あゝ、其 叶ひ難きことなり。

  をとめらは


 をとめらは小さき肩を震わせて、
 息も絶へ絶へに城跡の山に登つてゐる。

 をとめらのはしゃぐ声は聞こへず、
 をとめらに鳥のさへずりも聞こへない。

 をとめらは黙々と、休むことなく、
 一歩ずつ一歩ずつ登つてゐる。

 「ちよつと休んだらどうですか。」
 ぼくは声を掛けようと思つたが、
 掛けられなかつた。

 「急ぐことはありませんよ。
  頂上はすぐそこですよ。」
 ぼくは軽く口に出そうとしたけれど、
 言葉にはならなかつた。

 さつきまですぐそこだつた頂上は、
 いつしか遠いところにまで行つてしまつた。
 そのすぐ上は黒い雲が覆つてゐる。

 それでもをとめらは、休むことなく、
 一歩ずつ一歩ずつ城跡の山に登つてゐる。

  Party goes on


 今夜彼女をPartyに誘った。
 でも、ぼくの心はときめかなかった。
 彼女に対してLOVEは感じ得なかった。
 肉欲は少なからず、――but 燃え上がれない。
 やはりだめだ。
 ぼくは冷めている。
 彼女にス・テ・キ!といわれても、
 彼女の言葉を信じれない。
 酒にも、場にも、おのれの心にも、酔えない。
 外はかなり寒かった。
 彼女にもっと寄り添えば、
 彼女をそっと抱き寄せれば、
 少しはぬくくなったかもしれないのに?
 相変わらず冬の空にはオリオン座が、
 神秘的な、神秘的なオリオン座が、
 いつしか言葉は凍えてしまった。

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