Southern Future
「ねえ菅原君、ハルちゃんって呼んでもいい?」
 彼女は、笑顔の似合う子だった。天然ボケなのか、狙っているのか分からない感で、甘えん坊で図々しかったけど、とても優しい子だった。
「ハルちゃんは、どうかと思うよ」
 構図としては彼女がボケで、俺がツッコミである。
「じゃあ、常盤君みたく、ハレルヤって呼んだ方がいい?」
「それはもっとどうかと思う」
 彼女とは二年で初めて同じクラスになった。それまでは名前も顔も知らなかった。
「うーん、じゃあ、ワラビー」
「俺の名前のどこから出てくるんだ、それは」
「菅原の『わら』だよ」
「そこをとる奴は初めてだ」
 席が隣同士のせいか、俺と彼女はすぐに仲良しになった。
「ねえ、どれがいい? ハルちゃん? ハレルヤ? ワラビー?」
「普通に呼んでくれ、頼むから」
 彼女は楽しい奴だった。明るくて、楽しい奴だった。
「もう、ハルちゃんは我が儘だなあ……」
「我が儘かあ?」
「ハルちゃん、そんなだとお嫁に行けないよ?」
「お嫁に行く予定はとりあえず無いね」
 俺は笑った。彼女も笑った。
 で、結局俺のあだ名は『ハルちゃん』に決まったらしい。

 『ハルちゃん』と呼ばれるようになって二回目の日曜日。俺は彼女に映画に誘われた。教室で彼女が見たいと叫んでいたその映画はつつがなく終わり、二時間の暗闇から解放された俺たちは、当然のように喫茶店で一息ついた。
「あんまりビックリしないで聞いて欲しいんだけど……」
 そう切り出した彼女が、いつになく真剣で、でもどこか照れているような表情を見せて、俺は少し、ほんの少しだけ、嫌な感じがした。
「私、私ね、ハルちゃんのことが好きなの……」
 やっぱり――。そんな思いが胸中で漏れた。それは予想できないことではなかったのだ。
「……それでね、あの……出来れば私と、つきあって欲しいんだけど……」
 自分自身、もしかしたら彼女に恋愛感情を抱いているのではないかと、そんなことも考えた。けれども、彼女を恋人にした自分は、酷くピンぼけして、色味の無いシミュレーションでしかなかった。
「ごめん、俺……」
 口からこぼれた言葉は、ごくありふれた、そして何度も練習した台詞だった。
「俺、お前のことは友達以外に考えられないんだ……」
 気まずい、沈黙。普段のふたりなら絶対にあり得ない、沈黙。
「……そっか。分かった。分かったよ」
 そう言って、彼女は席を立った。店を出るまで、彼女は何も喋らなかった。

 次の日の朝、登校途中に出会った彼女は、昨日の告白など夢か幻だったのではないかと錯覚するほど、いつもと変わらず、明るく元気だった。

「隼人」
 どうやら昼寝をしていたらしい彼は、片目だけを開いてこちらを見た。
「ハレルヤか」
「晴弥だよ」
「ハレルヤか」
「……晴弥だよ」
「ハレルヤか」
「……」
 昼休みの屋上で。彼と張り合う気にもなれずに、とりあえず俺は、両手を枕に寝ころんでいる彼の横に腰を下ろす。晩春の風が気持ちよく、空は青かった。
「ハレルヤよ、恋の悩みか?」
 彼は少し笑いながら、問うてくる。
「……お前は何でもお見通しだよな」
「俺に見えないモノは無いのさ」
 彼――常盤隼人は、起きあがって不敵に笑いながら、こちらを見た。
「と、言うのはまあ、冗談で、実は南も俺に話しに来たんだ」
 『南』というのは、彼女の名前である。南未来。
「うーん、俺ってもしかして、頼りがいがある? 恋愛相談所か?! ここは」
 はっはっはっと哄笑する隼人に、俺はげんなりとした。
 でも確かに、隼人は頼りがいのある奴だ。普段はふざけているが、ここという時は絶対にこちらを裏切らないし、無責任な行動もとらない。優しい時はとことん優しく、厳しい時はとことん厳しい。これだけ友達がいのある奴も、そうはいないだろう。
 南が俺との関係を隼人に話すのも、分からない話じゃない。
「まあ、ハレルヤ、アレだな。諦めて南の愛を受け入れるんだな」
 隼人は俺の背中をぼんぼんとたたいた。なんだか様子がおかしい。
「なんだよそれ」
「ハレルヤ、南は良いぞぉ〜。可愛いし、可愛いし、可愛いし」
「……」
「強いて言えば、可愛いし。あ! 後それから、可愛いし。うーんでも時々、可愛いんだよなぁ〜」
 妙に芝居がかった動作で、隼人がまくし上げる。
「隼人」
「ん? 何だ?」
「もしかして、南に買収されたのか?」
「……ふっ……晴弥、所詮友情など、焼きプリン十個の前では輝きを失うんだよ」
 訂正。常盤隼人はもの凄く無責任な男だ。
 しかし、南が隼人を味方につけて、隼人に俺が南の告白を受けるように仕向けるとは……。
「……南って、まだ俺のこと諦めてないんだ……」
「そーだね。……ほら南って、こうと決めたらとことんやるじゃん?」
「……うん」
「プーさんがわんさかいるユーフォーキャッチャーで、財布を空にしたような女だからなあ」
「……うん……」
 その時居合わせた俺と隼人に、目をらんらんに光らせた南が、金を貸せと聞かなかったのを覚えている。
「やっぱ、諦めて恋人になるのが良いんじゃないの〜?」
 隼人はへらへらと両の手を泳がせて言った。無責任男め。
「でもなあ……」
 煮え切らない俺に、隼人が言う。
「何が不満なの? 南のどこが、恋人として不適なんだ?」
 南は、いい子だ。明るいし、優しいし、一緒にいて楽しい。だけど……。
「なんか、ピンと来ない」
「……そうか」
 隼人はそっと立ち上がると、小さく伸びをした。
「まあ、俺がとやかく言ってもダメだよ。自分でよく考えることだね」
 そう言って、隼人は階段の方へ歩いていく。
 ちょうど昼休み終了のチャイムが鳴る所だった。

「菅原っち! 常盤っち! 大変なの!」
 教室に戻った俺と隼人に、クラスメイトの森口ひとみが駆け寄ってきた。
「未来が大怪我したの!」
「南が?」
 ずきん、と胸が鳴った。酷く胸騒ぎがする。
「なんか、校庭の木から落ちたって…、今保健室にいる。すぐ行ってあげて」
「分かった」
 俺は走り出していた。階段を駆け下り、プレハブ校舎の保健室まで駆ける。隼人がついてきているかどうかも、お構いなしだった。
「南!」
 そう叫んで、保健室のドアを開ける。
「先生、南は?!」
「菅原君、静かに。南さんは一番奥のベットよ」
 先生にろくに挨拶もせずベットに駆け寄ると、南が横になって目を閉じていた。
「南……」
「…ああ、ハルちゃん、来てくれたの?」
 南がゆっくりと目を開く。
「南、大丈夫か? 何があったんだ?」
「バレーボールが木の枝に引っかかって……、とれると思ったんだけど……」
 南はどこか夢でも見ているような様子だった。
「バカだな、お前」
 俺は下唇を噛んでいた。
「ハルちゃん、こんな時まできっつい」
 それで南はあははと、笑った。南の力無い笑顔で、でも俺はほっとした。
「怪我はどうなんだ?」
「うん。骨折とかはしていないって。でも念のため病院に行けって、先生が」
「そうか」
「ハルちゃん、記憶喪失とかになっていたらどうしよう?」
「……、やっぱりバカだな、お前」
 俺は苦笑する。
「ハルちゃん、私のこと好き?」
 突然、そんなことを聞く。
「………」
 俺は咄嗟のことで、答えられない。
「ハルちゃんが好きって言ってくれたら、いきなり元気になりそう」
「………なんだ、そりゃ」
 俺は小さくため息をついた。
「ハルちゃん、私ね、ハルちゃんのこと好きだから。ずっと好きだから」
 南は目を閉じて、呟くように言った。
「だからね、ハルちゃん、恋人じゃなくてもいいや。お友達でも。私がハルちゃんを好きなことに、変わりは無いから」
 そう言ってまた、力無く笑う。
「今だってハルちゃんは、恋人じゃなくたって、私のために走ってきてくれるんだから……」
 語尾が曖昧になって、そして静かな吐息が聞こえて、南が眠ってしまったことを知った。
 俺は、酷く不思議な気持ちで、南を見つめた。閉じた瞼と、まつげと。ほんのり赤い頬と。
 俺は南が好きだ。そう感じた。南が笑って、それで俺は俺でいられる。恋人といわれてピンと来なかったのは当たり前だ。それ以上肩書きをつけなくても、俺たちは充分仲良しなんだから……。
「南、好きだよ……。早くよくなれよ……」
 眠った南に、そっと呟く。
 と、突然――
「ひゃあ、ハレルヤ、恥ずかし〜」
 振り返ると、隼人だった。
「うるさい、教室に戻るぞ」
 俺は隼人をどつくと、保健室を出ていった。

+END+

あとがき
 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
 この話は、青川が高校2年生の3月頃(?)に書いたものです。
 この話のコンセプトは「ほのぼの学園ラブ」だったんですが、成功なのか、失敗なのか……。(冷や汗)
 ヒロインに主人公を「ハルちゃん」と呼ばせたくて書き始めたんですが(死) ちなみに南未来は「みなみみく」と読みます。タイトルはツッコミ不可ヽ( ´ー`)ノ
 どうも、書いていて自分と自分が喋っているみたいだった(笑)今回は地の文より台詞回しの方がメイン……なんでしょうか。(汗)

解説
隼人、高2の5月。
ペンタグラムvol.55フレッシュ掲載。
あとがきはそのときのもの+α。

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