That's why I guard her
 彼女を守ることは、僕にとっては当然のことだった。
 僕は、彼女の両親である先王とその王妃に、多大な恩があった。身寄りのない僕を――実の両親にさえ見限られた僕を――愛し、育てて下さった。
 だから僕は、両親が亡くなられて後ろ盾の無くなった彼女が、隣国へ身を寄せるのに、一縷の迷いもなく同行した。
 僕は、そうすることでしか、彼女を守ることでしか、亡くなられた先王と王妃に報いる術を知らなかった。
 もしくは、生きる意味を。


「それって何か変だよ」
 隣国へ向かうの旅の途中、宿の一室で。
 僕が何故に彼女を守るのか説明したら、彼女はそう答えた。
「何かって、何が変なんですか?」
「……それは、わかんないけど……」
 彼女は首を傾げてみせる。
 先王があまりに大切になさった所為で、彼女は少し世間知らずだった。僕がツッコミなら、彼女はボケである。
 彼女の言葉はいつもなんだか霧がかかったようで、ピンぼけしていた。そのくせ物事の本質をついたりする。根拠はないが、多分今がその例だろう。
「なんて言うか……、違うんだと思う」
「だから、何が違うんですか?」
 僕は苦笑する。
 恐らく、彼女は感受性は優れているのだと思う。しかし、にわかに言葉にすることは苦手なのだ。
「わかんないけど……」
 うーんうーんと、ループしながら、最後には彼女は頭を抱え込んでしまった。
そして、
「あー」
 と、突然、声を上げ、彼女は言った。
「わかんないけど、ハルカに訊いたらいいかも」


 「ハルカ」とは、この旅に同行した僕の同僚である。彼女が王宮に身を置いていた時は、二人で「守護天使ガーディアンズ」などと呼ばれていた。
 もとは家柄が良くも悪くもない中流貴族の三男だが、国中の猛者が集う王宮主催の剣術大会で、見事優勝。先王の目にとまり、王女(つまり彼女)の近衛兵となったのだ。
 剣術においては、彼に分があるが、僕には魔道があるので実力は五分五分だろう。
 僕にとっては好敵手と呼ぶに相応しい相手だ。
 しかし、彼はちょっと……いや、だいぶ性格に問題があった。がさつで、面倒くさがり屋で、自信過剰……。とにかく反りが合わないのだ。僕と。
 ――まあ、それが「好敵手(ライバル)」の所以でもあるのだけれど。


「――ハルカさん、勝負、しませんか?」
 宿の裏で剣の素振りなどしている彼に、僕は開口一番そう言った。
「は? なんで?」
 素振りをするのをやめて、幾分面倒くさそうに――相手が僕だからだ――ハルカさんは振り向いた。
「どちらがより、姫の護衛に相応しいか――」
「まあ、俺の勝ちだな」
 自信たっぷりにキラリと明後日など見つつ、ハルカさんは言った。
「……何でそうなるんですか……」
 僕がぼやくと、ハルカさんはこちらを見て、びしっと言った。
「だって、負ける気がしねえ」
「……どういうアレですか」
 僕は嘆息する。ハルカさんは空を見上げる。
 がさつで面倒くさがり屋で自信過剰だけれど、この人もまた、時々本質をつくタイプだった。

 先王がハルカさんを王女の護衛に取り立てたのは、剣術大会での優勝も大きかったが、むしろその後、表彰式で先王と二言三言交わした、それが決定的だったんじゃないかと、僕は思う。
――優勝おめでとう。剣術は好きかな?
――好きです。面白いし。だけど面白いからって剣を振るのは間違ってると思うんです。
――確かにその通りだ。
――相手を傷つけることに、何の意味があるのか……。
――俺は大会で優勝したけれど、この先剣を振る理由が無い。
 王を相手に物怖じせず、不敵な態度で人生の疑問を投げる彼に、先王が仰ったのだ。
――では、相手を傷つけるためではなく、守るために君の剣を生かさないか――

「ケイタは、」
 ハルカさんは空を見上げるのをやめて、僕に問うた。
「なんで姫を守るんだ?」
 僕には、彼女のご両親に多大な恩がある。彼女を守ることは、僕にとって生きることと同義だ。
「ハルカさんは?」
「俺か? 俺は――」
 ハルカさんはもう一度空を見上げて、言った。
「守りたいから、かな」
 そう言って、自分で納得したのか、頷く。
「最初は、陛下に言われてやってただけだった。けど――」
 ハルカさんはそう言って、愛刀を目の前にかざし、見つめた。
「……だって姫は優しいし、たまに転ぶし」
 それから少し笑って、剣を鞘に収めた。
「俺は多分、姫が好きなんだ」
 さっきよりちょっと真剣な表情で、ハルカさんは言った。
「だから、痛い目にあったり、悲しい目にあったり、そういうのから、俺が守ってやりたいんだ」
 僕は沈黙する。
「姫を、姫の幸せを、守りたいんだ――」
 また笑って、ハルカさんは言った。


 ハルカさんは、僕なんかよりずっと素直だ。
 守りたいから、守る。彼女が好きだから。彼女に幸せでいて欲しいから。
 素直だし、純粋だ。
 確かに、負けるのは僕の方かもしれない。


「ケイタ、あのね」
 彼女の部屋に戻ると、彼女は僕がいない間に、僕の質問の答えを用意しておいてくれた。
「多分、生きるってことに意味はないんだと思う」
 彼女はゆっくりと、言葉を選びならがら喋り出した。
「きっと、生きることの前に意味はなくて、生きてるから意味があるんだと思う」
 言葉はあやふやだったが、彼女の言いたいことは何となく感じた。
「お父様もお母様も、多分、一番ケイタに望んでるのは、ケイタが幸せになるってことだと思う」
 彼女が真剣に僕を見上げる。
「だからね、自分を追いつめなくていいんだと思う。縛り付けなくていいんだと思う。もっと、自由でいいんだと思う。ケイタが自分の思うように生きて、いいんだと思う」
 それから彼女は、ちょっと僻いて、自嘲気味に笑いながら、言った。
「私ね、本当はね、ケイタには、お父様とかお母様とか、そういうのと関係なく守ってほしかったんだ」
 彼女は窓の外へと視線を移し、そして僕をまた見上げて、言った。
「……ダメかなあ? それじやあ、ダメかなあ?」
「いいえ。ダメじやないです」
 僕は首を振って答えた。
「さっきハルカさんが、自分は姫を好きだから姫を守るんだって、そう言いました」
「……それで?」
「僕も、そんな風に思えたらなって、今思っていたところです」
 僕は笑った。苦笑い。
「ケイタは、私のこと好き?」
「ええ、大好きです」
「じゃあ、いいよね、それで」
 彼女は笑った。
 そうだ、僕はこの笑顔が大好きだ――。


 彼女を守るのは、彼女が王女だからではない。恩人の娘だからではない。
 彼女が彼女だから……。
 僕は、自分の境遇がこの上なく幸せなんだと感じた。
−That's why I guard her.
―END―

あとがき
 最後まで読んで下さって、ありがとうございます。
 この話は、青川が高校2年生の時に書いたものです。

 当時、青川はペンタで「ALOFA」と言う話を、連載で続けようか、どうしようか迷っていました。もし、続けていたら、この話の代わりに、ALOFAの3話目が載ったことでしょう。(仮定法過去完了)
 しかし、青川はすこぶる飽きやすい性格だし、気分が乗らなければ、良い話も浮かばないし、未来の自分に対して、規制をかけるのを嫌う傾向にありました。
 それで、ALOFAは打ち切りまして、ALOFAのネタを使って(オイ)、新しく、読み切りにした話が、この「That's why I guard her.」です。(日本語訳:そう言うわけで、僕は彼女を護ります。)

 ALOFAのネタを流用したわけで、この話には、ALOFAの影が色濃く残っています。最初、ハルカは天然キャラだったのですが、(ALOFAでハルカに当たる人が割と天然なのです) 姫も天然だし、それは避けよう、と言うことで、オレ様キャラ(?)に落ち着きました。
 しかしこの後、ペンタ掲載作品のヒロインの性格が、3回連続で天然ボケという、泥沼にどっぷりはまりこむことになります……。(……「ALOFA」のミアイ、「That's why I guard her.」の姫、「Southern Future」の南……)それを打破するために登場したのが、「The Flowing Lotus」の流蓮氏だった訳ですが……実は彼女も何処か天然……(ごにょごにょ)

 とまあ、そんなこんなな話ですヽ( ´ー`)ノ<どんなだ

解説
ペンタグラムvol.54「桜桃の巻」掲載。
あとがきは2003年、図書館修復時に書き下ろしたものです。

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