まっすぐな瞳
 静まりかえった会場の中、彼が指揮棒を振り上げる。彼のまっすぐな瞳を、私は受け止めた。一瞬の緊張の後、彼はまた指揮棒を振った。彼の指揮に合わせて、私も伴奏を始める。皆が歌い出すまでの少しの間、彼と私だけの時間が拡がる。

 夕日が音楽室の窓をオレンジ色に染めていく。私はピアノを弾いていた。今日でこのピアノを弾くのも最後。明日からは違う学校へ行かなくてはならない。住み慣れた街を離れ、親しい友と別れるのは辛いことだ。せめて新しい学校にも、放課後自由に弾けるピアノがあればいいのに。
 不意に、音楽室の扉が開いた。現れたのは、同じクラスの、彼だった。彼は私に「続けて」と目配せした。私は演奏を続け、そして弾き終わった。彼は拍手をくれた。
「廊下で、君のピアノが聞こえたんだ。」
 彼は少し恥ずかしそうに笑った。ああ、この人は、ピアノの音で私が分かるのか。嬉しかった。
「もう、今日で転校しちゃうんだろ?」
 私は頷いた。
「俺、君のこと、結構好きだったよ。」
 ほんの少しの躊躇、その後に。思いがけない、言葉だった。心の奥で待ち望んだ言葉でもあった。
 けれど私は、彼のまっすぐな瞳に、指揮台の上のそれとは違う、同情の淡い色が宿っているのを感じて、この恋もまた、終わりなのだと知った。


(これは視線のドラマなのだと言われました)

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