God in the Heart
 天の山アトラス山脈と、“世界の果て”へ続く死の砂漠をバックに、青く穏やかな内海を臨む。海峡を隔てた西方諸国との貿易が盛んな、魔界でも有数の商業都市。簡単に説明すれば、ティーバスというのは、そんな都市だった。
 その都市の一角に、「眠らない街」と呼ばれる花街があった。昼間は静かでも、日が落ちれば突然にぎやかになる繁華街。人の心を魅了する全てが、そこにはそろっていた。ただ、代償さえあれば、何もかもが手に入る、欲望の街。
「で、なんでよりによって、こんなところなの?」
 その街の入り口。夕日が、海の向こうへ沈んでいくのを見ながら、彼は傍らの相棒に尋ねた。
 何故、この街なのか。
「そりゃ、お前。俺様が、遊びたいからとか、はしゃぎたいからとか、遊びたいからとか、遊びたいからとか、そういうわけじゃないぞ」
 ぎゅっと拳を握って力説する相棒に、はぁ、と彼は嘆息した。つまり相棒は、この繁華街で遊びたいのか。
「お前が世の中を知る上で、避けては通れない道だと、思ってさ。分かるか? この弟を想う兄の心が!」
 もうひとつ、ため息を追加する。相棒は、胸のあたりに右手を当てて、左手の方は空に向かって伸ばす、大袈裟なポーズをとっていた。夕日は紅かった。
 「外を見てきなさい」とは、彼らのマスターの言葉で。二人で暇をもらった。何処へでも好きなところへ行けるといっても、この広い魔界で、彼は何処に行ったらいいのか分からなかった。仕方がないので相棒に意見を求めたところ、この花街にたどり着いた。
(まあ、別にいいんだけどね……)
 「よし、乗り込むぞ!」などと意気込む相棒を見ながら、彼も後に続いた。


「ここからは単独行動だ」
 街のシンボルであるらしい、噴水広場にやってきて、相棒はそう言った。
「単独行動?」
「そうだ。子連れじゃナンパできないだろう」
 さも当然というように、相棒は腕を組んで独りでうなずく。
「……ツッコミどころが何カ所かあるような気がするんだけど」
 彼は半眼で、相棒を見つめる。
「好きなだけつっこんでいいぞ」
 手を腰のあたりに当てて、相棒は余裕の表情を見せた。
「まず、僕は、“子”じゃないし」
「ふむ」
「それにさっき、遊びたいわけじゃないって言ったくせに」
「なるほど」
 うんうんと、相棒はうなずく。うなずいて、そして突然、何かを悟ったような目で、夕暮れの空を――いや、そのさらに向こうを見ながら、相棒はつぶやいた。
「時に、言葉は儚いものだよ」
「………」
 なんと返せば一番効果的か、即断できずに彼は沈黙した。なんと返せば、この男にダメージを与えられるのか。
(……ファーストの言葉は、いつも儚いじゃないか)
 胸中で思えど、それ以前に問題をすり替えられていることにも気づく。
「――それともあれか」
 彼が反撃に移れないでいると、相棒は思いついたようにまた言った。
「ジェラシー?」
「は?」
「つまり嫉妬」
「別に訳してくれなくてもいいんだけど」
「大丈夫」
「何が」
「兄さんはいつだって、お前を一番大切に想っているから」
 がしっと、彼の肩を掴む相棒。その瞳がじっとこちらを見つめて、きらきらと妙な説得力で潤んでいるのを、彼はいかがわしく思った。
「というわけで、単独行動だ。明日の朝、また会おう」
 何が「というわけ」なのか、彼には理解できなかったが、はははとさわやかに笑いながら、相棒は走り去った。彼はげんなりして、追いかけることもせずに、相棒を見送った。
 相棒を――ファーストを捕まえておくことは、できない。いつも、おかしなノリで、話題をかき回す。神出鬼没の相棒を、捕まえておくことなど、誰にもできない。
(……言葉は儚い、か)
 とぼとぼと、広場から歩き出す。明日の朝まで、じっとしているいわれはないのだ。
(言葉だけじゃない、世界はみんな儚いんだ……)
 胸中でぼやいて、彼は行く宛もなく、夕暮れの花街を進んでいった。


 ふと行き着いたのは、教会だった。街の建物の中に埋もれた、小さな、けれど、確かに教会。彼は立ち止まって、掲げられた十字架を見上げた。
(こんなところにも、教会があるんだ……)
 ミスマッチだと、思った。人の欲望が生み出した花街に、欲望を戒めるはずの教会とは。
 夕日の名残も消え去った、群青色の空と。時折聞こえる笑い声。小さな――
「……こんにちは」
 突然、背後から声がかかった。
「あ。もう、こんばんは、かな?」
 振り向くと、聖衣をまとった青年が微笑んでいた。この教会の人だろうか。
「良かったら、お祈りしていきませんか?」
 ニコリと笑って、彼を見つめる。色白で、ひょろりとした、しかし芯の強そうな青年。彼が教会の前で立ち止まっているのを見つけて、声をかけてきたらしい。
「………」
 彼は迷った。
 祈りなど、するつもりはない。この世に神がいるなどと、考えたことはなかった。
「あの、もしかして、お急ぎですか?」
「いいえ」
「だったら、どうぞ、お祈りしていってください」
 青年はまた笑顔を見せた。
――この世に、神がいるなどと、考えたことはなかった。
 けれどなんだろう、この微笑みには、断れない強さがある。
「……じゃあ、少しだけ」
 どうせ、朝まで暇なのだ。教会に寄ったっていい。――祈りなど、形だけだ。この世に神がいないのなら、同じことだ。
 青年が教会の扉を開ける。彼は小さな教会へ入っていった。


「珍しいと思いますか? こんな街に教会なんて」
 建物の中には人影はなく、薄暗い中に、青年が灯したろうそくが光を放つ。
「でも私は、こんな街にこそ、教会が必要だと思います」
 正面に女神像、その手前に祭壇を構え、右袖にはオルガンと、そして信者の座る長椅子が何本か……。
 両手を合わせて、指を組む。目を閉じて、祈りを捧げる。青年がやった動作と同じように、彼もまた、表面だけなぞらえた。
「昔は、今より人が沢山来ていたんですよ」
 ぽつりと、青年がこぼした。
「四年前に、神父さんが亡くなって……」
 ぼんやりと、青年は女神像を見上げた。青年はろうそくの灯りに照らされて、表で見たときより、顔色が悪かった。
「あの、お名前を伺ってもいいですか?」
 青年は女神像を見上げるのをやめて、また彼に微笑んだ。
 彼は立ちつくした。
(………名前なんて、無い)
――そうだ、彼には名前が無い。名前の代わりに、あるのは、番号だけだ……。
 しかしまさかここで、名前が無いと答えるわけにもいかない。
「セカンド……と、呼ばれる」
二番目セカンド?」
 青年は、ふうんと、彼を不思議そうに見つめて、そして言った。
「――じゃあ、セカンドさんは、神様が本当にいると思いますか?」
 人に祈りを強制させておいて、何を今更と、思ったが、追求しても詮無いことだ。
「……神様なんて、いない」
 彼は言いきった。青年が求めた答としては、上出来だろう。
「……いますよ、神様は」
 青年はニコリと笑って、祭壇に一番近い長椅子に腰掛けた。
「神様は、人の心の中にいるんです」
 青年はまた、女神像を見上げる。
「どんな人にだって、悪を憎み、正義を愛する心があるでしょう? それこそが、この世で神と呼ばれるものなんです。人間である証です」
 理論としては、陳腐だと思った。それでも、青年の落ち着いた声音と眼差しには、説得力があった。だからよけいに、納得したくなかった。
「あなたの心にも、神様はいるんですよ」
 振り向いて、また微笑う。
 彼は、自分を保つのが辛くなった。
「――僕の心には、神様なんていない」
 自分が決して、綺麗な生き物でないことぐらい、彼には分かっていた。
「そんなことありませんよ」
 相変わらず穏やかな表情の青年に、彼は無性に腹が立った。
「僕は、平気で人を傷つける! それに――殺す」
 手の中に残る感触は、決して気持ちのいいものではなかった。それでもそれは、自分のやったことに、違いはなかった。
「今、ここで、お前を殺したっていい」
 ぎりっと、青年をにらみつける。何も知らないくせに、彼の良心を疑いもしない青年を、自分の中から追い払いたくて。
 彼を見つめる青年の表情は、相変わらずだった。優しげな、穏やかな、暖かな……
「殺したり、しないでしょう?」
 ふっと、息を吐いて青年が笑う。
「……殺した。何人も」
 彼は、青年を見ていられなかった。青年は、彼から目をそらさなかった。
「あなたは、優しい人です。好きで殺したわけじゃないでしょう?」
「………」
 確かに、好きで人を殺めてきたわけではなかった。それは、命令だったから。避けることのできない、絶対の。好きで殺したわけではなかった………。
「あなたの心にも、神様はいます」
 微笑む青年の姿が、胸を痛めつける。
 彼はうなだれた。


 心の、心の神に従って生きる。
 良心、理性、心の神……。
 自分にも、そんなものがあるのだろうか? 愛されて生まれたわけでもない、名前すらつけてもらえない、こんな自分に。
(もし、そんなものがあったとしても)
 彼は、藍色の空を見上げた。
(それに従って生きることなど、僕には不可能だ)
 自分には、自らの心に従って生きる自由など無い。
 従うべき者は、他にいる。
 その命令は絶対で、自分の思考が入り込む隙間は無い。命令に背くのならば、それはそのまま、命と引き替えでなくてはならない。
――それとも、命を捨ててまで、心の神に従うべきなのか――?
 彼は、軽く息を吐いて、笑った。
(ナンセンスだ、あり得ない……)
 空に向けた視線を、下ろす。
(どのみち、僕には自由なんて無いんだ。心の神に従って、それで生きることなど、僕には許されないんだ……)
 彼は背後に、あの小さな教会を感じながら、夜の繁華街を歩いた。


「おーい、セカンド」
 呼ばれて、振り向く。見ると、相棒――ファーストがいた。一人で、いた。
「ナンパしに行ったんじゃないの?」
 小走りでこちらへやってくる相棒に、彼は尋ねた。
「人間だからさ」
「は?」
「人間だから、時に、分かり合えないこともあるんだよ」
 きらりと、悲しげに、明後日を見やるファーストに、彼はげんなりした。
「……要するに、失敗したんだね」
「――しかし思うのだが」
 彼のセリフを無視して、ファーストは言った。
「人生、長い」
 短い単語を、意味深に述べる。
「チャンスは、そこここにある」
「はぁ……?」
「諦めたらそこで終わりだと、誰かも言っていたし」
「だから……?」
「つまり、リトライ」
 ぎゅっと、拳を握って、決心の様相を見せるファースト。
「あそこの金髪ふわふわ少女など、まさに運命の出会いを感じさせる」
 びっと、通りの向こうを行く女の子を指す。
「………もう」
 彼はつきあってられない、と肩をすくめた。
「ああ、そう言えば、セカンド」
 またひとつ思出したように、相棒が言う。
「この街、最近通り魔が出るらしいんだ」
「通り魔?」
「そうそう。若い娼婦ばっかり狙われてるらしい。お前も気をつけろよ」
 ぽん、と、ファーストは彼の肩をたたく。
「誰に向かって言ってるの?」
 きりっと、彼はファーストを睨んだ。彼にはファーストと同じか、それ以上の戦闘能力が備わっている。魔道の発展に乏しい、この西方の地で、彼らにかなう人間など、皆無だ。
「……まあ、そうだな。お前が負けるわけないよな」
 ファーストもそれには納得したのか、自分の言ったことが杞憂だったと思い直したようだ。
「……けど、若い娼婦って、僕がそう見えるわけ?」
 ぽつりと、彼は言う。
「うーん」
 言われて、ファーストは腕を組んで彼をじっと見つめた。
「まあ、見えなくもないだろ」
 はははと笑うファーストに、彼は舌打ちした。
 確かに彼は優顔で、場合によっては女性に間違えられることもあるのだけれど。
(どっちにしろ、自分の身ぐらい、自分で守れる)
 彼は手のひらを握った。
 死なないでいることは、常に命令されている。自分の利用価値を損ねることは、一番の命令違反だ。
「じゃあ、オレは行くぜ。また明日な」
 言うとファーストは、先ほどと同じように駆けていった。
 通りを渡り、先ほど目をつけた少女が、路地に入ろうとするところへ、走っていく。走って、彼女に追いつく前に――転けた。かなり盛大に転けた。
 彼女が背後の物音に気づいて、振り向き、地べたに座り込んでいるファーストへ手を伸べる。
(作戦、だったのかな……?)
 彼は一連の動きを目で追いながら、ぼやいた。
 手を借りて立ち上がったファーストと少女とが、なにやら楽しげに通りを行くのを見送って、彼もまた、何処かへ歩き出した。


 たどり着いたのは、あの噴水の広場だった。ライトアップされた噴水の縁に腰掛ける。
 結局、行くところなんて無いのだ。自分は独りぼっちで。相棒のように、物事を楽しもうという気も起こらない。このまま独りで、夜が明けるまで、独りで……。
 ぼうっと、繁華街の空を見上げる。真っ黒な空を、街の光が浸食する。見えない星たち。
 道行く人々は、この街で、何を想っているのだろう。それは分からないけれど、でも誰一人として、彼と同じような気持ちになる者はいないだろう。一夜の孤独くらいなら、感じる者がいるとしても、彼の孤独にはとうてい届くまい。
 彼は目を閉じた。夜風が冷たい。
 涙を流さないのは、幸せを知らないからだ。何かを望んで、得られないのなら、涙は流れるのかもしれない。大切なものを失えば、涙は流れるのかもしれない。
(僕には、欲しいものも、失いたくないものも、無い……)
 だから、何もかもが手に入るこの街で、何もできずに、たたずんでいる……。


 どれくらい、時が経ったか。往来の人影が、確実に減り始めた。建物の灯りも、次第に消えていく。星明かりが増えていく。街の温度が、下がっていく。「眠らない街」が、眠りに落ちる……。
 ふと、彼は立ち上がった。気になる感覚があった。
 それはごく薄い、においだった。何処からか漂ってくる………血のにおい。
 彼でなければ、気づかなかっただろう。
 立ち上がり、その元をたどる。夜の空気の中、感覚をとがらせる。
 広場を抜け、通りをゆく。つい二・三時間前まではあんなににぎやかだったのに、今は人っ子一人、見あたらない。
 進むうちに、臭気はだんだん強くなっていった。
 そしてとうとう、街外れの路地に、彼はそれを見つけた。
 むせかえるような血のにおい。たたずむ一人の男と、倒れている女性――紅茶色の髪が――血に染まって。
(そうか……ファーストが言っていた通り魔か)
 そんな光景を無感動に受け止めながら、彼はじっと立った。血臭を肺いっぱいに吸い込んでも、吐き気やめまいを起こさないのは、我ながら良くできたものだと感じた。そしてそんな自分が、少し悲しかった。
 血の海にたたずむ、通り魔らしいその男は、背後の気配に振り向いた。
 男は、彼を瞳の中に納めて、そして、驚愕した。他人に殺人現場を見られたこと――そして、もうひとつ。そこにいるのが彼であったこと。
「セカンドさん?」
 青年は、夕方見たときと、だいぶ違う雰囲気でそこにいた。色白だと思った顔は、暗闇の中、それを通り過ぎて青白く見えた。穏やかな笑顔はそこには無い。深く焼き付いた絶望の色が見えた。
「――よりによって、あなただなんて……」
 青年はぼやいた。同じセリフを、彼もぶつけてやりたかった。
「でも、仕方ないですよね……。見られたからには……」
 青年は右手の血まみれのナイフを、彼の方へ向けた。
(とりあえず、距離をとろう……)
 今にもこちらに向けて、襲いかかりそうな青年を後目に、彼は駆けた。
 青年の足がどんなに速かろうと、彼に追いつくことは不可能だろう。全速力を出すまでもない、彼は通りを駆けて、向かいの路地に入り、身を隠した。
 青年は彼を見失ったらしく、彼のいる路地のあたりを、ぐるぐると走り回った。彼を見つけだせないまま、青年の息は上がっているらしかった。
(このまま、逃げた方がいいのかな……)
 逃げずに応戦したとしても、殺されないでいる自信はあった。しかし、外の世界で目立った行動をとることは、あまり望ましいことではない気がした。
――あなたは優しい人です――
 脳裏で、青年の言葉が響いた。
(だったらなんで、あなたは通り魔なんだ――)
 自分の前で、あれほど得意そうに、人の良心を語った者が。
「何処に行った!」
 青年の叫ぶ声が聞こえる。焦りで色々なものを見失っているらしい。――いや、それ以前から、すでに見失っていたのか――。
「――もしかして、修羅場か?」
 耳元で、聞き慣れた軽薄な声が聞こえた。
「ファースト?」
 見ると、少し前には誰もいなかったその空間に、相棒の姿があった。
「ファースト、なんでここに?」
「まあ、色々あってさ」
 自嘲らしい笑みを浮かべて、ファーストは肩をすくめた。夜闇に目を凝らすと、ファーストはあちこちに打撲や火傷を負っているようだったが……。
「彼が噂の通り魔かい?」
 ファーストの怪我は、それほど酷いものではないようだった。問いただしても、おそらく応えないだろう。彼は尋ねるのを諦めた。
「そう、みたい」
「で、なんで狙われてるんだ? やっぱり女に間違えられて――?」
「違うっ」
「なんだ、つまらん」
 ケラケラと、ファーストが笑う。
「僕が殺人現場を見てしまったから……」
「ああ、そういうこと」
 ファーストはぽんと、手のひらにもうひとつの拳を打ち付ける動作をした。
「それで、どうするんだ? このまま逃げるのか? それとも……殺るのか?」
「………」
――どんな人にだって、悪を憎み、正義を愛する心があるでしょう?――
 また、青年のセリフがリフレインする。
(だったらこれは、正義だっていうのか?)
 ぎりっと、奥歯を噛む。胸の内がひりひりと痛んだ。
(僕に無いものを、あなたは持っていると思ったのに)
「セカンド……」
「――戦う」
「おお、勇ましい」
「聞きたいことがあるから」
 決心した彼を、ファーストは、ほう、と見た。


 彼はファーストを置いて、路地から姿を現した。通りにいる青年と、対峙する。
「――なんで、殺した?」
 まっすぐに、彼は問うた。暗闇の中、血に穢れた刃物をきらつかせる、青年に。
「人には誰にでも、心の中に神様がいるって、言ったじゃないか」
 何故、そんな風に、人の良心を信じる者が、殺人を犯すのか。
「――そう、思っていました」
 青年は答えた。
「信じていました。――だけど、裏切られた…………」
 青年の瞳が、悲しみと怒りにゆらめく。
「人は、汚い。自分のことしか、考えない。お互いを偽り、裏切り合う者に、心の神など、無い」
 青年の形相は厳しかった。彼は酷く悲しい気持ちで、青年を見つめた。
「心に神を持たない人間に、生きる価値なんて無い! 自らの身体を売り、他人の神までもを犯す外道な人間は、この世から消し去られて当然なんだ!」
 夜空に、青年の声が響く。
「あなたもそうだ。心の神を信じようとしない……!」
 青年の握るナイフが、閃いた。
「生かしてはおかない――っ!」
 青年がナイフを構え、こちらに迫ってくる。
 彼はその一撃を身体をひねってかわし、ナイフを持つ青年の右手を掴んだ。
「――!」
 そのままその腕を強打し、刃物を落とす。
「この――!」
 掴まれていない左の拳で、青年が彼に打撃を浴びせようとする。
 彼は姿勢を低くしてそれをかわすと、魔力を込めた拳で、青年の鳩尾を殴りつけた。
「がっ!」
 青年が痛みに、悲鳴ともつかない声を上げる。
(――神様なんて、いない)
 ぐったりして、膝をついた青年の額に、彼は右手を当てる。
(この世の何処にも、人の心にも)
 彼は魔道の詠唱を始めた。触れたものに、強い衝撃を与える魔道。爆発音や強い光の出ない、隠密にはもってこいの魔道。命中させるのが腕や足なら、打撲や骨折で済むだろうが、内蔵や脳への衝撃は死を意味する。
 彼は、頭蓋骨に守られた、酷く繊細な神経細胞の塊をイメージした。
 そして――、魔道を解き放った。


「終わったか?」
 ファーストの質問に、こくりと、彼はうなずいた。
「じゃあ、まあ、片づけはやってやろう」
 ファーストはすたすたと、死体のそばに近寄ると、しゃがみ込んで、右手をそれにかざした。ファーストの使う魔道で、青年の身体はきらきらと砂塵のように崩れ落ちる。
 それらを視界に納めることなく、彼はまた、空を見ていた。
 遠く、東の果てに、柔らかな光が見える。「眠らない街」に、朝が来る。
(たとえ、この身に自由など無くても)
 弱い風が、彼の頬をなでる。
(神のいない僕は、生きることをやめない……)
----God in the Heart-
--END-

あとがき
 青川にとってはラストペンタなんですが、こんな話です。(泣) 番外編なんです。本編はもう、小学生の頃から構想があるくせに、書き上がらない某あれです。(何) だから拾う気のない複線が何個もあります……。分かる人だけ分かってください。(いるのか?) 主人公の立場や、世界観とか、魔法についてなんにも説明が無くて、申し訳ないです。すいません。
 本当は幸せな話が書きたかったのですが、……ダメでした。(泣) 案外セカンド君は理性的な人だなあと、書いていて思ったのですが、これって話が破綻している証拠?(大汗) ファーストはキャラが掴みにくかったです。本当はもっと過激な人です。(あれ以上過激なのか)  昔書いた奴を読んだら、「〜だぜ」って感じのしゃべり方でした。今の青川に、それは無理だよ!!

解説
ペンタグラムvol.59「夜桜の巻」掲載。
あとがきはそのときのものです。

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