メキシコ

メキシコシティ Mexico City

メキシコの首都。
かつてはアステカ帝国の首都でしたが、16世紀初頭、スペインのコルテス軍により征服され、都は完全に破壊されました。
廃墟の上にはスペイン様式の都市が築かれ、大聖堂や国立宮殿など大建造物が建てられました。
現在は、中米とスペインが融合した独自の文化を持つ大都市となっています。
人口増加を続け、周辺のポポカテペトル火山まで迫る勢いで町が広がり続けています。

■アステカ帝国
14~16世紀にメキシコの中央部及び南部を支配していた帝国。別名メシカ。
14世紀初頭、テスココ湖の島に首都テノチティトランを築き、勢力を拡大しました。
マヤ文明から受け継いだ暦法や絵文字など高度な文明を持ち、皇帝を頂点とする階級社会制度が構築されていました。
神に血を捧げる生け贄の儀式が頻繁に行われ、生け贄確保の為の戦争が行われました。

■エルナン・コルテス
1485年、スペインの貧しい貴族の子として生まれました。
1502年、新大陸へ渡り、キューバ総督の秘書官になり、その後、総督の命令に違反し、兵を率いてユカタン半島に上陸。
1521年に壮絶な戦いの末、アステカ帝国を滅亡させました。
メキシコ総督の座を得て富を独占しましたが、スペイン国王の植民地政策により実権は剥奪。
1547年、失意の末に病死しました。

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独立記念塔 Monumento a la Independencia

下には金色に輝く天使に守られ、この国の独立に貢献した英雄たちが眠りについているそうです。



















グアダルーペ寺院 Basílica de Santa María de Guadalupe

カトリック世界3大奇跡の寺院。
1531年、1人の先住民の前に聖母マリアが現れ、その後、お告げに従って建てられたのがグアダルーペ寺院。
毎年マリアの祝日には何万人もの巡礼者が詰めかけ、寺院の前で先住民がアステカの踊りを披露する姿も見られるそうです。
かつてアステカの神殿があったテペヤックの丘に建てられたラテンアメリカのカトリック本山。












黒い髪と褐色の肌をもつ聖母出現の奇跡はバチカンによっても公認されており、12月の大祭には多くの信者が訪れるそうです。

■バチカン公認「グアダルーペの奇跡」
1531年12月9日、先住民ファン・ディエゴの前に褐色の肌の聖母マリアがあらわれ、ここに聖堂を建てようと告げる。
ディエゴはこのことを司教に伝えたが信じてもらえなかったため、再度丘を訪れる。
再び現れた聖母は、彼にバラの花束を与え、ディエゴがマントに包んでもって帰って司教に届けると、マントに褐色のマリア像があらわれた。
冬には咲かないバラとマントに浮かぶマリア像を見た司祭は奇跡を信じ、この地に寺院を建てることにした。










憲法広場(ソカロ広場)Plaza de la Constitución

1978年、地下からアステカの女神コヨルシャウキの石碑が出土され、メキシコシティがアステカ帝国の都の上に建設されたことが考古学的に証明されました。
アステカ王国の中央神殿があった場所で、都テノチティトランの時代からメキシコシティの政治や宗教の中心地として栄えてきました。
市の中心広場で、一辺が200mを超えるほぼ正方形をした広々とした空間で、東に国立宮殿(大統領官邸)、南に連邦区庁、北にカテドラルなど重厚な建物が建ち並んでいます。















国立宮殿 Palacio Nacional

アステカ帝国の宮殿があった場所に、スペイン人によって建てられた壮大な建物。憲法広場に面して建っています。
その後の革命の舞台として知られ、独立記念日の夜、バルコニーに大統領が現れ記念式典が行われるそうです。
ディエゴ・リベラの大壁画が観られることでも有名です。
















メトロポリタン大聖堂 Sagrario Metropolitano

憲法広場に面して建っています。
メキシコにあるすべての教会を統括するカトリックの総本山で、バロック様式の建物はラテンアメリカ最大規模だそうです。


















テンプロ・マヨール Museo del Templo Mayor

メトロポリタン大聖堂のすぐ裏手にあるテノチティトラン時代の中央神殿(1450~1500)の遺跡で、1979年に発見されました。
今も発掘中で、見学することができます。



















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