ペトラ Petra
ヨルダン南部の渓谷にあるナバタイ王国の首都遺跡。
かつてモーゼの谷を意味するワーディ・ムーサーと呼ばれたこの峡谷には、モーゼが杖で岩を打ったところ、
水が湧き出たという言い伝えが残っています。
ペトラとはギリシャ語で「岩」を意味する通り、建造物の大多数が岩山を彫り込んで造られています。
町は紀元前2世紀頃、砂漠の遊牧民ナバタイ人が、王国の都として築き、交易路の要衝として発展。
最盛期の紀元1世紀頃には人口3万人に達しました。
4世紀には紅海の海上ルートの交易が台頭し、王国は衰退。
ペトラも歴史から姿を消しました。
■ナバタイ人
紀元前から砂漠で暮らす遊牧民で、隊商を組み、インドやアラビア半島産の香料を交易して莫大な富を得、
その後、定住生活を始め、交易路の中継地であるペトラに王国を築きました。
高度な土木建築を持ち、岩山を刻み壮大な建築物を建造。
優れた灌漑や給水施設も造り上げましたが、4世紀のペトラ滅亡と共に、民族の歴史も途絶えていきました。
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ペトラ遺跡 Petra
遺跡の入口を入ると、直方体に削られた岩々が現れます。
ペトラは死者のために造られた町だという説があります。発掘された建造物の大半が、神殿や霊廟であったためだそうです。
ペトラの入口近くには岩肌をくり抜いて作られた墓もあります。
ペトラの町に入るには、シークと呼ばれる狭い岩の裂け目を通って行きます。
高さ100mにも及ぶ岩が両側から迫ります。
シークは、もともと自然に生じた岩の亀裂だったそうで、川の流れが入り込み、何千年にもわたって水が岩を浸食し続けた結果、人が通ることのできる通路が出来上がったそうです。
薄暗い通路を1.5kmほど進むと突然目の前に劇的な光景が現れます。
エル・ハズネ。
『ファラオの宝物庫』という意味だそうです。
砂岩の壁面を掘って造られており、高さはおよそ40m。コリント式円柱によって支えられた豪華なファサードの内側は何もない暗い部屋があるだけだそうです。
地下には隠された空間が見つかっており、現在でも調査が行われているそうです。
建物の外観からは、ギリシャやローマ、エジプトなど、さまざまな建築様式の影響がうかがえます。
ファサードは東を向いており、朝日を受けて神秘的なバラ色に染まります。
死者の町と考えられてきたペトラですが、1930年代には明らかに住居とみられる岩穴も発掘されており、ペトラは死者だけでなく生きた人間の町でもあったという説もあります。
ペトラの町の周囲には風雨にさらされた険しい砂岩が連なっています。町は高いところで300mもある天然の要塞によって外敵から守られていました。
エド・ディル。
標高約900mの山の頂に造られたペトラの建造物で最大規模を誇る遺跡。
紀元前86年に死去したナバタイ王国の王オボダスの霊廟と考えられています。
岩壁に掘られた高さ約40m、幅約50mに及ぶヘレニズム様式のファサードは見事に左右対称となっています。
13世紀頃、この場所に修道士が住み、内壁に刻まれた十字架を残したことから、アラビア語で「修道院」を意味するエド・ディルと名付けられたそうです。
■ペトラのホテル: Edom Hotel
■ペトラのレストラン: The Basin Restaurant
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