ローマ Roma
3000年近い歴史を誇る永遠の都であり、オードリー・ヘップバーン主演の映画『ローマの休日』で知られた憧れの都。
長靴の形をしたイタリア半島の西海岸のほぼ中央にあり、わずか4km2の市街に7つの丘や遺跡、寺院の数々、町全体が博物館といえるほど魅力ある観光都市です。
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トラヤヌスの記念柱 Colonna Traiana
2世紀初頭トラヤヌス帝のダキア戦争における勝利を記念して作られました。高さ約40mの大理石の円柱には、戦場での皇帝の活躍が表現されたレリーフが施され、2500人近い人物像が刻まれています。
ヴェネツィア広場 Piazza Venezia
主要道路が集まるローマで最も壮大な中心地の広場。
正面の白亜の建物は、1911年に完成したヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂で、1911年完成。ネオクラシック様式の16の円柱が弧を描いて立つコロナーデは圧巻です。
カンピドリオの丘 Piazza del Campidoglioa
古代ローマ時代、宗教活動の中心地でした。
カンピドリオ広場。
16世紀にミケランジェロの設計により造られた美しい幾何学模様が特徴。
ローマの7つの丘の中でも一番神聖な場所とされ、カエサルが遠征の時ここで戦勝を祈願したといわれています。
広場には2つの美術館があり、古代彫刻の数々が収蔵されているそうです。
広場の中央にあるのは、マルクス・アウレリウス帝のブロンズ像。
紀元2世紀に作られ、現存する唯一の古代の騎馬像だそうです。
昨今の大気汚染を避け、現在広場にあるのはレプリカだそうです。
広場の南側にはミケランジェロ設計のコンセルヴァトーリ宮が建っています。
14世紀、貴族の専制政治に対抗し、市民の側に立って活躍した護民官リエンツォの像もあります。
フォロ・ロマーノ Foro Romano
丘に囲まれた低地に造られた古代ローマの公共広場で、政治・経済・宗教の中心地。
1世紀、ユリウス・カエサルにより本格的に整備され、歴代の皇帝や執政官たちが何世紀にも渡り神殿や凱旋門などを増設。広場は拡張され、姿を変えていきました。
広場では政治的な演説や集会、祭りなどが催され、周囲には元老院や裁判所、集会所などが建ち並んでいたそうです。
大いに繁栄したフォロ・ロマーロでしたが、帝国の滅亡の後は略奪や破壊により荒廃。中世には牛の放牧地になり、遺跡は地中に埋没してしまいました。現在の姿は19世紀になって発掘された後、一部が復元されたものだそうです。
「フォーラム」という言葉の語源にもなっているそうです。
ティトゥス帝の凱旋門。
ローマに現存する最古の凱旋門で、エルサレム征服を記念して建てられたそうです。
サン・ロレンツォ・イン・ミランダ聖堂は8世紀に再建。その後、ファサードにバロック様式の装飾が施されたそうです。
聖なる道は、他国との戦いに勝利した将軍の凱旋パレードが行われた場所。
コロッセオ Colosseo
古代ローマ時代の円形闘技場。
ローマ帝政期の紀元80年に完成し、当時は5万人を収容できたそうです。
外装は下からドーリス式、イオニア式、コリント式のそれぞれの柱で装飾されています。
長径188m、短径156m、高さ57m、周囲527mの4階建て。
場内では、大観衆の見守る中、猛獣と人間の殺し合いや剣闘士同士の決闘などが連日見世物として行われていました。
438年に禁止令が出された後は、建築資材の採石場となったため、大理石など多くの石材が失われてしまったそうです。
コンスタンティヌスの凱旋門 Arco di Costantino
高さ約25m。凱旋門としてはローマで最大。
ミルウィウス橋の戦いでの勝利を讃え315年に建立されました。コンスタンティヌスは初めてキリスト教を公認した皇帝でもありました。
パンテオン Pantheon
アグリッパにより紀元前1世紀に創建され、120年にハドリアヌス帝により改築された神殿。
アグリッパは、古代ローマに水道を引いたことでも知られる都市計画家です。
紀元80年の火災で一旦は失われますが、2世紀初頭ハドリアヌス帝によって再建されました。
43mの巨大なドームの天窓は『オクルス』と呼ばれ、“目”を意味しているそうです。
このドームは古代ローマでは最も壮大。古代ローマの高度な建築技術を今に伝える貴重な遺構となっており、後世の聖堂建築の手本となりました。
多くの遺跡が建築資材として失われた中でこのパンテオンがほぼ完全な形で残されているのは、7世紀に神殿がキリスト教の教会として使用されるようになったからだそうです。
周囲の壁にはラファエロ、初代国王エマヌエレ2世、ウンベルト1世などの墓が並んでいます。
ラファエロの名作「サッソの聖母像」が見られるローマの観光名所のひとつでもあります。
ラファエロは死後、遺言によりパンテオンに埋葬されました。
庶民の出でありながら、エマヌエレ2世などの士族や一流貴族と同じ墓所に眠っているのは、ラファエロの影響力の大きさのあらわれと言えるでしょう。
パンテオンの前に広がるのはロトンダ広場。終日たくさんの人で賑わっています。
ポポロ広場 Piazza del Popolo
かつてローマの表玄関だった楕円形の広場。
中央には24mのエジプトのオベリスクがそびえています。
スペイン広場 Scalinata di Trinità dei Monti
映画『ローマの休日』のロケ地として有名ですね。
17世紀スペイン大使館が広場に面して建っていたことからこの名前で親しまれるようになったそうです。
階段の上に建つのは、トリニタ・ディ・モンティ教会。
トレビの泉 Fontana di Trevi
ローマで最も大きく有名なバロック様式の噴水。
ニコラ・サルビがデザインし、1762年に完成しました。
中央に立つ海神ネプチューンの像と左右の2体のトリトン像は、穏やかな海と荒海を象徴しています。
背を向けて肩越しに『コインを1枚投げればまたローマを訪れることができ、2枚投げれば愛する人と必ず結ばれる』そうですョ!
背後に建つのは、ポーリ宮殿。
夜はライトアップされて幻想的な雰囲気が楽しめるのだとか。
ナヴォーナ広場 Piazza Navona
ローマを代表する広場のひとつで、3つの噴水があります。
古代ローマ時代の競馬場で、競技(アゴーネ)が訛って『ナヴォーナ』となったそうで、全体が楕円の形をしています。
立ち並ぶカフェやレストランは遅くまで賑わい、夏の夜などは涼を求める地元市民が噴水の周りに集まってくるそうです。
広場中央にある「4大河川の噴水」。
17世紀、彫刻家ベルニーニの指導のもと、弟子たちにより世界の4つの河川(ドナウ、ガンジス、ナイル、ラプラタ)の 寓意像が制作されました。
噴水の中央にあるのは、ローマ時代のオベリスクだそうです。
4大河川の噴水の脇にあるのがサンタニェーゼ・イン・アゴーネ聖堂(通称アグネス教会)。
バロック建築の傑作のひとつとして、17世紀にボロミーニによってデザインされました。
ボロミーニは、ベルニーニの最大のライバルだったとか。
ジェズ教会 Chiesa del Gesù
初期バロック建築で、イタリアでのイエズス会総本山。
ティベリナ島 Isola Tiberina
テベレ川の中州にある舟のような形をした島。
かつて古代ギリシャの医学の守護神アスクレピオスの神殿があった場所で、当時は島全体が病院として機能していたそうです。
マルケッルス劇場側からティベリナ島に渡るのが紀元前1世紀にかけられたファブリキウス橋。
ティベリナ島とトラステベレ間を結ぶのがケスティウス橋。
マルケッルス劇場 Teatro di Marcello
紀元前1世紀にできた古代劇場で、コロッセオを小規模にしたような建物です。
共和国広場 Piazza della Repubblica
昼間は車で混雑しますが、夜は中央の4人のニンフ像に囲まれた大噴水に照明が灯り幻想的な広場になるそうです。
サンタ・マリーア・マッジョーレ教会 Basilica Papale di Santa Maria Maggiore
初期キリスト教会の代表的建築で、 「雪のサンタマリア」という愛称を持つローマの4大バシリカの一つ。
鐘楼は、ローマで最も高い75m。
古代からルネサンス期まで各時代の建築様式が見られます。
サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂 Basilica di San Giovanni in Laterano
コンスタンティヌス帝により建てられたローマで最も格式あるバジリカ式教会。
隣接するラテラノ宮殿は、14世紀後半まで歴代の法皇が暮らす法皇庁だったそうです。
正面には高さが6mあるバロック式の聖人の像が飾られています。
建物は何度も破壊されましたが、17世紀半ばに修復されたそうです。
内部は当時から絢爛豪華だったそうですが、今も床は大理石、金の祭壇がきらびやかです。
1870年までローマ教皇はここで即位していたそうです。
サンタンジェロ城 Castel Sant'Angelo
テベレ川沿いに建つローマ教皇の離宮。
城はもともとハドリアヌス帝の墓所でしたが、中世に要塞に改築され、のちに教皇の離宮となりました。
教皇の避難所でもあり、異民族の侵略の際はここに籠城したそうです。
城壁の内側の通路はかつてバチカンと城を結ぶ脱出用ルートとなっていたこともあるそうです。
現在は武具を中心に展示する博物館となっています。
城とローマ市街を結ぶ橋にはベルニーニの工房で作られた天使たちが飾られています。
クラウディア水道遺跡 Acquedotto Claudio
上質な水を導き生活を豊かにしたローマ水道や水道橋。
紀元前よりコンクリートの技術や重力を分散させるアーチの原理が、巨大で自由な建築を可能にしました。古代ローマの繁栄と発展はこうした高度な建築技術に支えられていたのですね。
サルティンボッカ
ローマを代表するイタリア料理。
Ristorante Pancrazio dal 1922
■ローマのホテル:
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