もうかりまっか?


第1幕 悪魔が来たりて戸を叩く

 どんどんどんどん
 どんどんどんどんどん

ミリア「ベルモント様?」
ベルモント「……」
ミリア「ベルモント様、ってば」
ベルモント「しー! 静かに。静かにするのだ」
ミリア「? なぜです?」
ベルモント「おまえには聞こえんのか? あの悪魔のような声が」

 どんどんどんどん

ユン
「ベルモント! いるのはわかってるのよ。おとなしくでてらっしゃい!」
ミリア「ベルモント様、あ、あの声は……」
ベルモント「うむ。アズリーリアの女祭だ」
ミリア「でも、どうして……?」
ベルモント「ミリアも知っておるだろう? この前の商売の話」
ミリア「ええ、でもアレって失敗だったんでしょ」
ベルモント「そのとおりだ。あのエティリーズの狸おやじのせいでひどい目にあったのだ」
ミリア「でも、どうしてそれとアズリーリアが関係あるんですか?」
ベルモント「いやなに、商売をするには元手がいるのだ。そして、アズリーリアは貯蓄の神でだな……」
ミリア「……金を借りた、と」
ベルモント「うむ。そのとおりだ。さすがはわたしの弟子、見事な推察と誉めてやろう」
ミリア「わーい、ありがとうございますぅ、なぁんて言ってる場合じゃないでしょ。だから、あれほど、借金には気をつけて、って言ってたのに」
ベルモント「まぁ、それを言うな」
ミリア「それも、よりによってアズリーリアからなんて。一番たちが悪いじゃないですか」
ベルモント「ふっふっふ、仕方がなかったのだ。なんといっても、急ぎでまとまった金が必要だったのだからな」
ミリア「偉そうに言わないでください!」
ベルモント「いやぁ、すまんすまん」
ミリア「はぁ。で、返すあてはあるんですか?」
ベルモント「ない(きっぱり)」
ミリア「だあー、そんなことでどうするんです! このままお金を返せなかったら、アールカルトに対する裏切りと見なされて、バービーからヒットマンがやってくるかもしれないんですよ!」
ベルモント「しー、しー。声が大きい」
ミリア「は! しー」
ベルモント「……」
ミリア「……」
ベルモント「大丈夫。気づかれてはいないようだ」
ミリア「で、これからどうします?」
ベルモント「うむ。それについてだが、私に名案がある」
ミリア「え? どんな名案なんですか?」
ベルモント「このまま居留守を決め込むのだ。そうすれば、あの女も帰るであろう」
ミリア「だから、そうじゃなくてぇ!」
ベルモント「しー」
ミリア「しー」

 どんどんどんどん

ユン
「ああそう。どうあっても出てこないつもりですわね。まぁいいわ。そっちがその気なら、こちらにも考えがあります。覚悟することね!」
イヴァン「そうでございますよ。うちのユン様を怒らせるとただじゃすみませんからね、何とかした方がよごいますよ。いやー、古今東西、おばさんのヒステリーほど怖いものはありませんからなぁ」
ユン「イヴァン、今なにか言ったかしら 」
イヴァン「いえいえ、滅相もございませぬ。ユン様は若くてお美しい、とこう申し上げていた訳なんでございますよ。はい」
ユン「ほーほほ、当然ですわね。イヴァン、もっといってもよくてよ」
イヴァン「ははぁ。そゆことでしたら、少々お時間をいただきまして、と。よいですか、みなさん、ユン様はそれはもうお美しくて、アーナールダ様もかくや、というほどなのでございます。ただ、個人的な見解を申し上げさせてもらえるなら、美しさの質は、どちらかというと、アーナールダ様よりはオーガに近いですね、はい」
ユン「イヴァン、何がいいたいの・か・し・ら?」
イヴァン「いや、もちろんユン様がお美しいとこう申し上げているだけでございますよ。まったくもって他意はございませんです。誓って本当でございます。そうそう、それに、ユン様は女祭でありながら、まだ 歳という若さなのでございます」
ユン「ほほほ、自分の才能が怖いわ」
イヴァン「ただし、この年齢はユン様の自称であることをここに付け加えておきます」
ユン「余計なことはいわなくてもいいの!」
イヴァン「は、しかし、小生の良心が……」
ユン「ほぅ、おまえはご主人様が誰かまだわかっていないようね? 教えて差し上げましょうか?」
イヴァン「い、いえ、小生の御主人様は、もちろんユン様お一人でございます。ユン様はお美しくて、お若くて、そして……えー……えーと……そうそう、とてもお優しいのでございます」
ユン「ほほほ、そのとおりですわ。お金を貸すのを生業としているのも、すべて、困っている人を救いたいが為。みなさん、わたくしのことを天使のようだといってくださいますわ」
イヴァン「おや? そうでございましたか? 取り立ての時には、みなさま、口をそろえて悪魔だとおっしゃっていますが。まぁ、それも無理からぬ事でございましょう。利息は暴利ですし、取り立ての時のあの非道で残虐な振る舞いは、まさに悪魔の技でございますからねぇ。こちらが本性だと小生は信じているのでございますが、ああ、なんとおそろしいことでございましょうか」
ユン「イ・ヴ・ァ・ン」
イヴァン「は! しまった。またしても口が勝手に……」
ユン「よくも犬の分際でそんなことがいえたわね。ただで済むとお思いでないよ!」
イヴァン「ひー、ユン様、おたすけ〜。ギャインギャイン」

ベルモント「どうだ?」
ミリア「行ったみたいです。傍らにいた犬を簀巻きにして引きずっていってしまいました」
ベルモント「うーむ、恐ろしい女だ」
ミリア「そんなことより、これからどうします?」
ベルモント「うーむ。困ったのぉ」
ミリア「困ってるのならもっと困った顔をしてください!」
ベルモント「いやぁ、すまんすまん」
ミリア「……はぁ」

 幕間  

ミリア「ベルモント様、これからどうします?」
ベルモント「とりあえず、今日はもう休んで、明日考えるということでどうであろう?」
ミリア「だめです。まじめに考えてください!」
ベルモント「まぁまぁ、それほど怒らずとも……」
ミリア「だれのせいですか!」
ベルモント「うむ。全てはユンの責任だ。あ奴がもう少し支払いを待ってくれればなぁ」
ミリア「ベルモント様!」
ベルモント「うわ、ミ、ミリア、ちょ、ちょっと怖いぞ」
ミリア「だいたい、ベルモント様がいつもちゃらんぽらんなのがいけないんです。いつもいつもとぼけてて、ひょうひょうとしてて、そりゃまあ、ベルモント様のそんなところが、あたしは好きですけど、でも、ものには限度ってものがあります!」
ベルモント「まぁ、落ち着きなさい」
ミリア「でも!」
ベルモント「ははは、わたしだって何も考えておらんわけではないのだ」
ミリア「ほんとぅですか?」
ベルモント「あ、疑っておるな。代々貴族にして大商人であった我が家系に誓って本当だ」
ミリア「でも、まさか、ただ考えただけで結論がでてない、って言うんじゃないでしょうね」
ベルモント「ぎくっ。は、ははは、そんなことがあるはずなかろう。わたしを誰だと思っておるのだ? ちゃぁんと名案が浮かんでおる」
ミリア「よかった。それでこそ、ベルモント様だわ。額に流れてる汗が少し気になりますけど。で、その名案というのは、どんなものなんですか?」
ベルモント「いや、なに、そこはそれ、なんだ、もう今日は遅いし、明日にせんか?」
ミリア「まだ、昼過ぎですよ」
ベルモント「うぐ。え、えーと、そうじゃなぁ。おお、こういうのはどうだろう?」
ミリア「どんなのです?」
ベルモント「このまま来年まで逃げ切るのだ。借金は年が明けたら返さなくてもよい、と昔から決まっておるからな」
ミリア「んなわけないでしょ!」
ベルモント「いや、我が家の家訓に、年越しの借金は返さずともよい、というのがある」
ミリア「それは、借りる方のいいぶんでしょうが」
ベルモント「うむ、そのとおり。わたしが借りておるのだからいいのだ」
ミリア「そんなに世の中甘いわけないでしょ」
ベルモント「ならば、わたしの論理のどこに矛盾があるというのだ? 証明してみよ」
ミリア「え、えーと……」
ベルモント「どうだ。完璧であろう。よってわたしの主張は正しいのだ」
ミリア「そうかしら。うまく言いくるめられてしまったような気がする」
ベルモント「気のせいだ」
ミリア「仮にそうだとしても、いくつか問題がありますよ。まず1つ目はどうやって逃げ切るか」
ベルモント「うーむ。なんとかなる。と思うがのぉ」
ミリア「《神託(Divination)》とバービーをどうかわすかが問題ですね」
ベルモント「うううむ」
ミリア「そして2つ目は、信用を失ってしまうこと。商人にとって信用をなくすことは、死にも等しいことです。いえ、それ以上かもしれないわ」
ベルモント「うううううううむ」
ミリア「……そこまで考えてなかったんですね」
ベルモント「いやはや、面目ない」

ミリア「ところで、ベルモント様、借金はいくらあるんですか?」
ベルモント「えぇーと、たしか、ざっと2万ルナーばかし……」
ミリア「うーん、結構な額ですねぇ。でも、がんばれば払えない額じゃないわ」
ベルモント「に、利子と滞納金がついて、今では5万ルナー」
ミリア「何です、それ! どうしてもっとはやくに手を打たなかったんですか!」
ベルモント「いやなに、しばらく忘れておっての、気がついたらこぉんなに大きくなっておったのだ」
ミリア「いやなに、じゃないですよ。ただでさえ、アズリーリアは高利貸しだっていうのに」
ベルモント「いやはや、面目ない」
ミリア「で、財産とかはないんですか? 没落とはいえ、一応は貴族なんでしょ?」
ベルモント「没落貴族とはひどいのぉ」
ミリア「だってそうじゃないですか」
ベルモント「はは、いかにも」
ミリア「で、財産は?」
ベルモント「うむ。生前父が大事にしていた魔法の品があったはずなのだが、どこを探してもみつからないのだ。確か、 30万ルナーは下らない品物なのだが」
ミリア「えー、どうしてそんな大事な物をなくしちゃうんですか! ちゃんと探しました?」
ベルモント「うむ。ドワーフに創らせた頑丈な金庫の中に保管してあったはずなのだが、金庫の中からそれだけが消え失せてしまっているのだ。おかしなこともあるものだ」
ミリア「他には何かめぼしい物はないんですか?」
ベルモント「ない」
ミリア「んー、じゃあ、カルトに頼んでお金を貸してもらいましょう」
ベルモント「無理だな」
ミリア「えー、だってあたしたちはイサリーズの入信者ですよぉ」
ベルモント「カルトは金銭的な援助はまったくしてはくれんのだ。そもそもイサリーズカルトで金を借りられるのなら、アズリーリアから借金などせぬわ」
ミリア「胸を張っていわないでください!」
ベルモント「はは、すまんすまん」
ミリア「はぁ、こんなとき、カルトではどうしたらいいって教えているんでしょう?」
ベルモント「さぁ。わたしは詳しくないのだ。商売をしたくてイサリーズ信者にはなってはみたものの、カルトの勉強はまるでしなかったからな」
ミリア「じゃあ、もう一度、カルトについて勉強してみましょうか、何かヒントがあるかもしれませんし」
ベルモント「うーむ、勉強するのか? 勉強はよそうでわないか」
ミリア「だめです。藁にもすがりたい状況なんですから、わがまま言わないでください」
ベルモント「どうしてもだめかぁ?」
ミリア「ダメです!」


第2幕 貧乏人は藁をもつかむ 

ミリア「よいしょ、よいしょ、と」
ベルモント「ん? なんだ、その大きな本は?」
ミリア「教典ですよ、教典。ベルモント様もあたしもカルトのこと良く知らないでしょ」
ベルモント「わたしには『River of Cradles』と書いてあるように見えるのだが」
ミリア「細かいことは気にしない気にしない。これの方がわかりやすいんですから」
ベルモント「そうかぁ?」
ミリア「はいはい、時間もないことですし、さくさく進めましょうね。えーと、最初は神話からです。えーと……」
ベルモント「細かいところはどうでもよろしい。要点だけ簡単にまとめるのだ」
ミリア「そうですね、ふむふむ、えーと、じゃ、まずはイサリーズファミリーのご紹介から。図1をみてください」

ベルモント「ほほぅ、なるほど。ハースト、ガーゼーン、ゴールデンタンの3つのサブカルトはイサリーズの息子にちなんでいたのだな」
ミリア「知らなかったんですか?」
ベルモント「『雄弁は金』などとわかりにくく訳してあるのがいかんのだ」
ミリア「訳した当時は、ゴールデンタン(Goldentongue)が神の名だとはわからなかったんだそうですよ。訳者も後悔してるようです」
ベルモント「にしても、ゴールデンタンを、雄弁は金とするのは、ちと狙いすぎであるな」
ミリア「じゃあ、ベルモント様だったらどう訳しました?」
ベルモント「ふむ、そうだな。黄金の舌、というのはどうだ? 名訳であろう」
ミリア「そのまんまじゃないですか」
ベルモント「おや? エティリーズはイサリーズの娘であったのか?」
ミリア「あらら、そうみたいですねぇ」
ベルモント「イサリーズ神も、不祥の娘をさぞ嘆いておられることであろうなぁ」
ミリア「さぁ、どうでしょう? 娘が、父に匹敵するほどの成長をとげたんですよ。むしろ喜んでるんじゃないですか?」
ベルモント「何を言っておる。混沌の力を得ての成長では意味がないのだ」
ミリア「それって、偏見なんでは……」
ベルモント「いいや、あのひねくれた根性は混沌のものに違いない。ゆるすまじ、エティリーズ」
ミリア「よっぽどこの前のことを恨んでますね」
ミリア「そうそう、あとおもしろいことに、イサリーズ様ってあのウーマスよりも年長だったんですよ」
ベルモント「どれどれ? ほほぅ、なるほど、天から地へ密書を届けてウーマスの誕生を助けた、とあるな」
ミリア「それと、もう一人図1に登場しているヘラルドは、ゴールデンタンとランカー・マイの娘『言葉の母(Mother Language)』との間の息子だそうです」
ベルモント「ん? だが、こっちにはイサリーズとの息子だとあるぞ」
ミリア「え? どこ?」
ベルモント「ほれ、ここ、このサブカルトのところだ」
ミリア「あらら、ほんとですねぇ。どっちがほんとなんでしょ?」
ベルモント「ゴールデンタンの方ではないか? たしか、イサリーズとランカー・マイとは仲が悪かったはずだが」
ミリア「でも、ランカー・マイはイサリーズの友好カルトですよ」
ベルモント「うんちくばかりで、なーんもせんランカーマイと」
ミリア「口ばかり達者で、労せずして利を得るイサリーズ」
ベルモント「うーむ」
ミリア「……なるほど、同族嫌悪だったのね」

ミリア「えーと、お次はルーンですね。イサリーズ様のルーンは『移動(Movement)』『調和(Harmony)』『意志疎通(Communication)』です。『意志疎通』は『イサリーズ』のルーンとも呼ばれていて、イサリーズ様が発見したルーンなんですよ」
ベルモント「おお、さすがはイサリーズ。さあ、みなもイサリーズをたたえて、『意志疎通』などとは呼ばずに『イサリーズ』のルーンと呼ぶのだ」
ミリア「イサリーズ信者なら当然よね」
ベルモント「うむ。心意気だな」
ミリア「えーと、あとは……、あっ! 大変です、ベルモント様!」
ベルモント「なんだ? 騒々しい」
ミリア「ほら、ここ、ここです。死後のところ」
ベルモント「うーん、なになに、『入信者は死後にも生前の魔法の品々や能力のいくばくかを持って行けると言われている』 ん? これがどうかしたのか?」
ミリア「これってもしかして、ベルモント様のお父様がもっていたという魔法の品が、忽然と消えてしまった原因なのでは……」
ベルモント「というと、私の父親があの世に持っていったというのか?」
ミリア「そうです。でなければ、忽然と消えたことの説明がつかないじゃないですか」
ベルモント「ぬぬ、なんということだぁ」
ミリア「ということは、 30万ルナーはあの世なんですか」
ベルモント「むぅ……そういうことになる」
ミリア「はふぅ。 30万、 30万が……」
ベルモント「そうか。しかし、よかったよかった、わたしが無くしたのなら、洒落にならないところであったが。いや、ほんとによかったぞ」
ミリア「よくないです! もし 30万ルナーがあれば、こんなに借金に苦しむことはなかったんですよ!」
ベルモント「おお、それもそうだな」
ミリア「ああもう、本当にわかってるんですか   30万ルナーですよ、 30万ルナー!」
ベルモント「うむ。今これを読んでいるイサリーズ信者の読者諸兄よ、もし、親が死にかけていて危なくなったら、魔法の品は全て、現金か宝石に変えておいた方がよいぞ。あとでミリアに文句をいわれるからな」
ミリア「ああ…… 30万ルナー…… 30万ルナー……」
ベルモント「おお、ミリアが壊れておる」
ミリア「はぁ。 30万ルナーさえあれば……」
ベルモント「ははは、無いものは嘆いても仕方あるまい。人生はもっと前向きに生きねばいかんぞ」
ミリア「それが、借金に首が回らなくて困っている人の言う台詞ですか!」
ベルモント「いやはや、面目ない」
ミリア「はぁ。でも、ベルモント様の言うとおり、どうしようもないことを嘆いていても仕方ないですよね。もう一度、カルトに活路を探してみましょうか」
ベルモント「うむ。人生前向きでなければいかんぞ」
ミリア「はいはい。では今度はカルトのしくみについて見てみましょう。といっても、まずはイサリーズの息子たちについての説明になるんですけどね」
ベルモント「なぜだ?」
ミリア「イサリーズの息子たちの教えがそのまま、サブカルトになってるからです。じゃ、まずは、ハースト(Harst)から。  この神はイサリーズの長男で、またの名を『穀の余り(Spare Grain)』といいます。みんなのところを回って、余った穀物をもらい、それを余所で壺と交換してもらい、それをまた穀物と交換してもらい、なんてことをして通商の基礎を確立した神様なんですって」
ベルモント「おお、すばらしい。だが、少し地味だな」
ミリア「ハーストの信者は、ほとんどが平信者ですね。特典は、イサリーズ商人と有利な取引ができるというもの。あらら、それだけです。いわゆる商人の商売相手が入るカルトといった感じかしら?」
ベルモント「本気の《値切り》技能は凶悪であるからなぁ。その防御策といったところか」
ミリア「次男は、ガーゼーン(Garzeen)といって、仲買人(Middleman)の2つ名をもってるんです。市を維持し、有用なものを手に入れ、それを必要な人に売ったり、有事のためにとっておいたりしたんだそうですよ」
ベルモント「ほぉ〜ぉ、こっちの方が金になりそうだな」
ミリア「で、ガーゼーンのサブカルトも神同様、市場を開いたり、お店を開いたりするのが主な仕事で、その手の人が信者に多いですね」
ベルモント「いわゆる、商人といって最初に思い浮かべるタイプであるな」
ミリア「イサリーズのサブカルトの中では一番偉いんですよ」
ベルモント「だから、もらえる神性魔術の種類も一番多いのだな」
ミリア「それから、ガーゼーン様については、もう一つあって、その昔、西方のフェネラ(Fenela)という姫に呪いをかけられて、「時」が始まる以前の神、ジェナートの体を再び集めてこなければならなくなったんですって」
ベルモント「もう少し違って書いてないか?」
ミリア「いいんです。ほとんど間違ってないんですから。で、ガーゼーンの信者は、ジェナートのかけらをみかけたなら、古い誓いを果たすため、1週間以内にジェナート砂漠へ旅立たなくては行けない、のだそうですよ」
ベルモント「そのジェナートのかけらというのは何なのだ?」
ミリア「ハイエナだそうです」
ベルモント「なんだか、めちゃくちゃだな」
ミリア「そうですね。でも、ジョンスタウンのある賢者の手記によりますと、商人がジェナートのかけら、すなわちハイエナを目撃してしまう確率は、年間3%程度だそうですよ(Cults of PRAXより)」
ベルモント「けっこうな確率だな」
ミリア「そうですか?」
ベルモント「計算して見ればわかる。 15年間ハイエナに出会わずに無事に商売していける確率は、97 %の 10乗、すなわち60 %程度しかない。ということは、5人のうち2人はハイエナに遭遇するというわけだ」
ミリア「ガーゼーンの商人は、よくハイエナで脅されますから、それも原因になってるんじゃないですか?」
ベルモント「どういうことだ?」
ミリア「垂れ幕のかかった、ハイエナの入った檻を傍らに置いて、ハイエナを見たくなければ金をよこせ、とこういうわけです」
ベルモント「むむ、なんて卑怯な」
ミリア「それとは別に、ハイエナに懸賞金をかけているイサリーズ商人も多いんですよ。そうでなくとも、ハイエナの死体をもっていけば、いくらかお金をもらえることもありますし」
ベルモント「おお、それでときどきハイエナを売りに来る奴らがいるのだな」
ミリア「これはガーセーン信者だけの問題ではなくて、あたしたち、ゴールデンタンの信者も、ハイエナをみかけたら、できるだけ殺すことが推奨されているんです」
ベルモント「なるほどのぉ。しかし、そもそもジェナートとは何者なのだ? イサリーズ信者の敵というからには、さぞ悪い奴なのであろう」
ミリア「イタリアのアイスクリーム」
ベルモント「……」
ミリア「ベルモント様?」
ベルモント「……」
ミリア「いえ、そりゃジェラードでんがな、と……」
ベルモント「……」
ミリア「うう、ごめんなさいぃ」

ベルモント「で、ジェナートとは何なのだ?」
ミリア「あ、はい、ちょっと待ってください、今調べますから。えーと、なになに、ジェナートは、かつて北方大陸を支配していた神だったが、「時」以前に混沌に消滅させられてしまった。そのため、ジェナートの生命力と結びついていた北方大陸の一部は荒れ果てた不毛の土地となってしまった、んだそうですよ。つまり、「大荒野」やプラックスのことですね」
ベルモント「ほほう。それで、砂漠に住むハイエナはジェナートのかけらだというわけだな」
ミリア「そのようです」
ベルモント「ん? しかし、待つのだ。そうだとすると、ジェナートはぜんぜん悪くないではないか。いや、それどころか、混沌に殺されてしまった、悲遇なる豊饒の神だぞ」
ミリア「はあ、そういうことになりますねぇ」
ベルモント「ということは、我々は何の罪もない善良なハイエナたちを殺さねばならん、ということなのか。なんたることだぁぁ」
ミリア「ベ、ベルモントさま?」
ベルモント「おお、わたしはなんと罪深かったのだぁ」
ミリア「ベルモント様、落ち着いてください。悪いのは全部フェネラとかいう女です。なにも、ベルモント様が嘆く必要はないんですってば」
ベルモント「おおぉ、お? うむ。それもそうだな。おのれ、にっくきフェネラめ、許さん!」
ミリア「あらら、なんて切り替えの早い……。しかしまぁ、フェネラの呪いを解くのは、ガーゼーン信者なら誰しも夢見るヒーロークエストテーマの一つではありますね」
ベルモント「そのとおり。ガーゼーン信者よ、奮起するのだ」
ミリア「さて、お次は三男、待ってました、我らがゴールデンタンです」
ベルモント「だが、このサブカルトのことはよく知っておるから今更復習せずとも」
ミリア「ベルモント様、ほんっとうに知ってるんですか?」
ベルモント「うむ。もちろんである」
ミリア「絶対ですね?」
ベルモント「ああ。まず間違いない」
ミリア「絶対に絶対ですか?」
ベルモント「うっ、大丈夫である、と思うが」
ミリア「1から まで全部ですよ」
ベルモント「すまん。良く知らない」
ミリア「はい、それでは改めましてゴールデンタン。邦訳では、先にも述べましたが『雄弁は金』となってます」
ベルモント「うむ。それは知っておるぞ」
ミリア「上の二人の兄とは違い、放浪癖があり、ふらふらしていたようですね」
ベルモント「父であるイサリーズにもっとも似ているのだな」
ミリア「それを反映してか、ゴールデンタンのカルトは主に交易商のカルトになってます」
ベルモント「隊商をつくって各地を回るのだ」
ミリア「それから、放浪していることもあって、イサリーズのサブカルトの中では、このサブカルトがもっとも戦いや冒険に縁が深いんですよ。イサリーズカルトにはルーンロードの位がないですから、ゴールデンタンの司祭がロードの役目を担っているんですよね」
ベルモント「そういえば、ゴールデンタンは、イサリーズのサブカルトの中では、もっともPCに人気があったな」
ミリア「ところでベルモント様、カーリス(Caarith)って女の人知ってます?」
ベルモント「いや、知らぬが」
ミリア「ゴールデンタンのヒーローで、最初の砂漠の追跡者だったんですって」
ベルモント「ほほう、すばらしい。一度会ってみたいものだ。さぞかし美人なのであろうなぁ」
ミリア「そんなこと、一言も書いてないですよ」
ベルモント「ははは、ミリアはまだ若いからしらんだろうが、世の中というものはそういうものなのだ」
ミリア「そんなものなんですか?」
ベルモント「うむ。そんなものだ」
ミリア「あと、イサリーズのサブカルトには、ヘラルドとかもありますけど、これはあたしたちにはあまり関係ないから省略しまーす」
ベルモント「通訳のサブカルトだからな」
ミリア「ところで、ベルモント様、なにかヒントは見つかりました?」
ベルモント「ううむ。どうもなぁ」
ミリア「これはどうですか? 交易王(Trader Prince)のところに『自分の会衆は命を投げうってでも救ってやらねばならない』とありますけど」
ベルモント「うむ、確かにここだけ見れば、交易王は助けてくれそうなのだが、余所のところにもあるように経済的援助はだめなのだ。それに、日本語では、救ってやらねば、とあるが、原文では、protect つまり、護ってやらねばならない、とあって、物理的な脅威に対してのことなのだな、きっと」
ミリア「あやや、いい案だと思ったんですけど。世の中うまく行かないものですねぇ……はぁ」
ベルモント「なぁに、大丈夫。なんとかなるものである」
ミリア「どうしてそんなに気楽でいられるんですか? まったく」
ベルモント「その他にも、まだ『ゆりかご河』の解説には問題があってだな、けしからんことに、カルトの動物をロバなどと誤訳しておるのだ」
ミリア「あやや、ほんと。ロバなんかじゃなくてmuleすなわちラバですのにね」
ベルモント「うむ。カルトブックの同盟精霊のところには、ちゃんとラバとあるので大丈夫だと思うが、イサリーズ信者諸君、騙されてはいかんぞ」
ミリア「じゃあ、今度はイサリーズカルトの特徴というか特異な点に注目してみましょう。他よりも優れている点で勝負しないとね」
ベルモント「そんなところあったのか?」
ミリア「だぁぁ! ベルモント様、なんてこというんですか! なしなし、今のなし。今のオフレコね。ベルモント様、あんなこといっちゃだめです。いいですか、もう一度、ふりますから、今度はちゃんと答えてくださいよ」
ベルモント「ん? なにかまずいことでもいったか?」
ミリア「いいから、さ、いきますよ。……、というわけで、他のカルトよりも優れたところに注目してみましょうね」
ベルモント「えー……」
ミリア「ベルモント様!」
ベルモント「お、おう。そうだな。うむ、そうしよう、それがいい」
ミリア「はい。というわけで、イサリーズカルトの特色と言えば、特殊技能と神性呪文。中でも、数ある商売カルトの中で、イサリーズを最も引き立たせているのが<値切り(Bargain)>技能ですね」
ベルモント「しかし、エティリーズにも<値切り>技能はあったはずだが……」
ミリア「いいんです。もともとはイサリーズが発明したのをエティリーズが真似しているだけなんですから」
ベルモント「しかし実際はそんなこと関係ないのだぞ、ぶつぶつ」
ミリア「で、<値切り>の有効性ですけど、この技能がなければ恐ろしくて商談はできないほど、といえばわかってもらえるかしら」
ベルモント「ガーゼーンの商人司祭(Marchant Priest)なら、言い値の 80%くらい、楽々買いたたくからな」
ミリア「しかも、ルールどおりに運用すると、1ルナー単位で再交渉が可能なんですから、恐ろしいことです」
ベルモント「相手が悪ければ、必要経費+1、2ルナーくらいでしか売れないということになるわけだ」
ミリア「いったい、どんな交渉をしているんでしょうね?」
ベルモント「聞いた話だが、達人ともなると、話術ひとつで、売り手の、商品に対する自信をなくさせ、目の前の買い手しか買ってくれないように思えてきて、なおかつ、その買い手の提示してくれた値段が実にリーズナブルで魅力的に思えてくる、のだそうだ」
ミリア「まさに悪夢のような話術ですね。恐れられているはずです」
ベルモント「故に門外不出なのだ。ルールも煩雑だしな」
ミリア「煩雑ですか? でも、戦闘ルールに比べればシンプルなものでしょ?」
ベルモント「そりゃ戦闘ルールに比べればそうだが、一般行為判定としては煩雑だ」
ミリア「ベルモント様、そんなことでどうするんですか! 商談といったら、商人にとっては戦闘も同然なんですよ」
ベルモント「そ、そうか?」
ミリア「そうです。いいですか、戦士が剣や盾で武装し、武器技能を駆使して相手を倒すのとおなじく、商人は論理や算術で武装し、値切り技能を駆使して相手を打ちのめすのです!」
ベルモント「いや何も打ちのめさなくとも……」
ミリア「いいえ、商売は戦いです。生きるか死ぬか、喰うか喰われるか、弱肉強食の世界なんですから」
ベルモント「そんなものなのか?」
ミリア「そうですよ。その証拠に、ベルモント様は敗者になりかけているじゃないですか!」
ベルモント「うむ。言われて見れば確かにそうだな、ははは、これは参った」
ミリア「だから、にこやかに参らないでくださいってば!」
ミリア「さて、イサリーズカルトのもう一つの特殊技能は、カルト言語である交易語(Tradetalk)ですね」
ベルモント「こちらは<値切り>とは違って、誰でも覚えることができるのだ」
ミリア「他の言語よりも覚えやすくなっておりまーす」
ベルモント「入信しても、まず<交易語会話>25 %までは、一人前とは認められぬからな」
ミリア「交易語は、ジェナーテラの共通語ですしね」
ベルモント「うむ、その通り。母国語の次に覚えるのなら、交易語か暗黒語、というのが世の旅人の常識となっているのだ」
ミリア「ふーん。でも、交易語はいいとして、どうして暗黒語なんですか?」
ベルモント「ミリア、おまえはトロウルと戦って勝てると思うか?」
ミリア「ぶんぶん。まず勝てない」
ベルモント「であろ? ならば戦わずに済ますしかあるまい。そこで、交渉するのだ」
ミリア「トロウル相手に話なんて通じるんですか?」
ベルモント「ミリアよ、ジェナーテラに住む異種族の中で、我ら人間と最も分かり合えるのはトロウルなのだ。そこのところを理解せねばならんぞ」
ミリア「エルフやドワーフは?」
ベルモント「ただの野菜とロボットである」
ミリア「うーん」
ベルモント「ちなみに、2番目はタスクライダーだな」
ミリア「そ、そうですかぁ?」

ミリア「そういえば、イサリーズカルトでは、特殊技能だけでなく、特殊神性呪文にも独特なものが多いですよね? 市場を開いたり、鍵をかけたり」
ベルモント「うむ、そうだな。しかし、中でももっとも役立つものと言えば《見張り(Pass Watch)》であろう」
ミリア「安全に道を進むための必需呪文ですものね」
ベルモント「そのとおり。イサリーズの司祭をして有能な交易商たらしめているのは、この呪文のおかげなのだ。近くに潜む敵や罠を感知することができるからな」
ミリア「この呪文さえあれば、敵におそわれる心配はありませんね」
ベルモント「そのとおり、と言いたいところなのだが、実はそうでもないのだ」
ミリア「あやや。そうなんですか? 敵がわかるなら、敵に会わないように迂回すればいいじゃありませんか」
ベルモント「残念ながら、そうもいかぬのだ。ドラゴンパスのように障害物の多い土地ならまだしも、プラックスのような視界の開けた場所では、視界の方が呪文の有効範囲よりも広いことが多いのだな」
ミリア「呪文の有効範囲っていくらなんですか?」
ベルモント「 100m」
ミリア「うーん、それでは少し短いですね。じゃあ、《見張り》は役に立たないってことですか?」
ベルモント「いやいや、そんなことはないぞ。まがりなりにも2ポイント呪文である。この呪文の真の効果というのは、敵の待ち伏せや奇襲をうけない、というところにある」
ミリア「事前に敵を察知できるから、ということですか?」
ベルモント「そのとおり。RQでは戦闘の準備ができているかどうかで、戦力は3倍くらい違うからな。十分な護衛さえいれば、負けることはない」
ミリア「結局、《見張り》があっても護衛は必要、ってことですか。うまくできてますね」
ベルモント「何がだ?」
ミリア「いえいえ、こっちの話。さて、つづいては、イサリーズ特殊神性呪文、もう一つの真髄《呪文取引(Spell Trading)》ですが」
ベルモント「うむ。数ある神性呪文の中でも、もっとも特殊といえるかもしれん。神性呪文を交換するのだ」
ミリア「そうですよね。余所のカルトの呪文を自分で使うには、ヴァンパイアになるかスペルトレードするしかないですものね」
ベルモント「うむ。すばらしい」
ミリア「ほんと、すばらしいですね」
イヴァン「いやいや、すばらしいですなぁ」
ミリア「ん?」
イヴァン「そういえば《呪文取引》に関しては、昔から少々議論がございましてね、《呪文取引》では再使用可呪文しか取り引きできないのですが、その再使用可呪文と申すものは、@呪文取引するものにとっての再使用可なのか、それとも、Aその呪文を最初に獲得した人物にとっての再使用可なのか、はたまた、Bそもそも再使用可に分類される呪文であればなんでもよいのか、というものなんですが、いかがなものでございましょう?」
ベルモント「ぐっ」
イヴァン「いかがなもんで?」
ミリア「えーと……、どうでしたっけ? ベルモント様」
ベルモント「わ、わたしに振るんじゃない」
イヴァン「おや? イサリーズ信者ともあろうものがわからないのでございますか?」
ミリア「ふん、わかんないわけ無いわ。さ、ベルモント様、説明してあげてください」
ベルモント「そ、そうか? えー、おほん。そうだな、答えは、Bの、再使用可に分類される呪文、である、たぶん」
イヴァン「ほほぅ、そうでございましたか。して、その理由は?」
ベルモント「ほれ、解説のところにreusableスペルとあるであろう。これは呪文の種類のことを示しておるのだ」
ミリア「なーんだ、じゃあ悩むこと無いじゃありませんか」
イヴァン「そうなんですかね? 小生はてっきりAかと思っていたんですがね。reusableが呪文の種類の事を示しているなんて表記は見あたりませんし」
ベルモント「だがそれでは、再使用可呪文でも一回限りでしか使えない入信者とは呪文取引できぬではないか」
ミリア「ベルモント様、ベルモント様、呪文取引ができるのは、司祭相手の時だけみたいですよ」
ベルモント「ぬわに?」
ミリア「ほら、ここみてください」
ベルモント「むぅ。確かにそう書いてあるな。だとするとAの解釈も成り立つぞ」
ミリア「でもでも、それだと問題が増えますよ。イサリーズ司祭が提供できるのは、イサリーズカルトの呪文だけだ、とか、イサリーズの入信者は呪文取引できない、とか」
ベルモント「うむ。そうだな、やっぱりBである。そうしよう」
イヴァン「そんないい加減なことでいいんですかね」
ミリア「いいの。ベルモント様がいいっていったらいいの」


第3幕 とうとう年貢の納め時? 

ミリア「……ん? ところで、あんた何なの?」
イヴァン「へ? 小生ですか? 小生は見ての通りのしがない犬ですが」
ベルモント「ほほぅ、しゃべる犬か、珍しいのぉ」
ミリア「は! ベルモント様、この犬に見覚えはありませんか?」
ベルモント「ん? じぃー」
イヴァン「いやはや、そんなに見つめられては照れますな。小生、鼻には少々自信がありますが、いかに小生の鼻を気に入ったからといって、そのようにじっと見つめらるのには慣れておりませんゆえ」
ベルモント「いや、なかなかどうして、お主は毛並みも美しいではないか。ただ、少しばかり枝毛が多いようだの。きちんと手入れをせねばいかんぞ」
イヴァン「うう、このようなお優しいお言葉をかけていただけるとは、くぅ〜、小生はなんと幸福者なのでございましょう。まぁ、聞いてやってください。小生の飼い主というのは、そりゃあぁ、もうひどいんでございますよ。掃除、洗濯、風呂炊きを始め、ありとあらゆる雑用を小生にやらせるんです。そのくせ、少しでも不備があると、たっぷり小言を聞かされたあげく、その日は晩御飯抜き。こんな気苦労の絶えない生活をしていれば、枝毛の十本や二十本できようというものです。ああ、聞くも涙、語るも涙の物語」
ベルモント「うううう。お主も苦労しておるのだなぁ。わたしもお主の飼い主のような、性悪な女を知っておるが、さぞ大変であろう。強く生きるのだぞ」
イヴァン「なんともったいないお言葉、よよよよ」

ミリア「ベルモント様! 犬と抱き合って泣いてる場合じゃないです! その犬、どこかで見たことがあると思ったら、あの女の犬ですよ」
ベルモント「ん? あの女 」
ミリア「そうです、アズリーリアの女司祭」
ベルモント「?……なんと! ユンの犬だというのか?」
イヴァン「ええ。小生の飼い主はユン様でございます」
ベルモント「おお、どうりで、ひどい飼い主なわけだな。同情するぞ」
イヴァン「よよよよ、そう言っていただけると救われる思いがいたします」
ベルモント「頑張るのだぞ」
イヴァン「旦那様、ありがとうございますぅ〜」
ミリア「そうじゃなくて! どうしてここに、あの借金取りの犬がいるのか、ってことよ!」
イヴァン「さっきから黙って聞いていれば、小生の事を犬、犬と、失礼な娘ですね。小生はね、こう見えても、ユン様の同盟精霊、イヴァンという名をもつ、れっきとしたアズリーリアの入信者なんですよ。それをもう、道ばたの石ころみたいに、犬、犬って。ちょっとは敬意ってものを払ってもらいたいもんですな。第一、こんなぺちゃぱいの小娘風情に犬扱いされたくはございませんよ」
ミリア「あに言ってんのよ! 犬っころの分際で。ぐだぐだ言ってると鍋にして食べちゃうわよ!」
イヴァン「あ、あ、なんてこと言うんですか、こんな健気な犬に向かって。ほら、旦那様も何か言ってやってくださいよ」
ベルモント「犬の鍋など聞いたことはないぞ」
イヴァン「いや、そうじゃなくて」
ミリア「大丈夫です。東のクラロレラの方では犬をも食べるそうですから」
ベルモント「おお、そうかであったのか。ならば、一度食べて見たいものだな。悪食は貴族のたしなみであるからして」
イヴァン「え? え?」
ミリア「さぁ、そういうわけだから、おとなしくしなさい。犬」
イヴァン「ひぇー、おたすけー。小生のことは犬とお呼びいただいて結構、いや、是非、犬とお呼びくださいませ。お美しくて気品あふれるお嬢様」
ミリア「え? それあたしのこと」
イヴァン「ええ、もうもちろんでございますよ。お嬢様のお美しさは、グローランサの中でも5本の指には入ります。この小生めが保証いたしましょう」
ミリア「本当のこととはいえ、そこまではっきり言われると照れるわね、犬の割にはなかなか見る目があるじゃない」
イヴァン「いやいや、小生はただ見たままのことを申し上げただけでございますからして」
ベルモント「そんなことより、イヴァン、おまえはどこから入ってきたのだ?」
ミリア「あ、ベルモント様、それあたしが聞くはずだったのにぃ」
イヴァン「いえね、ユン様がどうしても中に旦那様がいるかどうか見てこい、っていうものでして、小生も旦那様方に失礼だとは思ったんですが、そこはそれ、逆らうとあとで怖いですから、仕方なくあそこの窓から中に入った、と、こういうわけなんでございますよ、はい」
ミリア「ええ!?」
ベルモント「それはまずいではないか」
イヴァン「あ、ちょっと待ってください。今ユン様から連絡が入りました。え? ベルモントはいるか、ですって? えーと……」
ベルモント「居ない、わたしは居ないぞ」
イヴァン「任せておいてください、旦那様、あなたは小生の数少ない理解者でございますから」
ベルモント「恩に着るぞ」
イヴァン「え、あ、はい。ベルモントさんですか? ええ、隣で、居ないと言ってます」
ベルモント「違ーう」
ミリア「あちゃぁ、この馬鹿犬」
イヴァン「ありゃ? 一方的に切れてしまいました。どうしたというんでしょうね?」
ベルモント「ま、まずいぞ。わたしたちがここに隠れていることが、ユンにばれてしまった」
ミリア「ど、どうしましょう?」

 どーん どーん
 ぐらぐら

ベルモント
「な、なんなのだぁ!」
ミリア「扉の方ですごい音がしましたよ。館が揺れるほどの衝撃も一緒にありましたし」
イヴァン「ああ。あれは、ユン様の召還したノームでございますよ。扉が閉まっていましたから開けているのではないでしょうか?」
ユン「ほーっほほほ、観念なさい、ベルモント。借金はきちんと耳をそろえて返してもらうわよ。このわたくしを敵に回したこと、後悔させてさしあげるわ。やぁっておしまい、土人28号。ほーほほほ」
ノーム「うがー」

 どーんどーん
 ぐらぐら
 べきべき

ベルモント
「ユンのやつめ、わたしの館を壊す気か?」
イヴァン「いえいえ、壊すのはノームであって、ユン様ではございませんから、ご安心ください」
ミリア「うるさいわね! 犬は黙ってなさい!」
イヴァン「がーん、そんな邪険にしなくとも。ええ、ええ、どうせ小生は、しがない犬でございますよ。でもね、小生はいつも、みなさんのお役にたとうと一生懸命やってるんですから。なのに、お嬢様は、そんな小生に暖かいお言葉一つかけてくださらない。ああ、小生にはもう生きる価値がないのかも……」
ミリア「だぁぁ、うっとおしい。頼むから少し黙ってて」

 どーんどーん
 べきべきべき

ミリア
「ベルモント様、扉が壊れるのも、もう時間の問題、となれば採る方法は一つ……逃げましょう」
ベルモント「うむ、やむをえんな。手近な荷物をもって裏から逃げるとしよう」
ミリア「ええ」

 こそこそ
 ぎーーーーー

ミリア
「(きょろきょろ)大丈夫、だれもいません」
ベルモント「よし。では今のうちに……」
ユン「ほーっほほほ。どちらへおでかけかしら? お二人さん」
ベルモント「げ! ユン」
ミリア「どうして、あたしたちが逃げ出すのがわかっ……は!」
イヴァン「どうかいたしましたか? ミリアお嬢様」
ミリア「あちゃぁ、しまった」
ユン「ほーっほほほ。あいかわらず、あきれるほどの間抜けさね。どこの世界に相手の同盟精霊連れて逃げ出すお馬鹿さんがいるっていうのかしら。まぁ、いいわ。さぁ、ベルモント、借金を返してもらいましょうか?」
ベルモント「いや、あの、その、だ……」
ユン「ま・さ・か、返せないなんてことをいうわけじゃないでしょうね?」
ベルモント「いや、そんなことはない。イサリーズ商人たるもの、嘘はつかぬ。返すといったら、返すのだ。だが、今は持ち合わせがない」
ユン「ほほぅ、そんないい訳が通用すると思っているのかしら? 返済期限はとっくに過ぎていますのよ」
ベルモント「だ、だからな、ないものはないのだ。もうしばらく待ってれぬか?」
ユン「だぁめ。タイムオーパーよ。利子さえも払えないっていうのなら、覚悟してもらう必要があるわね」
ベルモント「ど、どうなるのだ?」
ユン「もちろん、借金の返済法は昔から決まってますわ。からだで払ってもらうのよ」
ベルモント「なに? か、からだとな……うーむ。優しくしてね」
ユン「ち、ちがうわよ! 誰があんたなんか、ってそんな意味じゃなくて、借金の形に奴隷になっていただくってことよ」
ベルモント「がーん、もと貴族のわたしが借金奴隷とは……」
ミリア「ベルモント様、仕方ありませんよ。頑張って借金分働いてくださいね。今まで、どうもお世話になりました。また商売を始めるときには声をかけてください。でわ」
ユン「何言ってるの? あなたにも働いてもらうわよ、そういう契約ですからね」
ミリア「へ?」
ベルモント「すまん。ミリア」
ミリア「ちょ、ちょっと待ってよ。あたしは聞いてないわよ」
ユン「さ、 号、捕まえてさしあげて」
ノーム「うがー」
ミリア「わ、わ、きゃー、何するのよ! あたしは絶対みとめないわよぉぉぉぉぉぉ」
イヴァン「合掌」


第4幕 宿命の成金ライバル登場

ミリア「ベルモントさま〜ぁ」
ベルモント「これ、そんなに恨めしい声を出すでない。まるで、わたしが悪いみたいではないか」
ミリア「へ〜ぇ、身に覚えがないとでも言うつもりですか」
ベルモント「いや、まぁ、その、なんだ。はははは」
ミリア「ごまかさないでください」
イヴァン「ご愁傷様でございます。ユン様にお金を借りたのがそもそもの間違いでございましたな。心中お察ししますぞ」
ベルモント「そんなことより、イヴァンよ、簀巻きのまま街中を引きずるのはやめるように、お主からも飼い主に言ってくれんか」
ミリア「そうよ。もう少し丁寧に扱ってよ、なま物なんだから」
イヴァン「? なま物、ですか?」
ミリア「あ、違った、生き物よ、生き物」
ユン「ほほほほほほほ、わたくしから借金を踏み倒そうとするからですわ。それがどんなにとんでもないことか、お馬鹿さんなあなた達にも、これでよくおわかりになったでしょ」
ミリア「むか」
ベルモント「し、しかしだな、これではちと目立ってしまうぞ。わたしはシャイであるからして、街中の人々に見つめられると、ちと照れるではないか」
ミリア「照れてどうするんですか!」

 と、そこへ2頭だての豪華な馬車に乗った、一人の男が通りかかる。

タバーン「お、ベルモンはんやないか、どないしたんや? 簀巻きになってしもうて」
ベルモント「げ! 貴様は、エティリーズのインチキ商人、タバーン」
タバーン「インチキとはなんや、人聞きの悪い。おや、お嬢ちゃんまで、一緒やったか」
ミリア「ほっといてよ。しかし、相変わらずの成金趣味ね、歯まですっかり金歯にしちゃって恥ずかしくない?」
タバーン「だっはっは。お嬢ちゃんには、金銀財宝を身につけるっちゅう、この優美さがまだわからんのですなぁ。ま、それも無理ない。まだまだ子供やさかいな。ほれ、これを見てみぃ、きら〜ん」

ミリア「悪趣味」
タバーン「おや、こっちにおるお人は、えらいべっぴんさんやと思うたら、ユンさんやないですか。今日もまた一段ときれいですなぁ」
ユン「ほほほほほ。相も変わらず口だけは達者のようね。でも、いくら誉めても何もでないわよ。ほんとのことですもの」
ミリア「なにいってるのよ、お世辞に決まってるじゃない。おばさん」
ユン「(ぴく!)おばさん?  28号、やぁっておしまい」
ノーム「うがー、ぶんぶん」
ミリア「きゃー、目が回るぅぅぅぅ」
ベルモント「おい、わたしまで一緒に振り回すことは無かろうぅぅぅ」

イヴァン「やれやれ、ユン様にその手の言葉は禁句です、と、あれほどいっておきましたのに」
ユン「ほーほほほ。わたくしはまだ今年で 24歳ですのよ」
タバーン「おや? 確か、一昨年もそんなこというとらんかったか?」
ユン「ほほほ、ところで、何のご用かしら? タバーン」
ミリア「あ、ごまかした」
ユン「 28号」
ミリア「きゃー」
ベルモント「だから、わたしは関係ないというのにぃぃぃ」
タバーン「……。あ、そうそう、なんやベルモンはんがトラブっとると聞きましてな、同じ商人仲間やさかい、なんか力になれたらと思うてやってきましたんや」
ベルモント「うう、タバーンよ、いつもはいやな奴だと思っていたが、なかなかどうして、義に厚い奴ではないか。わたしは貴様のことを誤解していたようだ。すまん」
タバーン「わかってもらえましたか? そうですねん、わいは誤解されやすいタイプなんですわ」
ミリア「ベルモント様、だまされちゃダメです! どうせ、何か裏があるに決まってるんですから」
ベルモント「そ、そうなのか?」
タバーン「いややなぁ、そないなことあるわけないやろ。ほれ、このわいの真摯な目をみてくれ」
ベルモント「どれどれ?」
ミリア「だめですよ。このおやじは見た目はあのとおりただの狸おやじですけど、一応はルナーの人間なんですよ。きっと催眠術でもかける気なんです。そうよ、そうに決まってるわ」
タバーン「おやおや、嫌われたもんやな」
ミリア「あたりまえよ。あんたのせいでこんな目に遭ってるんですからね」
タバーン「いいがかりや。そこのベルモンはんが借金を返さへんからやんか」
ミリア「そもそも、あんたが商売の邪魔しなければ借金は返せたのよ……って、どうしてそのことをあんたが知ってるのよ?」
タバーン「え? はて? わい、今何か言いましたかいな?」
ユン「いい加減、猿芝居はやめたら? タバーン」
タバーン「な、なにゆうてますのや」
ユン「タバーンは全て知っていますのよ。ベルモントが大きな仕事を始めようと、わたくしから借金をした頃から」
ベルモント「なに!」
ミリア「じゃあ、はじめからベルモント様を陥れようとして邪魔したというのね」
ベルモント「なにか恨みでもあるのかぁ!」
タバーン「あーあ、ゆうてしもたぁ。わいとベルモンはんの仲に水を差すなんて悪いお人やなぁ。第一、その情報をわいに法外な値段で売りつけたんはどこのどなたやったかいなぁ?」
ユン「ほほほ、なんのことかしらぁ」
ベルモント「がーん」
ミリア「謀ったわね、あんたたち」
ユン「ほほほほ。でも借金は借金ですわよ」
ベルモント「がーんがーん」
ミリア「タバーン、そんなことしてあんたにいったいどんな得があるのよ。まさか、ただの嫌がらせ、ってわけじゃないんでしょ?」
タバーン「お嬢ちゃんにはかないまへんなぁ。そのとおり。わいも商人のはしくれ、得にならんことはしまへん。すべてはビジネスなんですわ」
ベルモント「ビジネス?」
タバーン「というわけで、ベルモンはん、こっからはビジネスの話や。わいがあんさんの借金の肩代わりをしてやるさかい、あんさんのもっとる交易ルート、譲ってくれへんか? どや? ええ話やろ」
ベルモント「なに、わたしの交易ルートとな。あれはわたしの曾祖父の代からこつこつと築き上げてきた物、おいそれと渡すわけにはいかーん」
タバーン「なら、借金奴隷やな。考えてもみ、あんさんが借金奴隷になるっちゅうことは、その間、あんさんの交易ルートの商売相手は、あんさんとは商売でけへん、っちゅうことになるんですわ。そゆことになると、相手さんも困るんやないですか? それに、奴隷として働いて、無事借金を返し終えたとしても、今のルートがそのまま残っとるとは思えまへんな。誰かにとられてるのがオチでっせ」
ベルモント「うむ。確かにそれもそうだ」
タバーン「そやろ。どうせ交易ルートなくしてしまうんやったら、自由の身でいられる方がええんとちゃいますか?」
ベルモント「うーむ。貴様にとられるのは癪だが、確かに一理ある。現状における最良の選択のようだな」
ユン「簀巻きになって言う台詞じゃないわね」
タバーン「さすがはベルモンはんや。話が分かる。なら善は急げや、ささ、この契約書にサインを」
ミリア「ちょっと待ちなさいよ。そんなにベルモント様の交易ルートって魅力があったかしら。確かに堅実な交易ルートではあるけれども、大儲けは期待できないわ。とても5万ルナーもの価値があるとは思えない」
タバーン「そ、そないなことありまへん。長年の実績っちゅぅもんがあるさかい、十分価値があるんですわ」
ミリア「怪しいわね」
タバーン「ほんまですって」
ミリア「なにか裏があるわね」
タバーン「どきっ。そんなことありゃしません」
ミリア「さては、ルナーがらみ」
タバーン「どきっどきっ。は、ははは、なんのことでっしゃろ?」
ミリア「とぼけても無駄よ。あたしだって商人なんですからね、その手の情報には詳しいのよ。ルナーの仕事とすれば、 20万ルナーは下らないわね」
ユン「なんですって!  20万ルナー 」
タバーン「ぐぐっ。まぁ、仮にそうやとしましょ。しかしや、あんさんたちに、他に選べる道がありまっか? ないでっしゃろ」
ベルモント「うむ。悔しいがタバーンの言うとおりなのだ。ミリア、サインするしかないのだ」
ミリア「いいえ。その必要はありません、ベルモント様。いままで隠していましたが、あたしには、祖父が残してくれた財産があるんです。祖父からは遺言で、決して使ってはならぬ、といわれていましたが、やむをえません。こんな狸おやじを利するくらいなら、あれをお金に換えて……」
ベルモント「し、しかし、ミリア、遺言で禁じられているのだろ?」
ミリア「いいんです」
ベルモント「ううう、すまんなぁ。わたしを助けるために……」
ミリア「ちがいます! 自分を救うためです。ったく、どうしてあたしまで簀巻きになってると思ってるんですか!」
ベルモント「いやはや、面目ない」
タバーン「ちょ、ちょっと待ちいや。それでは困る、いやいや、そんな大事なものを使わんでも、わいがなんとかしたるがな」
ミリア「確かに、あたしもあれを使いたくはないわ。でもね、あたしたちには、借金を返すためのチャンスさえなかったのよ、あなたも商人ならこの悔しさがわかるでしょ」
タバーン「う、むむむ」
ユン「チャンスが無かったって、借金返済までに少しは猶予があったはずですわよ」
ベルモント「ああ、それは、わたしが借金のことを忘れておったのだ」
ユン「このすかたん」
タバーン「うむむむ、そや、じゃぁ、こうしようやないか。要は借金返すための時間がほしい、っちゅうわけやろ。ほな、借金の利子分の金をわいが貸したるがな。それで期限を延ばしてもろたらええ。それでええか? ユンはん」
ユン「そうね、いいですわよ。半年待って差し上げるわ」
ミリア「一年、一年待って」
ユン「なら、その分の利子もいただかないとね」
ミリア「タバーンさん、どう?」
タバーン「うぐ。しゃあないなぁ。そのかわり、一年たっても借金返されへんかったら、何も言わずにベルモンはんの交易ルートをいただきまっせ。それでええですな?」
ミリア「いいわよ」
タバーン「じゃ、ここにサインを」
ミリア「ベルモント様」
ベルモント「うむ。ベ・ル・モ・ン・ト、と」
タバーン「よっしゃ。これで一年後にはあのルートはわいのもんや」
ミリア「何言ってるのよ! ちゃんと借金は返すわよ」
タバーン「あ、そうでっか。ともかく話はまとまったんや。わいはこれで失礼させてもらうわ。せいぜい頑張ることですな。ほな、さいなら。よっしゃよっしゃ」
ユン「さて、これであんたたちは一年間は自由の身よ。せいぜい働いて、わたくしのお金を増やしてもらいたいものね」
イヴァン「ユン様、カルトのお金でごさいますが」
ユン「うるさいわね、いいのよ、カルトのお金はわたくしのお金も同然ですもの。では、わたくしもこれで失礼するわ。ほほほほほ」
イヴァン「ささ、ユン様参りましょうか」
ユン「あ、そうそう。おまえはベルモントと一緒にいなさい」
イヴァン「え? なぜでございますか?」
ユン「借金を返すまで、あいつらが逃げ出さないように見張っているのよ」
イヴァン「そ、そんな。小生がいなければ、誰が掃除や洗濯をするというんですか?」
ユン「ああ、それなら大丈夫よ。信者が増えたから」
イヴァン「がーん。つまり、お払い箱……」
ユン「それじゃ、ごきげんよう、みなさん。ほーっほほほほ」
イヴァン「ユ、ユンさま〜」
ベルモント「犬というのも大変なのだなぁ」

 幕間

ベルモント「はぁ。一時はどうなることかと思ったぞ。ミリアよ、すまんなぁ」
ミリア「いいんですよ。ベルモント様のお父様には育ててもらった恩がありますからね」
ベルモント「しかし、おまえに祖父の遺産があったなどとは知らなかったぞ」
ミリア「そりゃ知らないでしょう。そんなものは最初からなかったんですもの」
ベルモント「なに! では、騙したというのか?」
ミリア「あそこはああでも言わないと、有利な交渉ができませんでしたからね」
ベルモント「ならば、ルナーの情報というのも……」
ミリア「もちろん、はったりですよ。図星のようでしたけどね」
ベルモント「うーむ。イサリーズ信者たるもの、人を騙してはいかんのだぞ」
ミリア「じゃあ、借金を返さないのは、騙したことにはならないんですか?」
ベルモント「はっはっは。嘘も方便と言うからたまにはよいか」
ミリア「だけど、あそこで、あの意地悪なユンが素直に返済期限を延ばしてくれるとは思わなかったわ」
ベルモント「おお、確かにそうだな。あの女が」
イヴァン「ああ、あれはタバーンさんが気に入らなかったからなんでございますよ」
ベルモント「というと、卑怯なことをするやり方がか?」
イヴァン「いいえ。 20万ももうける、というとことが、です。ユン様は、他人がもうかることはもちろん、他人がもうけることさえも嫌いな方でございますから」
ミリア「……なるほど。とんでもない女ね」


 第5幕 宿敵エティリーズの秘密を暴け

ミリア「ところで、ベルモント様。これからどうします?」
ベルモント「地道に働くしかあるまい」
ミリア「たぶん、またタバーンが商売の邪魔をしてくると思いますよ。それも、全力で」
ベルモント「なぜだ? わたしたちの窮地を救ってくれた人物ではないか」
ミリア「さっきの話を聞いてなかったんですか!」
ベルモント「お? なんのことだ?」
ミリア「はぁ。もういいです。とにかく、タバーンがまた邪魔するだろうということは覚えて置いてください」
ベルモント「うむ。わかった」
ミリア「でも、あたしは、あのタバーンのカルト、エティリーズについて良く知らないんですよ。ベルモント様知ってます?」
ベルモント「そういわれて見れば、よく知らぬな」
ミリア「イヴァンは?」
イヴァン「小生もよくは存じ上げておりません」
ミリア「タバーンと戦う以上、エティリーズのことをもっとよく知っておかなくちゃいけないわ」
ベルモント「なにも戦うわけではないぞ」
ミリア「いいえ。これは戦争だわ。あたしたちはすでに奇襲を受けて前哨戦は負けたのよ。でも、これからは違う。必ず逆転してみせるわ」
ベルモント「おお、ミリアが燃えておる」
ミリア「というわけで、敵のことをもっと知る必要があるの。ほら、あのファザールも『敵を知り己を知らば、百戦危うからず』と言っているわ」
イヴァン「そうでございましたか?」
ミリア「でも、どうすれば……」
イヴァン「タバーンさんに直接聞いたらよいではございませんか」
ベルモント「イヴァンよ、それは無理であろう。奴も敵に情報を漏らすほど愚かではあるまい」
ミリア「いいえ、それよ。そう、その手があったわ。ふふふふ、戦闘開始よ」

ミリア「こんにちわ」
タバーン「おや、あんさんはたしか、ベルモンはんとこのお嬢さんやないですか。たしか、ミリアはんでしたかいな」
ミリア「ええ。今日はお願いがあって来たんです」
タバーン「?」
ミリア「弟子にしてもらえませんか?」
タバーン「なんや、いきなり」
ミリア「実はですね、かくかくしかじか、ということで、もうベルモント様には愛想が尽きたんです。でも、他に行くところもなくて」
タバーン「そやったんか。よっしゃ、わいにまかせとき。こっちこそ願ったりかなったり、いやいや、あんさんみたいな人が仕事手伝うてくれたら、ありがたいわ」
ミリア「まぁ、うれしい。でも、その前に、タバーンさんのお仕えするカルト、エティリーズについて教えてくれませんか? エティリーズ様のすばらしさがわかれば、タバーンさんに付いて行く決心が固まろうというものです」
タバーン「ええでっしゃろ。そういうことなら、お教えしましょ。エティリーズ様のお話」
タバーン「まずはエティリーズ神のことから知ってもらいましょか。エティリーズ神はイサリーズの娘やったのは知ってますわな?」
ミリア「ええ」
タバーン「なら、そのころは何してる神さんやったか知ってまっか?」
ミリア「いいえ。やっぱり商売の神様じゃなかったんですか?」
タバーン「それが違いますのや。そのころは、壺の番をしたり、石を数えたりする女神様やったんですわ」
ミリア「あれ? 『ゆりかご河』には、壺を直す、とありますけど」
タバーン「ああ、あれは誤訳や。もともとは、tending pot とあるさかいな」
ミリア「mending と間違えたんでしょうかね。ロバの一件もあることですし、どうも訳者はイサリーズに愛が無いようですね」
タバーン「エティリーズにもや。日本語だけでRQやっとる人は少ないとは思うけど、こないな明らかなミスはどうにかして欲しいわ」
ミリア「でも、継続的にサプリが出版されているだけでも評価するべきじゃないですか?」
タバーン「確かにそやな、って、そないな話やない。女神様の話や」
ミリア「そうそう。で、どうして壺の番をしていただけの女神がこんなに偉くなったんですか?」
タバーン「よくぞ聞いてくれはりました。それはやな、赤き女神様のおかげや。赤き女神様のお力に触れることで、エティリーズ様は、そのお力を開花させたんやなぁ」
ミリア「それで、一族を裏切って、赤き女神の配下になったのね」
タバーン「配下とは人聞きが悪いなぁ。赤き女神に恩返ししとると思うて欲しいわ」
ミリア「で、カルトは何をしてるの?」
タバーン「イサリーズとあまりかわりゃしまへん。基本的には商売や。とゆうても交易の方がメインやけどな。あ、それと、伝令や使者にも信仰されとるようやな」
ミリア「へー、どうして?」
タバーン「ルナー帝国は、帝国っちゅうさかい、おっきいのや。それで、その分情報の伝達が重要っちゅうわけや」
ミリア「それはわかるけど、どうしてそれがエティリーズなわけ?」
タバーン「《見張り》呪文を教えてくれるさかいな」
ミリア「ああ、なぁるほど。安全に道を行く必要があるものね」

ミリア「呪文の話がでてきましたけど、イサリーズと比べて呪文はどうなんですか?」
タバーン「カルトの呪文は、残念ながら、イサリーズにはかないまへんのですわ」
ミリア「あら、あっさり負けを認めるんですね」
タバーン「商品の優れているところと劣っているところを認識するのは、商売の基本や。それがわからんと売り込みようがないさかいな」
ミリア「いいの? あたしは買い手なのよ」
タバーン「良いとこばかりいうても、客は信用せえへん。商品に自信があって、相手の信用も得たければ、本当のことを話すんが一番や。もちろん、多少の誇張はしますけどな」
ミリア「うちのベルモント様は、その、多少の誇張、ってのが下手なのよねぇ」
タバーン「神性呪文やと、一般神性呪文はすべて手に入るわけやないし、特殊神性呪文もイサリーズに比べると、少ないんや。これ(カルトブック)みてみい」
ミリア「あ、ほんと。イサリーズの特殊神性呪文と同じものは《見張り》しかないですね。でも、この《呪文交換(Exchange Spells)》ってのはおもしろいじゃないですか」
タバーン「精霊呪文を交換できる、っちゅうやつやろ。でもなぁ、それ、一回限りの呪文やねん。再使用可なら、まだなんぼか使えるんやけどなぁ」
ミリア「一般神性呪文の方は、すべて、ではなくとも、これくらいあれば十分なんじゃないですか?」
タバーン「それがそうでもない。結構不便なんや。《傷の治癒(Heal Wound)》や《精霊遮断(Spirit Block)》がないし、いちばん困るんは《延長(Extention)》がないことやな」
ミリア「《延長》って凶悪ですもんね」
タバーン「それともう一つ。《破門(Excommunication)》がないことや」
ミリア「じゃあ、いったんカルトに入ったら抜けられない、ってことですか?」
タバーン「ま、そういうことや。非活動になるしかない、っちゅうことやな。いつまでも女神は見てんねん」
ミリア「それってなんだか、いや。ところで、精霊呪文は、イサリーズよりも多いんですね」
タバーン「せやな。けど、友好カルトは、精霊呪文を教えてくれへん赤き女神様だけやから、実質はイサリーズの方が多いことになるわ」
ミリア「じゃあ、呪文ではエティリーズはイサリーズに勝てないってことなんですか?」
タバーン「いんや、そないなことはないで」
ミリア「でも、さっきは呪文じゃかなわないって」
タバーン「あれは、カルトの呪文では、ちゅう意味や。魔術全体でみれば、エティリーズの方が優れてるんですわ。ミリアはん、魔道(Sorcery)っちゅうものを知っとりますか?」
ミリア「ええ、西方の者が使うという、あの極悪で混沌な怪しい妖術のことでしょ?」
タバーン「ははは、少々誤解しとるようだが、まぁ、そんなもんですわ。で、エティリーズの魔術的に優れとるとこは、その魔道を使うことができるとこですな。正確に言うなら、魔道士でも司祭になれるっちゅうことですけど」
ミリア「えー、あんなものを認めてるんですか!」
タバーン「そないに嫌がらんでも。慣れればあれで便利なもんなんでっせ」
ミリア「うーん」

タバーン「もともとルナー帝国っちゅうところはカルマニアから魔道が入ってきてはおりますんや。けど、エティリーズはラリオスの方とも交易してますさかいな、魔道に接すること多いんですわ」
ミリア「ラリオスって、いったいどこを通って?」
タバーン「もちろん、ドラストールですわ。あそこが一番近道やさかいに」
ミリア「あの混沌の土地に? 冗談でょ?」
タバーン「いや、それが冗談やありませんのや。とはいえ、わいは行きたいとは思いまへんけどな」
ミリア「あたしもあんなとこ絶対行きたくない」
タバーン「どうです? エティリーズのこと、ようわかってもらえましたかいな?」
ミリア「ええ、だいたい。けどぉ、最後に一つだけ教えてもらえませんか? エティリーズがイサリーズに対抗するときに一番の武器となるところって、どんなとこですか? やっぱり、魔道ですか? でも、一般信者がみんながみんな魔道を使えるとは限らないし」
タバーン「そうでんな。金さえあれば、魔道士の司祭様に呪文をかけてもらうこともできますけど、あまり一般的やないですな」
ミリア「商談の必殺技、<値切り>もイサリーズとエティリーズとでは、差はないですよね」
タバーン「そのとおり。同じもんや」
ミリア「じゃあ、どこです? そもそも、そのようなものはあるんですか?」
タバーン「ふむ。ミリアはんがそれを気にするのももっともや。よっしゃ、出血大サービスや、お教えしましょ。エティリーズがイサリーズに対抗するための武器、それはや」
ミリア「それは?」
タバーン「ルナーですわ」
ミリア「ルナー? 銀貨のこと?」
タバーン「ちゃいまんがな。ルナー帝国のことですがな。この強大な帝国がバックについとることが、エティリーズの最大の武器なんや」
ミリア「それがそんなに有利なことなの?」
タバーン「そうやで。考えてもみてみぃ、街道の警備や街を占領しとるのは、皆ルナーや。そんな人らの態度はイサリーズとは全然違うがな。それに、ただで護衛をしてくれることもあるんやで。それにや、ちょっとくらい詐欺紛いなことをして捕まっても、わてらエティリーズなら、たいした刑にはならへん。親方が赤いお月さんやさかいな」
ミリア「なんだか、妙に腹が立つわね」
タバーン「商売でもお得やで。ルナー政府はエティリーズを通してしかものを買わんへんし、政府から物品調達の依頼が来るんもエティリーズや。政府の仕事はええで。担当さえ買収しとけば、少々品質が悪うても文句いわれへんし、横領、談合当たり前やからな」
ミリア「どこの世界も同じなのねぇ」

タバーン「どや? エティリーズ、気に入ってもらえたかいな?」
ミリア「ええ、まぁ」
タバーン「そか。やったら、その柱の陰でこそこそ隠れとるおっさんに伝えてくれへんか? いくらエティリーズのこと知ったかて、あんさんに勝ち目はないんや、ってな」
ミリア「え?……あ、ベルモント様」
ベルモント「ミ、ミリア、すまぬ。心配でついて来てしまったのだ」
ミリア「もぉ、まったく情けない。もっと堂々としていてくださいよ」
ベルモント「いやはや、面目ない」
タバーン「ベルモンはん、ちゃんとエティリーズのことは、このお嬢さんに伝えておきましたさかい、せいぜい頑張ることでんな」
ミリア「あやや、タバーンさん、知ってたんですか」
タバーン「あんさんの態度みとれば、うすうすわかりますがな」
ベルモント「むむ、タバーン、貴様には負けぬぞ」
タバーン「へいへい。ほな、わいは忙しいんでこれで。あ、そうそう、ミリアはん、あんたみたいな口達者な娘やったら、うちはいつでも大歓迎ですわ。どうです? 真剣に考えてみまへんか? 待遇はよくしまっせ」
ベルモント「こら、タバーン! ミリアは絶対やらんぞ。ほら、忙しいのならさっさと行くのだ」
タバーン「だははは、ほな、さいなら、さいなら」


第6幕 そんなの、あり?

ミリア「ベルモント様、これで敵のことはだいたいわかりましたね」
ベルモント「うむ。大儀であった」
ミリア「そこで、こちらがどうするかですが」
ベルモント「そうだな。とりあえず、何かおいしい商売のネタでも探さねばならんなぁ」
ミリア「で、そのことなんですけど……」
イヴァン「あのぉ、お取り込み中、たいへん申し訳ないんでございますが、そろそろお時間となりましたので、今回はここまででございます」
ベルモント「ん?」
ミリア「なによ、それ?」
イヴァン「この続きは、たぶん1年以内には発表されることでございましょう」
ベルモント「おお。ぽん(手をたたく音)。それで借金の返済期限が1年間延びたのだな」
ミリア「ああ、なるほど。って、ベルモント様、感心している場合じゃないでしょ」
イヴァン「では、そういうことなので、みなさん、ごきげんよう」
ベルモント「うむ。達者で暮らせよ」
ミリア「え? ちょっと」
イヴァン「さようならでございます」
ベルモント「さらばだ」
ミリア「もぉ、いったい何なのよぉぉぉぉ」

(『ぼちぼちでんな』へつづく)