ルナーよいとこ一度はおいで


キャラクター紹介

ターニャ 人間 女 19歳
 本編の主人公。ランカーマイの入信者。世界知識、グローランサ知識、ルナー知識を伸ばすため、ルナー観光ツアーに参加する

ラザルス 人間 男 26歳
 もう一人のツアー客。自称、完全無欠の流れ者。泣く子も迷惑がるオーランシー。とある秘密の目的のためにツアーに参加しているらしい

ティナ 人間 女 25歳
 七母神、ティーロ・ノーリカルトの待祭。とある経済的な理由によりツアーのガイドを務める

おやじ 詳細不明
 ツアー一行に拾われた記憶喪失の物乞い。謎も多いがだじゃれも多い困ったおやじ

プロローグ

 ここはドラゴンパスの都、ボールドホーム。
 大使館地区の奥にはYの字型をした建物が建っている。いわずと知れたランカー・マイの寺院である。
 その図書室の一室でのこと。

 きょろきょろ

「あ、いたいた。ねぇ、きいてきいて  あたし、当たっちゃったぁ」
「あら、ターニャ、どうしたのよ。 馬にでも跳ねられたの?」
「はにゃ? 違うってば。えっとね、へへーん、これ見てよ」
「え、なにこの紙切れ。えーとなになに、グラマー観光ツアー・ペアご招待チケット?」
「へへぇ、町内会の福引で当たったの。特等よ、特等」
「ふくびき〜? そんなものやってたっけ?」
「やってたわよぉ。ほら、貧民区のティーロノーリ救護院で」
「あ、あんた、あれって……」
「 回お粥をもらうと抽選券が一枚もらえるの。あ、今更行ってももうだめよ、サービス期間は終わっちゃってるから」
「誰がそんな物乞いまがいのことするもんですか 」
「えー、だってあそこのお粥おいしいんだよ」
「そういう問題じゃないでしょうが」
「しゅん」
「で、何しに来たの? わざわざそれを見せに来たわけ?」
「え? ううん、違うよ。えっとね、これペアチケットだからぁ、サラもいっしょに行かないかなぁ、って」
「パス」
「えー、なんでぇ〜」
「そんなもの、どう考えたってルナーのプロパガンダでしょ」
「そうかなぁ?」
「あったりまえでしょ  ティーロ・ノーリが配ってるっことはルナー総督府が配ってるってのと同じことなのよ」
「あ、そっかぁ、そういわれてみれば3等の商品は赤い月プリントのタオルだったし、2等はクリムゾンバットのぬいぐるみだったわ」

「……なんてセンス」
「さっすが、サラってばあったまいい〜」
「あ、あんたねぇ」
「でもでも、宣伝でもいいじゃない。一緒にいこうよぉ」
「だ〜め。だいたいあたし今レポートを三つ抱えてるんだから、そんな暇あるわけないの」
「だめ?」
「だーめ」
「だってほら、勉強になるよ」
「あんたと違ってあたしの専門はミネラルなの。だから関係ないわね」
「みゅぅ」
「他に当たってみたら?」
「んー、でも他のみんなも忙しそうだしなぁ。でも一応は声かけてみようかなぁ」
「うん。そうしなよ。あ、それから、期待してるからね」
「へ? 何を?」
「お・み・や・げ♪」
「ああ、うん。へへー、期待しててね」
「プラックスの時みたいに忘れたらただじゃすまないかんね」
「えへへ、わかってるって。今度はだいじょーぶ」
「絶対よ、約束だかんね」
「はいはい」

「そこの二人、図書室では静かにしなさい!!」

「(二人) ごめんなさーい」

第一幕 サーター王国 ボールドホーム

 さて、ツアー出発当日、なんですけど……

ティナ「はーい、みなさんそろってますかぁ」
ターニャ「あのぉ、ティナさん、どうしてそんな格好してるんですか?」
ティナ「? どこか変かしら?」
ターニャ「青色の制服に首から下げたホイッスル、白い手袋に黄色い小旗……どう見ても、ティーロ・ノーリの待祭様には見えませんよ。まるで……どこかのツアーのガイドさんみたい」
ティナ「あら、わかる? やっぱりそれらしい格好してきて良かったわぁ。無理言ってイリピー・オントールで調べてもらった甲斐があったってものよね。やっぱりガイドといったら、この格好じゃなきゃ」
ターニャ「……。えーと、じゃあ、ティナさんが今回のツアーのガイドさんなんですか?」
ティナ「そうですよ」
ターニャ「あやー、ティーロ・ノーリの侍祭様ってそんなことまでしなくちゃいけないんですか。大変なんですねぇ」
ティナ「え、えーと、普通はこういう仕事はしないんだけど、ちょっと予算が足りなくなっちゃって……。でも大丈夫よ、ちゃあんと勉強したんですから」
ターニャ「そうですか、よかったぁ。あたし、とっても楽しみにしてたんです。えーと、ところで、他の人たちはまだなんですか? そろそろ出発時刻だと思うんですけど」
ティナ「あ、ごめんなさい。もう少し待ってください。あと一人来られる予定なんです」
ターニャ「え? あと一人? じゃあ、ツアー客って、あたしともう一人とで2人だけなんですか?」
ティナ「はい、そうですよ」
ターニャ「でもでも、抽選会では何人も特等が当たってたじゃないですか」
ティナ「ええ、そうなんですけど、悪い噂が広まっちゃったらしくてキャンセルが続出してしまったんです。ツアーに行くと、ルナーに洗脳されるとか、クリムゾンバットの餌になっちゃうとか、果ては改造人間にされるってものまで」
ターニャ「えぇ!! バットに食べられちゃうんですか!?」
ティナ「ち、違いますよ。そんなことありません……たぶん」
ターニャ「い、今、小声で、たぶんって言いませんでした?」
ティナ「あはは、大丈夫ですよぉ……きっと」
ターニャ「その、きっと、ってのもやめてくださいよぉ」
ティナ「まあ、それはともかくとして……あら? あの音は?」
ターニャ「馬の駆けて来る音ですね」

 ぱからんぱからんぱからんぱからん

ラザルス「あはははははは、諸君お待たせした。無敵の<宴Uルス、ただいま参上」
ティナ「遅刻ですよ。ラザルスさん」
ラザルス「ふ、気にするな。真打は遅れてやってくるものなのだ」
ターニャ「あ、あと一人ってこの人のことだったの?」
ラザルス「おや、聞き覚えのある声がすると思えばターニャではないか。そうか、おまえもこのツアーに参加するのか」
ターニャ「がーんがーん」
ラザルス「そうかそうか。この俺様と旅ができるのがそんなにうれしいのだな。ふっ、感謝しろよ」
ティナ「あら、お知り合いでしたの」
ターニャ「……ええ、まあ」

 ひーん、ラザルスさんと一緒だよう。オーランスカルト以外の人からはオーランシーの鑑として悪名高いこの人が、ルナーなんかに行っちゃって大丈夫なのぉ?……ものすごーく不安。

ラザルス「さぁ、出発しようではないか」
ティナ「そうですね。ではみなさん、あそこに停めてある馬車に乗ってください」
ターニャ「え、えーと……」
ラザルス「おい、あれのどこが馬車なのだ? どこをどう見ても荷車にしか見えんではないか。しかも牽いているのはロバだぞ」
ティナ「ほら、少し贔屓目に見てあげればなんとなく馬車に見えませんか?」
ターニャ「うーん……」
ラザルス「パンフレットに『豪華絢爛8頭立ての最高級馬車で行くルナー観光ツアー』とあったから、わざわざ悪い噂をばら撒き、当選者からチケットをふんだくってまで俺様が来てやったというのに、これではまるで詐欺ではないか」
ティナ「はぁ、すみません。予算が少なくて……」
ラザルス「まったく。これだからルナーのやることは……」
ターニャ「ちょっとぉ、悪い噂をばら撒いて、って。まさかキャンセル多発の原因になった犯人って、ラザルスさんだったの!?」
ラザルス「ふっ。そんな過去のことは忘れたぜ」
ターニャ「……」
ティナ「あれ? だれかこっちに走ってきますよ。何か叫んでるみたいですけど」
ラザルス「(ぎくっ) ま、まあ、とやかく言っても仕方がないな。時間もないことだしさっさと行くとしようか」
ティナ「はい。行きましょう」
ターニャ「あれ? ラザルスさん、馬を置いてっちゃっていいんですか?」
ラザルス「いいのだ。どうせ借り物だからな。そんなことよりさっさと乗るのだ。出発、出発」

 何はともあれ、こうしてルナー観光ツアーは始まったのでした。
 背後からかすかに聞こえる叫び声
 「待てー、馬どろぼー!!」

 ……先行きはとっても不安です。

第二幕 ターシュ王国 スレイブウォール

 あたしたちはサーター街道を北に向かい、ジョンスタウン、アルダチュール、トゥーファーを経由してターシュの街、スレイブウォールへと向かっています。ドワーフランや流民国周辺は政情が不安定なのでこのルートが一番安全なんです。
 エティリーズの隊商とともにトゥーファーを出て2日目。とうとうスレイブウォールが見えてきました。

ターニャ「とうとうあたしたち、ターシュに来たのねぇ」
ラザルス「その表現は間違ってるぞ。俺様たちはとっくにターシュに来ているのだ。なにせトゥーファーはターシュにあったのだからな」
ターニャ「そんなことはわかってます。そうじゃなくてね、ほら、なんか風景がパスとは違ってて、なんかこうターシュって感じでしょ?」
ラザルス「そうか? 起伏もなくてただだだっ広い平野が広がっているだけではないか。面白くもない」
ターニャ「だから、そのあたりがターシュっぽいんだってば」
ティナ「さすが、学者さんは目の付け所が違いますね」
ターニャ「えへへ」
ラザルス「ふ、俺様だってそんなことはわかっていたぞ」
ティナ「では、スレイブウォールに入る前に、ターシュについて簡単に説明しておきましょうか。えーと、ターシュ、つまりターシュ王国がルナー帝国の属領地になってることは知ってますよね」
ターニャ「はい、ルナーの7つの属領国の中でも一番豊かな国ですよね」
ラザルス「7つ?」
ターニャ「えーと、ターシュ王国、ホーレイ女王国、アガー王国、ヴァンチ王国、イムサー王国、聖王国、そしてサーター王国」
ラザルス「むむ、サーターはルナーの属領ではない 」
ターニャ「じゃあ、なんなんですぅ?」
ラザルス「うっ……占領地だ」
ターニャ「もっと情けないじゃないですかぁ」
ティナ「でも、ラザルスさんのおっしゃる通りで、今のところサーターは、公式には属領地じゃないんですよ。同じように聖王国もちゃんとした属領地にはなってないはずです」
ターニャ「あ、そうだったんだぁ」
ラザルス「ふ、それ見たことか」
ターニャ「じゃあ、サーターはただの占領地なんですね」
ラザルス「む、むぅ」
ティナ「王国ではありませんが他にも、バラザール、ガースティング、ジャースト、タラスター、スカンティといった地域も支配下に入っています。表1にまとめてみました」

ターニャ「バラザールっていったら犬の民が住んでて、グリフィン山のあるところですよね」
ティナ「そうなんですか?」
ターニャ「ルナーの小役人ハルシオンって人が権力を握っているらしいですよ、本で読んだことがあります」
ラザルス「どこかで聞いたような話だな」
ティナ「一般的にこれらの地域の文明レベルはあまり高くないみたいですね。大きな街なんてなくて、昔ながらの生活をしている人が多いみたいです」
ラザルス「要はど田舎というわけだ」

ティナ「これらの属領地域にルナー帝国の影響力が及ぶようになるのは、今から300年ほど前、赤の皇帝の娘、フワーレン・ダールシッパが南征を始めたときからのことなんです」
ターニャ「あ、その人知ってる。『勝利の娘』って呼ばれてる英雄さんですよね?」
ティナ「はい、その通り。さすが学者さんは良く知ってますね」
ターニャ「えへへ」
ラザルス「俺様は聞いたこともないぞ」
ティナ「彼女のカルトは属領地の中でも北方、帝国寄りの地域で主に信仰されていますから、パスではあまり知られていないんだと思います」
ラザルス「ふっ。ならば仕方がない、許してやるとしよう」
ティナ「1348年には彼女によってターシュ王国を除くほとんどの地域が平定されていたんですよ」
ターニャ「へー、たいしたものですねぇ」
ティナ「このときに彼女の行軍したのが『娘の路』と呼ばれる街道なの。これは今では石造りの橋になっているんです。そのうちわたしたちも通りますから期待しててくださいね」
ラザルス「で、ターシュがルナーの魔の手に落ちるのはいつごろなのだ?」
ティナ「えーと、公式には1496年、ターシュに昇月の寺院が建てられたとき、とあります」
ターニャ「なんだか、ずいぶんと間があいてるんですね」
ラザルス「わはは、さすがはオーランスを奉じるターシュ王国、そう簡単にルナーに屈するわけはないのだ」
ティナ「実は、この間、ルナーは、東の遊牧民に攻撃されていて領土拡張どころじゃなかったんですよ」
ターニャ「へー、ルナーでも負けることがあるんだぁ」
ティナ「結局は赤の皇帝と、英雄ヤーラ・アラニスとの活躍があって遊牧民を駆逐することができたみたいですけどね」
ラザルス「ちっ」
ティナ「で、その後に現れた英雄、ホン・イールによってターシュ王国は平定され帝国の属領となったんです」
ラザルス「わはは、所詮ルナーは英雄がいなければ何もできん、と、こういうわけだな。そんな臆病ものどもにわがサーターは負けはせんぞ。わはは」
ターニャ「でもぉ、ジャ・イールさんって英雄じゃなかった?」
ラザルス「……。ふっ」
ティナ「さあ、みなさーん、スレイブウォールに着きました。お疲れ様でした。本日はこれから宿に入ってチェックインを済ませたら食事となります。そのあとは自由ですけど、夜は物騒ですから、あまり出歩かないでくださいね。それと、明日も早いのでちゃんと寝ておいてください」
ターニャ「はーい」
ティナ「特にラザルスさん、あまり夜更かししないでくださいね」
ラザルス「ふっ、大丈夫だ。早寝早起きは俺様のもっとも得意とするところだからな」
ティナ「それでは、解散しまーす」

 幕間

 がたがた  ぎー、ばたん

ターニャ「むにゃ、むにゃ……あれ? 何の音かな? 確か隣はラザルスさんの部屋のはずだけど……」

 ぎしぎしぎしぎし

ターニャ「ティナさん、ティナさん、起きてください」
ティナ「すぴーすぴー……にゃ? ターニャさん、わたしもう食べられません……すぴーすぴー」
ターニャ「もぉ。……あれ? 音がしなくなっちゃった。あたしの勘違いだったのかなぁ……」

第三幕 ターシュ王国 ファーゼスト

 さて、あたしたちは、スレイブウォールからゴールドエッジへと向かい、そこから東へ3日、ターシュ王国の首都、ファーゼストにやってきました。

ターニャ「ひゃあ、おっきな河ですねぇ」
ティナ「あれはオスリル河といって、ターシュが肥沃なのはあの河のおかげなんです」
ターニャ「パスにはあんな大きな河なんてなかったですよぉ」
ティナ「この先この河は、黒ウナギ河や他の支流と合流して、もっともっと大きな河になるんです。ダラハッパやルナーが豊かなのは、すべてこの河のおかげといってよいかも知れませんね」
ターニャ「当たり一面農地だし。ターシュが豊かだって言われてる理由が良くわかる気がする」
ティナ「そろそろファーゼストに着きますから、みなさん、出発のときにお渡しした身分証明書を用意しておいてくださいね」
ターニャ「ひゃー、この街もおっきー」

警備兵「こら、放せ。おまえみたいな胡散臭い奴を中に入れるわけにはいかん」
おやじ「そんなこといわんと、いれてくれー」
警備兵「だぁめぇだ。入りたければ身分証を見せて、入城税を払うのだ」
おやじ「そんなことを言われてものぉ、わしはなーんも持っとらんのだ。入れてくれぇ、腹が減っておるのだぁ。おお、そうだ、入れてくれたら、わしの取っておきのギャグを聞かせてやるぞい」
警備兵「えーい、そんなものはいらん。とっとと行け。さもなくば痛い目に遭うことになるぞ」

ターニャ「あれ? 入り口あたりで何かもめてるみたいですよ」
ラザルス「ん? ああ、どうせどこぞの浮浪者が食いもんか何かをたかってるんだろうよ。放っとけ、放っとけ」
ティナ「え!? 浮浪者ですって  これはきっとティーロ・ノーリ様のお導きだわ」
ターニャ「あ、ちょっと、ティナさん、目をキラキラさせてどこへ行くんですか」

ティナ「あの、おじさん、もしかしてお腹が空いているけど食べ物がなくて困っているんじゃありませんか?」
おやじ「んん? あんたは? おお、その手に持ったパンをわしにくれるというのか!!」
ティナ「はい。飢えた方に食べ物を差し上げるのは、ティーロ・ノーリ様の教えですから。そもそも、赤の女神さまが天空にその座を……って聞いてませんね」
おやじ「はぐはぐ、むぐむぐ、むしゃむしゃ、うぉぉぉ、うまいぞぉ」
ラザルス「おいおい、こんな小汚いおやじに食いもんやっても仕方ないだろうが」
ティナ「そんなことありません  こういうことは、相手がみすぼらしければみすぼらしいほど、小汚ければ小汚いほど燃えるものなのです」
ラザルス「そ、そうなのか」
ティナ「そうです。ほら御覧なさい。この方なんて、ここ一年で出会ったどんな物乞いの方たちよりもみすぼらしいのですよ。こんなに素晴らしくみすぼらしい方に出会えるなんて、わたしはなんて幸せなんでしょう」
おやじ「だはは、そんなに誉められると照れてしまうのぉ」
ラザルス「いや、世間一般では誉め言葉ではないと思うぞ……」

ターニャ「ところでおじさん、どうして街に入りたがっていたんですか?」
おやじ「うむ。話せば長いことなんじゃが……」
ラザルス「なら聞いてやらん」
おやじ「がーん。そんなこといわんと聞いてくれー」
ラザルス「だぁぁ、まとわりつくな、うっとおしい。ほら、聞いてやるから手短に話せ」
おやじ「実はな……、わしにもようわからんのだ」
ラザルス「はぁ?」
おやじ「何ひとつ覚えとらんのだ。気がついたら丘の上で倒れておっての、自分の名前も思いだせん。ただなんとなく、あの赤い月の下へ行かねばならんような気がするのだ。それでとりあえず街に入れてもらおうと思っとったわけなんだが」
ターニャ「もしかしてそれって、記憶喪失なんじゃ……」
ラザルス「ただ寝ぼけてるだけじゃねぇのか?」
ティナ「わかりました」
ラザルス「へ?」
ティナ「わたしたち、グラマーへ向かってるんです。もしよろしかったらご一緒しませんか?」
ラザルス「おいおい、本気かよ。こんな得体の知れないおやじを連れて行く気か?」
ティナ「はい」
ラザルス「お人良しにもほどがあるぜ。そんなことじゃ、悪い奴らに簡単に騙されちまうぞ」
ティナ「そうですか? でも、わたしたちには神の御加護があるから大丈夫です。ティーロ・ノーリカルトを騙した人たちって、たいてい1週間もしないうちにお亡くなりになってしまいますから」
ラザルス「は?……それってもしかして……。なぁ、そいつらの死体に とか刻まれてなかったか?」
ティナ「はぁ、そういえばそういった方もいらっしゃったような……」
ラザルス「……そりゃ、ダンファイブ・ザーロンの刺客の仕業だよ、あんた」
ティナ「ともかく、こんなみすぼらしさのチャンピオンのようなお方に毎日施しができるんですよ。こんなチャンスをフイにしたら、女神さまからばちがあたってしまいます。連れて行きますからね」
ラザルス「ま、そこまで言うんじゃ仕方ねぇなぁ」
ターニャ「でも、予算が足りないんじゃなかったんですか?」
ティナ「ああ、その点は大丈夫です。みなさんの宿のランクをちょっと下げて、食事のランクをちょちょっと下げれば平気ですから」
ラザルス「なにぃ、やめろぉ、俺様は反対だぁぁぁ」
ティナ「まぁまぁ、もう決まったことですから」
ラザルス「うをぉぉぉ」

ラザルス「ああ、俺様のゴージャスなディナーが、こんなおやじのせいで……」
ターニャ「まあまあ、ラザルスさん、旅の道連れは多いほうがいいって言うじゃないですか。ほら、早くいきましょうよ。門のところでティナさんが待ってますよ」
おやじ「おーい、早く来んかい。おまえさんたちは行かんのか?」
ラザルス「えーい、貴様のせいだ、貴様の。ぽか」
おやじ「こりゃ、頭をぽかっとやらんでくれぃ」

 ずるっ

ターニャ「え?」
ラザルス「うわ!?」
ティナ「どうかしたんですか?」
ラザルス「い、いや、今このおやじの頭がずれたような……」
ターニャ「あたしにもそう見えた……」
おやじ「な、なーに、気のせいじゃ気のせい。気のせいといったらドライアド(木の精)じゃあ、なーんての。だぁはははは」

 ひゅるるるるるる

ターニャ「ま、それはおいといて。さすがにファーゼストはターシュ1の都だけあって、賑やかですねぇ」
おやじ「がーん、おいとかんでくれー」
ラザルス「うむ。活気のある街だな」
おやじ「つまらんかったかのぉ」
ティナ「南北交易の重要な中継地ですもの。ルナー本国へ行く荷は、ここで船に積み替えられて中央に向かうんです」
おやじ「精進が足らんかったかのぉ、よよよよよ」
ラザルス「だぁ、わかった、わかったから黙っていてくれ、うっとおしい」
おやじ「がーん」
ティナ「え、えーと。このあと、わたしたちもここからミリンズ・クロスまでは船で行くんですよ」
ターニャ「オスリル河を下るんですね」
ティナ「そうです」
ラザルス「ほほぅ、川下りか。ラフティングをやらせて俺様の右にでるものはいねーぜ。どーんと任せな」
ターニャ「違うってば」
ターニャ「ところでティナさん、今までターシュを旅してきて思ったんですけど、思ったよりルナー化されてるんですね」
ティナ「うーん、そうですか? 実はそんなこともないんですけど」
ターニャ「でも今まで通ってきたところでは、どこもルナー一色って感じでしたよ。七母神の寺院やモラーニの寺院ばかりで」
ティナ「ああ、それは街道沿いにしか来ていないからですよ。このあたりでも地方にいけばルナーを快く思っていない氏族はまだいくつもあるでしょうし、流民国周辺には公然とオーランスを信仰する部族もいて小競り合いが絶えないって聞いてます」
ターニャ「ふうん。つまり、ルナーの支配力が弱いところでは、まだまだオーランス信仰は根深く残ってるってことですか?」
ティナ「そうですね。でも、こういったもともとはオーランス人っていう地域はホーレイ女王国あたりまでで、それよりも北はもともとイェルム文化に属する人たちなの。だからホーレイ以北では地方にいってもオーランス信仰はほとんどみられなくて、代わりにイェルマリオやロウドリルといったカルトの人気が高いんですよ。あ、もちろん都市部ではルナーカルトの人気も高いんですけどね」
ターニャ「っていうと、七母神とかエティリーズとかですか?」
ティナ「基本的にはそのあたりかしら。あと帝国市民になりたい人のための、赤の皇帝カルトなんかも人気かしら」
ターニャ「へー、そんなカルトもあるんだぁ」
ティナ「赤の皇帝カルトに入信すると、帝国の市民になれるのよ」
ターニャ「ふうん。ところで、七母神カルトとヤーナファルカルトってどう違うんですか?」
ティナ「い、いきなりどうしたんですか、ターニャちゃん」
ターニャ「実は前々から疑問に思ってたんです。七母神カルトって、ヤーナファル・ターニルズ、イリピー・オントール、ジャーカリール、ディーゾーラ、ダンファイブ・ザーロン、ティーロ・ノーリ、待つ女の7柱の神様をまとめて十把一絡で信仰するカルトですよね?」
ティナ「十把一絡って……まあ、そうですけど」
ターニャ「じゃあ、どうしてヤーナファル・ターニルズのカルト、とか、ダンファイブ・ザーロンのカルト、とか個別であるんですか? 変じゃないですか」
ティナ「えーと、そうですねぇ……七母神カルトの寺院は辺境地域には多く見られるけど、ルナー中央部では、逆に個別の神を奉ずる寺院として建っていることが多い、といったらわかるかしら?」
ターニャ「えーと、それってつまり、帝国中央には、個別にカルトを維持できるだけの信者がいるけれども、周辺にいくほど信者の数が少なくなるから、まとめちゃって寺院の規模を大きくしよう、ということですか?」
ラザルス「おお、なるほど。そうすれば、個別の時よりも楽に寺院を維持できて、呪文もとりやすいというわけだな。なんて卑怯な」
ティナ「それもありますけど、もうひとつ。七母神カルトって、ルナーをその土地の人たちに紹介するカルトでもあるわけで、そう言った場合にはひとつの神性として紹介したほうが受け入れられやすいし、信仰されやすいんですよ」
ラザルス「そうかぁ?」
ティナ「だって、七母神を信仰するだけで、戦神を信仰していることにもなるし、治癒の神を信仰していることにもなるし、魔術や大地の神を信仰していることにもなるんですから。もちろんそれらにちなんだサービスも受けられますしね。ほら、POW1ポイントの割にはとってもお徳」
ラザルス「むぅ。しかし、わがオーランスカルトも、戦士、嵐、統治と一粒で3度おいしいのだぞ」
ティナ「え? ラザルスさんってオーランス信者の方だったんですか 」
ラザルス「へ? いや、そんなことは全然ないぞ」
ティナ「そうですよね、ラザルスさんみたいな方が、あんな自分勝手で乱暴で、粗野で無粋でお風呂にも入らない歩く迷惑と言われるオーランシーなわけないですよね」
ラザルス「え? む、むぅ。わははははははは」
ターニャ「怒っていいのか、喜んでいいのかわかんなくなって、とりあえず笑ってみたわけね」
おやじ「おお、そうかオーランシーというのはわしよりも汚いなりをしておるのだな」
ラザルス「なにぃ、街一番の伊達者と呼ばれているこの俺様に向かって、貴様なんぞよりも汚いとは何事だぁ」
おやじ「おまえさんのことを言ったわけではないぞい」
ラザルス「えーいうるさい。問答無用〜」
おやじ「うぐぐ。ぎ、ぎぶあっぷじゃー」

 幕間

 ぎぃー、ばたん

ターニャ「やっぱり今夜も出かけたわね。いったい何処に行ってるの? これはもう後をつけるしかないわ。でも一人じゃ不安だから……ティナさん、ティナさん」
ティナ「すぴーすぴー」
ターニャ「ティナさんってば」
ティナ「すぴーすぴーすぴぴぴ」
ターニャ「……。いいもん、ひとりでも行くんだから」

 ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ  こそぉー

ターニャ「えーと、あ、いた。ちょうど外に出て行くところだわ。こっそり、静かに後をつけて……と。あ!!」

 どんがらがっしゃーん

ターニャ「あいたたたぁ。なんでこんなところにバケツが置いてあるのよぉ。うえーん、お尻いたーい。あ、しまった、ラザルスさんは……あーん、見失っちゃったよぉ」

第四幕 ホーレイ女王国 ミリンズ・クロス

 あたしたちはファーゼストで船に乗り、ターシュ王国の国境を超えて、ホーレイ女王国の都ミリンズ・クロスまでやってきました。あたしたちが乗ったのは、貨物を運ぶような大きな大きな平底船。ゆったりとした流れに乗ってののんびりとした船旅はとっても気持ちの良いもの……のはずでした。

ターニャ「まったくもう、ラザルスさんったら、せっかくの船旅だったんですからもう少し静かにして欲しかったです」
ラザルス「何をいっておるのだ。俺様の演奏は他の乗客たちにも非常に好評だったではないか」
ターニャ「あれは、単にバグパイプが珍しかっただけです。だいたいラザルスさんの演奏ったら ヶ所も間違ってましたよ」
ラザルス「む、そんなささいなことを気にするとは狭量なやつめ」
ターニャ「耳元でずっとプープーやられてたんですから気にもします  おかげで寝不足なんですからぁ」
ラザルス「そうか? ティナは平気のようだぞ」
ティナ「あ、わたしのことはお構いなく。わたしって何処ででも寝られるんですよ」
おやじ「わしは繊細じゃから夜も眠れんかったぞ。ちなみに、戦で夜も眠れないのは、戦災だからじゃあ。だぁははは」
ターニャ「寝不足の原因はこの人にもあるような気がする」

 さて、ミリンズ・クロス市内

ターニャ「街に入る前から気になってたんですけど、あの、街中から北西にずうっとのびている城壁みたいなの、ってなんですか?」
ティナ「あれが『娘の路』、帝国3大名所のひとつですね。ここミリンズクロスからジラーロまで続いているんですよ」
ターニャ「へえー、あれがぁ。2段になったアーチ型の石橋がずうっとまっすぐ伸びていて、なんだか壮観ですね」
ティナ「『帝国の路』と呼ばれている下の広い方の段なら、一般の人たちにも開放されていて通ることができるんですけど、『聖なる路』と呼ばれる上の狭い方の段はもっぱら儀式やVIP用で、普通は通れないんです。『帝国の路』と『聖なる路』との間にはフワーレン・ダールシッパの社がいくつも設置されているんですよ」
ターニャ「じゃあ、この道はフワーレン・ダールシッパのカルトが管理してるんだぁ」
ティナ「そうでしょうね。ガイドブックによると、この道は地上から3〜4メートルの高さにあり、ワゴン8台分の幅があるそうです。ただ、これは上の段の道を支えるアーチ部分を含めてのものみたいですね。で、3キロメートルごとに地上に降りる傾斜道があって、そこに料金所があるそうです。料金は一人1ルナー、動物一頭2ルナー、ワゴン一台5ルナーとなってます」
ラザルス「む、金をとるのか」
ティナ「『娘の路』には2本目があって、ジラーロ〜ヒルタウン間全長125キロメートルのものもあるそうです。そちらもよろしく、ってガイドブックに書いてありました」
ターニャ「ヒルタウンっていったらイムサー王国の首都ですね」
ラザルス「あっちこっちに道を造って征服するとはご苦労なことだな」
ティナ「わたしたちもジラーロまで『娘の路』を使いますから、詳しくはそのときに直接見てください」
ターニャ「はーい」
おやじ「わし、高いところは苦手なんじゃがなあ」

ティナ「はい、みなさーん、右手をごらんください。あちらに見えますのが、ルナー総督府庁舎でございまーす」
おやじ「じー」
ティナ「いえ、あの、右手を見つめるんじゃなくて、右の方を見てください」
ラザルス「ふん。生意気な建物だ。気に入らん」
ターニャ「ミリンズ・クロスには、ルナーの属領地政府があるんですよね」
ティナ「そうです。ここから全属領地を統括するわけです。属領地の政府機構を図1にしてみました」

ラザルス「ほほう、このアッピなんとかという奴が俺様のライバルとなるわけだな」
ターニャ「えーと、総督の下に徴税、軍、宗教をそれぞれ統括する人がいるわけね」
ティナ「そうですね。特にルナーでは、トライアークといって、このように権力を3つに分割する方法をよくとりますから、覚えておくといいですよ」
ターニャ「はーい」
ラザルス「面倒なシステムだな。そういうものは全部族長の仕事だろうに。そんなことではうまく機能するまい。というわけで、ルナー帝国恐るるに足らずだ、わははははは」

ターニャ「いままでの街と違って、なんだか尖った建物が多いんですね。塔なのかな?」
ティナ「そうですね、この辺りの地域はもうダラ・ハッパの文化圏ですから」
ラザルス「ダラ・ハッパというと、あのイェルムじじいを信仰している連中のいるところか?」
ティナ「ええ、ダラ・ハッパでは昔からイェルム信仰が盛んで、イェルムに少しでも近づけるような建築物、つまり、天高くそびえる塔の人気が高いんです」
ラザルス「ふっ、煙となんとかは高いところが好きというからな」
ターニャ「うわぁ、間近で見るとやっぱり高いですよぉ」
おやじ「おお、く、首がぁ」
ティナ「あと、街路が同心円状に設置されているのもダラ・ハッパ様式です」
ラザルス「むぅ、気に入らん」
ティナ「で、あちらにみえるのが七母神の寺院で、あっちがエティリーズの寺院です」
ターニャ「今までにあったのよりもずいぶんと大きいですね」
ティナ「だんだんとルナー本国が近づいてきた証拠です。帝国本土までもうすぐですよ」
ターニャ「ところでティナさん、女王様の宮殿はどこにあるんですか? 楽しみにしてたんですけど」
ティナ「? ミリンズ・クロスにはありませんけど」
ターニャ「えー、どうして? ホーレイ女王国の首都なんでしょ?」
ティナ「違いますよ」
ターニャ「あれ?」
ティナ「ホーレイ女王国の首都はフィリチェットで、もっと南の方にあるんです。だから、女王の政府はあっちにあって、おそらく宮殿もあちらにあるんじゃないかしら」
ターニャ「ありゃりゃ、そうなんだぁ」

ティナ「ミリンズ・クロスは、あくまでも属領地全体の首都であって、ホーレイとは別なんです。とはいえ、属領地政府にもっとも近いって事は、もっとも属領地政府の影響力も大きいってことで、けっこうやりにくいでしょうけどね」
ターニャ「こういうのって、二つの政府から違ったこといわれちゃったりして、住民が困るんだよね」
ラザルス「ふっ。そんなときはどちらの言うことも聞かねば言いのだ。なんと言っても俺様が正義なのだからな。わはははは」

ターニャ「あ、あれなんでしょう? 人がたくさん集まってます」
ラザルス「お、なにやら書いてあるな。えー、どれどれ、ほほう、ふむふむ」
ターニャ「ええ? ラザルスさん、新ペローリア語読めるんですか? すっごーい」
ラザルス「ふ、ふはははは。任せておけ」
ターニャ「で、なんて書いてあるんですか?」
ラザルス「むっ……まあ、こういうものを読むはガイドの仕事だからな、ガイドの仕事をとってはいかん」
ターニャ「なぁんだ、わかんないんだ」
ラザルス「なんだと、何を根拠にそんな……」
ターニャ「ティナさん、なんて書いてあるんですか?」
ティナ「えーとですね、わたしもあまり得意なほうではないのですが……」
おやじ「『アッピウス・ルクシウス杯争奪 チェストーナメント大会』だそうだが」
ラザルス「なんと!!」
ターニャ「やや」
ティナ「あーん、わたしの仕事がー」
ラザルス「なぜに貴様に読めるのだ? ははーん、わかった。口からのでまかせだな」
ティナ「いいえ、確かにそう書いてあります」
ラザルス「むう。ならばその先を読んでみるのだ」
おやじ「優勝者には賞金と豪華特典あり、飛び入り参加歓迎、だそうだ」
ティナ「はい、その通りです」
ラザルス「なに  賞金だと?」
おやじ「そう書いてあるぞい」
ラザルス「わははは、決めた。俺様はその大会に出場するぞ」
ティナ「だめですよ。まだこのあとも観光予定が詰まっているんですから」
ラザルス「むむ」
ターニャ「だいたい、ラザルスさんチェスなんてできるんですか?」
ラザルス「ふっ、天才と称されたこの俺様に不可能はない」
ターニャ「その根拠のない自信は何処からくるんですか 」
ラザルス「それは俺様が天才だからだ」
ターニャ「はいはい」
ラザルス「さて、では行ってくるとしよう。さらばだ諸君」
ティナ「あら、ほんとに行ってしまいました」
ターニャ「もぉ、団体行動がとれないんだからぁ」
ティナ「あはは仕方がないですね。では、とりあえずランチにしましょうか。夕方にはラザルスさんも戻ってくるでしょうから」
おやじ「うほ。めしじゃあ」
ラザルス「おーい」
ターニャ「あやや? ラザルスさん、もう戻ってきましたよ」
ラザルス「ターニャ、一緒に来い。俺様の通訳にしてやるぞ」
ターニャ「は?」
ラザルス「俺様は、新ペローリア語やターシュ語が、その、得意ではないのだ」
ティナ「さすがにもうこの辺りではサーター語は通じないですものね」
ラザルス「というわけだ。俺様の通訳をしてくれたら、優勝賞金の1割をくれてやるぞ」
ターニャ「いやです」
ラザルス「なにっ。まったくマイの連中は強欲だな。よしわかった1割5分でどうだ?」
ターニャ「お金の問題じゃありません。あたしは観光に行きたいんです 」
ラザルス「むぅ。ではティナに頼むとしよう」
ティナ「はぁ、でもわたしにはガイドというお仕事がありますから……」
ターニャ「ティナさんがいなくちゃ、観光できないじゃないですかぁ。だめです」
ラザルス「むむぅ。まったくどいつもこいつもわがままばかり言いおって。あと、残るは、と……」
おやじ「お?」
ラザルス「仕方ない。おい、おやじ、たしか新ペローリアが話せるとか言っていたな。俺様の通訳をやらせてやるぞ」
おやじ「しかしのぉ、わしらはこれから昼めしなのだ。この昼めしを、朝めし以来どれほど心待ちにしておったことか」
ラザルス「ふっ、貧乏人はこれだからいかんな。俺様は出場することで金をたっぷりと手に入れることができるのだ。そうすれば、貴様はご馳走を腹いっぱい食うことができるのだぞ」
おやじ「ぬわに  ご馳走が腹いっぱいじゃと  よし、通訳はわしに任せとけい」
ラザルス「話は決まったな。では行ってくる。わははははは」
おやじ「だぁははははは」
ティナ「いっちゃいましたね」
ターニャ「あの二人いいコンビかもしれない……」

ラザルス「わはははははは」
おやじ「だはははははは」
ターニャ「食べるか笑うかどっちかにしてくださいよぉ」
ラザルス「ふっ、それがチャンピオン オブ チェス、この優勝者ラザルス様に向かっての口のきき方かね?」
ターニャ「はいはい、わかりました」
ラザルス「おい、ウェイター、俺様に最高級フルコースを一人前追加だ。それと、こっちのおやじには、一番安いコースを二人前追加な」
おやじ「追加じゃぁ」
ターニャ「でもよく優勝なんてできましたね。ラザルスさん、チェスのルール知ってたんですか?」
ラザルス「ふっ、俺様は天才だからな」
ターニャ「いくら天才といってもルールをしらなくちゃゲームにならないじゃないですかぁ」
ラザルス「ふふ、実はな、このおやじが見かけによらずルールを知っていたのだ」
おやじ「ばくばく。アドバイスもしてやったぞい」
ラザルス「ふっ、だが駒を動かしたのは俺様だ。だから、優勝者は俺様なのだ」
ターニャ「へー、おじさんインテリなんですね」
おやじ「もぐもぐ。ん? わしがインテリアのようじゃと?」
ラザルス「とはいえ、さすがに準決勝あたりになると敵も強かったからな、俺様はある秘策を用いることにしたのだ」
ティナ「といいますと、どんな?」
ラザルス「敵が考えているときに、おやじのくだらないダジャレを聞かせて思考能力を奪うのだ」
おやじ「むぐむぐ、くだらないとはなんじゃい。華麗なジョークといわんか」
ラザルス「あれのどこが華麗だぁ」
おやじ「ナイトで攻撃、しないと。ルークが回ってくーるーくーる。いずれも国宝級のジョークじゃぞ」
ターニャ「な、なんて卑劣な……」
ラザルス「卑劣ではない。これも立派な戦法なのだ」
ティナ「聞いたことがあります。呪文《精神破壊》の原理は、一瞬の内に対象の心へとくだらないダジャレを何百も送り込み、精神を崩壊させるのだと」
ターニャ「そ、そうだったんですか?」
ラザルス「お、恐ろしい」

 幕間

 ぐがーぐがー

ターニャ「きっと今夜もラザルスさんは抜け出すはずだわ。街に滞在した最後の晩には、いつも宿を抜け出して何かしているみたいだもの。今日こそ何をしてるのか突きとめなくっちゃ」

 ぐがーぐがーぐごっ…ぐがー

ターニャ「あ、あれ? おっかしいなぁ、いつもならそろそろ出かけるはずなのに……もう少しだけ待ってみようかな」

 ちゅんちゅん

ターニャ「ね、眠い……空が白い……」

 ばたん、ぎしぎし

ターニャ「あ、とうとう動き出したわね。待った甲斐があったというものだわ。急いで廊下にでて後を追わなくっちゃ」

 ばたん

ターニャ「あ、あれ? ラザルスさん、どうしたの? なんだか気分悪そうですけど」
ラザルス「そういうおまえも目の下に隈ができているではないか。ははぁん、そうか、さてはおまえも二日酔いだな? まぁ、昨日はさんざん飲んだからなぁ。うう、気分が悪い……おえっ」

ターニャ「……。寝ずに待ってたっていうのにぃ。あたしの睡眠時間を返してぇ」

第五章 シリーラ君主領 ジラーロ

 あたしたちは、ミリンズ・クロスから『娘の路』を通って真っ直ぐジラーロまでやってきました。起伏が少なく真っ直ぐに舗装された道路は快適で、あっという間の4日間。とうとうルナー本国に到着です。

ティナ「あのぉ、みなさーん、たいへんです」
ラザルス「ん? 何がたいへんだというのだ?」
ティナ「お金が足りなくなってしまいました」
ターニャ「えー!?」
ラザルス「なんだと!?」
おやじ「お?」
ターニャ「ど、どうして?……はっ、もしかして、娘の路にいっぱいいた物乞いたちのせいですか?」
ティナ「え、えーと、その、そうみたいです」
ラザルス「見境なく施しなんぞするからだ」
ティナ「だ、だって体が勝手に動いてしまうんですもの」
おやじ「ペローリアの古いことわざにこんなものがあったのぉ。フマクティとティーロ・ノーリィには金を持たせるな」
ターニャ「もしかして、そもそもこのツアーの予算が少なかったのも……」
ティナ「はい、実はこのツアー用の予算は、出発前に半分ほど使い込まれていたみたいで……」
ラザルス「なんてこった」
ターニャ「で、これからどうするんですか?。お金ないんでしょ?」
ティナ「い、いいえ、まったくなくなってしまったわけではないんです。ただ、ちょっと切り詰めなくてはいけないかな?ってくらいで」
おやじ「ではもう、めしを腹いっぱい食えんのか?」
ティナ「はい、ちょっと苦しいです」
おやじ「がーん」
ラザルス「ふっ、うろたえるな。残っている金をすべて俺様に預けるのだ。すぐに2倍、3倍にしてやるぞ」
ターニャ「え? どうしたらそんなことが……あ、だめですよ、ギャンブルは 」
ラザルス「なーに、今度こそは負けん」
ターニャ「それよりも、ラザルスさん、チェス大会での賞金まだ残ってるんでしょ? 貸してあげたら?」
ラザルス「そんなものはもうない」
ターニャ「え、どうして? あんなにあったのに」
ラザルス「ふっ、だから言ったろ、今度こそは負けん、と」
ターニャ「ええー、あれ全部ギャンブルに使っちゃったんですか  ティナさん、絶対この人にお金わたしちゃだめですからね」
ラザルス「大丈夫だ。俺様を信用しろ」
ターニャ「できません!!」

ティナ「あ、あんなところに物乞いの方が……」
ターニャ「ティナさん、だめです!!」
ティナ「あ、そうでした。いけないいけない」
ラザルス「もうこれで5回目だぞ」
ティナ「はい、でもどうしても体が動いてしまって……」
ラザルス「こんなことでは危なくて一人では歩かせられんな」
ティナ「うう、どうしてもだめですか?」
ターニャ「じゃあ、こうしましょう。施しの額を少なくすればいいんですよ」
ラザルス「おお、なるほど。それは名案だな。ところで、いままではどのくらいやっていたのだ」
ティナ「えーと、一人10ルナーくらい……」
ラザルス「えーい、高すぎるわ!! 俺様の日当よりも高いではないか 」
ターニャ「あれ? ラザルスさん仕事していたんですか?」
ラザルス「ふっ、あたりまえだ。しかも俺様は何でもできるから、毎日違った仕事をしていたのだ」
ターニャ「それって日雇いっていいません?」
ラザルス「ま、まあ、ともかくだ、これからは一人1クラックだ。それ以上は負からん」
ティナ「ええ!! たったそれだけですか!?」
ラザルス「当たり前だ。それでも高すぎるくらいなのだ。それが不服なら施しはさせてやらん」
ティナ「わ、わかりました。1クラックでいいです。それでは、さっそく行ってきますね、るんるん♪」
ラザルス「なぜにあれほどうれしそうなのだろうか? 謎だ」

ターニャ「これでようやく観光できますね」
ティナ「あはは、ごめんなさい」
ラザルス「まったく、難儀な奴だ」
ティナ「えーと、ここジラーロは2本の『娘の路』が通り、フワーレン・ダールシッパの大寺院があることでも有名ですけど、もっとも美しい建築物があることでも有名なんです。ほら、あの左手に見えるあれがそうです」
おやじ「じー」
ティナ「いえ、だから左の手のひらをみるのではなくてですね」
ターニャ「わぁ、すごくきれいな建物ですね。すっと伸びた塔と建物の部分との調和が心に響きます」
ラザルス「そうか?」
おやじ「まるで、おでんのようじゃのぉ」
ティナ「1358年に彫刻家のイフィギオスという人の手で創られたそうです」
ターニャ「あっちの建物はなんですか? とっても大きいですけど」
ティナ「あれは、サルタンの宮殿ですね」
ターニャ「サルタン?」
おやじ「ザビタンといったらデーモンの名じゃあ」
ティナ「えーと、ルナー中央部は統治区分として9つの君主領に分けられていまして、それぞれに支配者がいるんです。その支配者のことをサルタンと呼び、彼らの領土のことをサルタネートと呼ぶんですよ」
ラザルス「なんだか面倒だな」
ティナ「一時期、ルナー帝国は東の遊牧民の侵略統治を受けていたことがあって、そのときに用いられていたサルタンという称号がそのまま残ったのだといわれています」
ターニャ「戦争はたくさんの血を流してしまうけど、文化の交流にもつながるという、いい例ですね」
ティナ「表2にルナー中央部の君主領をまとめてみました」

ターニャ「ああ、今あたしたちがいるジラーロってシリーラ君主領の首都だったんですか。だから、支配者であるサルタンの宮殿があったんだ」
ティナ「そうなんです」
ラザルス「おい、このコスターディ君主領とかいうところの支配一族がセーブルの民というのはどういうことだ? セーブルといったらプラックスにいる、あの獣のことか?」
ティナ「ええ、もともとはプラックスのセーブルの民と先祖は同じだといわれています。昔々にこのあたりまで移住してきたんでしょう」
ターニャ「セーブルライダーさんたちかぁ、懐かしいなぁ」
ティナ「彼らは昔、ジャニソールという英雄に率いられて帝国に侵攻し、いったんはグラマー内部にまで侵入したんですけど、ツインスターに説得されて帝国の味方になったんですよ」
ラザルス「むむ、裏切り者め」
ターニャ「じゃあ、首都の『双塔の都』ってきっとツインスターにちなんで建てられたんだね」

ティナ「あと、原聖地君主領のトーランは赤の女神の生誕地として有名で、毎年多くの人たちが巡礼に訪れています。また、ダージーン君主領のハランショルドは月の船の建造地として有名です」
ラザルス「ムーンボートとかいうあれか? あれはいんちきだ。あんなもので空を飛べるはずがない。きっとシルフが運んでいるに違いないのだ」
ターニャ「だとしたらもっと問題じゃないですか? オーランシーとしては」
ラザルス「む、では、あれは船によく似たワイバーンだ。うむ、そうだきっとそうに違いない」
ターニャ「はいはい。じゃあカラサル君主領のグレートシスターというのは?」
ティナ「ルナー帝国には、赤の女神の娘でグレートシスターという名の半神がいるんです。彼女はカラサル君主領の首都、グラクロドントに住んでいるんですよ」
ターニャ「へー、赤の皇帝の妹なんだぁ」
おやじ「一見はかわいいんじぁが、本当はものすごくこわいのじぁあ」
ラザルス「曲がりなりにも半神だからな。だがなぜに貴様がそんなことを知っているのだ?」
ティナ「これからはまたオスリル河を下りますから、今挙げたほとんどの都市には寄れませんけど、ダラ・ハッパ文化の中心地、トライポリスの内2つには立ち寄りますから期待しててくださいね」
ターニャ「はーい」

 幕間

 ぎしぎし

ターニャ「今夜こそ、何をしてるか確かめるんだから。こそこそっと」

 たたたた、パタン

ターニャ「階段を降りて外にでたのね。へへへ、今夜は寝る前にちゃーんとバケツは片付けておいたから大丈夫なのよ。えーと階段を静かに下りて……扉を静かに開いて……と」

 ぎー、きょろきょろ

ターニャ「あ、いた。な、なに、あの格好、ほっかむりなんかして露骨に怪しいじゃない……あ、いけない、跡をつけないと……」

 こそこそこそこそ

ターニャ「あ、立ち止まった。きょろきょろとして、辺りをうかがっているのかしら? あ、あれ? 大通りの方に歩いていく……ちょ、ちょっと、そんなルナーの夜警に近寄って……ま、まさか、ルナーの夜警相手に辻斬りをやっていたんじゃ……いえ、でも武器は持ってないし正面から近づいているわけだからそうじゃないわよね」

 ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ

ターニャ「身振り手振りで何か話しているみたい。まさか、仲間がいるの? あ、でも話してるのって片言のターシュ語みたいだし……あ、にこやかに手を振って離れていっちゃった……どういうこと?」

ターニャ「あのぉ、すいません。さっきの人のことですけど……」
ルナー夜警「なんだ、あんたも迷子になったのかね?」
ターニャ「……」

第六幕 ダラ・ハッパ

 あたしたちは、ジラーロから船に乗り変え、ダージーン君主領に位置するアルコスへ向かっています。いよいよ、イェルム文化の中心地、ダラハッパにやってきました。

ターニャ「ありゃぁ、ターシュでも驚きましたけど、ここはもっとすごいですぅ」
ラザルス「これで本当に河なのか? まるで湖ではないか」
ターニャ「河は広いし、土地は平らだし。あのススキみたいな植物はなんですか? 作物なんですか? 畑とは違うみたいですけど」
ティナ「ああ、あれは水田というんです。稲という植物が植えてあって、あれからお米が採れるんですよ」
ターニャ「へー、お米ってこうやって作るんだぁ。メモメモっと。あっ、漁師さんたちもいます。やっほー」
ラザルス「こら、恥ずかしい真似はやめんか」
ターニャ「あ、漁師さんたち、あっちへいっちゃいました。ぐすん」
ティナ「ここの土地の人たちは保守的ですから、あまり余所の人達とは係わりたがらないんですよ」
ラザルス「まあ、当然だな。どこでもそんなものだ。おっ、あれがアルコスか?」
ターニャ「ひゃー、おっきー」
ラザルス「ほほう、分厚い城壁で円く囲われているわけか。地形による防御効果が薄い分、堅そうな造りだ」
ティナ「あれが、トライポリスのひとつ、アルコスです。イェルムの息子である戦神アルコーの街で、優秀な兵士を生むことで有名なんです」
ラザルス「ほほぅ、特産品は優秀な兵士か。まぁ、俺様ほどではないだろうがな」
ターニャ「ラザルスさんは兵士には向いてないですよ。協調性がぜんぜんないですから」
ラザルス「ふっ、俺様は群れるのが嫌いなのだ」
ティナ「アルコスは、街中の人がアルコーを信仰していたりするものですから気を付けた方がいいですよ。今までに何人もの旅人が住民の機嫌を損ねて撲殺されていますので」
ターニャ「えー 」
ラザルス「ぼ、撲殺……」
ティナ「そう、メイスでぐしゃっと。ただ今回のツアーではみなさんには仮の帝国市民権が与えられていますから、そう簡単には住民も手出しできないはずです」
ラザルス「むぅ、危ない街だ」
ティナ「あ、そうそう、アルコーはシャガーシュとも呼ばれていて、街の人の間ではこちらの名で通っているんですよ」

ターニャ「あ、あれがアルコー、えーと、シャガーシュの大寺院なんですか? なんだか壁があるだけでぜんぜん中がみえないですぅ」
ティナ「そうですね。シャガーシュの寺院はエンクロージャー(囲い込み)とも呼ばれていて、ぐるりと周囲を壁で囲われているんです」
ラザルス「中からなにやら奇声が聞こえるのだが、ほんとにあれで優秀な兵士なのか?」
ティナ「シャガーシュの戦士は、イェルマリオの聖堂戦士たちとは違ってまして、どちらかというと、バーサーカーに近いんです」
ラザルス「バーサーカー? そんなものが兵士として役にたつものか」
ティナ「えーと、命令に従う統率のとれたバーサーカーの一団といった感じでしょうか」
ラザルス「死をも恐れぬ兵士というわけか? 確かに優秀と言えないこともないが、それではただの使い捨ての駒ではないか。そんなものは役にたたん」
ティナ「とりあえず、シャガーシュの戦士が恐れられているのは本当らしいですよ。ルナー政府も一目置いているらしいです」
ターニャ「あ、七母神の寺院もあるんですね」
ティナ「一応はルナー帝国の支配下にあるわけですし」
ターニャ「でも、ダラ・ハッパの人達ってイェルムを信仰してるんでしょ? どうしてルナーも一緒に信仰できるんですか?」
ラザルス「うむ、そうだな。あの偏屈じじいを信仰しているような頭の堅い連中が、ルナーなんぞという新参者の支配に甘んじるとは到底思えん」
ティナ「そこはそれ、ルナーの政策は柔軟ですから」
ラザルス「どういうことだ?」
ティナ「実は、彼らイェルム信奉者にとって、ルナーは余所者ではないのです」
ターニャ「はにゃ?」
ティナ「もちろん最初は抵抗もありました。特にアルコスは最後までルナー帝国の支配に抵抗した街です。でも、赤の皇帝はイェルムから認知された真の皇帝である、ことが証明されていたので、最後には彼らも受け入れることができたわけです」
ターニャ「へー、そうだったんだ」
ラザルス「じゃあ、あれはどう説明するのだ。あの中空に浮かんでいる赤の女神は」
ティナ「イェルム神殿の信者達の間では、赤の女神、こちらではルフェルザと呼ばれていますが、彼女はイェルムの娘だと言われています」
ラザルス「なにぃ 」
ターニャ「えー  そうだったの?」
ティナ「昔神々の戦争で殺されたルフェルザを、地界からシャガーシュの道を通り連れ戻したのが、ヤーナファルを始めとする七母神、というわけです。だから、彼らイェルム信者にとってはルナーの神々はすべてイェルム神殿に属しているというわけなんです」
ラザルス「むぅ」
ターニャ「えーと、その、赤の女神がイェルムの娘だ、っていうのは本当なんですか? あたし、初めて聞きました」
ティナ「さあ、どうなんでしょうね。本当のところはわたしも知りません。ルナー当局は否定も肯定もしていないみたいですし」
ラザルス「なんだ、つまり、ルナーに力で敵わなかったイェルム連中は、勝手に都合のいい解釈をでっちあげて偉いつもりでいると、こういうわけだ」
ターニャ「で、ルナーはその方が統治に都合がいいから、否定しないでいる、と?」
ティナ「一概にそうも言えなくて、彼らに都合のいいような解釈を流布したのはルナー当局の可能性もあります。ターニャちゃんのいうようにルナーにとっても都合がいいですからね。あ、これはオフレコにしてくださいね」
ラザルス「結局、どっちも気に入らんぞ」

 幕間

ターニャ「今夜こそ、ラザルスさんが何をしているのか突きとめさせてもらうわ。今回はちゃんと街の地図を渡しておいたし、いくらラザルスさんといっても迷わないはず」

 こそこそ

ターニャ「えーと、あっちの方向は門のほうだわ。外に出るつもりなのかな? でも夜は門は閉まってて出られないはずだけど」

 こそこそ

ターニャ「あ、やっぱり門のところまで来たみたい。門の見張りの死角に隠れて……ん? 懐から袋を取り出して、中身をばら撒いた? えーと、一見ただの石ころみたいだけど……も、もしかしてサンダーストーン? でもあんなにあるわけないか……あ、懐からまた袋をとりだした。あ、また。またもう一袋。いったい、どこにそんなにも隠してたのよぉ。なぁんていってるうちに、全部ばら撒いたみたい。一通りばら撒いた石ころを見渡して、両手を腰に当てて……わっはっは? よく声も出さずに高笑いできるもんね。あ、宿の方に帰っていく……」

ターニャ「うーん、ラザルスさんって一体何してたんだろ? 聞いてみたい気もするけど……やめとこ。なんか後悔しそうな気がするし」

第七章 銀の影君主領 グッド・ショア

 アルコスから、コスターディ君主領の首都ダーリーブへ向かい、その後はまた船で、トライポリスのひとつ、ライバンスへと向かいました。ここはもう、ルナー帝国中央部の中でも更に中心地、銀の影君主領です。ライバンスでの観光を終えた後、いよいよ旅の目的地グラマーへと向かうため、グット・ショアへとやってきました。

ターニャ「さすがに、ここまで来ると赤い月が大きくみえますねぇ。ほとんど真上に浮かんでるみたいです」
おやじ「く、くびが痛い」
ラザルス「俺様は気に入らんな。西に見えるクレーターはもけもけと妖しく銀色に輝いているし、おまけに満月の日には昼までもあたり一面真っ赤ときている。ここいらの連中はこんなところでよく正気でいられるものだ」
ティナ「慣れれば気にならないものですよ。こちらの低地に住んでいる人がパスへと来たときには、まず冬の峰の信じられないくらいの高さに驚くといいますし」
ターニャ「へー、冬の峰ってあたしが生まれる前からあったから全然不思議に思わなかったけど、そう言われてみればこっちの方にはあんなに高い山はないですね」
ラザルス「だが、この景色は異常だ。どうも胡散臭い。ちゃちなB級特撮SF映画の背景のようだ」
おやじ「そうかのぉ。わしはここんとこ調子がよいぞい。肩こりもとれたしのぉ」
ターニャ「赤い光には血行促進作用があるのかしら?」
ティナ「はいはい、グッド・ショアにつきましたよ。この街からは『皇帝ハイウェイ』が伸びていますから、明日はそこを通ってグラマーへと向かいます。ちなみにこの街は、グラマーを敵から守るための防衛拠点として建設されたんです。この地で、昇月の女神、ヤーラ・アラニスが生まれたんですよ」
ターニャ「遊牧民を帝国から駆逐した英雄ですね」
ティナ「ささ、入城の手続きをしますからこっちに並んでくださーい」

衛兵「ティーロノーリ待祭ティナ・ティスタリカ、および同行のツアー客3名。あなた方に逮捕状が出ている。おとなしく逮捕されたし」
ティナ「え?」
ラザルス「ん? なんと言っているのだ?」
おやじ「どうやら、わしらを逮捕するとかなんとかいっとるみたいだが」
ターニャ「えー!! 逮捕ー!?」
ラザルス「なにぃ!? し、しまった。俺様のルナー転覆計画が、もうばれてしまったのか!!」
ターニャ「え!! ルナー転覆計画?」
ラザルス「その通り。実は俺様はルナー政府の転覆を狙うテロリストだったのだぁ」
ターニャ「ええっ  そうだったんですかぁ 」
ラザルス「そうだ。だがこんなこともあろうかと、ちゃんと脱出手段は用意してある。これをみよ!!」
ターニャ「はっ、そのメダリオンはいったい!!」
ラザルス「これは《誘導瞬間移動》のマトリクス、これさえあればどんな苦境も怖くはないのだ」
ターニャ「ずるーい。そんなことだからオーランシーはパーティーの仲間から信頼されないんですよぉ」
ラザルス「えーい、うるさい。俺様がルナーを倒した暁には一番に助けてやるから安心しろ」
ターニャ「何勝手なこといってるんですか!!」
ラザルス「わはは。ではさらばだ、諸君。また遭おう!! でや!!」

ラザルス「……」
ターニャ「……」
ラザルス「……」
ターニャ「どうして、まだそこにいるんですか?」
ラザルス「むむ、おかしいな。もう一度。さらばだ諸君、また遭おう!! でや!!」
ターニャ「……」
ラザルス「な、なぜだぁ、なぜ作動しないのだぁぁぁ」
ターニャ「えーと、どれどれ……あ、これ有効期限切れてます」
ラザルス「がーん」
おやじ「これこれ、おまえさんが怪しげな挙動なんぞしとるもんだから、すっかり衛兵に囲まれてしまったぞい」
ターニャ「おとなしく捕まるしかないようですね」
ティナ「大丈夫です。何かの間違いですよ、きっと」

 がしゃん

ターニャ「ひーん、投獄されてしまいましたぁ」
ティナ「大丈夫です。みなさんにはツアーの間中、ルナー市民権が与えられていますから、ひどい扱いを受けることはないはずです。公正な裁判を受けられる権利があるんですから」
ターニャ「でも、ラザルスさんってテロリストだったんですよぉ」
ラザルス「すまん、みんな」
ターニャ「いったい何をしたんですか? もしかして夜な夜な宿を抜け出して石を撒いていたのと関係があるんじゃあ?」
ラザルス「むむ、そこまで知られていたのか。ならばすべてを話しておかねばなるまい。実は俺様は、毎夜ルナー転覆のための秘密の計画を実行していたのだ」
ターニャ「秘密の計画?」
ラザルス「そう。なんと、俺様は毎晩、門の近くに石ころをばら撒いていたのだ!!」
ターニャ「それは知ってます」
ラザルス「い、いや、ほら、ティナやおやじは知らんと思ったからな」
ターニャ「で、それがルナー転覆とどんな関係があるんですか?」
ラザルス「ふっ、まだわからんのか? そんなことでよくランカー・マイの信者が務まるものだな」
ターニャ「むっ。わかりませんよぉ。ちゃんと説明してください」
ラザルス「つまりだな、門の近くに石がばら撒かれていたらどうなる? 門を通るワゴンが通りづらいだろう、そして車輪の壊れるワゴンもでる」
ターニャ「あの程度の石ころでですかぁ?」
ラザルス「 台に1台くらいは支障をきたすのだ。たとえば俺様が乗ってやっている荷車がいい例だ」
おやじ「おお、確かに門を抜けるのに苦労したのぉ」
ティナ「ごめんなさーい、予算が少なかったんです〜」
ターニャ「た、確かにそういうこともあるかもしれない……」
ラザルス「ふっ。と、いうことは、街に入ろうとするワゴンが渋滞することになるのだ」
ターニャ「ああ、それでルナー政府に対する不満を高めようと言うわけですか」
ラザルス「ふっ、甘いな。そんなことでは街の治政に対する不満にはなってもルナー政府への不満とはならん。この計画にはまだ先があるのだ」
ターニャ「はぁ」
ラザルス「事態を重く見た帝国政府は渋滞を解消するために街道の整備を始めざるをえなくなる。ということは、多くの者が重労働に狩り出されることになるのだ」
ターニャ「え、えーと、それで税がかさんだり、労働に狩り出されたりで不満がつのるってわけですか?」
ラザルス「それもある。だが、所詮そんなものは副次的効果にすぎん。この計画の真の目的は他にあるのだ」
ターニャ「というと?」
ラザルス「重労働をすると大量の汗がでるだろう。そして、汗が出ると人は本能的に顔を洗いたくなるものだ」
ターニャ「はぁ」
ラザルス「顔を洗うとどうなる?」
ターニャ「んーと、顔がきれいになる」
ラザルス「ふっ、蒙昧な輩はこれだから困る。まだわからんのか? 顔を洗うと目がさめるのだ。ということは、ルナー政府に騙されているという事実に気づいてしまうのだよ、わかったかね?」
ターニャ「……唖然」
ラザルス「どうだ、無理のない完璧な展開だろう」
ターニャ「道理がすっかりひっこんでる……」

ラザルス「しかし、帝国の対応は思ったよりも早かったな。どうやら、よほどの切れ者がいると見える。だが、今更俺様を捕らえたところで、もう遅いわ。今頃ファーゼストあたりでは、ルナーに騙されていることに気づいた民衆たちが反乱を起こしている頃であろうて。わはははは」
おやじ「むぅ、そうじゃったのか、お、恐ろしい計画じゃあ」
ラザルス「だが安心しろ。これは俺様一人でやったこと。おまえ達は無実だと証言してやる。感謝しろよ、なんといっても俺様は正義の使徒だからな。わははは」
おやじ「おお、すまんのぉ、よよよよ」
ターニャ「……。どうして捕まっちゃったんだろう。何か心当たりないですか?」
ティナ「うーん、全然ないです」
ラザルス「だから、俺様がだな……」
ティナ「たぶん、何かの間違いだと思うんですけど」
ラザルス「おい、だから、人の話をきけって……」
ターニャ「これからどうなるのかなぁ? あたしたち」
ティナ「何の容疑で逮捕されたのかわかりませんけど、たぶん裁判になるんだと思います」
ターニャ「そういえば、さっき帝国市民とかなんとかいってましたけど……」
ティナ「ああ、それですか? えーと普通、市民といったら赤の皇帝カルトの入信者のことなんです」
ターニャ「赤の皇帝カルト、ですか?」
ティナ「ええ。えーと表3を見てください。赤の皇帝カルトがどんなものか、簡単にまとめてみました」

ターニャ「へー。で、何するカルトなんですか?」
ティナ「基本的には統治をするためのカルトです。法や徴税といった統治システムを尊守させ、実行するのがこのカルトの役割なんです。ですから、納税者や法に守られている人達はすべてこのカルトのメンバーになるというわけなんですよ」
ラザルス「それでは、国が丸まるひとつのカルトではないか」
ティナ「国どころかルナーの支配地域が、まるまるひとつのカルトといってもいいかもしれません。実はラザルスさんもターニャさんも、このカルトのメンバーなんですよ」
ターニャ「え? でも、あたし入信した覚えはないですよ」
ラザルス「俺様もだ」
ティナ「もちろん、ターニャさんもラザルスさんも入信したことはないと思います。でもボールドホームの人ですから、帝国臣民にはなるんです。つまり、赤の皇帝カルトの平信者ですね」
ラザルス「なにぃ、俺様はそんなものになった覚えはないぞ」
ティナ「とはいっても、ルナーに法を守るよう期待されているわけですから、つまり帝国臣民ということなんです。逆にルナーの法に守られる権利があるということにもなるんですよ」
ラザルス「俺様はそんなものに守ってもらわなくてもかまわん」
ティナ「でも、そうなるとさっきの場でいきなり殺されちゃっても文句を言えないことになってしまいます」
ラザルス「むぅ、それは困る」
ティナ「そうでしょう? だから向こうが勝手に臣民にしてくれるというんですから、なっておいて損はないわけです。どちらにせよ法を破ったら捕まりますし、税金の取立てはやってくるんですから」
ラザルス「そうか。しかし、なんだかうまく丸め込まれたような気がするぞ」
ターニャ「でも、あたしたちは帝国市民なんですよね? 臣民じゃなくって」
ティナ「あ、それはですね、ツアーの間だけ暫定的にルナー市民扱いしてもらえるように取り計らってもらったんです。入城税や通行税などは、市民であるかどうかで結構違ってくるものですから」
ターニャ「あ、そういえば美術館や博物館では市民割引って書いてありましたね」
ティナ「本来の市民権ほどではないですけど、暫定市民権がある以上は、裁判もただの臣民階級よりは有利になるはずです」
ターニャ「ふーん。そっかぁ」
ティナ「とにかく、今は待つしてありませんね」
おやじ「どうでもいいが腹がへったぞい」

第7幕 そして後編へ

 たたたたたたた  たたたたたたた  がさごそがさごそ  がちゃがちゃ

ターニャ「ふわーわ。あれ? いつのまにか寝ちゃってたんだぁ。ん?」

 がちゃん

ターニャ「扉のところに……誰かいる? えーと、ティナさんティナさん」
ティナ「すぴーすぴー」
ターニャ「あーん、ティナさんってばこんなときまでー。仕方がないか。ラザルスさん、ラザルスさんっば。起きてください」
ラザルス「んん? どうした? もう朝か?」
ターニャ「しー、ちがいます。誰かが扉をあけて中に入ろうとしてるみたいなんです」
ラザルス「ほほぅ、助けが来たのだな。これもひとえに俺様の人徳のおかげだな。わは……むぐむぐ」
ターニャ「静かにしてください」

 ぎー

ターニャ「扉が開きました。黒尽くめの男が……4人、入ってきます」
ラザルス「やあ同志たちよ、よくぞ助けに来てくれた。俺様が無敵の<宴Uルスだ」
黒覆面の男達「……!!」
ターニャ「ラ、ラザルスさん、なんか違うみたいですよ。みんな一斉にシミター抜いちゃいましたし、なんとなーく危険な雰囲気なんですけど……」
黒覆面の男1「貴様がチェストーナメント優勝者のラザルスか……」
ラザルス「なんだ、サインが欲しいのか?」
黒覆面の男1「新たな仮面……まだ覚醒してはいないようだな」
ラザルス「おい、サーター語で話してくれ」
黒覆面の男1「ならば……死ね!!」
ラザルス「うわっ!! おいやめろ、こっちは丸腰なんだぞ。おい、こら、やめろってば」

 ひゅんひゅん

ラザルス「うわー、よせ、こら」
黒覆面の男1「ちぃぃ。ちょこまかと」
ターニャ「ラザルスさんってけっこう器用だったんですね」
おやじ「ん〜、朝めしかのぉ〜」
黒覆面の男2「こちらにも誰かいます」
黒覆面の男1「かまわん。目撃者は殺せ」
ターニャ「え、えー!?」
黒覆面の男2「悪いな。おまえに恨みはないが死んでもらう」
おやじ「ふわーわ、めしなんじゃろ?」
ターニャ「あっ! おじさん、危ない!!」

 このとき何が起きたのか、あたしには良くわかりません。おじさんの首を狙って放たれた、刺客の横なぎの一撃は、間一髪おじさんがこっくり、としたために外れ、首の代わりにおじさんの髪の毛、いえ、かつらを弾き飛ばしたのです。

 ぴかー

黒覆面の男達「うわっ、なんだぁ」
ターニャ「きゃー」
ラザルス「ま、まぶしいぃ」
ティナ「すぴーすぴー」

 瞬く間に部屋中は赤い光で満たされ、あたしは意識を失ってしまいました。薄れ行く意識の中で、グッドショアの街を、雄大なオスリル河を、巨大な都市グラマーを、眼下に見たような気がします……

(後編につづく)

 次回予告

 刺客に襲われたあたしたちは、不思議な光に包まれて意識を失ってしまいました。そして、気がついてみると、そこは荒涼とした荒野。ここはいったいどこ? あのとき、一体何が起こったの? おじさんの正体って?
 陰謀渦巻くルナーの脅威がターニャたち一行の前に立ちはだかる。果たして、彼らは無事に故郷に帰れるのか!? ターニャはお土産のことをおぼえていられるのか!?

 次回、ルナーのひみつ後編「あたしを月に連れてって」。1998年12月堂々登場(予定)
 きみは、そこで月の真実に触れる……。