社説:特許制度見直し 社員の意欲を損なうな


毎日新聞 社説 2014年10月26日 02時30分

 社員が仕事で行った発明の特許権は「社員のもの」だ。社員は権利を会社に譲り渡し、報奨金などの対価を得る。だが、「この制度が経営の大きなリスクとなっている」と主張する産業界の強い要請を受け、政府は昨年6月の成長戦略で、抜本的に見直す方針を打ち出した。

 特許庁の有識者会議で具体策が検討され、 特許権を初めから「会社のもの」とする特許法改正案 が示された。有識者の中に「社員に不利益になる」と反対する声が根強いため、「社員に支払う対価を今と同等にすることを保障する」という項目が盛り込まれた。成長戦略で考えるべきは企業の人材確保と育成だ。社員の発明への意欲を高め、能力を発揮してもらうことが競争力強化につながる。今回の見直しがその環境作りに役立つのか大いに疑問だ。

 2000年代初め、特許権の対価をめぐる訴訟が相次いだ。ノーベル物理学賞の受賞が決まった中村修二氏は、青色発光ダイオードの発明特許の対価をめぐり出身企業を訴え、東京地裁が200億円の支払いを命じ、後に約8億円で和解した。

 訴訟の多発を受け、政府は04年、「特許権は社員のもの」の原則は変えず、社員の意向を反映させた対価算定を企業に促す法改正を行った。その後、多くの企業が報奨ルールを設け、訴訟は収まっている。ただ、産業界は「訴訟リスクは残っている」とし、特許が数万件にのぼる大企業では、対価算定や支払い事務が煩雑となり、多数の人員が必要になることを問題視してきた。

 有識者会議の協議で、権利の帰属先を転換することに対する意見の溝は埋まっていない。「訴訟は収まっており、見直す必要があるのか」との声も出た。だが、成長戦略で「14年度中に結論を得る」と期限が区切られ、決着が急がれたのは問題だ。

 海外の法制度は一様ではない。 英仏は会社に帰属し、ドイツや韓国は「社員のもの」だ。米国は雇用契約で取り決められている。ドイツは、会社が放棄しない限り、4カ月後に会社に権利が移る。 こうした仕組みがどう影響するかなど、多面的な検討が必要だった。訴訟リスクや対価算定がどれだけ経営を圧迫しているのかの議論も尽くされていない。特許庁は法改正とともに、争いを防ぐため、報奨ルール作りの指針を策定する。まず指針を作り、その効果を見る道筋もあったはずだ。

 中村氏は「改正は猛反対」とし、研究者の海外流出を懸念する。企業側の問題意識から始まった見直しだ。「会社のもの」になれば、対価を保障するといっても、企業は権利を強く主張するようになる。社員の意欲が損なわれれば元も子もない。