籠の中の小鳥

籠から垣間見える世界を見て育った小鳥は何を望むのだろう。
籠の中という小さな世界で育ち叶いもしない外を夢見て。
空の青さも雲の白さも、すべてを夢想して。
青い空に映える己の白い翼を思い描いて。
小鳥は飛ぶ。己の幻想の中を。
己が描いた桃源郷でのびのびと。

僕は外を見た。
空に浮かぶ白い雲は鳥のよう。
僕を拘束する白い布団とは違い、軽々と羽ばたいている。
何度夢見ただろう。
あの緑の植物、青い空、白い雲、界隈した人ごみ、それらをこの目で見たい。
聞きたい。触りたい。と。
そして今も、手の触れられる距離にある白い布団がそれを阻止している。
僕は……外には出られない。
六畳間の部屋は成長するにつれて狭く感じていく。
世界はあんなにも大きいのに、こんなにも小さかったのだろうか。
外を見ながら僕はため息をついた。
頭の中で展開する世界のほうが大きいのかもしれない。
実体がない分だけ大きく感じるだけなのかもしれないが。
僕の世界といったら六畳間を囲む白い壁が精一杯だ。
それより外はまるで地球にいる人類が宇宙を眺めているようなもの。
いや、宇宙に出る手段があるだけましなのかもしれない。
宇宙旅行すら目前にあるというのに、僕はまだこの六畳間から出る手段すら持たない。

最近僕は自分でも自分の夢想世界をうまく歩けていない。
世界はあまりにも肥大になりすぎて、統治者である僕を置いてどんどん進んでいく。
ばらばらだった趣味が融合して大きな世界を作り僕を混乱させる。
昨日出てきたキャラクターが今日には性格が変わっている。
いつの間にか、自分の世界なのに知らない人が出てきている。
今日広げた世界が明日は僕を苦しめる。
広い世界にあこがれたはずが、広い世界に苦しめられてすらいる。
そんな矛盾の中から僕は、自分の世界を書き留めだすことにした。
キャラクターの容姿を描き出し、特徴を事細かに書き出す。
舞台の様子も持てる限りの単語で描き出し、世界をつなげあう。
そうやって無限に広がる世界は、インターネットのようにまとまりを持ってきた。
僕は細い蜘蛛の糸の上を日々散策し、自分の知らない小道を見つけたらそこを歩き地図に書き留めるだけ。
永遠に終わらない散歩を地図を片手に楽しみ、迷うことなく帰ってくる。

いつの間にか出会ったキャラクターの数は二桁を超え、三桁へ届こうとしていた。
生み出された小さな世界の数も二桁を超えている。
それぞれの世界で、それぞれのキャラクターたちが動き生きていた。
たまにお互いの世界を行き来して、楽しそうに笑ったり、悲しそうだったり、さまざまな表情を見せる。
彼ら、彼女らが動く様を書き留めた紙は、紙芝居のようになっていた。
僕の頭の中という閉鎖した環境を飛び出し、いつの間にか紙上で動き出していた。
きっと、彼らも外に飛び出したいのだろう。
籠の中に閉じ込められた小鳥のように……。
僕は彼らの歩みを記した紙を集め、読み返した。彼らの軌跡をたどるようにと。
僕が叶わなかった願いを、せめて彼らには叶えさせてあげたかった。
文字が躍る。彼らは外へ駆け出す。
早く、早く、外へ、と。
夢見た外はもう目の前だ、と。
外の世界は温かく彼らを迎えてくれるだろうか。
冷たく拒絶するだろうか。
彼らの物語を書きながら僕は思った。
彼らが飛び立とうとしている外は、僕のいる六畳間をも越えるだろう。
僕は、自分の知らない外の世界へ彼らを送り出すことになる。
羨望と嫉妬の入り混じった不思議な感情が僕を襲った。
そしてそれに安堵する。僕はまだ、まともなんだ、と。

僕の六畳間の世界にはたまに人の出入りがある。
たいていは食事と身の回りのことをしてくれるだけではあるが。
しかし、“お兄さん”という僕にいろいろ与えてくれる人もいる。
僕の世界のキャラクターたちが紙面を歩けるのも“お兄さん”のおかげだ。
“お兄さん”はいつも白衣をまとっているが、僕にはとても優しい。
僕の……キャラクターたちの軌跡を外へ送り出そうと提案したのも彼だ。
そのための道具も彼が準備した。
そして今手元にある大きな茶封筒をこれから出しに行くのも彼だ。
投函されたら、彼らは大きな旅に出るのだろう。
荒波に揉まれ、強風にさらされ、それでも旅を続けるだろう。
旅の終着点を見届けられるといい。

そう思いながら籠の中の小鳥は籠を飛び出した仲間を今日も想う――
2007年3月に出されたメルマガ。
時間がなくて即興で仕上げた記憶があります(ぁ

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