三時のおやつは魔法の時間

亜深香(あみか)は小学生の女の子。
父親の仕事の関係でつい先日この街に引っ越してきた。
しかし、亜深香にとってこの引越しは初めてのものではなかった。
もう、何度もしてきたことだった。
短いときには、半年もしないうちだった。
そしてその都度学校は変わり、クラスメートも変わった。

教室の壇上に上がっての自己紹介。
亜深香にとって、いつも行っていることのようなものだった。
慣れてしまえばどうってことはない。
亜深香の自己紹介は、いつも淡々としていた。
そしてその淡々とした口調が、亜深香の転校の多さを物語っていた。

転校生と言う存在は興味の対象になる。
しかしそれははじめの間だけで、そこで上手く輪に入れないとずっと一人になってしまう。
何故か、女の子と言うのはグループになって行動する。
グループの外の人は徹底して排除する傾向にある。
そうして排除された人は、運がよければ誰にもかまってもらえない独り者、悪ければ男の子のいじめの対象となる。
亜深香の場合はたいてい前者だった。
一人で本を読んだり絵を書いたり、特にどのグループに属しているわけでもないので、誘われれば一緒に遊ぶこともあった。
決して一人が楽しいわけではない。
それでも、短い付き合いだろうからと亜深香は気にしないことにしていた。
――淋しいと言う気持ちに背を向けて。

クラスの子達が楽しそうにしているのを見る都度亜深香の胸にチクリと針が刺さった。
それに気づいていない振りをして、亜深香は読書なりお絵かきなりに集中していった。
しかし、それらが亜深香の心の内を満たすことはなかった。

「あーみかちゃん。」
ある日のことだった。一人の男の子が亜深香に声をかけた。その声の主に亜深香は、心当たりがあった。
しかし、彼は子の学校にいるはずのない人物だった。
わが耳を疑った亜深香は、声の主の顔を見ようと声がしたほうを向いた。
そこにいたのは亜深香のよく知った顔だった。
「涼…君…なの…?」
少年、涼は亜深香の幼稚園時代からの友達だった。
小学校の一年生の頭ぐらいまで亜深香が育った街の、亜深香の家のすぐ近くに住んでいた。
そのためか、亜深香にとっての一番の友達であり、小学校に上がってからはいつも一緒に帰っていた。
「うん、そうだよ。亜深香ちゃん、どうしたの?」
「えっ…だって、私、引越ししちゃったでしょ…。その後もすぐに転々と学校変わっちゃったし。」
「何言っているの?みんないるよ。早く、亜深香ちゃんも一緒に遊ぼうよ!」
言ったかと思うと涼は駆け出した。
「えっ…?」
一人取り残された亜深香はほうけた声を出した。

涼の走っていった先には、亜深香と同じ幼稚園だった子達がいた。
中にはわずかな間だけの小学校のときに知り合った友達もいた。
縄跳びをしたり鬼ごっこをしたり、みんな楽しそうに遊んでいた。
「あ、来た、来た!」
「亜深香ちゃんこっちに入りなよ!」
亜深香の姿を見つけるなり彼らは叫んだ。
「だーめ。亜深香ちゃんは僕達と遊ぶの!」
そう叫んだのは涼。
彼はドッジボールを遊んでいたのだが抜け出し、亜深香のところへ行くなり、亜深香の手を取って彼のチームの外野のところまで引っ張っていった。
いくつかのブーイングの声が聞こえたが、最初に誘ったのは僕だよ、と言う涼の声に誰も反論ができなかった。

ボールを投げたり、あてられそうになったり、久しぶりに友達と過ごす時間はとても楽しいものだった。
数回の転校によって失われつつあった亜深香の表情が戻ってきていた。
ボールが飛び交う都度亜深香の表情は豊かになっていった。

亜深香の表情が豊かになるに連れて、亜深香は周りを見る余裕が生まれてきた。
涼をはじめとするみんなは、昔の面影を残しつつ、だいぶ成長した面持ちを持っていた。
真っ白と言ったら真っ白、砂場などのある公園といったら公園、そのどちらでも呼べる不思議で温かな、そんな場所にいた。
そして亜深香の真横には、涼が笑顔を振りまき、いた。

楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。
もう何時間も遊んでいたのかもしれないし、まだ少ししか遊んでいないのかもしれない。
しかし身体が疲労を伝えだしていた。そんな頃、
「そろそろ時間だから帰るね。」
「またね、亜深香ちゃん。」
そういって一人、また一人と離れていった。そして最後に残ったのは、亜深香と涼の二人だけだった。
「みんな行っちゃったね。」
亜深香が言った。
「うん、もう帰る時刻だから。」
涼が答えた。それから、涼は亜深香の顔を見つめていった。
「亜深香ちゃん、僕達はいつもそばにいること忘れないでね。今日は久しぶりに会えて嬉しかったし、楽しかったよ。」
そして涼の顔が亜深香に近づく。数瞬の後、亜深香の右頬に涼の唇が触れた。
涼の唇はすぐに離れたが、亜深香の頬にはまだ、その温もりが残っていた。
そして、涼の身体が徐々に消えていった。消えていく中で涼が何かを言った。

四時を告げる時報がなった。気がついたとき、亜深香は自分の部屋にいた。
「夢…だったのかなぁ。」
誰ともなく、亜深香は呟いた。
「受けてみようかな…中学。」
呟きながら、別れ間際の涼の言葉が思い起こされた。
――中学を受けることにしたんだ。
中学校の名前は、はっきりとは聞き取れなかったが、だいたいどこの学校か亜深香はわかった。そしてそこを受けようと思った。

受験すると決めた亜深香は、机に向い勉強に励んだ。


プロット自体は中学時代に書いていたもの。
実際書こうとしていてなかなか書きあげられなかったものでもあります。
もともとは長編を書くつもりでいたので…たぶんどこかでリメイクします。

戻る