私と同じ講習を取っている沁也君は、どこにでもいるような容姿をしているけれど。
口調が尖っていて、怖い印象を与えるけれど。
それでも…私は知っている。本当はとっても、とっても、強くて優しいことを。
いつの頃からか、私の視線は沁也君を追っていた。
きっとそれは、沁也君に助けられたあの時からだろう。
沁也君を見ていたら…なんか自分でもわからない不思議な気持ちになる。
嫌なことが吹き飛ぶような、または力の湧いてくるような、そんな感じ。
…それが恋心なんだと私が感じたのに時間はかからなかった。
その後から沁也君にまつわる話にはアンテナを張って入手するようになった。
二つ年下の美鈴と言う女と仲がいい話も噂で聞いた。
実際私はその美鈴と言う女がどんなものか見たことがある。
髪は肩にとどく程度の長さ、色は真っ黒。
幼さを残した容姿といい、地味な子に見える。
沁也君の態度からすると付き合っているようには見えない。
だからといって普通の先輩と後輩と言う関係にも見えない。
沁也君と美鈴はどういう仲なのか。
それだけが私の頭をまわる。
決して答えの出ない疑問。そう思えた。
私は彼女とは違い、沁也君と話す勇気なんてなかった。
私にとって美鈴と言う存在は邪魔者に他ならなかった。
徹底的に排除すると同時に沁也君の興味を私に惹きつけようと思った。
ある日、私は思い切って告白することにした。
「わりぃ、今手が離せないやつがいるんで。」
しかし返ってきた返事はそんな言葉だった。
美鈴のことだろうと思いつつ、恐る恐る聞いてみる。
「好きな人、いるの?」
言った後で聞かなければよかったと後悔した。
「うーん、どうだろ。手は離せないけれど好きかって聞かれると答えにくいな…。」
「ごめんなさい!待った?」
そんな時急に聞こえた女性の声。美鈴だ。
「えっと…あの…その…」
美鈴は私と沁也君との様子を見て戸惑ったようだ。
「ごめんなさい、取り込み中でした?」
どうやら私を彼女と勘違いしたようだ。
私にもまだチャンスがあるかもしれない、そう私はほくそえんだ。
「遅い、置いていこうかと思った。」
「えっ?あ、ま、待ってください!」
言うが早いか、沁也君はもう既にその場にはいなかった。
そして美鈴はあわててその後を追っていた。
――覚えていなさい、この椿を振ったことを後悔させてやる…
私にとって美鈴と言う人物は恋敵以外に表す言葉はない。
美鈴の存在を排除したいがばかりに、いつの間にか美鈴の陰口を言っていた。
そのことによって自己を保てる自分がいた。
しかし、この些細な嫉妬心、美鈴に対するライバル心が、私の恋心を壊した。
ある日、私は沁也君に呼び出された。
「頼むから、これ以上美鈴の陰口は流さないでくれ。」
何事かと思った私にまず最初に言った言葉がこれだった。
「えっ…何が…?と言うか、どういうこと…?」
「これ以上美鈴に迷惑をかけないでほしい、そういうことだ。それじゃ。」
そう言ったかと思ったら沁也君はその場を去りだした。
「えっ…ま、ま…。」
待って、と言おうとしたときには、もう、沁也君の姿はなかった。
結局、私にとって恋のライバルであった美鈴に、勝つことは出来なかった。