《番外編》小夜子のその後

「瑠衣、どうでしょうか。」
私、小夜子は私専属の付き人、瑠衣に聞いた。
私の家族は、この日、夕食に招かれていた。
招いたほうの家族には、私と同じくらいの歳の息子さんがいることから、見合いも兼ねているのだろう。
とは言え、私がいやと言えば私の両親は無理をして嫁がせようとはしないはずですが。
その点、私のことを思ってくれている、と解釈してよろしいのでしょうか。
「お似合いです。」
瑠衣が私の問いに答えた。
「そうですか。」
私はそれだけ答えた。

「今夜はお招きいただき、ありがとうございます。」
父親が言った。
私たちはとあるお屋敷の前にいた。
玄関はあいている。
人がドアを開けた状態で、父親は挨拶をしたのだった。
それから、彼は軽く会釈をして中に入っていった。
私たちもそれに倣って後に続いた。

大人たちは…とは言え、私も既に二十歳を超えたから大人に分類される歳なのだが…何か話をしている間、私は少し屋敷の中を歩いた。
もちろん、瑠衣も一緒にいた。
鍵のかかっている部屋以外は自由に歩いていいと言われたから誰も私たちを咎めない。
そして私はとある部屋で、椅子に座った。
そこに座って周りを眺める。壁に描かれた絵、窓から入ってくる光、それらが部屋を美しく、神秘的に形作っていた。
「お隣、よろしいですか?」
部屋に見とれていた私に、一人の男の人が声をかけた。
「えぇ。どうぞ。」
私はそう微笑んで言った。
彼は私の隣に静かに腰掛けた。
「初めまして、お邪魔しております。私は小夜子、彼女は瑠衣です。」
私は彼に名乗った。彼の表情はどこか暗くなった。しかしすぐに顔に笑みを貼り付け、
「小夜子さんですか。初めまして、お目にかかれて光栄です。私は勲と申します。」
と勲さんは名乗った。顔立ちも整っていて、いかにも貴族だっと言う格好をしていた。
それに対して私は、小学校から一般の公立学校で育ってきたものですから…
「あの…、貴方はどう私の事を聞いているのかわかりませんが、私は、普通の人たちと同じようにして育ってきましたので、言葉遣いなどはあまり堅いものが苦手です。」
「そうでしたら普通に話していただいて良いですよ…ではなくて、いいよ、ですね。」
私は頼んでもいないのに、勲さんは私に合わせて少し砕けた言葉を使ってくれた。
「はい!そうします!」
喜ぶ私がそこにいた。
その後、勲さんはこの部屋のつくりを私に説明してくれた。
その間瑠衣はただずっと黙ってその光景を見ていただけだった。

時間になったら戻るように言われていたため、私たちは大人たちのいるところへ戻った。
「おお、もう息子に会ったのかね。」
勲さんの父親は上機嫌のようだった。
「小夜子、どうだい彼は。」
私の父親が聞いた。
一瞬、その場に気まずい沈黙が流れた。
あわてて発言を取り消す父親の姿が見えた。
私たちはその沈黙を“なかった”ことにした。
しかし、私と勲さんの間には言いようのない気まずさが出来てしまった。
だって、これはお見合いを兼ねた夕食会なのだから。

徐々に仲良くなってこれたのに…と思う。
父親の無神経な発言のせいで…八つ当たりなのはわかっている。
でもそのせいで…意識してしまうじゃないか。
そしてそれが、両方の両親の思う壺になることが、とても癪に障った。
勲さんのことをどう思っているのか、自分でもわからない。
とてもいい人だとは思う。
だけれど、その優しさはどこから来るのかと思うと怖い。
誰に対しても優しいのだと直感は言う。
私だから優しいのだと知らず知らずのうちに願っている自分がいる。
ふと、昔の思い出が頭をよぎる。
私が家出をする、ちょっと前の話だ。

いつものように私は瑠衣と外を歩いていた。
「小夜子様、お待ちください!」
私は先をどんどん走っていく。
たまに後ろを振り向いてきゃっきゃと笑っていた。
そのときの私は小さかったおかげで、人の中を通り抜けていくのは瑠衣よりも苦にはならなかった。
しかしそんな私を止めさせたものがあった。
公園の隣にある湖…そこに佇む男の子がいた。
その子はただ黙って、その光景を見入っているようだった。
今にもその風景に溶けてしまいそうな、そんな儚さを私は感じた。
私の気配に気付いたのか、男の子は振り返った。
少し驚いた表情をしていた。
「あの…」
と私は言ったがその後の言葉は続かなかった。
「おいでよ…ほら、綺麗だろ。」
彼は言った。後ろのほうで、瑠衣が何か叫んでいたが私はそれには気にせず、彼の横に立った。
日の光が射して、湖が優しく光を反射していた。
その角度、色合いは決して同じになることは無かったが、それだからこそ美しいと感じた。
七色に変化する宝石のように見えた。
そして瑠衣は何も言わず、黙ってそんな私たちを見守っていた。

「小夜子様、お帰りの時刻ですよ。」
だいぶ日が傾いたとき、瑠衣が言った。
「うん、わかった。…またね。」
最後の一言は男の子に向けられたものだった。
また…と彼は小さく手を振った。
その後何度か私はあの湖へいったが、二度と彼に会うことは無かった。

しばらくの間、私は気落ちしていた。
家にいる誰もが私のことを心配した。
その心配が私のことを束縛しているような気がしてきた。
そして私は家を飛び出した。
喪失感も一緒に家に残したつもりでいた。
事実、忘れることが出来たのかもしれない。
しかし、思い出してしまったものはどうにもならない…

瑠衣と一緒に、久しぶりにあの湖にやってきた。
最後にこの湖に来てからそろそろ20年がたとうとしていた。
時の流れは速いものだとつくづく感じてしまう。

「あ、やっぱり来ていた。」
男の人の声がした。私はその人の声に聞き覚えがあった。
「勲さん…?どうしてここに…?」
驚きを隠せない表情で私は聞いた。
しかし、勲さんは私の問いには答えなかった。
「小夜子と言う名の娘さんが来ると聞いたとき、まさかと思った。そして思わず聞いてしまった、その子の近くに、瑠衣って人がいるかって。」
「…?」
私も瑠衣もいっている意味がわかっていなかった。
勲さんはそんな私たちにはお構い無しに話しを続けた。
彼は湖を見ながら話を続ける。
「あの日…養子に出された僕は最後に、自分の一番好きだったところに立っていた。
そこで一人の女の子にあった。僕には彼女が天使のように見えた。
彼女と一緒にいた女の人が、彼女のことを小夜子と呼んでいた。
僕は彼女の笑顔を見たとき、とても自分の心が満たされるのを感じた。
そしてそれと同時に、もう二度と見ることが出来ないことに失望した。」
「あっ…。」
私は短く息を呑んだ。
「それがなんという運命の巡り合わせだろうか…。僕はうれしくてたまらなくって、一刻も早く会いたいと思っていた。」
「勲さん…だったの…。」
「僕は小夜子さんの笑顔が支えになっていた…。あのときからずっと想っていた…。いつか会えたら伝えたいと思っていた。」
勲さんはそこで一度言葉を区切った。
「ずっと想いが尽きることはなかった。小夜子さんに会えてとても幸せだった。」
そして私をじっと見つめた。
「19年間、でしょうか、ずっと忘れることはなかった。」
私は顔面を真っ赤にしてカチカチに固まってしまっていた。
その後、好きだと言うことを言われたのだが、私は嬉しくて…。
固まったまま動けなかった。
勲さんはそんな私を優しく抱いた。

時の流れが止まったのかのように…。
時の流れが逆走したかのように…。
19年前のように…いや、19年前出来なかったことを…
私たちはこの湖の横で成し遂げた。
静かな流れの元、私たちは長い口づけを交わした…。


番外編から片付けようと、方向転換(爆
ちなみに6作品目です。それでもって主人公たちを出さなかった違反作(爆)
実は、勲(いさむ)さんのセリフ、「19年間、でしょうか、…」ってところですが、ずっと考えていたのは、その最後に「―好きです。」または「―付き合ってください。」みたいなことを書こうか考えていました。
そしてその気でいましたが…。なかなかキーボードが打てず…w
と言うわけで誤魔化してしまいましたww(蹴
書いていてはずかったです、ハイ。
まぁ、誤魔化したお詫びでしょうか、最後の終わりは。
とにかく一番と言ってもいいほど書いていて苦労しましたね。
もう一生書きたくない!と思ったくらい(ェ
でも二つ時は微妙にそういう感じの終わり方をする筈だから…頑張りますっ><。

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