旅行へ

珍しく美鈴の携帯電話が鳴ったところから話は始まる。
電話の主は由里さん。美鈴と由里の関係は、彼氏の友達の彼女、ではあった。
そして、仲のいい友人でもあった。
「もしもし、美鈴ちゃん?久しぶり〜。元気にしてた?」
電話を取ってすぐに、由里の元気のいい声が聞こえる。
「おかけになった電話番号の主は、現在電話に出られない……。」
「ちょっと沁也君!!ふざけないで!」
由里の期待を裏切って、美鈴の電話を取ったのは、美鈴の彼氏である沁也だった。
「わかったわかった。で、美鈴に何か用?」
沁也が聞く。ちなみに、普段沁也は勝手に人の携帯を使わないのだが、今回は知っている番号だから取っただけだ。
「その前に何であんたが電話に出るのよっ!」
「昨日美鈴が、学校に携帯置いて行ったんだよ。だからこれから届けに行くつもりだったの。」
「そう。それじゃ、また三十分後に電話するから、それまでに届けるように!」
そう言って由里は電話を切った。
沁也は唐突に切れた電話をしばし見つめた後、ため息をひとつついてから美鈴の家へ向かった。

ピンポーン
美鈴の住んでいるアパートのインターホンを鳴らす。
ガチャリ、という音と共にドアが開けられる。
「沁君、ごめんね。わざわざ持ってきてくれちゃって。」
すまなさそうに美鈴が言う。
「いいって。それよりさっき、由里から電話があったぞ。」
「由里さんから?何の用だって?」
「いや、教えてくれなかった。三十分後に電話するから…あと五分ってことか…それまでに届けろってさ。」
「そうなんだぁ。電話が鳴るのも久しぶりなのに、由里さんからかぁ〜。何の話だろう…?」
そう言いつつも、美鈴はどこか楽しそう。
「って、沁君をここに立ちっぱなしにさせちゃだめですよね。なにも出せないけれど、中入って入って。」
美鈴は沁也を招き入れる。
沁也は苦笑しつつも中に入った。
「そういえば、もう大丈夫なのか?」
ふと気になった沁也が尋ねた。
「えっ?あ、アレ?大丈夫だよ、たぶん。はっきりとはわからないけれど、なんとなくそんな気がする。
あのとき持っていなかったものを、今は手にできたから、だから、大丈夫なんじゃないかなって。」
美鈴の視線は、どこか遠くを見つめていた。
それは過去をさかのぼり、そして未来を見据える、そんなような視線だった。
「確かに、すぐに大丈夫って言えるほど、簡単なものじゃないけれど。でも、一人で背負わなくていいから。
苦しくなったら、助けてくれる人がいるから、だから、大丈夫だって思えるの。」
それは沁也に限らず、小夜子だったり由里だったり、孝明だったりするのだろう。
実際にその傷跡の一部を見たのは、沁也だけなのだが。
それでも、みんな、傷つく仲間を見た時は手を伸ばしている。
その手を、素直に受け止められるようになったのは、一つの成長だと沁也は感じている。
「親父さんのことがあって、それなのに休まずにバイトも学校も来ていて。心配だったんだからな。」
そう言って、沁也はくしゃっと美鈴の頭をなでる。
何かと忙しくて、美鈴と父親の件に触れる機会がなかったのだ。
「沁君、ありがとう。」
うっすらと涙のにじみ出た目をしながら、美鈴が笑顔で言った。
そしてそのタイミングで、由里からの二度目の電話が鳴った。
「もしもし、由里さん??」
美鈴が受話器を取る。
由里め…肩を落とした沁也は小声で悪態をつく。
「……うん、うん。……わかった。誘ってみるね。」
そう美鈴は言って電話が切れた。
「で、何の用だったんだ?」
沁也そっちのけだったことが、沁也にとっては面白くなったことは余談である。
「女の子だけの旅行をしようって。二人部屋二部屋無料チケットもらってきたんだって。」
「何でそこで女の子限定なんだよ。」
少し明るくなった美鈴に対し、沁也はやはり面白くなさそう。
「さーちゃんも呼ぶからだよ。それで、洋服とか、化粧品とか見て回ろうって。」
「わざわざそんなことしに旅行行くわけじゃないだろうな?」
「まさか。ちゃんとお土産も買ってくるから。」
「そういう問題じゃないだろ。で、どこへ行くんだ?」
「……離島、らしい。」
「まぁ……、楽しんできな。」
きっとそれが、由里なりの慰めだろうから。
沁也はまた、美鈴の頭をなでた。

すぐに、美鈴は小夜子に電話をした。
小夜子は、是非とも行きたい、といったのち、突然口ごもった。
どうしたの?と美鈴は聞いた。
瑠衣がこれないから、行けるかわからないの、と小夜子は答えた。
瑠衣は小夜子の従者だ。
彼女がいなければ、基本的に小夜子の外出を両親は許さない。
小夜子は、この旅行が美鈴の慰めだろうことに気付いているのだろう。
何とかしていけるようにするから、と言って電話を切った。
そこには小夜子の覚悟があった。

「どうしたんだ、難しい顔をして。」
電話を切った美鈴に、沁也が聞いた。
「瑠衣が、実家の都合でいないらしいの。」
「あの瑠衣が?」
ずっと小夜子のわがままに付き合って何年も一緒にいた瑠衣だから、美鈴も瑠衣の家族のことをすっかり忘れていた。
きっと沁也もそうだったのだろう。
目を大きく開いて驚いている。
「うん、さすがに今回は帰らなければまずいらしくて。」
「それじゃ、彼女は今どうしているんだ?」
彼女というのが小夜子を指すのを美鈴はわかっていた。
「基本的に家の中にいるみたいだよ。」
それ以上は、美鈴も知らない。
小夜子の家のことは、聞いたこともなければ見たこともなかった。
それは小夜子も同じことだったけれど。
だから、お互い、相手の境遇は憶測でしか知識は持っていなかったのだが。
「他に代替できる人がいないということは…ボディーガードは男だけってことかもな。」
男、という言葉を聞いて一瞬美鈴の体はこわばる。
そんな美鈴を見て、沁也は優しく抱きよせた。
「大丈夫だよ、美鈴の友達だから、美鈴が嫌がることはしない。」
美鈴が落ち着くまで、沁也は放さなかった。

二日後、小夜子から美鈴に電話があった。
結局、護衛はいるにはいるものの、表だって出てこないという取り決めで決着がついたらしい。
美鈴はそのことを由里に伝え、その代わり呼びたい人が一人いるから、呼んでいいか聞いた。
由里は、美鈴ちゃんが呼びたいなら…とあっさり了承した。
そして今、美鈴は沁也のクラスが終わるのを待っている。
目的は、美鈴がこの旅行に誘いたい人がこのクラスにいるからだ。
彼女が出るのを今か今かと待つ美鈴は、緊張で固まっている。
それもそのはずで、美鈴が待っているのは、数ヶ月前まで美鈴の陰口を言っていた人なのだから。
そして美鈴は勝手に、その人が沁也の彼女だと思い込んだ過去も持っている。
気まずい相手ではあるのだが…仲良くなりたい相手でもあった。
はっきりとした理由は、美鈴自身わかっていなかったのだが。
「あ、あの…椿さん……。」
教室から出てきた椿に、もごもごと美鈴は声をかけた。
「何?私はあなたに用はないの。」
椿にとって、美鈴は憎き恋敵だったのだと考えると、冷たい態度をとってしまうのも頷けるだろう。
当然、美鈴もこのような反応を予期していたはずなのだが、それでもたじろがざるにはいられなかった。
「椿さんが私に会いたくないのはわかりますが、話聞いてもらえませんか?!」
美鈴は勇気を出して、一息に言った。
椿は嫌そうな顔をしながらも、承諾した。
二人は場所を移動して、無人の教室に移った。
「で、話ってなんなの。」
「えっと、春休みに、女の子だけの旅行行くんだけど、椿さんもよかったら一緒に来ない…?」
椿の問いに対して美鈴はおずおずと答えた。
「なんで。」
「なんでって…。どういう形であれ、せっかく知り合えたんだからさ…。」
「あんたと友達になる気なんてない。」
「なんで?何で友達になりたくないの?好きな人が同じだと友達になっちゃいけないの?
そこで、突き飛ばしているから、いつまでたっても自分がみじめに感じるんじゃないの?
私は、椿さんにも認めてもらいたいの。椿さんのいいところも知りたいし、椿さんに私のことも知ってもらいたい。
それじゃ……だめですか……?」
冷たい視線の椿に対し、途中までは力強く答えるのに、最後の最後で怖気づく美鈴。
対話に進展はまったく見られない。
「あんた、私が陰で何していたか知ってて言ってんの?」
平行線をたどりそうな会話の流れを変えたのは椿だった。
しかし美鈴は、頭に疑問符を浮かべるだけで理解できていないみたいだった。
「だから、あんたの陰口を流したのが私だって知ってて言ってんの?」
「あ、あれ、椿さんだったんですか?」
少し驚いたような、しかし本当に知らなさそうな表情で美鈴は答えた。
「知らないならどうして誘った。」
不可解なものを見るかのように、椿は尋ねた。
「椿さんは、やはり沁君のことが好きなんですね。」
「だから何なの。」
「ううん。人を好きになると、急に自分の弱さって露呈するなって、思って。
椿さんがそのような行動をとっちゃうのもわかる気がする。私も必死になって椿さんのこと、知ろうとしたから。
知った上でどうするかは、わからないけど。きっと、沁君に怒られるけれど。悲しませるかもしれないけれど。
でも、やったと思う。だから、いつか謝ってくださいね。許しますから。」
そう言った美鈴は、すごく遠い存在のようで、青い空に映える涼しいそよ風に吹かれた薄い白い雲のようだった。
「そんなに来てほしいの?」
椿が聞いた。もうこの時点で、椿が参加することがほぼ確実に決定した。
「はい。絶対に来てくださいね。」
きっと椿さんも、自分の感情にけじめをつけられるから……心の中で美鈴はそう付け加える。
このあと美鈴は椿に集合時刻および場所、そして費用等を話した。
美鈴と椿が二人で教室に入って行き、今にも飛び跳ねそうな状態で教室を出た美鈴を沁也がみていたことには気づかなかった。
女四人の旅行はこれでメンバーがそろい、実行へ移されることとなった……。

そして、その日がやってきた。
空港に一番最初についたのは、美鈴だった。
美鈴は、集合時間の一時間前にはそこにいた。
椿と、小夜子・由里は面識がない。そこをつなげられる自分が先につかなくてどうする、と妙にはりきった結果だ。
しかし…もともと集合時刻は、いろいろなハプニングが起こりうることを考慮して、搭乗時刻の三時間前に設定されている。
「はあ…やっぱり早すぎたかなぁ…。」
美鈴はため息をついた。もともと男性に対して恐怖心を抱いていただけに、老若男女問わず、人の多い空港は毒だった。
「やっぱり、あんなことの後で、一人で待つのはつらい…かな。」
誰ともなくつぶやきながらも苦笑する。そのつぶやきに答える人なんているわけがないのは分かっていた。
「何暗くなってんのよ。」
わかっていたはずだったのだが、その予想に反して美鈴は後ろから頭を叩かれた。
「なっ、なに…っ!!」
何するんですか、とは声が続かなかった。
そこにいたのは、一番乗り気ではなさそうな椿だったのだから。
「あんたは、馬鹿みたいにいつもはしゃぎまわっていて、それでちょっと天然みたいなところが取り柄なんだから、そんな暗くなっているんじゃないわよ!」
椿が一気にまくし立てていった。
ただし、椿がいうことが褒め言葉だとは素直に受け取れない。
そしてこの時になって、椿は美鈴が驚いていることに気付いた。
「誰かさんが遅れるとうるさいんじゃないかと思って早く来ただけよ。」
すねるように、顔をそむけた。
「あの……さっきのって、褒め言葉なんですか……?」
呆けた質問を、美鈴はした。
椿は唖然とした表情を見せたが、すぐに、好きなほうに解釈して、と表情を整えて言った。
それに私は、沁也君にあなたのことをよろしく頼まれたのよ、と椿は小声で付け加えた。
その声はあまりにも小さくて、美鈴には聞き取れなかったが。
「それじゃ、褒め言葉ということにしておきます。」
にっこりと笑って、美鈴が言った。
不思議と、椿が傍にいるだけで周りが気にならなくなっていた。
会話はここで途切れていたにもかかわらず。
そして相変わらず、人通りは激しかったが、美鈴はもう、怖いとは思わなかった。

「やっほー、美鈴ちゃん。ほかに呼びたい人ってその人?」
次にやってきたのは由里だった。
「あ、はい。椿さんです。沁君のクラスメイトの。」
美鈴は由里に椿を紹介した。それから椿に由里を紹介する。
紹介されて、二人は握手を交わした。
「よろしくね。」「よろしく。」
そんな二人の様子を見て、美鈴は似ていると思った。
二人とも頭がいいことからくるオーラだろうか。
そう思った時に、小夜子がやってきた。
椿と小夜子の自己紹介が終わった後、自然と美鈴・小夜子、由里・椿というグループに分かれた。
楽しい時間は経つのが早く感じられるとはまさにこのことだろう。
気づいた時には搭乗案内が始まっていた。
四人は搭乗の長蛇の列に並び、飛行機に乗った。
もちろん、小夜子のボディーガードが一人、その後ろに並んで、四人のすぐ後ろの通路に面した席に座っていたのだが。
つかず離れずの距離を維持しているらしい。
美鈴は気付かなかったことに、小夜子は胸をなでおろした。
両親から美鈴に何があったか聞かされていたとはいえ、小夜子はそのことを美鈴に感づかれないよう努めてもいた。
今回の旅行が美鈴の休息に最適だと思った以上、美鈴を必要以上の緊張状態におくわけにはいかなかった。
こっそりボディーガードに合図を送ってから、小夜子は美鈴に話しかけた。
今はまだ、紹介するには早すぎる。
美鈴がリラックスしている時に、一度顔合わせをしておくべきだ。
知らない人に付きまとわれていると気付いたらそれこそパニックだ。
旅行を楽しみにする美鈴を横に、いうタイミングを小夜子は見計らっていた。

そして飛行機は四人をとある島の空港に到着した。
結局美鈴と椿が言葉を交わしたのは、二人しかいなかったときに交わした数言だけだった。
でも、二人の間の気まずさは、さすがは年の功というのか。
それとも長い付き合いというのか。由里にはわかっているようだった。
美鈴が視線をよこした時にウィンクをして見せた。
なんだかんだで紹介できなかった小夜子のボディーガードもこの時紹介された。
黒服のゴツイ男とは違って、カジュアルな服装。
年は近いような…十離れているような。
人が隠れるにはまさに人の中、という発想を彷彿させる。
特に目立った特徴がないからこそ、誰かの後を追っているとは気付きにくい。
あえて挙げるなら、首から下げられたカメラだろう。
時々写真を撮っているらしく、フィルムはすでに一本が終わっていた。
ちなみに、あくまでも普通に近づいた風を装っているため、美鈴たちは彼女たちの集合写真と撮ってもらい、それを見せてもらったという体裁をとっている。
そして礼を言って別れる…あくまでもその時出会った他人を装う。
彼が表に出ることはめったにない。
美鈴の兢々とした顔を見た限り、瑠衣のようにカメラマンとして横に立つことは厳しいだろう。
「ほら、せっかく来たんだから海行くよ、海!」
ここで集団を引っ張るのは椿の役目となっていた。
由里はあらかじめ調べておいたバスの路線図を取り出し、ルートを確認した。
「あ、あのバス!早くいかなきゃ!!」
路線図とバスを見比べて、由里が言った。
「ほら行くよっ!」
何気なく椿がとったのは美鈴の手。
きっといろいろと申し訳なさを背負っているであろう美鈴を、その負い目ごと引っ張っていくような力強い力で。
そのあとを由里、小夜子と追いかけて。
「すみません!」
椿が叫び、四人はなだれ込むようにバスに乗る。
美鈴はすぐに周りを確認するが、そこに先ほどの彼の姿は見えない。
他人を装うとなると、やはり守り切るのは大変だよなと、罪責の念を感じるのか、うつむきがちになる。
「大丈夫だよ、彼には別のルートがあるから。」
美鈴が悪いわけでもないのに、慰めるかのように小夜子が言った。
「ついてきているのは一人だけれど、補助にまだ人がいるから。」
そして小夜子は言葉を続ける。
「とりあえず、今は楽しまなきゃ。せっかくの旅行が台無しだよ?」
「そうだね。」
少し笑顔の戻った美鈴が言葉を返した。
そしてバスという環境上、四人は口を閉じた。

「うわー。きれいだね!」
小夜子が歓声を上げた。
太陽の光をこれでもかと浴びる海は、宝石をちりばめているようだった。
そしてその青色は、空と一体になっていて境界線が見えない。
まだ三月だからと置いてきた水着が少し惜しい。
「海ってさ、見ていると、なんだか自分の抱えているモヤモヤとしたものを波に乗せて、持って行ってくれる気がするんだよね。」
母なる海を見ながら由里が呟いた。
「私は、空を見ていましたよ。どこまでも吸い込まれそうな青をした、空を。」
由里のつぶやきに答えたのは椿だ。
「見ていると、どんなに自分はちっぽけな存在なんだろうってよく思います。」
小夜子の声が重ねる。
「それでも、私たちはこんなにも頑張って、生きようともがいている…。
こんなにも苦しくて、つらくても、明日を生きようとする…。」
「たとえ明日が苦しくても、明日は来るわ。楽しいこと、うれしいことがあるからこそ、乗り越えられる。
越えられないのは、忘れているからなのかも。」
美鈴のつぶやきに椿が答える。
冬から春へ変わろうとする海は、厳かさをまだ残していた。
背負った歴史はみんな違うけれど、楽しいだけの過去を持った人も、辛いだけの過去を持った人もいないのだから。
無言の中のそういう何かが、ひっそりと共有されているような錯覚がする。
それは、メンバーの中で一番重い空気を携えた自分が、一枚かんでいるのだろうか、と美鈴は思った。
このような厳かさの残る場所だと、そのような気まずさ、重さは伝染しやすいのだと経験的に美鈴は考えていた。

「まずいな…。」
と、涼介はつぶやいた。白く輝く海の、一番美しい瞬間をカメラに収めようとしながら。
ちなみに、現在海には、ほかに何組かのカップルが見られるだけだ。
夏には程遠いから、そこまでの混雑さは見られない。
「なんとか、あの子たちがうまくやってくれるといいけれど…。」
小夜子様と約束をしている以上、自分の出る幕はない。
それを涼介は分かっているからこそ、願うのだった。
海や空を見つめて、重くなるのは構わない。
むしろ、すべて吐き出して切り替えるのが大事だ。
事前に聞いていた彼女―確か美鈴という名前だったか―は、自分を抑えようとしている。
すべてを吐き出すにはか細すぎる双肩には酷なことではあるが、責めてすっきりと気分転換が図れるといい。
人を守るのが自分の役目なのに、守るべき主の大切な人すら守れない自分にはがみして、涼介はシャッターを切った。
まるで、今の悔しさをフィルムに刻みつけようとするかのように。

一時間ほど経って、満足したのか、四人は歩きだした。
「あーもう。長時間立っていたから、冷えたよ!移動しよ!」
そういうのは長髪の女性―椿―だ。
「ふふふ。確かにまだ寒いからね。時間も時間だし、お昼にしよっか。」
事前に聞いていたのとは一番印象の程遠い由里が言った。
由里が大人しく出ているのは、場の空気の厳かさがあるのだろうか。
逆に椿は空気の切り替えを行おうと空回りをしている風ではある。
「そうだね、お昼にしましょう。」
小夜子様が相槌を打つ。
「ね、みーちゃん、行こう!」
小夜子様が美鈴の手を取り、引っ張った。
「うん、行こうか。」
美鈴は頷き、顔の陰りを消していた。
それを無理やり押し込めているようで、涼介は気が重くなった。
あくまでも、“隠しているつもり”の遊戯に付き合うべきなのか。
それとも夢は醒めるべきなのか、判別がつかない。
これは、彼女たちに委ねるべきなのだと直感が告げる。
初対面の自分なんかよりも、付き合いの長い彼女たちが。

美鈴たちは、近くにある郷土料理店に入った。
メニューに並ぶのは見慣れない文字。
同じ言語を使っているはずなのに、外国に来たような錯覚を受ける。
どれがおいしいの?と互いに聞いてみるが、だれも知らない。
じゃんけんで勝った人が負けた人のを指定するとか、各々意見を述べてみる。
挙句の果てには、指の差したものにするというものまで出てきた。
「でも、やっぱり、ほかの人が注文したものが無難じゃない?」
由里が言った。ほかの人が注文するんだから、きっとおいしいだろうという心理だ。
「見知らぬ地に来るという時点で一種の冒険なんだから、いまさら躊躇してどうするの。私はこれにするわ。」
すっぱりと言ったのは、椿だった。
この潔さの差は、海外経験という場数の差だろうか。
仲良くなれたら聞けるだろうか、美鈴は思った。
その時彼女自身は、かつてのライバルに称讃の眼差しを向けていたのに気付いていない。
「それじゃ私はこれに…。」
おずおずと、椿の姿勢をまねた美鈴が言った。
美鈴はメニューを開いたときから気になっていた名前を選んだ。
「それもそうね。」
由里は頷き、店員さんを呼ぶ。
これにはさすがに美鈴も小夜子も驚いた。
「店員さん待たせるの禁止だからね!」
楽しんでいるかのように、笑いながら由里は付け加える。
「私もまだ決めていないから条件は一緒だよ。」
笑顔で言うその言葉には説得力がなかった。
「ひっ…!!!」
ひきつった音を立て、小夜子はあわててメニューをめくった。
結局店員さんを待たせることなく注文し、運ばれてきた料理はどれも美味だった。
“これおいしいよ”と、お互い少しよそっては交換もした。
ちなみに、あとで聞いた話だと、由里はメニューを開いて最初に目に入ったものにしたらしい。

選ぶのに時間がかかったこともあり、少し遅めの昼食となった。
昼食をゆっくり食べたことや、持ち運んでいる荷物が邪魔であることもあって、由里の予約したホテルへ行くことになった。
部屋は暗黙のうちに、美鈴と小夜子、由里と椿で決まっていた。
隣の部屋だし、寝るとき以外はどっちかの部屋で遊んでもいいよねー。
と由里は言って、カギを小夜子に渡した。
ホテルの建物は若干歴史を感じさせる痕があるものの、全体的に白くきれいな装いをあらわにしていた。
渡されたかぎをカギ穴に差し込み、小夜子はノブを回した。
視界に入ったのは、明るい光と大きな窓だった。
薄緑色の厚いカーテンはあけられていて、薄い白いレースカーテンのみが閉められていた。
レースカーテンを開けて外をのぞいてみると、白銀の宝石をたたえたような海が見える。
自分とは縁の遠そうなその光景を目の前にして、美鈴は息をのんだ。
背後で小夜子が片づける物音が聞こえて、美鈴は窓から離れた。
「あ、みーちゃん、窓側のベッドでいい?」
壁側のベッドに座って荷物を広げていた小夜子が聞いた。
「うん、いいよ。」
美鈴はそう言い、自身の荷物をベッドの隣に移動させた。
由里の性格を考えるなら、このあとは買い物だろう。
そう判断して、美鈴は小型の手提げカバンに財布と携帯を移し入れた。
準備の終えた小夜子と一緒にロビーに出る。
そこにはすでに椿と由里が待っていて、四人は再び街へ繰り出した。

街は小さなお店がところ狭しとひしめきあっていた。
そして客を呼ぶ威勢のいいお母さんの声でにぎわっていた。
「ほらお姉さん、この島の伝統工芸品のこいつはいらないかい。」
そう言って蒼い珠のついたネックレスを差し出す。
その近くには似たような―そして決して同一のものは存在しない―ネックレスがいくつかあった。
どれも微妙に色合いが違う。
「天然のものなんですか?」
由里がきいた。
「ああそうさ。そうでなきゃ、こんないい色は出せない。」
透き通るような、何か芯が残るような、不思議な輝きを放つ珠に、美鈴も目を奪われた。
「ただし、どう作っているのかは秘密だよ。海の贈り物は海の女神さまが守っているからね。」
「海、ですか…?」
小夜子が頭に疑問符を浮かべて聞いた。
「そう、海さ。この島はすべて海に守られている。海がすべてを持ってきてくれる。」
力強いその声は、確かに海の女といったところだろうか。
ただし、その眼の先に映っているのが何なのか、それは四人には計り知れない。
おそらく、様々な様相を呈した海を映しているのだろう。
荒れた波、穏やかな波、騒がしい海、静かな海、昼間の海、夜間の海、晴れの日の海、曇りの日の海…。
そんな海を見てきた彼女だからこそ瞳に映した海なのだろう。
「そう、なんですか。」
恵みも、災厄も…と小夜子は小声で付け加えた。
「あれ、椿さんは…?」
ふと珠から目を離した美鈴が聞いた。
「あれ?椿ちゃん…?」
すっかり打ち解けた風の由里が辺りを見渡した。
少しお店の奥へ行ったところに、椿の姿はあった。
イアリング・ピアスコーナーを見ているようだった。
「ほら、あそこにいるよ。」
そう言って由里は指差した。
「あ、本当だ。いつの間に中に入っていたんだねー。」
そして美鈴は中に入った。外に二人を残して。

「いつの間にか中に入っていらしたんですね。」
美鈴が椿に声をかけた。
「えっ?ああ。別に声掛ける必要なかったでしょ。見える位置にいるんだから。」
相変わらずそっけない反応をするのが椿だった。
「まあ、そうですね。私も声掛けないで来てしまいましたし。」
そういう意味では同罪ですよね、と美鈴は椿にほほ笑んだ。
仲間になる気はないとでも言うように、椿はそれに相手しなかった。
それを気にしないかのように顔に笑みを浮かべて、美鈴も一緒にイアリング・ピアスを見る。
「わー。これも全部天然石なんでしょうね。」
「天然石…?ちょっと違うと思うな。」
目を輝かせる美鈴に対して、椿は疑問を浮かべたような顔をする。
「これが天然石…ねぇ…?」
目を細め、椿はピアスのの珠を光にかざした。
球を通して散る光をじっと見つめる。
均一性のない光。
淡く靄がかかるところ、透き通った色を呈するところ、様々な光を見せる。
一つの珠からこんなにも複数の色が出るものなのだろうか。
「死骸…かしら…。」
ぽつりと椿は呟く。相変わらず目は細められたままだ。
「椿さん…今何か言いました…?」
椿を見上げ尋ねる美鈴の声は、椿に届いていないようだった。
鋭い眼をさらに鋭くさせて凝視していた。
「だとしたら…これが…命の輝き…。」
その雰囲気は妖艶さをも醸し出してる。
「あ、あの…椿さ…ん…??」
おずおずと声掛ける美鈴に椿はようやく気付いたかのように少し顔を向けた。
「あ…あんた。まだいたの。」
ようやく美鈴の姿を認めたかのように、少し目を見開いて椿が言う。
瞬時に場の空気が元の温度に戻る。
若干暖かくなったような気がするのは気のせいだろうか。
いつものように美鈴を見下したような風でいるのに、なぜか安心できた。
「ま、まだいましたよ!!というか、まだそんなに時間たっていないし!!」
少し焦った反応をしつつも、美鈴の顔には笑みが浮かんでいた。
やはり、いつものやり取りが人を安心させるのだろうか。
「みーちゃん、椿さーん、次いこー!」
小夜子が声掛けた。
「今行くー。」
美鈴が声を返し、椿に背を向け駆けた。
そのあとを見つめてから、椿も後をゆっくりと追った。

次に四人を引き付けたのは食べ物の匂いだった。
香ばしいネギの香りがする。
油と、ネギと…小麦粉の焼ける匂い。
「あれは…なんだろう…?」
最初に気にとめたのは小夜子だった。
「なんか、こんないい香りがするとおなかがすいてくるね。」
由里が笑いながら言った。
「そうですね。おなかすきます。」
美鈴が相槌を打った。
「椿ちゃんもそうでしょ?」
「えっ?あ、うん。そう、そうね。」
急に話を振られて、戸惑いながらも椿が返す。
「仲、いいんですね。」
小夜子がにこにこしながら言った。
「えっ?そ、そう?そう、みえるの?」
しどろもどろに椿が返す。
美鈴にとってそんな椿は新鮮で、見ていて面白いものがあった。
「椿さんって、綺麗ですけれど、今の方が話しやすくていいですよ。」
顔をほころばせて美鈴が言った。
私がまだいえるような立場ではないのでしょうけれど、と小声で加えるのも忘れずに。
「普段は違うの?」
「うん、なんというか…人を寄せ付けない、っていうのかな?」
小夜子に対して美鈴が答える。
「あんた、私のことそう見ていたの?」
「いや、だって、すごい睨んでいたじゃないですか…初対面…。」
ぼそぼそと尻すごみに美鈴はいう。
「まぁ、それもそうね。」
そして椿は髪をかき上げた。
「その時はライバル宣言していたからね。」
「そうですね。」
「まだ認めてはいないけれど。」
「ははは。お手柔らかに。」
なんだかんだと言いながらも、二人の会話は続く。
「これでいいんですよね。」
「これでいいのよ。きっと。」
その光景を見た残りの二人はそう感想を漏らした。

そして四人はにおいにつられるように露店で売られているネギを挟んだだけの質素な焼きパンのようなものを買った。
おやつ代わりにそれを食べながら四人は再びお店のひしめく通りを歩いた。
日が暮れだし、街歩く人の顔に影が差す。
道を蠢く影は黒く大きな塊を作る。
昼間よりも人が多い印象があった。
観光の人だけでなく、普通に生活している人でもごった返す時間…。
ここでも人は暮らしているんだなと思わず感じてしまうような光景。
窓に、遠く見える海に、紅い夕日は無秩序に光を反射させる。
お店に出されたあの蒼い珠も暗い海の様相を呈している。
「そろそろ帰ろっか。」
由里が言った。
旅行初日は夜の闇に吸いこまれ始めていた。
これから長い長い夜が始まる。
晩御飯の後はトランプにUNOに、雑談に…。
そんな事をして日付変わるまで語り明かすのだろう。
そう考えると、まだまだ一日の四分の一は残っているのだと改めて夜の長さを感じるのだった。

翌朝、四人はそれぞれ眠い目を擦っての起床となった。
結局日付変わってしばらくは、四人で美鈴・小夜子の部屋でゲームや雑談、テレビを見て過ごしていた。
最初に翌日の予定を立てていたものの、結局予定はあってないものになりそうだ。
その盛り上がりようは、ずっと昔からの友達のようでもあった。
そしてこの日は、遺跡などの名所巡りとなった。
郷土資料館なんかは、独特のにおいがあって、不思議と落ち着くものだった。
前日のお土産店巡りのようなにぎやかさは皆無だ。
切り取られた空間が別の次元に属しているような、不思議な場所である。
一歩進むごとに、歴史が何年も遡り、何年も近づく。
色とりどりな、様々な形のものが並ぶ。
農耕器具、絵画、書物、発展の歴史を記す物たちだ。
何年も、何十年も年月を経たそれらは色褪せ、黄ばんでいるのに、それほど長い年月がたっていることを素人目にはうかがわせない。
きっと、保存の状態がいいのだろう。
さすがの由里も、この場では無言だった。
小夜子は目を輝かせ、椿は興味深げに、展示品を眺める。
美鈴は一枚の絵画に魅入られ、根が生えたように動かなかった。
特段目を引くような絵ではない。
ただ、そこにいる人たちの楽しみや苦しみ、喜びや哀しみが垣間見える絵。
どんな時代にいても、人々の生活の中には影と光があるのだということを仄かに伝えていて、自身の境遇を彷彿させたのかもしれない。
「どうしたの、みーちゃん。」
小夜子が美鈴の隣に来て聞いた。
「ううん、なんか、すごいなーって思って見ていたんだ。」
美鈴は首を振って、笑ってそれだけ言う。
そして改めてその友人の姿を美鈴は見た。
最初に、美鈴に光を届けてきた友人。
今はもっと多くの光が見えるようになったが、光を見ようとしなかったころから手を伸ばしてきてくれた彼女の存在。
「一人ひとりが何を考え、何を感じているのか、想像できそうな絵だね。」
小夜子はそう、感想を述べた。
「うん、そうだね。」
美鈴はそれだけ言う。視線を再び絵画に戻す。
小夜子の方はまた別の展示物に移動していた。

その次は水族館へ向かった。
ちょうど昼時なので、いろいろな動物の昼食を見れるかもしれないと、四人とも意気揚々としている。
「ところで、どこで行われるの?」
至極まっとうなことを椿が聞いた。
その時になって、他の三人もすっかり失念していたことに気づく。
どこかでやっていればラッキーと言う程度にしか、考えていなかったのだ。
「小夜子ちゃん、聞いてくるんだ!!」
顔パスだ!、と由里が言う。
「お嬢様特権と言いたいんですか。無理でしょ。あっても、さーちゃんは使いたがりませんよ。」
半ばあきれた口調で美鈴は言う。
「顔パスなんて通じないと思いますよ…。」
小夜子も美鈴にあわせてそういう。
「ま、どこか歩いていれば見つかるでしょ。」
そう言って由里は先を歩く。
案内の看板や人の流れを観察して、行き先を絞っていることは、言わずとも残りの三人もわかっていた。
ペンギンやサメと言った生き物の食べる姿を四人は見ることができた。
一口でたくさん食べたり、親の口から食べ物を貰う子供がいたり、当然のことだがその様相は様々だ。
それから四人は遅めの昼食を取り、イルカショーを見る。
イルカショーとはいえ、ショーを見せるのは何もイルカに限ったものではない。
シャチやクジラも出てきた。
輪をくぐったり、飼育員を乗せて泳いだり、何か歌ったり。
尻尾を振ってあいさつをしてくれたりもした。
「あれ、目じゃないんだよね…。」
その光景を見て、ぽつりと美鈴は呟いた。
あれとは、シャチの白い模様をさしている。
「そうそう、本当の眼はずっと小さいんだよね。ここからじゃ見えないけれど…。」
近くで見えないかなーと小夜子がつぶやく。
ちなみに由里は年甲斐もなくステージに出たいと手を挙げ、幸か不幸か実際にその場に立てた数人の一人として三人の視線の先にいる。
もちろん三人は、水族館を出た後耳がタコになるくらい由里からイルカを触った感想や、餌をあげた感想を聞くことになった。

そんなこんなであっという間に二日目も暮れ出した。
二日目の夜もやはり初日と一緒で、入浴後そのまま美鈴・小夜子の部屋に集まる。
「明日には帰るのでー、まくら投げでもやっちゃう?」
子供のように楽しそうに目を輝かせて、由里が言った。
それぞれの都合の関係上、今回の旅行は二泊三日だったのだ。
「それにせっかくの記念だし、明日は集合写真を撮ろうよ。涼介君にでも頼んで。」
すっかり忘れ去られていた、今回の小夜子のボディーガードの名前を由里は出す。
おそらく彼はたくさんの写真を撮っているだろう。
一観光客として、そして四人の思い出に残るものとして。
「それだったら、現像したらみーちゃんに預けておくね。」
小夜子もにこにこしてそう答えた。
「よし決まり!椿さん、行くよ。枕取りに!」
意気揚々と由里は部屋を出る。
本当にまくら投げをする気のようだ。
「ほかに何かまともなものはないのか!」
そういいながらも椿も由里の後を追う。
由里は立ち止り、振り返って小首をかしげる。
「それじゃ、風船ふくらませる?」

枕を持って戻ってきた椿の報告によると、由里の鞄の中には数個ゴム風船が入っていたそうだ。
おそらくそれでバレーボールよろしくのことをするつもりだったのだろう。
どっちにしてもドタバタうるさくなる気はするのだが、膨らませるのが嫌だったのだろうか。
そんなことを美鈴が思っていると、突然枕が顔面に直撃した。
見てみると、ドアを入ると同時に由里が投げていた、らしい。
そしてそれが合図だったかのように、次々と枕が投げられた。
「走って逃げるのはなしだよ!」
と由里が投げながらもルールを作るものだから、案外うるさい音は立てていない、と思う。
結局できたルールと言うのが、
・足元を狙うこと禁止
・たくさん当たった人が負け
・つかんだり、体をひねらせたり、歩いたりすることでよけること
と言う三点だった。
もっとも、誰も当たった回数を数えていないのだから、勝敗も何もない。
とにかく、なるべくほかの宿泊客に迷惑がかからない範囲で楽しもう!そういうスタンスだった。
明日は朝風呂に入る!と言うことにして、早々で由里と椿は引き上げることにした。
興奮して寝られそうにないが、お昼までしかいないのだと思うと、忙しくなるから早めに寝よう、と言うことだった。
電気を消して、真っ暗になった部屋で、美鈴と小夜子の声だけが時々聞こえる。
静かな部屋の中では、二人の息遣いも聞こえてきそうで、それでいて、小声での会話が闇に飲み込まれるような感じがした。
しばらく話をしていたら、いつの間にか、音が途絶え、二人とも寝入った。

朝になり、四人で朝風呂に入った後荷物をまとめ、朝食後にチェックアウトした。
結局買いそびれたお土産を買い、街の一角で写真を撮った。
二日ぶりに見た涼介の姿は、始めてみた時とさほど印象が変わらない。
優男面をした涼介は、その辺にいる好青年そのものだった。
相変わらず首からカメラを提げていて、いろいろと写真を撮っている。
大きな荷物がないのは、やはりそれを持っている人物がいるということなのだろう。
いざと言う時のためにも、身軽でなくてはならないのだから。
腰にある鞄から、涼介はフィルムの筒をいくつか見せてくれた。
全部この旅行で撮った写真らしい。
他にも鞄の中には何か入っていそうだったが、それに関しては何も聞かないことにした。
美鈴たちが、知る必要はないのだから。
空港で荷物を預け、美鈴たちは再び飛び立った。
今度は帰路だ。ついたところでは、きっと誰かが待っている。
見送りには来なかった、彼らが。
あったら精いっぱいの笑顔で、ただいまと言おう。
帰れる腕があることに気づいて、楽しい心地になった美鈴はそう決めた。
当たり前だったけれど、三日間離れていたことで気づいた、大切なものの存在を抱えて――。
様々な方面で進展のあった旅行がついに終わった。


えっと、パソコン版メルマガ、no.27〜no.31の五回にかけて書いた代物です。
気づいた時にはこんなに長くなってしまった…とか。
ちなみにこれにはサイドストーリーなるものも存在しているのですが…いつか書けるといいな♪

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