目に見えぬ傷

フラッシュバック
―何度もそのときの光景が目の前で繰り返される。
 悲しくて、怖くって、真っ白になって、感情ですらわからない。
 今も繰り返される、私の目の前で。
 あの日のことが。思い出したくもないのに。忘れたいのに。

夜なんか来なければいい。
夜なんてなければいい。
寝なければ…こんな想いはしなくて済むだろうに。

あれはいくつだっただろう。
私の前で父が母を殴っていた。
母の身体はもう既に痣だらけだった。
それでも父は殴っていた。
その日はいつもより怖く感じた。

そして…母は動かなくなった。
父はさめたような、鋭い眼で母を見下していた。
―母が帰らぬ人になったことを知ったのはそれから一週間が経った頃だった。

父に手を引かれ家を離れる。
「お母さんは?」幼い私が尋ねる。
「ちょっと用事があって一緒にこれないんだ。」父が答える。
「やだ、お母さんが一緒じゃないとやだ。」泣きじゃくる私がいる。
それでも、父は私の手を引いて無理矢理家から離れさせる。

引っ越して一週間ほど経った頃、偶然耳にした、母が亡くなったと。
あの夜、父が母を殺したと。殺めたんだと。
その前からあの夜の光景は記憶に残っていたが、それから夢ではより一層生々しく描写されるようになった。
母の叫びまで、父の表情まで、そのときの息遣いまで、細かいところまで再現された。
そして、過去の父の母に対する態度まですべてが、再現された。

急に父が怖くなった。
男の人が怖くなった。

気づいたら家を飛び出していた。
昔いた家へ。一週間前までいた、その家へ。
鍵はまだ持っている。変わっていない。
家もまだ売られていない。荷物もまだ運び終えていない。
少なくとも私の荷物は全部運んでなんかいない…。
鍵を開けてそっと中に入る。
母の身体はない。
けれどそこに、大量の母の血の痕が残っていた。
話によると、あの後、私の視界が真っ白になったこと、父は母を刺したらしい。
あくまでも噂だが。父が殺したことも、噂に過ぎないのだが。
それでも、そのときの私には、事実のように聞こえていた。

怖くなって、家に戻りたくなくなって、どうすればいいかわからなくて。
気づいたら警察のお兄さんに捕まっていた。
優しく話しかけられたが、私は怖くなって、小さくなって、震えていた。
その様子に気づいたのか、婦警さんが代わりに来た。
それから、そのことを話したんだと思う。
私は、覚えていない。
その後も夢で何度も出てきた。
父が包丁で母を刺したところを。
床一面に散らばった、母の血を。

あれから、もう10年はゆうに過ぎている。
15年は過ぎた。
カレンダーを見ながらため息ひとつ。
来年私は20になるのだと。
今でも男の人を見ると、あの日の光景が繰り返される。
友達の、楽しそうな話を聞いていると辛くなる。
私は一生一人なのではないのかと。


とりあえず設定では、主人公の少女が4歳のときの話です。
お題が傷をもつ人だったので、心の傷、ってことにしてみました。
難しかったです。心の傷って感じがしますか?
しないようでしたら、リベンジしたいと思います。
コンプしてからになりますがw
主人公は本編に出てきた少女、美鈴と少年、沁也の予定です。
名前とか出ていないから、急に変わったりしてw
少年なんて、普通にバイトの先輩の名前を持ってきそうになったぐらいですし…。
とりあえず、このお題で一番最初に書いたのはこれですが、どれから読んでも楽しめるようにしたいと思います。

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